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レード山林地帯開拓編

閑話  銀髪のエセ商会長

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「……何してるの?」
「何してるように見える?」
「……氷鬼?」
「俺の知ってる氷鬼に冷凍能力はない」

 俺はラークを起こしに行って、首から下を凍り付けにされてしまっている。

 油断した……毎朝の戦闘によってパターンを掴んだはずの氷腕の攻撃を、あろうことか見誤ったのだ。

 そうなれば後は一撃必殺。氷の腕にタッチされて凍らされた。

「……おやすみ」

 ラークは目を閉じて再度ベッドの布団に潜り込む。

「寝るなっ! 寝たら死ぬぞ! 俺がっ!」
「……すぅ」
「あっ、ちょっマジで寝るのやめてっ! 本当に俺が死ぬから!? 凍死するから!」

 何とか必死の叫びでラークを起こし、氷を解除してもらった。

 危ない……氷河期の恐竜みたいになるところだった。

 ラークは無表情で服を脱いで着替えだす。俺はそれに対して強靭な精神力で背を向ける。

 握った拳からは血が垂れ落ちている。だが! それでも! 見るわけにはいかないのだ!

 以前にガン見して眼福を得た結果、その日のお昼のお天気がお天変地異。

 具体的にはラーク大明神の意識が完全覚醒して、雪雪崩と超巨大雹に襲われた。

 あの雹はやばかった。俺の頭を模した形の雹が大量に落下してくるのだ。

 地面に落ちる度に粉々になる俺の顔……思い出しただけで震えてくる。

「着替え終わった」
「そうか……なら部屋を出るぞ!」

 俺は悔しさに涙を流しながら、ラークのほうを見ずに部屋の扉へ向かう。何故ならば、彼女はたまに服がはだけていることがある。

 それを見た時のお昼は超荒れ模様だった。猛吹雪に襲われてフォルン領内で遭難した。

 部屋を出るとカーマがいつものように待ち構えている。
 
「おは……何で泣いてるの?」
「男泣きだ」
「そ、そう……」

 これは間違いなく男泣きである。男でなければ泣かないからだ。

「おはよ……姉さま!? 服!? はだけてる!」
「……おはよう」
「おはようじゃなくて!?」

 カーマがラークを部屋に連れ戻して、ドタバタと何かしている。

 危なかった。ラークの姿を見ていたら、本日の天気は大雪警報になっていた。

 おっとさらに涙が……男はつらいぜ。

 しばらくして二人が部屋から出てきたので、食堂に向かって食事をとり始める。

 ここでだけは真面目に仕事しているアピールをする必要がある。セバスチャンがいるからだ。

 パンを片手に昨日来た手紙を読んで、頑張っているアピールを行うのだ。

 これも全ては漫画読書時間を確保するためである! 特に今読んでいる漫画がちょうどクライマックスなのだ。

「アトラス様、今日は王都で商会の方との面会が」
「えっ。嫌なん……」
「何か仰いましたか? このセバスチャン、年のせいか耳が遠くなりましてな」
「何でもないからその斧をしまってください」

 どうやら今日の漫画を読む時間は消滅したようだ。

 俺はため息をつきながら、テーブルについて舟をこいでいるラークのほうへ視線を向ける。

「ラーク、王都に連れて行ってくれ」
「…………」

 あ、これ寝てるな!? 朝食もパンケーキ以外は全く手が付けられてない。

 これは非常にまずい。具体的には隣にいる爺さんから、恐ろしいオーラが漂っている。

「ラーク殿、今は朝でございます」
「…………」

 セバスチャンは笑みを浮かべた。その顔に根源的な恐怖を覚えてしまう。

 ヤバイ、これはヤバイ。惰眠り姫と不眠魔、互いの存在意義をかけた戦争が始まってしまう!

「あ、あなた、止めて……」
「やめろカーマ! 俺を二人の間に挟もうとするんじゃない! あっ、セバスチャン! 実はこれはフォルン領にかかわる重大なことのせいで!」
「なんと!? そんなことがあるなら早く申してください!」

 嘘である。そんなことあるならとっくに申しております。

 だがここで言わなければ、第二次睡眠戦争が始まってしまう……! 考えろ……考えろ……セバスチャンが納得する言い訳をっ……!

 俺の電脳頭脳を全回転させるのだ! ここでやらねばいつやるのか! 

 考えろ! 考えろ! ……漫画の最終回どんな感じだろって違う!

「……ラークが寝不足なのは…………セバスチャンのせいだ!」

 自慢の電脳頭脳がショートしたので無理やり言い負かすことにした。

「このセバスチャンのせいですと?」
「ああそうだ! 思い出せ! 心当たりがあるだろう!? ほら! アレだよアレ!」

 やけくそで本人の思い当たる節をゴリ押すことにした。人間誰でも自責の念があるはずだ!

 意味深に言えば、勝手に昔やってしまった申し訳ないことを思い出すはず!

