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レード山林地帯開拓編
第20話 王都からの商会長
しおりを挟む俺はラークと食堂で仕事をしていた。相変わらず彼女は肌を全て外套で隠し、顔もベールをかぶっていて見えない。
王都から購入する物とフォルン領から売り出す物を相談。そしてその売り上げを利益とする。
これまでも話してきたが、彼女が転移で王都とフォルン領を行き来できるならば前提が変わる。
俺は以前から売れると思っていた食べ物。生クリームがたっぷりのオシャレなホールケーキを切り分け、ラークに振舞っている。
これは仕事である。決してサボりではない。
「どうだ? このケーキなら王都でも売れるだろ?」
「美味しい。おかわり」
ラークは空になった皿を俺に渡してくる。彼女がケーキがお気に召したようで、すごい勢いで一切れを食べてしまった。
残っているケーキを切り分けて皿にのせて、ラークの椅子の前のテーブルに置くと。
「美味しい」
ラークは一心不乱にケーキを食べ始めた。これは……ハマったな。
「どうだ? このケーキなら王都で売れるだろう?」
「ダメ」
ラークは首を横に振って、抑揚のない声で答える。
なんでだ? アンパンですら高く売れるのだ。見栄えもよくて甘いケーキが売れない道理はないだろう。
「何でだよ。お前もむさぼってるじゃないか」
「ケーキは私の物。売買拒否」
「独占禁止だ! 売らなきゃ金にならん!」
商人のくせに儲け話より欲望優先してるんじゃない!
本当に絶対こいつ商人じゃないだろ!
……そういえば俺、未だにラークの正体どころか顔すら見たことないな。
今後は彼女は専属御用商人になるのだ。商人なのか怪しいところだが、とりあえず専属御用何某にはなるのだ。
信頼関係を気づくためにも、彼女の柔肌を見ておく必要があるだろう。
「よし。ラーク、脱ごうか」
「……!?」
ラークはケーキの皿を抱えて立ち上がり、俺から距離をとる。
それと同時に床に魔法陣が展開されて――。
「氷の腕、嘆きを奏でよ」
床から巨大な氷の腕が二本発生し、俺に襲い掛かってくる!?
その場から飛び込むように逃げて、氷の腕を間一髪で回避する。
俺がつい先ほどまでいたところの床は、氷の腕が振れた瞬間に見事なまでに凍り付いていた。
「待て!? 話せばわかる!?」
「姦淫外道。朽ち果てて」
「違うって! 俺は脱いだところを見たいだけだって!」
「消えて」
「ちょっ、まっ。しぬっ!?」
必死に氷の腕の攻撃を回避していく。しばらく死ぬ気で逃げた後。
「そこだっ! フェイント! ぶっ潰れろぉ!」
最終的に腕同士をぶつかり合わせて壊すことに成功した。
床に散乱する氷の腕の残骸。まるで大ボスを倒した跡地のようだ。
「……変な倒し方」
「うるせぇ! こちとらギミック戦闘は慣れてるんだよ! ゲームの常識だ!」
しかし恐ろしい魔法だ。以前に戦ったカール領の魔法使いとは、比べ物にならない。
そもそもあの魔法使いは防壁張っただけで力尽きてたが。
俺は息切れを必死に抑えると、ラークへと向き直り。
「ラーク……お前、かなりの魔法使いだろ。転移も使えるし……死ぬかと思った」
「それよりおかわり」
「俺のこと少しは心配しない!? そもそも姦淫外道とか言ってなかった!?」
「ケーキに罪なし」
思わず脱力してしまう。前から思ってたけど、ラークはかなりマイペースだな……。
「ケーキはやるから、その代わりに外套とベールを脱げ。これから専用御用商会になるんだから、素顔くらいは見せてくれ」
「……仕方ない」
ラークはゆっくりと外套を脱いで、ベールを外す。
短めに切り揃えられた、美しい銀髪がふわりと姿を現す。
外套という隠しの消えた肌は雪のように純白だ。
そして……露わになった彼女の容姿を見て、俺は思わず息をのんだ。その顔はカーマとそっくりだった。
「……カーマ? お前変装なんて特技あったのか?」
「違う。双子の姉」
「……まじか」
「うん」
……そういえばラークの姿を見た記憶がある。以前に王都でパーティーに参加した時、ぶつかってしまった貴婦人だ。
彼女の顔を観察する。髪の色の差はあるが、無表情で大人しいカーマだ。
カーマはいつも表情豊かなので、違和感というか新鮮な感じに見れるが。
「なるほどな。何で双子なのを隠していたんだ?」
「内緒」
ラークは無表情で呟く。どうやら教えてくれる気はなさそうだ。
……そう思えば聞きたくなるのが男の性!
