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バフォール領との争い

第68話 剣術大会①

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 東レード山林地帯から無事に脱出した翌日。

 屋敷の食堂で晩飯を食べているとラークが無言で手紙を渡してきた。

 いつもの王家関係の手紙なのはわかってるので、とりあえず中身を途中まで読んでみる。

 手紙の内容は王都で大規模な剣術大会が、三日後に開かれる旨が記載されている。

 数か月前からお触れを出していたようだが、俺達には三日前に連絡が来たようだ。

 お前らなら直前の知らせでもいいだろと言わんばかりだ……フォルン領のフットワークが尻軽だと思われてないか?

 もしくは俺達が三日坊主と思われているのだろうか。三日以前に知らされたことは覚えてないとでも?

「剣術大会? そんなものを何でこんな時期に?」
「こんな時期だからだよ。ベフォメットと戦争になる可能性があるから、強い人が欲しいし。剣術大会をすれば、腕に自信のある人が集まってくるから雇えるでしょ?」

 カーマはそう告げた後に、から揚げをナイフで切ってフォークで口にいれる。

 ふむ。確かにこれからきな臭くなるし、強い者は欲しいと言えば欲しい。

 ……でもそんな強い奴なら、すでに雇われてることが多いんだろうなぁ。セールの売れ残りみたいなもんな気がする。

 そんなことを考えながら手紙を読んでいくと、最後に絶望への宣告が書いてあった。

 ――フォルン領からも大会に防衛隊長を出場させること。

「……さてと。ちょっとこの手紙隠滅してくる」
「ダメだよ。センダイさんを大会に出そうよ」

 何かあったなんてものではない。うちのセンダイを大会に出すとは何の冗談か。

 あの酔っ払いを大会に出すなど醜態とゲロを晒すだけだ。

「いいかカーマ。我が領に防衛隊長はいない。いるのは剣を振り回す酔っぱらいだけだ」
「それただの危ない人だよね!?」
「ひっく……アトラスどの。酒のおかわりをもらいに来たでござる」

 そんな俺の想像を肯定するかのように、酔っぱらった千鳥足でセンダイが食堂に入って来た。

 こいつを大会に出したらフォルン領の評判は駄々下がりだろう。

 大会の一回戦とかでボロ負けするならいい。どうせフォルン領の兵力の評判は低い。

 兵力の評判が低くてもどうでもよいのだ。だって俺とカーマとラークがいる時点で、レスタンブルク最強の戦力なのは周知の事実だし。

 一回戦で負けてくれてよいのだが、センダイはムダに勝ちあがるだろう。

 そして酔いが回ってどこかで吐くのも間違いない。そうなればフォルン領の名声は地に落ちるだろう。

「……センダイ、お前の部下で腕に覚えのある奴を出せ。連行してこい」
「残念ながらまだまだ若造。腕に覚えのある者はいないでござる」

 これはマズイ。いくら何でも王都の大会でモブ兵を出すわけにはいかない。

 弱いのは許すにしても限度がある。何の役職も持ってない上に弱い兵士を出したら、流石にフォルン領の品性が疑われてしまう。

 吐くのとどちらがマシかは微妙なところだが…………。

 こうなれば最終手段を行うしかない。俺は大きく息を吸って不測の事態に備えた後。

「センダイ。お前に禁酒を命じる」
「はははっ。はははははははっ。ははははははははははははははっ」
「怖いから真顔で笑い続けるのやめてっ!?」

 目が完全に笑っていない。人間を視線で射殺すことに挑戦してるかのような目だ。

 センダイはぐびぐびと酒瓶を口につけて飲んだ後。

「拙者、生まれて初めて主君殺しの咎を背負うことを考えたでござる」
「俺も初めて部下の裏切りの恐怖を感じたよ」

 恐ろしい……禁酒命令だけで殺される領主とか前代未聞だろう。

「実はな、王都で剣術大会が開かれる。うちの領地からは極めて人選ミスであり真に遺憾だが、お前を出すことになってしまうだろう」
「剣術大会でござるか。気が進まないでござるなぁ」

 センダイはあまり乗り気ではないようで、面倒くさそうな顔をしている。

 やはり剣豪ではなく酒豪だったか。

「ちなみに大酒大会なら?」
「拙者、命を懸けて挑むでござる」

 すごくよい声だ。聞くまでもないことだった。

「拙者思うのでござるよ。なんで剣術大会では剣だけなのか。槍や弓を使ってもよいでござろう」
「剣術大会の根本を否定するな」

 剣術大会で槍が出てきたらおかしいだろ。階級無制限ボクシングじゃないんだから。

 だがセンダイはなおも面倒そうな顔をしている。

「まあいい。大会には参加してもらう。そしてセンダイ、お前にひとつだけ指示を与える」
「分かっているでござる。優勝しろ、でござろう? 任せよ、拙者これでも剣せ」
「吐くな」

 俺はセンダイの言葉を途中で遮る。こいつが真面目に戦えば強さで恥をかくことはない。

 吐くな、本当にこの一言だ。もう酔っ払い千鳥足剣術は諦める! せめて吐くな!

