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ラスペラスとの決戦編

閑話 アトラス=サン誕生秘話

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「アトラス様の自伝を書くのですか?」
「そうですぞ。リズ。アトラス様の偉業をレスタンブルク全土に伝える……それは私たちの義務ですぞ!」

 王都で学校を卒業した直後、おじい様がそんなことを言い出した。

 即決即行動のおじい様なので、そのままフォルン領に拉致気味に連れていかれた。

 そしておじい様の家の一室を与えられて、そこでの執筆活動を強制されてしまう。

 ……私、別に作家になりたいわけじゃないのに。

 本を書いたって出版するには検閲が入る。つまり好きに書くなんて一切許されない。

 為政者のおべっか用本を出すくらいならば、最初から書かないほうがいくらかマシだ。

 とはいえ自分の身体の弱さを考えれば、普通の仕事はとてもこなせない。

 ならここで本を出すことは我慢するべきだろうか……最低でも国語能力を有しているアピールにはなる。

 そうと決まればまずは情報収集だ。アトラス様のことを調べないと。

 本当は自分で会いに行くのがよいのだが、体調がすぐれないため難しい。

 そんなわけでとりあえずアトラス様の身近な人……つまりおじい様に話を聞くことにした。

「おじい様。アトラス様はどんなお方なのですか?」

 恰好よいタイプなのか、可愛いタイプなのか。冷酷な性格なのか優しい人なのか。

 まずはそれを知らないと自伝なんて書けない。

 おじい様ならばアトラス様のことをよく知っているし、どんな人柄かを聞くにはもってこいだ。

「そうですな……一言で表すなら……神に等しきお方ですぞ」

 人のなりを聞いたのに返って来たのは神って何だろう。私の質問が根本から否定されている……。

「お、おじい様。アトラス様の特徴を……」
「あのお方は神に等しきお方なのですぞ。慈愛に満ちて領民を愛し、戦った敵の民すらも罰を与えず軽い税! 更にフォルン領の兵士にも大量の酒を惜しげなく振る舞う!」

 おじい様は物凄く興奮されている。

 なんかもう耄碌……いや妄執の類のようにアトラス様を尊敬しているようだ。

 ……いくら何でも嘘くさいし、これは話になりそうにないなぁ。

「な、なるほど……なら性格のほうはよいです。どんなことを成してきたのかを教えてほしいです」

 きっとおじい様の中のアトラス様は、徹底的に美化されている。

 なので実際にやってきたことをまとめあげて、私の中でアトラス様像を練り上げる。

「そうですな。アトラス様がやってきたことを一言で表すなら……神に等しき所業ですぞ」

 ダメだ、いろんな意味でお話にならない。おじい様はボケてしまったようだ。

「ち、ちなみにどんなことを……?」
「いいでしょう! まずは草木しか生えぬおとり潰し寸前のフォルン領を、信じられぬほどに発展させたのですぞ! 更には未知の食材や道具を数々出現させ! あの憎きカール領主を倒し、王家とも縁を深めて! この国を滅ぼす巨神をも打ちのめし……まさにこの国の救世主と言えるでしょう! もはや現世神と……」

 おじい様の早口ワンマントークショーはいつ終わるのでしょうか……。

 この話を聞いていると、アトラス神様に聞こえるのですが。

 巨神を倒したのは王都でも有名だからともかくとして……おじい様、いつの間に変な宗教に染まって……。

 とりあえずこれではアトラス様の伝記というよりも、神話にしかなりません。

「おじい様。フォルン領の住人の方の生の声が聞きたいです」
「ふむ。ならば私が聞いてきてリズに教えましょう」
「いえ、私が直接聞きたいです。他人を介した伝聞では内容が変わってしまう恐れがあります」

 恐れがあるというか、おじい様に介在されたら神話にしかならない。

「ですがリズ。あなたは長時間歩けないでしょう」
「おじい様が背負ってくだされば。もしくは荷車で運んでください」

 本来は私のほうがおじい様を背負うべきなのだが……到底無理である。

 この人は元気すぎる。私にその元気の百分の一でよいから分けて欲しい。

 おじい様は「なるほど」と呟いて納得してくれた。

 そしておじい様が引く荷車に私が乗り込んで、フォルン領を回ってアトラス伯爵の話を聞きまわったのだが……。

「アトラス様は神様が現世で活動するための仮の姿じゃ……あのお方のおかげで、この領地は信じられないほど豊かに……一年前は飢え死寸前だったのに、今やまずい物は捨てまくりじゃわい!」

 それはそれでフォルン領は豊かになったけど、人の心が貧しくなってませんか?

