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第一章

夢人 7

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 向こう岸が見えないくらい巨大な氷の川。川岸には、渡し船ならぬ、渡しそりが待機している。

 珠美はしばらく呆然とその光景を眺めてから、僕の方へ向き直る。

「三途の川って、氷河だったの?」
「だから、人によって違うのだよ。僕が前に来た時も氷河だったけど、今回は少しだけ違う事ある」
「何が違うの?」
「川岸で待機しているそりだけど、僕が今まで来たときは犬ぞりだったけど、今回はトナカイのそりになっている」
「本当だ」

 トナカイは珠美の好みなのだろうな。

「ねえ。夢人君。これに乗るときはやっぱり六文払うの? あたし現代のお金しか持っていないけど……」
「ううん、どうだろう?」
「何度も来ているのでしょ?」
「それがさ。僕はこのそりに乗った事は一度もないんだ」
「どうして?」
「乗る前に、あれが来ちゃうから」

 僕が指差した先にあれが現れた。
 氷河の向こうに現れた点。
 それはどんどん近づいてくる。

 ギューン!

 軽快なエンジン音が聞こえてきた。

 近づいてきたのはスノーモービル。

 まあ、僕は慣れたけど、珠美はそれを見て呆気にとられていた。

 しばらくして彼女は呟くように言った。

「最近の霊界は、機械化されているのね」

 やがてスノーモービルの僕たちの前に停止。

 人が二人降りてくる。

 そのうち一人は一昨年亡くなった僕のお婆さん。

 生前は優しいお婆さんだった。だから、最初に臨死体験したときは、会えて嬉しかった。

 だが、ここで再会した時は激怒して僕を追い返したのだ。

 ヤバイなあ、今回も怒られるだろうな。

「夢人! ここへ来てはいけないと何度言ったら分かるんだ!」
「ごめんよ。婆ちゃん。僕も好きで来たわけでは……」
「また、久保田の小娘に送り込まれたのか!?」

 よく分からないが、久保田先輩のお爺さんと、うちの婆さんは仲が悪かったらしい。

「生き返ったら、伝えておけ。次に、こんな事をやったら化けて出てやると」

 止めた方がいいな。久保田先輩は九字切りの練習をしていたし『早くこの技を幽霊で試したい』とか言っていたし……

「分かったよ。伝えておく」
「分かったら、さっさと帰れ。ところでそっちのお嬢さんは誰だ?」

 お婆さんは珠美を指差した。

「彼女は辻村珠美さんと言って、暗穴道の途中で……」
「珠美だと?」

 僕のセリフを遮ったのは、お婆さんと一緒にスノーモービルに乗ってきたお爺さん。

 そう言えば、珠美の親族だと思うのだが……

 お爺さんは珠美の前に歩み寄り顔を覗き込む。

「お前は珠美か?」

 珠美が黙っていると、お爺さんは質問した。

「そうですけど……お爺さんは誰ですか?」
「知らないのも無理はない。おまえが生まれる前に、わしは死んでいるからな」
「それじゃあ、あたしのお爺さんなのですか?」
「いかにも、そうじゃが、なぜお前がここに来た?」
「なんでって……死んだからでは」
「馬鹿を言え! お前はまだ死んでおらん。さっさと帰りなさい。まったく、ミズホが来たと思って迎えに来たというのに」

 そう言ってお爺さんは珠美の身体をドンと押した。

「わ! わ! わ!」

 珠美は後ろに吹っ飛んでいく。

「はい! あんたもさっさと帰りなさい」

 僕もお婆さんにドンと押された。そのまま後ろ向きのまま吹っ飛んでいく。

 やがて珠美に追いついた。

「と……止まらないよう!」

 珠美は空中で手足をじたばた振り回していた。

「珠美ちゃん。生き返るまでは止まらないんだ」
「ねえ。じゃあ、あたしやっぱり生き返れるの?」
「そうだよ。ところでさっきの約束覚えている?」
「もちろん。生き返ったら会いましょう」

 突然、珠美が僕の袖をつかんだ。

「なあに?」
「さっき聞いた携帯番号もう一度言って」

 いけない。僕も珠美の番号を忘れている。

 僕達が再び携帯番号を言い終わるのと、暗闇に突入するのと、ほぼ同時だった。

「ありがとう。帰ったら。必ず電話するよ」

 僕がそう言った途端、強い力に掴まれて僕達は二手に分かれた。

 次第に遠ざかっていく光の玉から珠美の返事が聞こえてきた。

「約束よ。必ず会いに来てね!!」

 次の瞬間、僕は肉体に戻っていた。

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