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プロローグ
絶対正義の男
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(三人称)
正義とは何か?
もちろん正しい事だが、そもそも正しい事とは?
ある人にとっての正しい事は、別の人にとって正しくない。
絶対の正義なんてものはないのだ。
正義の定義は人の数だけある。
たいていの人はそれが分かっているので、他人と関わる時は自分の正義を主張する一方で、相手の正義も聞き入れ、互いの妥協点で手を打つ。
そうやって調和は保たれるものだ。
だが、世の中には自分こそが絶対の正義だと信じて疑わない人間もいる。そういう人間は自分の正義に反する者をすべて悪と決めつける。誰でも子供の頃はそういうことはあるが、大人になっても直らない迷惑な人間もいるのだ。
例えば、この男のように。
ポール・ニクソン四十歳。モジャモジャの顎髭を生やした中年のカナダ人はまさに自分の正義に一片の疑いも持っていなかった。彼の正義とは、知能の高い海生哺乳類、すなわち鯨を守ること。その為に鯨を殺してその肉を食する薄汚い日本人は抹殺してもいいとさえ言っている。
あまりに過激な思想のため、彼は以前に所属していた大手の環境保護団体から追放された経緯がある。その後彼は自ら環境保護団体シー・ガーディアンを創設し、自らの理想を追求すべく活動を開始した。
その活動は単なる抗議に止まらず、捕鯨船を爆破するなどのテロ行為などを行っており、メンバーからは何人も逮捕者を出していた。
そして今も、ここ南氷洋で一隻の黒い大型船を中心に、奇抜な格好をした五隻の高速船を従えて、日本の捕鯨船を攻撃すべく行動していた。
ポールは船の甲板の上で腕を組んで立ち、水平線の彼方を見つめている。肉眼では見えないが、その先に日本の捕鯨船団がいることはレーダーで分かっていた。ポールは凶悪な笑みを浮かべる。
「見てろよ。日本人め。イエローモンキーめ」
その直後、彼の背後で猛烈に抗議の声が上がった。
「ウキー!!」
ポールは振り向き目を丸くする。
そこに一匹の日本猿がいた。仲間の一人がオーストラリアの港から連れてきたのだ。
ポールはブリッジの付近で作業をしている若い男を呼びつける。
「おい、ピーター」
若い男、ピーターがこちらを見る。
「この猿は英語が理解できるのか?」
ピーターは手を休めて答える。
「そうなんですよ。僕も驚いてたんです。英語で話しかけると、ちゃんと理解するんです」
「ほう。おまえ頭いいんだな」
「ウキー!!」
「悪かった。ジャップの事をイエローモンキーなんて言って。ジャップと一緒にされてはおまえが気の毒だな」
この男、動物の権利を主張するのに、人種差別をする事にはなんら矛盾を覚えないようである。
ポールは猿を抱き上げる。
「前言撤回だ。見てろよ。イエロー……イエロー……ええっと、ジャップめ」
ポールは双眼鏡で捕鯨船のいる方向を見た。
捕鯨船は見えないが……
「ん?」
大きな鳥が見えた。鳥は何かをぶら下げている。
「なんだありゃ?」
もっとよく見ようとした時、唐突に双眼鏡を猿に奪い取られた。
「おい」
「キッキッ」
猿は奪い取った双眼鏡を目に当てる。
「しょうがねえな」
正義とは何か?
もちろん正しい事だが、そもそも正しい事とは?
ある人にとっての正しい事は、別の人にとって正しくない。
絶対の正義なんてものはないのだ。
正義の定義は人の数だけある。
たいていの人はそれが分かっているので、他人と関わる時は自分の正義を主張する一方で、相手の正義も聞き入れ、互いの妥協点で手を打つ。
そうやって調和は保たれるものだ。
だが、世の中には自分こそが絶対の正義だと信じて疑わない人間もいる。そういう人間は自分の正義に反する者をすべて悪と決めつける。誰でも子供の頃はそういうことはあるが、大人になっても直らない迷惑な人間もいるのだ。
例えば、この男のように。
ポール・ニクソン四十歳。モジャモジャの顎髭を生やした中年のカナダ人はまさに自分の正義に一片の疑いも持っていなかった。彼の正義とは、知能の高い海生哺乳類、すなわち鯨を守ること。その為に鯨を殺してその肉を食する薄汚い日本人は抹殺してもいいとさえ言っている。
あまりに過激な思想のため、彼は以前に所属していた大手の環境保護団体から追放された経緯がある。その後彼は自ら環境保護団体シー・ガーディアンを創設し、自らの理想を追求すべく活動を開始した。
その活動は単なる抗議に止まらず、捕鯨船を爆破するなどのテロ行為などを行っており、メンバーからは何人も逮捕者を出していた。
そして今も、ここ南氷洋で一隻の黒い大型船を中心に、奇抜な格好をした五隻の高速船を従えて、日本の捕鯨船を攻撃すべく行動していた。
ポールは船の甲板の上で腕を組んで立ち、水平線の彼方を見つめている。肉眼では見えないが、その先に日本の捕鯨船団がいることはレーダーで分かっていた。ポールは凶悪な笑みを浮かべる。
「見てろよ。日本人め。イエローモンキーめ」
その直後、彼の背後で猛烈に抗議の声が上がった。
「ウキー!!」
ポールは振り向き目を丸くする。
そこに一匹の日本猿がいた。仲間の一人がオーストラリアの港から連れてきたのだ。
ポールはブリッジの付近で作業をしている若い男を呼びつける。
「おい、ピーター」
若い男、ピーターがこちらを見る。
「この猿は英語が理解できるのか?」
ピーターは手を休めて答える。
「そうなんですよ。僕も驚いてたんです。英語で話しかけると、ちゃんと理解するんです」
「ほう。おまえ頭いいんだな」
「ウキー!!」
「悪かった。ジャップの事をイエローモンキーなんて言って。ジャップと一緒にされてはおまえが気の毒だな」
この男、動物の権利を主張するのに、人種差別をする事にはなんら矛盾を覚えないようである。
ポールは猿を抱き上げる。
「前言撤回だ。見てろよ。イエロー……イエロー……ええっと、ジャップめ」
ポールは双眼鏡で捕鯨船のいる方向を見た。
捕鯨船は見えないが……
「ん?」
大きな鳥が見えた。鳥は何かをぶら下げている。
「なんだありゃ?」
もっとよく見ようとした時、唐突に双眼鏡を猿に奪い取られた。
「おい」
「キッキッ」
猿は奪い取った双眼鏡を目に当てる。
「しょうがねえな」
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