上 下
92 / 220
ベフォメット争乱編

第88話 急転直下

しおりを挟む

 落雷のライニールというハゲおっさんが、ベフォメット軍の前に出て俺達に決闘を申し込んできた。

 それを俺達は乗ってきた車の中から観察している。

 ……なんで戦争なのに決闘申し込んできてるんだろう。

 現在は車を停止させているが、間違えてアクセル全開に踏んでハゲをぶっ飛ばせば丸く収まるだろうか。

「カーマ。この決闘とやらを受けるメリットある?」
「以前ならベフォメット軍最強の魔法使いに、決闘で勝ったって自慢できたよ」
「今は?」
「……エフィルンさんに比べたらかすむよね」

 ハゲ散らかした窓際族さん、本格的に価値をエフィルンに奪われてるなぁ。

 むしろそれが原因で必死なんだろうな。ここで汚名挽回しようと。

「汚名を挽回してどうするの?」
「いやもう雰囲気が名誉返上しそうというか」
「貴様! ふざけるな! 神妙に勝負せよ!」

 外からライニールとやらの叫び声が聞こえる。

 超でかい声な上に地獄耳とは……性格が悪そうである。

 俺は車の窓を開いて顔を出し、拡声器を手に取る。

「いいだろう! だが貴様程度に俺が出る必要はない! カーマ、相手してやりなさい!」
「……面倒だから押し付けただけだよね!?」
「貴様! ふざけるな!」

 違う。面倒なだけではない。

 俺は魔法使い詐欺だから一騎討ちで勝てるか微妙なのである。

 このオッサンなら戦っても勝てそうな気はする。むしろ煽ってやれば頭の血管キレて倒せそうな気はするが、確実ではないのでやめておく。

「そういうわけでカーマ頼む。勝ったら以前に欲しがってたウェディングケーキを出すから」
「本当!? あの人倒すだけでくれるの!?」

 落雷のライニールさんかなり雑魚疑惑。

 少なくともカーマたちには相手にされてないようだ。……少し奮発しすぎだろうか?

 彼女が欲しがってたウェディングケーキってそこそこ値段してたし。

 そんなことを考えているとカーマが車から飛び出して行った。

「もう勝つから約束変えたらダメだからね! 炎の象りは鋭利の先! 穿て、炎の牙!」

 カーマは車から出るや否や、周囲の空中に無数の炎の槍を出現させてライニールに向けて飛ばす。

 火減一切なしの容赦のない攻撃だ。それを車内からフロントガラス越しに眺めながら。

「ラーク。あのライニールって本当に弱いのか? 普通に考えて雷ってかなり強そうなんだけど」
「あの人、雷使ってるの見たことない」
「……落雷のライニールなんだろ? 雷使いなんだろ?」
「ベフォメットでの名称」

 ベフォメットでそう呼ばれているだけで、由来などは知らないらしい。

 連射されていく炎の槍に対してライニールは。

「むおっ!? 我が息吹で全て消し飛ばすしかない! 芽吹けよ息吹!」

 ライニールは大きく息を吸うと、一気にそれを吐き出した。

 突風がカーマの出した炎の槍を数本消し飛ばすが……それが限界だった。

 無数の炎の槍がライニールの周囲の地面に、機銃掃射のような勢いで襲い掛かる。

 全ての槍が撃ち込まれた後、ライニールは腰を抜かして茫然としていた。

 彼の周囲の地面は焦げて抉れ、酷いことになっている。

 カーマは笑顔で車に近づいてくると。

「勝ったよ! ケーキ忘れないでね!」
「ああ、うん……」

 元ベフォメット最強の魔法使いを一蹴とは、本当にカーマとラーク強いんだなぁ……。

 そんなことを考えていると、バフォール領の兵士が馬に乗ってこちらに駆け寄って来た。

 はて? 俺達だけで出陣したはずなんだが。

「大変です! 街の北側に敵の巨人部隊が現れました! 伏兵です!」

 兵士は慌てながら叫んで報告してくる。なんだと!?

「なにっ!? ……そうか、さっきの決闘も囮か!? 仮にも決闘を挑んでおいて囮とは卑怯者が!」

 真正なる決闘を利用するとは……結果は一方的な蹂躙だったとしても卑怯者が!

