3 / 3
都市伝説の真相
しおりを挟む
翌日、英子は別の監視員と巡回に回っていた。今回組んだ人は、秋葉原で十年以上監視員をしているベテランの石黒さん。
早速、英子は呪いの車について聞いてみた。
「え? それは嘘だよ」
「嘘なのですか?」
「現に俺もあの車に貼ったが、今でもピンピンしている」
「じゃあ、なぜ?」
「監視員の間で、あの車を見つけてもスルーするという暗黙の了解があるのは事実だ。だが、その理由について説明するときに、誰かが適当な事を言って、それが『呪いの車』の噂として広まったのだろう」
「なあんだ」
都市伝説とはたいていそんなものである。
「実は俺が貼った時にな、予備写真として車内の写真を撮ったんだ。そしたら、中に人が乗っていたんだよ」
「ええ!? 車内は先に確認したのですよね?」
「もちろんしたさ。デジカメを押し当て人がいないのを確認して、ノックを何度もした。まったく反応ないし誰も乗っていないと思って標章を印刷して貼ったんだ。ところが、貼った後に後部座席をデジカメで見ると人が乗っていたのだよ。さっきまでは確かに誰も乗っていなかったのに……とにかく、人が乗っていた以上放置駐車違反にはならない。と言っても、一度貼った標章は剥がせない。仕方ないから、警察に電話して相談したら、そのナンバーの車は今後見つけてもスルーしろと言われたんだ」
「じゃあ、警察も以前からその車を知っていたのですか?」
「ああ。監視員制度ができる前から警官が何度もその車に遭遇している。確認作業を始めた時は、確かに車内に人がいなかったのに、作業が終わる頃にはいつの間にか中に人がいるんだ。まるでワーブでもしてきたみたいに……おや?」
石黒は一台の放置駐車を指さした。それは、先日英子が見た黒塗りの高級車。ナンバーも一致した。
「石黒さん。スルーしますか?」
「いや。普段ならスルーするが、今回は君の練習もかねて着手しよう」
「いいのですか? 後で問題になりませんか?」
「大丈夫だ。この車は着手しても無駄だからスルーしているだけで、着手して問題になるような車ではない」
石黒は車に近づき窓を軽くノックした。
「運転手さん。いますか?」
車内からまったく反応がなかった。
さらに石黒はデジカメをスモークガラスに押し当てて車内の様子を見た。
車内に人がいないことを確認すると、石黒は車の写真を二枚撮って英子の持っているPDAにデータを送った。石黒がチェックリストを書き終わるのを待って、英子はPDA作業を開始する。
「乗用、普通乗用、ガイシャ、メルセデスベンツ、塗色黒」
英子が必要なデータをそこまで入力した時……
「作業中止」
「どうしました?」
石黒はデジカメを窓ガラスに押し当てていた。
「人が乗っているよ。さっき見た時はいなかったのに。見るかい?」
石黒の差し出したカメラを見ようとしたとき……
「その車、私のですが」
涼やかな声の方を振り向くと、喪服に身を包んだ二十代半ばの女が立っていた。
「運転手さんお帰りです。中止します」
石黒はデジカメを夜行チョッキにしまった。
英子は女に向かって……
「駐車場に止めて下さい」
と一言告げる。
「わかりました。駐車場というところに止めればいいのですね。次からはそうします」
女がそう言って車に乗り込んで去った後、英子はデジカメの映像を見てハッと息を飲んだ。車内にいたのは、弟の章だったのだ。
英子が章の急死を知ったのは、巡回から戻ってからの事。臨終時刻はまさに、英子が確認作業をしていた時間であった。
死神の車が路上駐車をする事はなくなったが、各地の駐車場に無断駐車をして駐車場会社を悩ませるようになったのは、それから後の事である。
了
早速、英子は呪いの車について聞いてみた。
「え? それは嘘だよ」
「嘘なのですか?」
「現に俺もあの車に貼ったが、今でもピンピンしている」
「じゃあ、なぜ?」
「監視員の間で、あの車を見つけてもスルーするという暗黙の了解があるのは事実だ。だが、その理由について説明するときに、誰かが適当な事を言って、それが『呪いの車』の噂として広まったのだろう」
「なあんだ」
都市伝説とはたいていそんなものである。
「実は俺が貼った時にな、予備写真として車内の写真を撮ったんだ。そしたら、中に人が乗っていたんだよ」
「ええ!? 車内は先に確認したのですよね?」
