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ベフォメット争乱編
第76話 エフィルン再来②
しおりを挟むエフィルンに「貴方は誰?」と言われて、執務室の絨毯に崩れ落ちたセサル。
だが起き上がりこぼしのようにすぐに立ち上がると。
「……これは洗脳薬か! くっ……」
セサル、鋼のメンタルしてんな……現実を認めて楽になれ。
「何という……昔はお兄ちゃんと結婚すると言ってくれていたのに……」
何やら変人はたわごとを呟いている。
「でもあなた。さっき彼女の様子おかしくなかった?」
「変人に言い寄られてパニックになったんだろ」
実際様子がおかしかったのは認める。だからこそこれ以上、セサルとエフィルンを接触させてはならない。
またエフィルンが狂いだしたら今度は止まるか分からん。
「セサル、とりあえず今日の所は出直せ。洗脳薬のせいだというならこういうのはどうだ? 新たに洗脳で上書きすればお兄ちゃんになれるぞ」
「私は妹の洗脳を解除したいのであって、更に洗脳したいのではないのだが」
「上書きでも解除でも催眠でもいいがとりあえず退け! これ以上エフィルンを刺激するな! この屋敷がぶっ壊れる!」
俺の必死の叫びにセサルは立ち上がり、捨てられた変人のようにエフィルンを寂しそうに見てから部屋に出て行った。
……すまんな。エフィルンを下手に刺激したら危険だから。
「……?」
張本人であるエフィルンは首をかしげている。ところで何で麻酔銃で寝ないんですかね。
あそこで寝てくれれば後は好き放題できたものを……。
「……あなた?」
「違うぞ! 好き放題と言うのは魔法を使わせないために口に猿轡をつけたり! 動けないように身体を縄で縛ったり!」
「……何が違うの?」
おかしいぞ、動きを封じるためなのに……ヤバイ全く言い訳できない。いやマダだ! ここから逆転の一手を……!
特に思いつかなかったので素直にお灸をすえられた後、エフィルンの様子を観察する。
とりあえずマシュマロいっぱいの樽を渡したら永遠と頬張っている。
椅子に座ってもきゅもきゅとマシュマロ食べてる。
「……真面目な話、洗脳されてるのか? 確かに感情は希薄だが……」
「うーん……ボクもわからないよ。洗脳薬なんて今まで聞いたことなかったし」
「北の魔導帝国の新製品」
以前の偽剣聖の魔剣といいロクなもの作らねぇな、北の魔導帝国。
俺の邪魔になる物ばかり作りやがって! どうせなら媚薬でも作って俺に渡せ! もしくは透明マント!
「北の魔導帝国に詳しい知り合いはいないのか?」
「あそこってレスタンブルク国とは交流ないからね。噂すらあまり入ってこないよ」
カーマが少し残念そうな顔をする。
レスタンブルクとは交流がないか。道理で俺の敵ばかりが魔導帝国製の物を持ってるわけだ。
ベフォメットといいバフォール領といい、レスタンブルクの敵だからな。
「あの偽剣聖君は魔剣どうやって手に入れたんだ? 心を読んだら少しは情報が得られないか?」
「無理だと思う。どうせ尻尾斬りされてるよ」
仮にも剣聖を名乗っておいて斬られるなよ。所詮は偽剣聖……いやもう険悪でいいだろ、パチモノだし。
あんな奴に三文字も使うの勿体ない。
「セサルも真剣みたいだし何とかしてやりたいが……マシュマロで仲間にならないかなぁ、桃太郎みたいに」
「桃太郎? 何それ?」
「あー……犬や鳥やエテ公に団子を食べさせると仲間になって、鬼……オーガを退治するお話だ」
「オーガ相手に犬や鳥を戦わせるの!? その団子ってすごい洗脳薬なんだね……普通逃げるよ」
カーマが若干引いている。冷静に考えると桃太郎もなかなか鬼畜だよな。
だがマシュマロにも同じような力がある可能性もあるかもしれない。甘味は魔力を帯びている。
具体的には真夜中に恐ろしい魅力と誘力と吸引力を発生させ、全国のおデブちゃんを虜にしている。
「エフィルン。ベフォメットを裏切って俺達につかないか? マシュマロ食べ放題だぞ」
「無理。命令されてるから」
チッ。やはり裏切り対策は万全か。
俺がどうやってエフィルンを裏切らせるか考えていると。
「……マシュマロもっと欲しい」
エフィルンが俺の服のすそを引っ張りながら、空の樽を見せつけてきた。
……何で樽いっぱいのマシュマロが消えてるんだ!? この少女の胃はホワイトホールとでもいうのか!?
