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カール領との対決編

閑話  セバスチャンの一日

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「セバスチャン様! 実は農具が壊れそうで」
「わかりました。新しい物を手配しましょう」

 私は毎朝の日課でフォルン領の人の住んでいる箇所を一周している。

 領民たちの様子を確認して困ったことがあれば聞く。田舎の狭い領土だからこそ可能な方法ですな。

「セバスチャン様! 芋が豊作だべさ! アトラス様に持ってってくれ」
「今日も元気ですなぁ。相変わらずの健脚で」
「ひっく……うぃー……もう飲めないでござる」

 通りすがる者たちとあいさつをかわし、酔っ払いが寝っ転がっているそばを通る。

 いつもの日常ですな。

「セバスチャン様! 可愛い嫁が欲しいだ!」
「私の孫はいかがですかな? 本人が気に入ればですが」
「リズ様はちょっと……いや可愛いんだべども……」
「私の孫に何か文句でも?」
「い、いやリズ様は素晴らしすぎて、オラとは釣り合わねえだ! だからその手に持ったナイフをしまうべ!」

 クワを持って少しずつ距離をとる農民。ううむ。我が孫は間違いなく可愛いはずなのに、それが原因でモテないとは……。

 誰に聞いても可愛いんだけども……となってしまう。

 王都の学校でトップの秀才で成績優秀、容姿端麗。なのにあまりの可愛さに浮いた話がひとつも出ない。

 すぐによい結婚相手が見つかると思い、結婚資金も用意しておいたのに。

 まあアトラス様に断腸の想いでお譲りしましたが。未だに返していただいてませんが、アトラス様のことですからお忘れにはなってないでしょう。

「まあよいですぞ。それよりも見回りですぞ」

 再び歩きだして領地を見回る。アトラス様がお目覚めになるまでに、屋敷に戻らねばなりませぬからな。

「でたぁ、セバスチャン様のフォルン領走破法だ!」
「恐ろしい早歩きだ……そこらの奴らの走りよりも速いぜ……」
「あれで初老のじじいかよ……セバスチャン様のせいで、俺達兵士の訓練がきつくなってるんだけど」
「爺さんに体力で負けるとは! って言われてもな……」

 何かを言ってる領民たちを後目に、急いでフォルン領の人の住んでる箇所を一周。

 そしてアトラス様の屋敷に戻り、小道具を手に取る。寝室へと突撃し我が主をたたき起こす。

 我が主君のベッドの前に立つと。

「アトラス様ぁ! 朝でございますぞぉ!」
「おはようセバスチャン! 起きてる! 起きてるからその振り上げた斧をゆっくり降ろせ!」

 アトラス様はベッドから飛び上がった。やはり我が主は目覚めがよい。いつもすぐに起きてくださって助かる。

 自堕落に惰眠をむさぼる者はダメですからな。先代は更にお早く、このセバスチャンが起こさずとも自分で目覚めてらした。

 早起きと命ならば、早起きを取ると仰っていた。

 アトラス様もそうなって頂きたいですなぁ。

「アトラス様、おはようございます。いつも通り、よい朝ですね」
「……おう。セバスチャン、たまには寝坊してもいいんだぞ」
「ご安心を。このセバスチャン、生まれて一度たりとも寝過ごしたことはございません!」
「……そうか。俺の安眠はないのか……」

 アトラス様は視線を床へと降ろした。この私の寝坊しなさに感動して頂いているのだろう。

「ではラーク様を起こしてくださいませ」
「いつものことながらかなり気まずいんだが……寝てる少女の寝室に入るって」

 アトラス様はお厳しい。朝の時間の浪費を止めてあげないということ、それは真に恐ろしいことでございます。

 このセバスチャン、とても見習えません。

「構いません。アトラス様の代わりに、セバスチャンが許しますぞ」
「お前の許しで何が変わるってんだ……」
「ではこのセバスチャンが代わりに起こして」
「じゃあ起こしてくるから! お前はラークの寝室に近づくなよ!」