「ならばケーキと交換だ」
「…………ダメ」
「今ならチョコレートケーキもつけるぞ」
「……んっ……でも……だ、ダメ」
葛藤しながらも欲望に耐えたラーク。ちっ、もう一押しと言ったところか。
こうなればウェディングケーキでも出すか?
俺がゲス顔で試行錯誤していると、ラークは外套やベールを被ろうとする。
「えっ。また被るのか? せっかくの可愛い顔なんだから隠すなよ」
「嫌」
「ケーキやるから隠すなよ」
「……ん」
少し悩んだ後、俺に空の皿を差し出すラーク。これからは彼女にはケーキをダシにすればよさそうだ。
カーマはアイス、ラークはケーキか。逆にならないように覚えておこう。
俺は彼女に手を差し出して握手を求める。
「改めてよろしくな、ラーク」
「…………」
彼女は俺の差し出された手を、悲しそうな目で見つめる。
もしかして握手は嫌なのだろうか。でも以前はラークから求めてきたし……。
「……生命線が短い」
「誰が手相見ろと!? 握手! 握手だっての!」
彼女が俺の手を握ってくる。その手は雪のように冷たく、ヒンヤリとしていた。
ずっと触っているとしもやけを起こしそうだ。冷え性とかのレベルではない。
「おお? 冷たいな」
「……魔力の影響」
ラークはほんの少しだけ、憎々し気に呟いた。
先ほどの氷の腕を見るに彼女は氷系統の魔法が得意なのか。それが強すぎて抑えきれていない、と言ったところだろうか。
言葉に少しだけ含まれた感情を考えると、ラークは魔力を抑え切れていないのを気にしてるのかもしれない。
「ふぅん。夏は涼しくてよさそうだな」
「……不思議な人」
言うほど不思議だろうか? 夏に近くにいてくれるとありがたい人材だな。
冬は……まあ置いておくとしよう。
握手を終えるとラークは外套を羽織ったが、ベールはつけないことにしたようだ。
「……貴方は」
「アトラス様ぁ! お待たせいたしましたぞぉぉぉ!?」
セバスチャンが凄い勢いで食堂へと転がり込んできた。
哀れにも床の一部が凍っていたため、そのまま滑って勢いよく壁と激突。
あれではもう……。
「セバスチャン……安らかに眠れ」
「死んでおりませぬぞ!」
セバスチャンは元気よく立ち上がった。かなりの衝撃だったと思うのだがピンピンしている。
初老の爺さんなのにフィジカルが強すぎる。
「ひっく……お待たせでござる」
センダイも酒瓶片手に千鳥足で、食堂へと入って来た。
奴は凍った床をスケートのように滑って、俺達の傍へと近づいてきた。
センダイってムダに器用だよな……酔っぱらってなければかなりすごいのでは?
「して拙者らを集めた理由は?」
「ああ、これからのフォルン領の方針を伝えようと思ってな」
「それはそれは。大事な話でござるな。酒を足すので待ってほしいでござる」
「足すんじゃねぇよ、ぬけよ」
センダイは酒瓶を口につけ、ゴクゴクと飲み始める。
いつものことなので放置しつつ、俺はこの場にいる全員に対して。
「フォルン領はレード山林地帯の開拓に乗り出す。これより先、更にお前たちの尽力が必要だ」
「おお……おお……アトラス様……。先代様、貴方の息子はとうとうあのレード山林を開拓すると!」
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「無謀」
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木々が生い茂る深い森で、強力な魔物がうろつく場所だ。手がつけられずに数百年放置されていた、恐るべき地。
だがあそこが開拓できれば、王都との距離が大きく縮まる。
それにフォルン領の今後の発展には、あの山林が極めて邪魔なのだ。
逆にあそこが何とかなれば、王都に次ぐ都市になることも夢ではない!
【異世界ショップ】の力が周囲にバレた時のことを考えて、権力はなるべく強くしておきたいからな。
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