「アトラス様はどこからともなく、大量の美味な飯を出すだべ! あんなの魔法使いだって無理だべ! あの神様なお方をてきとうに崇めて、雑に褒めたたえておけばこの領地は安泰だべ!」

 仮に神と考えているなら、態度が雑過ぎやしませんか?

「あの人は酒神さぁ! 酒をいくらでもくださる酒神様だ! またあの人のお倉からこっそり盗ってこないとな、いくら盗んでも次の日には補充されてるし」

 仮にも酒神とか言ってるなら、その人の酒盗ったらマズイのでは……。

「アトラス君は変人サッ! ミーと同格、下手をすれば上回るほどのね!」

 上半身裸体で謎ポーズを取る変な男……こんな人に変人と呼ばれるなんて、アトラス伯爵がヤバイってことだけはわかる。

 そうして他にもフォルン領の民衆の話を集め続けたが、わかったことはひとつだけだ。

 …………アトラス伯爵って、かなりヤバイ人では? 

 結局民衆の声を元にしても、おじい様の話と内容があまり変わらない。

 嘘くさすぎて信じられない。フォルン領が豊かになっているのは分かるので、全部が嘘というわけではないのだろうけど……。
 
 このままだと超聖人君子にして、神様の人格と力を揃えた持ち主になってしまう。

 いくら何でもそれはあり得ないだろう。

 話の壮大な内容に圧倒されて、思わず聞き疲れてため息をつく。

 すると荷台を黙って運んでいたおじい様が、私に話しかけてきた。

「リズ。安心なさい、アトラス様はやってきたことだけ並び立てれば、あり得ないお方と思うでしょう。ですがあの人には人間らしいところも多々あります。それを今から見せましょう」

 荷台はフォルン領の北部……元カール領の村へと入った。

 そこの広場で中年の男が、声を荒げて演説をしていた。

「諸君! アトラスは神を偽る大罪人である! このカール領主たる私に続き、圧制を跳ねのけるのだ!」

 あ、あの人は何をやっているのだろうか?

 領主批判なんて正気の沙汰ではない。即打ち首確定の犯罪だ。

 だが周囲の人間は慣れ親しんだがごとく、普通にスルーしてしまっている。

「あの無様な者は元カール領主ですぞ。アトラス様に逆らった結果、領主の座をおろされて毎日愚かにアトラス伯爵の悪口を言ってます」
「……え? 毎日? 命をかけて抵抗してるとかじゃなくて?」
「はい。毎日笑いものにされておりますぞ」

 あまりの意味不明な内容に混乱する。

 なんで? 領地の反乱分子を放置している? 

 私の混乱具合を見かねてかおじい様はニコリと笑いかけた。

「あれがアトラス様が人間らしきところです。つまりあれはですね、あの無様な者を笑いものにしておるのです! 親子二代の恨みを晴らしてらっしゃるのです! 神はそんなことをしないですぞ!」
「は、はぁ……えっと、アトラス様に逆らった人は基本死罪。でもあの男は特別に笑いものにしていると……?」
「違いますぞ。アトラス様に逆らった者は、だいたい王家に引き渡すか幽閉ですな……まあそれも滅多なことではなさりません。戦争になった相手の首謀者とかでなければ、だいたい放置ですぞ」

 ……頭の理解がおいつかない。

 そんな為政者がいてたまるものか。逆らう者に対して、甘すぎるにもほどがある。

 少なくとも王都で王家に対して反逆の演説をすれば、反乱分子として即処分だろう。

「お、おじい様。私が書いた本の内容で、捕縛されたり処分されることはありますか?」
「あるわけないですぞ。公序良俗に違反していたら修正は入るかもですが……好きに書いてかまいませんぞ! どうせアトラス様には出版されるまで、目にいれることはありません」

 …………もしかしてここの領地は、作家にとって天国なのかもしれない。

 アトラス様がどんな人なのかはイマイチ分からないが、話の通じそうなお方ではある。

 ならつまり、好き放題書いても罰せられないということである。

 そしてアトラス伯爵の信じられない話は、大勢の領民たちの中で共通した内容だ。

 つまり……多かれ少なかれ真実である。実際に豊かになった土地や、逆らった者への対応なども見ていることだし。

「……おじい様。私やります! アトラス様の伝記を書いてみせます!」
「任せますぞ! アトラス様のすばらしさをこの国中に広めるのですぞ!」

 それで書いてるうちに、どんどん理想のアトラス様像が構成されていった。

 書いてると登場人物に愛着がわくのは本当らしい。

 巨神を殺したなんて時点で、強さ的には神話クラスなわけで。

 本人の性格は知らないけれど、やってきたことを並び立てればきっと清廉にして優しい人だろう。

 なので神様っぽく書いてもいいだろう…………暴走して姫君の濡れ場とか書いちゃって王家から修正要請くらったけど。

 流石にそれは私が悪かったから問題なし。

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