 アトラス様が脱兎のごとく部屋から出て行く。

 ラーク様はつい先日、我が領の御用商人となった。それ以来、よくこの屋敷にお泊りになるのですが……全然起きてくださらない。

 初めて屋敷に泊まられた日など、夕方ごろに起きてきたのですから。

 このセバスチャンとてもそんなことを見ていられません。何とおかわいそうなのでしょうか。

 カーマ様はいつも早く起きてらっしゃいました。彼女も時間の浪費に耐えられぬお方なのです。

 私も急いで調理室に向かい、朝の食事を用意する。

 本日の献立はアンパン。アトラス様が昨日の晩に出しておられた物を、そのまま出すだけなので楽。

 食堂に向かい、アトラス様とラーク様の食事の用意をし終えると。

「……」
「おはようございます、ラーク様。ご機嫌はいかがですかな?」
「誰かのせいで最悪」
「普段通りでございますか。それはよかったですぞ」

 ベールで表情は見えないが、ラーク様はいつもと同じように少し不機嫌そうに食事の席につく。

 最悪とおっしゃるのも普段通り。いつもと同じなのですから、特に問題はありませんな。

 彼女は寝起きは常に最悪、つまりそれが標準の調子なのですぞ。

「……皮肉が通じない」
「ラーク、助言しておいてやる。セバスチャンに皮肉なんて無意味だ。それどころか思いっきり直接的に伝えても無駄だ」
「……無敵?」
「ある意味、フォルン領で最も恐ろしい存在だぞ」
「ははは。アトラス様は世辞がお上手で」

 私の言葉にアトラス様とラーク様は顔を見合わせる。

 何かお二人の間で意見が同意したらしく、見あいながらうなずいた。

 仲良いことは美しいですな。このセバスチャン、アトラス様の恋路を応援いたしますぞ。

 ラーク様……と名乗っている方か、カーマ様か……このセバスチャン、こっそりとそれとなく協力させて頂きますぞ!

「アトラス様、本日はお日柄もよいです。ラーク様とデートでもいかがですかな? 仕事は帰ってから寝ずにやって頂ければ構いませんので」
「……悪魔?」
「セバスチャン……お前もう少しこう」

 がっくりと肩を降ろすアトラス様。どうやら私の押しに物足りなかったご様子。

 これは失敗ですな。このセバスチャン、主君の想いを誤解するとは。

「失礼いたしました。本日は屋敷内で二人きりでごゆるりと……邪魔者は出ていきますゆえ!」

 そう言い残して即座に駆け出して、部屋から飛び出す。

「……押しが強すぎる」
「……以前にカーマも泣かせたからな、あいつ」

 何か仰っていた気がしますが、お二人の会話に耳を挟むほど野暮ではありませぬ。

 どうかお二人で盛り上がってくださいませ! ……いや待て、もしいいところで邪魔者が入っては困りますぞ!

 そう考えて行先を変更、寝ていた酔っ払いの元へと向かってたたき起こす。

「起きるのですぞ!」
「ひっく……セバスチャンどの。何用でござるか? これでも拙者は酒を飲むのに忙しいでござる」
「これは失礼しました。アトラス様の屋敷の防衛をお願いいたします。アトラス様とラーク様の仲を、誰にも邪魔されぬように」
「拙者、酒を飲むのに忙しいでござる」
「何を仰いますか。酒を飲むのに忙しいなら、飲みながら護衛すればよいですぞ!」

 センダイ様は私の言葉に目を丸くする。忙しいならば、同時に二つのことを行うのは常識ですぞ。

「くくっ。これは一本取られたでござるな。ではアトラス様の屋敷に向かうでござる」

 センダイ様がアトラス様の屋敷に向かうのを確認。これでアトラス様もうまく行くでしょう。

「では元々の予定をこなしますぞ」

 住人からの報告書を見ながら、急いで北の農民たちの会合に向かう。

 会合が終われば次は南の兵士たちの会合へ。更に東に西に、歩いている間に辺りが薄暗くなっていく。

 真っ暗になる前に急いでアトラス様の屋敷へと戻ると、晩餐を食べていたお二方に詰め寄り。

「アトラス様! ラーク様とはうまくいきましたか!?」
「ああ、素晴らしいほどうまくいったぞ。お前が去った後、気まずい雰囲気になるしどこかの酒飲みが俺らを肴に酒を飲んでるし」
「そうでございますか。このセバスチャン、動いたかいがありました」
「たまには止まれ」

 動きすぎると褒められてしまいましたぞ。

 アトラス様とラーク様はうまくいったご様子。今も仲睦まじくお食事をされている。

 このままいけばアトラス様の本懐を叶えられますぞ!

「ある意味最強」
「だから言ったろ。セバスチャンはヤバイって」
「お褒めに預かり恐悦至極でございます」
「「褒めてない」」

 このセバスチャン、これからもアトラス様に尽くしますぞ!

「では今から報告書類の確認と、知り合いへの手紙の作成。他領地の方への献上品の試算をしますので失礼します」
「あの人、いつ寝てる?」
「……たぶん寝てないと思うぞ」
「化け物」
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