 セバスチャンはしばらく考え込んだ後。

「思い当たる節がありませんな」

 セバスチャンは人間ではないようだ。

「せいぜいドラゴンの解体を手伝ってもらい、血まみれにさせてしまった程度ですな」
「いや思い当たれよ!? 夢に出るわ!」

 ドラゴンの解体で血まみれとか下手すりゃトラウマレベルだろ!

 そもそも何でそんなことを一国の姫にさせているんだ!? 間違いなく人選間違ってるだろ!?

「氷魔法で鮮度を確保して頂きましたぞ。いやはや便利ですな」
「マグロ冷凍装置みたいな扱いしてんな……」

 ちなみに以前にカーマもドラゴンの丸焼き作りに駆り出されていた。

 セバスチャンはあの二人を電化製品とでも思っている。

「まあそういうわけでラーク使って王都に行ってくる」

 うまく場をごまかしておいて逃げることにした。

「ところでアトラス様もラーク様を馬扱いしておりませぬか?」
「行くぞラーク!」

 ラークの手を引っ張って食堂から出る。そのまま転移してもらって王都に。

「……馬じゃない」

 行けなかった。ラークは無表情のまま立ち止まってしまった。

 どうやら少し怒っている気がする……。しかたない。

「ほらケーキだぞ」
「ひひん」

 チョロい。ラークの転移で無事に王都へと転移し、約束した商会へと向かう。

 門番に中に通されて、応接間に入るとすでに商会長が待っていた。

 彼は俺達を椅子に座らせて紅茶を出してきたっ……! なんだこの商会長は神かっ!?

 客人の椅子すら用意しないクソデブハゲ商会とは大違いである。比較するものが悪すぎる気がしなくもないが。

「ご足労頂き感謝いたします。実は着物のことでご相談がありまして」

 商会長は俺に深々と礼をした後、商談を話し始める。これだよ!

 今までの俺は貴族とは思えないほど、商人に上から目線をされてきた。だがこれが本当の姿なのだ!

 商人は貴族たる俺に無様に頭を垂れて恩恵を望む! これこそが貴族のあるべき……いやクズだなこれ。

「ところで……お二方のどちらと話せばよいのでしょうか?」

 商会長は俺とラークを見て迷っている。元々ラークはレスタ商会長の謎設定で、フォルン領に入って来たのだ。

 着物のセールスは彼女に任せていたので、何故かラークが商会長の設定がまだ生きてしまっている。

 こんな無口な少女がどうやって着物を宣伝したのか、そして流行を作ったのは謎である。

「クーラは喋れないので俺……」
「喋れる。私がやる」

 俺の言葉を遮るようにラークが声を出す。ほんの少し声に棘があるので怒っているようだ。

「いや喋れむー」
「黙って」

 く、口が開かん……!? ラークの氷魔法で上下の唇を張り付けられた!?

 だが甘いな! 俺は出されたカップを手に取り、紅茶を口につける。

 こうすれば溶け……つめたっ!? 死ぬほどつめたいっ!?

 よく見れば紅茶に色のついた氷が浮いていた。ラークめ! 紅茶まで氷水にしやがった!?

「一着、金貨十枚」
「高いですなぁ、金貨一枚がよいところかと」
「じゃあそれで」

 ラークの言葉に俺と商会長の顔が固まった。「じゃあそれで」じゃない!

 お前は交渉の妙を知らんのか!? まずは互いの希望額を言いあって、出来レース的に値段を調整するんだよ!

 金貨一枚じゃ原価すら回収できんだろうが! 相手の商会長も困惑してるだろうが! 
 
「い、いやしかし。流石に金貨一枚では売れないでしょう……?」
「売れる」
「むーっ! むーっ!」

 売れません。余裕で原価割れします。俺は必死に机をどんどん叩き、首を横に振りまくる。

 百戦錬磨の商会長もかなり困っているようだ。仮に金貨一枚で買い叩いたら、フォルン領は大赤字で辛い。向こうの商会長からしても今後俺達との関係は確実に壊れる。

 何と言うことだろう。ラークは俺と相手の両方を窮地に追い込んでいる……。

 商会長は俺とラークの様子を交互に見た後。

「えーと……金貨八枚では?」

 ものすごく困った顔をして、おそらく互いに最も公平であろう値段を出してきた。

 なんということだろう。謎に交渉が成功した!? 

「いちま……あうっ」
「八枚で行きましょう! 八枚で!」

 これ以上余計なことを言われる前に、即座にカイロを購入して口を温める!

 そしてラークに頭突きをして、黙らせて交渉をまとめることにした。

 何とか商談はまとまったのだが……。

「帰る」

 ラークは転移で一人でフォルン領に帰ってしまった。

 お、置いて行かれた……っ!?

 俺はヘリコプターを購入し、必死に操縦。着陸できないので決死のスカイダイビングをこなして、何とかフォルン領へ戻るのだった。
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