よくもまあ大量のマシュマロを飽きずに……全く同じ味のマシュマロを与えてるのに罪悪感出てきた……。ちょっとだけ面白い趣向をするか。
俺は【異世界ショップ】から樽のマシュマロと竹串、そして点火棒――長いライターみたいなやつを購入する。
「見ておけ。これがマシュマロの食べ方というものだ」
俺は樽に入ったマシュマロをいくつか竹串で突きさし、点火棒の火で軽く炙る。周囲に甘くかぐわしい匂いが充満してきた。
「……いい匂い」
「本当だ……」
「美味しそう」
エフィルンだけじゃなくてカーマやラークまで近くに寄って来た。
ふっふっふ……これが焼きマシュマロの魔力である。俺は生のマシュマロあまり好きではないが、焼いた物は大好物だ。
「ほれ。熱いから気をつけろ」
俺は三人にマシュマロの刺さった竹串を手渡す。
三人ともすぐに焼きマシュマロを口にして、熱さに少し苦しみながらも。
「美味しい……これは食べたことがない。マシュマロの無限の可能性を感じる」
エフィルンが急に饒舌になって感想を言い出す。どうした急に。
その目には感情がこもっている。まるでマシュマロと共に洗脳が溶けたかのようだ。
……セサルの時に変になったのもだけど、わりとガバガバな洗脳なのかもしれない。
「美味しい! あなた、これすごくおいしいよ!」
「…………熱い」
カーマは幸せそうに焼きマシュマロをほうばっている。なおラークはまだ熱くて食べられないようで、涙目になりながら必死に息を吹きかけていた。
エフィルンは俺が更にマシュマロを焼くのを、今か今かと待ちわびている。
これはいけるのでは!? やれるのでは!?
「さてと。さあ! 焼きマシュマロが欲しくば裏切れ!」
「それは無理」
ダメだった。諦めて更にマシュマロを竹串に刺して焼いていく。
「もっと食べたい」
「ボクも!」
……樽いっぱいのマシュマロに対して竹串と炎が貧弱過ぎる。カーマとエフィルンの要求に対して全然焼きマシュマロの生産が追い付かない。
ちなみにラークはようやくチビチビとマシュマロを食べ始めている。あいつは放っておいてよさそうだ。
二人が俺の身体に密接するくらい近づいてくる。そんなに寄られてもマシュマロは焼けないんだが。
「あーもう待ってられない! ボクが樽ごと焼くよ!」
「ダメだ! マシュマロが灰になった上に火事になるオチが見える!」
「大丈夫! 姉さまに消してもらうから!」
「また水蒸気爆発起こすつもりか! やったらアイスなしだからな! 今日のアイスもその炎に投げ込むからな!」
カーマを止めるために必死に叫ぶ。彼女に調理をさせてはいけない。
火減がかなり下手なのだ。マシュマロなんぞ燃やさせたら灰しか残らん。
ドラゴンの肉みたいな燃えにくい物ならともかく、繊細な弱火が要求される物は焼かせてはいけない。
最終的に彼女の失敗の世話を焼くことになるからだ。
「ボク、炎の魔法使いなのに……燃やすの得意なのに。料理だって火力が命なのに……」
「その理論だと料理人は全員放火魔になりそうなんだが……」
断言するが全て燃やしきる意味ではないだろう。
カーマは炎関係で頼られないのが悔しいようで少し涙目になっていた。
……可愛いからもう少しイジメようかと思ったが、流石にそろそろやめておこう。
「じゃあ外に行くぞ。そもそも屋敷の中で無理して焼く必要ないんだから。でっかいキャンプファイヤー的なの用意してマシュマロを大量に炙るぞ。カーマ、火力は任せた」
俺の言葉にカーマは機嫌を取り戻したらしく、にっこりと笑顔を浮かべると。
「任せて! 最大火力でやるから!」
「火減しろって言ってんだろ!」
最終的に焼きマシュマロバーベキューでエフィルンを満足させて、樽6つのマシュマロを渡して追い返すことに成功した。
セサルにはお前の言葉やマシュマロでブレてたから、洗脳解除できるんじゃないのと言っておいた。
本人もそう感じたようで洗脳解除薬を作ると豪語していた。効果のあったもののサンプルとしてマシュマロを樽で渡してやった。
きっと役に立たないだろう……ただのマシュマロだし。
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