「もちろんしたさ。デジカメを押し当て人がいないのを確認して、ノックを何度もした。まったく反応ないし誰も乗っていないと思って標章を印刷して貼ったんだ。ところが、貼った後に後部座席をデジカメで見ると人が乗っていたのだよ。さっきまでは確かに誰も乗っていなかったのに……とにかく、人が乗っていた以上放置駐車違反にはならない。と言っても、一度貼った標章は剥がせない。仕方ないから、警察に電話して相談したら、そのナンバーの車は今後見つけてもスルーしろと言われたんだ」
「じゃあ、警察も以前からその車を知っていたのですか?」
「ああ。監視員制度ができる前から警官が何度もその車に遭遇している。確認作業を始めた時は、確かに車内に人がいなかったのに、作業が終わる頃にはいつの間にか中に人がいるんだ。まるでワーブでもしてきたみたいに……おや?」
石黒は一台の放置駐車を指さした。それは、先日英子が見た黒塗りの高級車。ナンバーも一致した。
「石黒さん。スルーしますか?」
「いや。普段ならスルーするが、今回は君の練習もかねて着手しよう」
「いいのですか? 後で問題になりませんか?」
「大丈夫だ。この車は着手しても無駄だからスルーしているだけで、着手して問題になるような車ではない」
石黒は車に近づき窓を軽くノックした。
「運転手さん。いますか?」
車内からまったく反応がなかった。
さらに石黒はデジカメをスモークガラスに押し当てて車内の様子を見た。
車内に人がいないことを確認すると、石黒は車の写真を二枚撮って英子の持っているPDAにデータを送った。石黒がチェックリストを書き終わるのを待って、英子はPDA作業を開始する。
「乗用、普通乗用、ガイシャ、メルセデスベンツ、塗色黒」
英子が必要なデータをそこまで入力した時……
「作業中止」
「どうしました?」
石黒はデジカメを窓ガラスに押し当てていた。
「人が乗っているよ。さっき見た時はいなかったのに。見るかい?」
石黒の差し出したカメラを見ようとしたとき……
「その車、私のですが」
涼やかな声の方を振り向くと、喪服に身を包んだ二十代半ばの女が立っていた。
「運転手さんお帰りです。中止します」
石黒はデジカメを夜行チョッキにしまった。
英子は女に向かって……
「駐車場に止めて下さい」
と一言告げる。
「わかりました。駐車場というところに止めればいいのですね。次からはそうします」
女がそう言って車に乗り込んで去った後、英子はデジカメの映像を見てハッと息を飲んだ。車内にいたのは、弟の章だったのだ。
英子が章の急死を知ったのは、巡回から戻ってからの事。臨終時刻はまさに、英子が確認作業をしていた時間であった。
死神の車が路上駐車をする事はなくなったが、各地の駐車場に無断駐車をして駐車場会社を悩ませるようになったのは、それから後の事である。
了
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
きもだめし
津嶋朋靖(つしまともやす)
ホラー
町内会の夏祭り肝試しが行われた。
俺はいずみちゃんとペアを組んで参加する事に。
まあ、脅かし役は馬鹿な小学生だからたいして怖くしないと高をくくっていたのだが……
(怖くなくてすみません)
初めてお越しの方へ
山村京二
ホラー
全ては、中学生の春休みに始まった。
祖父母宅を訪れた主人公が、和室の押し入れで見つけた奇妙な日記。祖父から聞かされた驚愕の話。そのすべてが主人公の人生を大きく変えることとなる。
煩い人
星来香文子
ホラー
陽光学園高学校は、新校舎建設中の間、夜間学校・月光学園の校舎を昼の間借りることになった。
「夜七時以降、陽光学園の生徒は校舎にいてはいけない」という校則があるのにも関わらず、ある一人の女子生徒が忘れ物を取りに行ってしまう。
彼女はそこで、肌も髪も真っ白で、美しい人を見た。
それから彼女は何度も狂ったように夜の学校に出入りするようになり、いつの間にか姿を消したという。
彼女の親友だった美波は、真相を探るため一人、夜間学校に潜入するのだが……
(全7話)
※タイトルは「わずらいびと」と読みます
※カクヨムでも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる