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レード山林地帯開拓編

第53話 うわべだけのクズ野郎

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「いやはや見事な脅しでしたね、簡単に口を割らせるとは。まるで本当に死んでも構わないかのような迫力でした」
「そうでしょうね」

 地面から発掘されるアデルを見ながら、軽く手を叩くワーカー農官候。

 彼はセバスチャンによるアデルへの脅迫……いや処刑を見ていた。

 あの一連の流れを脅しと考えたようで、彼はセバスチャンに感心していた。

 迫力があるのは当然である。セバスチャンは別に脅してなかったのだから。

「まあそういうわけで、これからバフォール領に向かいます」
「その前にお願いがありまして……ベフォメットの王子が、貴方にまた会いたいと王城で待ってます」
「五十年後には向かうとお伝えください」

 俺はベフォメット王子のことを思い出す。

 なんか見た目と雰囲気は爽やかイケメンだが、中身が腐った奴のはずだ。

 中身が腐ってる判定なのはカーマが魔法で心を覗いたら、彼女の手足をもいで犯す想像をしていたと聞いたから。

「そういうわけには……それに王城で匿うの大変なんですよ。正直あの王子、邪魔なんでさっさと会ってください」
「拒否権を」
「ありません」

 ワーカー農官候は有無を言わさぬ微笑みを浮かべる。俺は思わず嫌な顔をしてしまった。

 この人の笑みは悪魔のほほえみである! この笑みを見た後はいつも悪いことが起きるのだ!

 芋が盗られたりテンサイが盗られたり、知らない親戚が押し寄せてきたり。

 カラスがこちらを向いて鳴いたとか、黒猫が前を横切ったとかとは次元が違う。

 何せ今までの不幸率百パーセントである! つまりワーカー農官候は不幸の死神では……?

「すぐに王城に向かいましょう。私も帰る必要がありますし」
「落ち着きましょう。どうでしょうか、ここでお茶でも……」
「ここでお茶を? こんなクレーターや地割ればかりで、戦場だった血みどろの場所で?」
「風情があって意外と乙かと」
「そうですね。血なまぐさい風から情緒を感じますね。貴方は私を何だと思っているのですか?」
「不幸のしに……いえ何でもないです」

 満面の笑みを浮かべるワーカー農官候。これ以上笑われて不幸をもたらされてはたまらないので、急いで口をつぐむことにした。

 笑うだけで脅しになるとかなんだこの人!?

 更に笑われて不幸が乗算されても困るので、諦めてラークに王城へと転移してもらった。

 ワーカー農官候に城を案内されて、とある部屋の前にたどり着く。

「ここがベフォメット王子のいる部屋です。……ところでさっきから顔をそむけているのは何故ですか?」
「いえ王城の壁は実に綺麗だなぁと」

 これは俺の天才的な発想である。微笑まれても見ていなければ、ノーカンになるはずだ。

 不幸をもたらされるのは、その笑みを見てしまった時ならば見なければいいのである。

「ではよろしくお願いします。ベフォメット王子相手なので、くれぐれも無礼にはお気を付けください」

 ワーカー農官候は追い打ちとばかりに微笑んで去っていく。

 ……また見てしまった。今日は恐ろしい厄介ごとが襲い掛かってくるのが確定だ。

 ベフォメット王子のいる部屋に入りたくない。このまま逃げてしまおうか。

 せめて幸運開運グッズを全身に着けて、不幸の微笑を中和してから対面したい……。

 だが逃げたらまたあの死神が笑いながらやってくる。結局逃げ場はないのだ。

 諦めて扉をノックすると。

「どうぞ入りたまえ」

 入れと宣告されてしまったので、諦めて扉を開くとベフォメット王子がいた。

 超高級な椅子に座り、超高級な食卓テーブルで優雅にナイフとフォークでアンパンを食べている。

 ……アンパンのせいで凄まじいミスマッチ感である。そこはステーキとかにして欲しかった。

「よく来たね。まあ座りなさい」

 王子は立ち上がって対談用に設置された椅子に移動する。俺も奴の正面の椅子に座りこむ。

「……私に何のようですか?」

 俺が問いかけるとニコニコと笑っているベフォメット王子。その顔は本当に麗しく、年ごろの少女ならば確実に顔を赤らめるだろう。

 おのれイケメンめ……見た目と雰囲気だけは少女漫画の王子野郎め……!

 そのどす黒い内面をかもしだした見た目になれよ!

