山小屋

津嶋朋靖(つしまともやす)

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山小屋の主

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 「坊や。それはいったいなんだい?」

 女は少年の持っているスマホを指差した。

「これは」

 しばしの間、女は少年の説明に耳を傾けていた。

「へえ、こんな板切れで外の様子が分かるのかい」

 女はしばらくスマホを眺めていた。

「あれあれ、これじゃあ外の時と中の時が違う事がばれちゃうね」
「え? 知っていたの」

 女は、一瞬動揺した。だが、すぐにスマホを床に置くと、床に座っている少年ににじり寄る。

「な……なんですか?」

 少年は思わず後ずさった。

 そんな少年の足を押さえつけ、女は顔を近づけてくる。

「ねえ、坊や。どうせこの家から出られないのだから、お姉さんといい事しない?」
「い……いい事って?」
「こういう事よ」

 突然女は少年を押し倒した。

「な……何を……」

 押し返そうとするが、女の力は強く少年は逆らえなかった。

「ちょっ! 変なところに触らないで……うぐ!」

 少年の口を女の口が塞ぐ。

 口の中に女の舌が入ってきた。


 …

 ……

 ………

 
 少年は呆けた顔で横たわっていた。

 今あった事はなんだったのか?

 少年とて男である。そういう事は日頃から想像していたし、やりたいと思っていた。

 だが、今、彼の身にあった事は思っていた事とは違っていた。

 確かに気持ちは良かった。今までない快感を味わっていた。

 しかし、同時に何かを吸い取られる感覚を覚えていた。

 そして行為が終わった後、少年は凄まじい疲労感に苛まれ指をピクリとも動かすことができなかった。

「坊や。気持ち良かったかい?」

 動けない少年の顔に、女は顔を近づけてきた。

「……?」

 気のせいか女の顔が少し若くなったように見える。

「返事する元気もないか。ひと眠りしたら元気になるよ。お休み」

 女は少年の身体に毛布を掛けた。

 そのまま少年は眠りに落ちる。

 

 電子音が聞こえてきて、少年は目を覚ました。

 身体は動くようなっている。

「坊や。なんかこの板切れから音が鳴っているよ」

 女が少年のスマホを翳した。

「何か、やったのですか?」
「いや、なんか面白い絵がいっぱい出るから弄ってたら、急に音が鳴りだして……」
「電池切れです」
「電池切れ? 壊れちゃったのかい?」
「いいえ」

 少年はリュックから予備バッテリーを取り出してスマホに接続した。

「それで、治ったのかい?」
「壊れたじゃなくて、お腹が空いて動けなくなっただけです」
「そうかい。この板切れも、何か食べさせてやらなきゃダメなんだね」
「ええ」 

 少年はもう一度電話を掛けようとしたが、やはりダメだった。

 メールもダメ。

 だが、ネットだけは通じる。

 ニュースサイトを見るとすでに一ヶ月が経過していた。

 その時、ふと、気になるニュースを見つける。山の中を彷徨っていた老人が保護されたというニュースだった。

 老人は山の中で道に迷い、たどり着いた山小屋の中でずっと女と過ごしていた証言した後、昏睡状態となりそのまま死亡したという。

 老人の顔写真が記事に載っていた。

 その顔は、少年と入れ替わりに小屋を出て行った老人とそっくり……

 さらに記事は続いていた。老人の持ち物から分かった身元は、十年前に行方不明になった大学生。DNA鑑定の結果も一致した。

(まさか! たった十年であんな老人に? だって時間の経過は遅いのに……)

「あの……お姉さんが、小屋に入った年って何年ですか?」
「ん? ああ! 私がここに入ったのは昭和五十年さ」

 この女は何かを隠していると少年は確信した。あの老人は、この女より後からこの小屋に入った。それなのに、女は小屋から出て行かなかった。

 この女は閉じこめられたのではない。この女こそがこの小屋の主。

 大学生がこの小屋にいる間に急速に歳をとったのは、この女に何かをされたからだ。

 もしかして、さっき自分がされた行為では、と思った少年はスマホのカメラで自分の顔を映してみた。

 若干大人びたように見えるが大きな変化はない。

 だが、これ以上この小屋にいると……

「ねえ坊や。さっきから、何をしているの?」
「いえ……その……!?」

 振り向いたとき、スマホのカメラが女の方を向いた。

 しかし画面に映ったのは人間の女ではない。

 巨大なガマガエルだったのだ。

 悲鳴を上げるのを辛うじてこらえた少年は、昔読んだ怪談を思い出した。

 人間の女に化けたガマガエルの妖怪が、人間の男を誘惑して精気を吸うと言う話を……

 何とかガマをやっつける方法はないかと少年は考えた。

 最初に思いついたのは蛇。

 しかし、こんなところに蛇がいるはずがない。

 カエルなら高熱や乾燥に弱いはず。

 リュックの中にバーベキューに使うためのカセットボンベとトーチバーナーがあった事を思い出したその時……

「坊や。そんな玩具で遊んでいないで、お姉さんといい事しよう」

 不意に女が襲い掛かってきて少年を押し倒した。

 女の力は強くて少年の力では跳ね除けられない。

 このままでは、また精気を吸われてしまう。

「待って! お姉さん! その前に良い物見せてあげる」
「何を見せてくれるのだい?」
「面白い絵だよ」
「ふうん。じゃあちょっと見せてもらおうか」

 女が手を緩めている間に、少年はスマホを操作してある画像を表示した。

「これだよ。面白いでしょう」

 スマホに表示されたのは、大口開けて今にも襲い掛かろうとしているガラガラヘビの写真だった。

「ギエエ!」

 悲鳴を上げて女は飛び退く。

 その姿はみるみる内にガマガエルになっていった。

「今だ!」

 少年はリュックサックに飛びつき、中からカセットボンベバーナーを取り出す。

「食らえ! バケモノ!」
 
 バーナーの火炎を向けられてガマガエルは逃げ回った。

「止めておくれ! それだけは」
「止めてほしければ、僕をここから出せ!」
「分かった! 出してやるから、火を消して」
「ダメだ。扉を開けるのが先だ」
「分かった」

 ガマは扉を開いた。

「さあ、出て行っておくれ」

 少年はリュックとスマホを持って小屋から飛び出した。

 出るとそこはハイキングコースだった。

 空はすっかり晴れ渡っている。

 振り返ると小屋はどこにもなかった。

 スマホを見るとすでに二ヶ月が経過していた。


 了
 
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みんなの感想(1件)

2019.04.02 ユーザー名の登録がありません

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津嶋朋靖(つしまともやす)
2019.04.03 津嶋朋靖(つしまともやす)

感想ありがとうございました。
嬉しいです。

解除

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