 俺の言葉を聞いたセンダイは少し詰まった後。

「アトラス殿、不可能な命令は聞けぬでござる!」
「吐くなと言ってるだけだが!? じゃあ大会中だけでも酒を我慢しろ」
「アトラス殿、人間は酒が切れれば死ぬでござる!」
「それはお前だけだ慢性アル中!」

 結局説得は不可能のまま、剣術大会の当日となってしまった。

 いつもの面子を集めて、ラークの転移で王都の剣術大会の会場の外につく。

 会場は巨大なコロシアムで、まさに闘技場と言わんばかりの建物だ。
 
「おお。あの出店の鳥はうまそうでござるな、酒のアテに買うでござる」
「観戦のオッサンみたいになってるんじゃない!? お前出場者だろうが!」

 センダイはすでに酒を暴飲して完全に出来上がっている。もうダメだ、いつもの酔剣を繰り出すのは確定である。

「酔っ払いが出場者とは、剣術大会も地に落ちたものだ」

 明らかに質の良い鎧を着た剣士が、俺達の様子を見て嘆いていた。

 センダイはその剣士の元へと近づいていく。

「その言葉、同感でござる。剣術大会などくだらぬでござるよなぁ」
「地に落としている奴の台詞じゃねぇ……」

 センダイは剣士に対してこれ見よがしに酒を飲み始めた。どうやら剣士の怒りの火に酒を注ぐようだ。

 剣士は鞘に入った腰の剣を手に取ると、いつでも剣を抜ける構えをとる。
 
 その構えだけでわかる。こいつは明らかに強いと。

「ひっく。まあまあ落ち着くでござる」

 この構えだけでわかられる。センダイは明らかに酔っていると。

 剣士は顔をしかめて剣を持つ手に力がこもった。センダイのあまりに馴れ馴れしい上に、酒臭いのに不快感を持ったのだろう。

「……舐めているのか?」
「拙者、男を舐める趣味はないでござる……舐めるのは酒だけでござる」

 これ以上剣士の火にアルコールを注がないで欲しい。

「我が名はレイ。仮にも剣術大会に参加する身だ、剣聖と言えばわかるだろう」
「ほう」

 レイという男は偉そうに告げた。こいつは剣聖らしい。……剣聖ってなんだろ。なんか強そうってのはわかるんだけど。

「剣士の最上位。当代最強の剣士が名乗る称号だよ」

 カーマが俺の疑問に答えてくれる。どうやって当代最強の剣士ってわかるんだろうか。

「当代最強ってどうやって決めるんだ?」
「王都とかで色々戦って、もはや周囲に敵がいないとなったら自ら名乗るって聞くよ」
「それってただの自称の痛い奴では……」

 そう呟いた瞬間、レイは俺に対して鞘から剣を抜き斬りかかって来た。

 だがレイの斬撃はセンダイの剣で防がれる。

「ひっく。少しばかり血の気が多いでござるなぁ。拙者を見習うでござる」
「顔真っ赤の貴様に言われたくないわっ!」

 二人の剣がしばらくの間鍔迫り合って叫んだあと。

「……まあいい。こんな酔っ払いのオヤジに付き合う時間はない」

 少し落ち着いたのかレイは剣を引いて鞘にしまった。そしてそのままここから立ち去ろうとする。

 待てやコラ。

「おい待て。お前、自分が何をしたのかわかっているのか?」
「何がだ?」
「この俺に斬りかかったのについて、どう思うかって聞いてるんだボケ」

 怒気を混ぜて叫ぶ。こちとら弱小領地の領主だぞ控えやがれ。

 だがレイはこちらを嘲笑した後。

「貴様なぞ大方奴隷商人だろう。そんな者、斬りかかって何の問題がある? 俺は剣聖だ、国にも顔がきく」

 そう言い残してレイは去っていった。

 ……なんだあいつ舐めてるのか!? 誰が奴隷商人か! もうその役は終わったんだよ!

 多少剣聖を悪く言ったかもしれんが、斬りかかられる覚えはないぞ!

「多少かなぁ……」

 カーマが何やら呟いているが多少だ多少。悔しかったら自称じゃなくて他称になって出直してこい。

「センダイ! あのレイとかいう奴、倒した後に頭に吐いてやれ!」
「吐くの禁止ではなかったでござるか?」
「かまいでか! 奴の頭にトッピングしてやれ! 酒もかけていいぞ! 国に顔がきくならその顔をド饅頭のように潰してやれ!」

 あの野郎に屈辱を与えるためなら、フォルン領の評判が多少落ちようが誤差だ誤差!

「何が剣聖だ! 剣なんぞ至近距離でしか戦えん欠陥武器だろうが! 次に会ったらバズーカ打ち込んでやる……!」

 俺の怒りの叫びに対してセンダイは頷いた。

「剣聖の名も地に堕ちたでござるなぁ」
「元々自称の名称だろ?」
「ふっ……そうでござるな。剣などただの鉄の棒きれでござる。こんなもの肉斬るのに使った方が有意義」
「お前の剣泣いてるぞ」
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