 俺はベフォメット王子の言葉を今か今かと身構える。すでに不幸の死神の宣告は受けている!

 どうせカーマを寄越せとか、七面倒くさい要求をされるに決まっているのだ!

「少しばかり話をと思ってね。君も私のことを知りたいだろう?」
「いえ欠片も興味がないので帰ります」
「釣れないな、ならば仕方ない。逆らうならば国として抗議しよう」

 なんというやつだ、国権乱用ではないか。

 仕方がないのでなるべく無礼に、ベフォメット王子から机を挟んで正面の椅子に座る。

「随分とマナーが悪いね」
「これがうちの礼儀なんで」
「テーブルに肘をつけてにらみつけるのが礼儀とは、ずいぶんと面白いことを言うね」

 何でこんな奴に礼節を尽くさねばならんのだ。

 こいつ相手に礼するくらいなら、まだクソデブハゲ商会長に……いやあいつも激烈に嫌だな。

 まだチンパンジーに礼を尽くしたほうがましだ。

 王子は優雅に紅茶を飲みながら、こっち見んな。

「ところで、君はエフィルンに勝つ自信はあるかな?」
「誰だっけ」
「君の結婚式で私が紹介した魔法使いだ」
「ああ、あの金髪の」
「彼女は緑髪だが」
 
 ……全く覚えてないのがバレてしまった。
 
 王子に全神経を集中していたから、オマケのことまで意識を割く余裕なんてなかった。

「君をここに呼んだ本題はゲームの申し込みだ。戦争時に君とエフィルンはどうせ戦うことになる。君が勝てばエフィルンをやろう、私が勝てば双子の姫をもらう」
「くたばれ」

 何でそんな俺に一切の利益がないことをせねばならんのだ。

 顔も知らない相手などどうでもいいわ!

「何故だい? エフィルンと双子の姫、そして君の力があればこの世界を掌握することも不可能ではない」
「くたばれ」
「なんだ? 君は世界の王になる気がないのかい?」
「くたばれ」

 もはや話す価値もないので、くたばれbotと化すことにした。

 こちとら国どころかフォルン領すら持てあましてるわ! 世界の王なんてなったら、毎日八時間働かなきゃいけなくなるだろ!

 王子は俺の態度に対して、やれやれと手をあげると。

「まあいいさ。どうせ君が死ねば好きなようにできる。双子の姫はどんな悲鳴をあげるのかな」

 ……仮に俺が死ぬことになれば、その時は絶対お前も道連れだ。幽霊になってても呪いコロシテヤル。

 何なら今こっそり王子に爆弾を仕掛けておきたいくらいだ。……待てよ、今ならいけるのでは?

 こっそり手元にネズミ花火を用意した瞬間、王子は立ち上がった。くそっ! 

「魔法使いどの。少しは殺気を抑えられないのかい?」
「これはうちの礼儀なんで」
「すごく殺伐とした礼儀だね。私としてはもう少し仲良く談笑したかったのだが」
「はははっ。王子が地獄の底に落ちた後に、現世からあざ笑うのならやぶさかではなですよ」

 俺の小粋な本音にも、王子は薄汚い笑みを浮かべたままだった。

 奴はこちらを観察した後に。

「ああ、そうだ。エフィルンの力を教えておこう。彼女一人で、ベフォメット全軍を超えるとまで言われている」
「随分とベフォメット全軍弱いんだな」
「なるほど。そういう見方もあるのか、君はやはり面白い」

 王子は本気で感心したかのように目を丸くしていた。くたばれ。

「彼女の魔法は、十メートルはあろうかという巨人を複数召喚する。巨大な竜巻で街を破壊するなどだね」

 神様か何か? どうせ嘘言ってるんだろ。俺を恐れさせようとしてもムダである。

 仮に本当だったら逃げよう。

 王子は俺に対して爽やかな笑みを向けてくる。鳥肌が立つ。

「どうやら信じてないみたいだね」
「わざわざ手のうちを明かす意味ないだろ。嘘に決まってる」
「エフィルンが一方的にに勝っても面白くないからね。双子の姫が手に入れるか入らないか、そんなスリリングを味わいたいじゃないか」
「随分高尚な趣味で」
「ありがとう」
「皮肉だよくたばれ」

 王子は晴れ晴れとした笑顔で部屋から去っていった。

 ……塩撒いておこう。いや撒くだけじゃダメだ。塩被って……いや海に身体を清めに行こう。

 王子が近寄らないようにするのと、ワーカー農官候の笑顔の呪いと浄化せねば。
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