 あそこまで必死に手柄を立てようとしてたのがポーズとは、主演男優賞も狙えるレベルだ。

 だが落髪のナイニールは腰を抜かしたまま、驚愕の表情で首を大きく横に振った。

「知らぬ! 私はバフォール領への侵攻を全任され、総大将として戦っているはずだ!? どうなっている!?」

 ……ハゲ散らかした窓際族だけあって、何も知らされてないのか。

 演技にしてはうますぎると思ったよ。純粋に利用されていただけと。

「北側の巨人軍の数は?」
「少数です! ですが一般兵では歯が立たず!」

 兵士の報告が確かならば巨人の数は少ないのか。なら俺だけでも何とかなる。

 俺達が全員北に向かったら、ここにいるベフォメット軍を抑える奴いないしな。

 ……センダイからは二人から離れるなと言われているが、まあ何とかなるだろう。

 さっきのライニールとの戦いでもカーマたちの力は圧倒的だった。

 仮にエフィルンが出て来ても対抗できるはずだ。

 それに俺がいても足手まといになりかねないし、北の伏兵を放置する選択肢もない。

「カーマ、ラーク。俺は北の伏兵を迎撃してくるから、ここは任せたぞ!」
「「わかった」」

 俺は車から飛び出して、ヘリコプターを【異世界ショップ】から購入。

 ヘリに乗り込むと街の北に向けて飛び立つ。

 残念な巨人たちの軍を発見して、空から腐った魚や松ぼっくりを大量に投下。

 ついでに大量の塩水も撒いていき、敵軍に苦しみを与えて撤退させることに成功する。

 大人しく帰ってくれてよかった。ダメなら次は練りわさびでも投下するところだった。

 そうしてカーマたちの元へと戻ろうとすると、その方向から強烈な音と衝撃が飛んでくる。

「な、なんだ!?」

 視線を向けると巨大な大樹が突如出現している。

 間違いなくエフィルンの魔法だ。どうやらセンダイの読み通りにエフィルンが攻めてきたか。

 ……下手に戻ると魔法大戦争に巻き込まれて危険だなぁ。でもカーマたちも心配だし……戻るか。

 ヘリの操縦桿を動かしてカーマたちの元へと急ぐ。

 元居た場所に戻ると周囲には燃え盛る、もしくは凍りついた巨大な木。

 もしくは千切れて植物の根が、びくびくと動きながら燃えている。

 地面には大量のクレーターができていて、炎と氷のコントラストが非現実感を醸し出している。

 ……ここは大災害もしくは天変地異か何か?

「ってカーマとラークはどこに……」

 周囲を見回すが彼女らの姿は見えない。ベフォメットの兵士たちもいなくなっている。

 ただひとり、そこに立っていたのは。

「…………」

 エフィルンが地面に立って、感情のこもってない目でこちらを見つめていた。

 …………すごく嫌な予感がするが仕方がない。このまま飛んでいたらまたヘリが鉄の棺桶になってしまう。

 俺はヘリをエフィルンのそばに着陸させて、運転席から地面へと降りる。

「カーマとラークはどこだ?」
「……あそこ」

 エフィルンは大樹の上部、枝の部分を指さす。

 そこを凝視するとカーマとラークが、枝に捕らえられているのが見えた。

 意識を失っているようで枝に絡めとられている。

「なるほど。二人は負けたのか」
「そう。後は貴方をマシュマロにして終わり」

 エフィルンはこちらを感情のない目で見つめてくる。マシュマロにするとはなんだろう……それは放置でいいか。

 …………さてどうしようか。カーマとラークが負けるとはなあ。

 ここはやはり俺の一番の得意技、貧乏が研ぎ澄ませた交渉術で何とかするしかない。

 まさか貧乏生まれに感謝することになろうとは。

「エフィルン、マシュマロ三年分でカーマとラークを交換だ。いや今ならば特別に五年分、いや出血サービスで七年分でもいいぞ!」
「無理、命令されてる。あれらは王子に渡す」

 やっぱり貧乏とか何の役にも立たんな! 

 あのクズ王子に渡されたら、間違いなく二人はヤバイ目にあわされる。

 ダルマ状態にされるとかは流石にダメだなぁ……………………仕方ない、根性決めるか。

「それはこちらもダメだな。二人は返してもらう」
「……貴方は私に勝てない」

 エフィルンからの宣告。

 俺をあなどってるわけではなく、純然たる事実を述べたつもりなのだろう。

 間違ってない。俺だってこんな状況でなければ、尻尾を撒いて逃げる。

「そうだな。百回やっても一回勝てるくらいだろうな」
「分かってるなら」
「でもまあ……一回勝てる」

 確率0%ならば諦める。だが1%はあるはずだ。

 俺は決して今までサボりだけしてきたわけではない。【異世界ショップ】の使い方は人知れず練習してきた。

 周囲にはサボりとしか思われなかったことを活用する時が来たのだ。

 それもここで勝てないなら全て無意味。それは却下である。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

転生したらやられ役の悪役貴族だったので、死なないように頑張っていたらなぜかモテました

平山和人
ファンタジー
事故で死んだはずの俺は、生前やりこんでいたゲーム『エリシオンサーガ』の世界に転生していた。 しかし、転生先は不細工、クズ、無能、と負の三拍子が揃った悪役貴族、ゲルドフ・インペラートルであり、このままでは破滅は避けられない。 だが、前世の記憶とゲームの知識を活かせば、俺は『エリシオンサーガ』の世界で成り上がることができる! そう考えた俺は早速行動を開始する。 まずは強くなるために魔物を倒しまくってレベルを上げまくる。そうしていたら痩せたイケメンになり、なぜか美少女からモテまくることに。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...