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とうとう叙勲編
第92話 婚約
しおりを挟むアミルダ様が炎魔法を暴発させて床が燃え始めている!?
この城は木造なので下手したら全焼しかねんぞ!?
「み、水!? 水を!」
「そんなものでは間に合わぬ! 我が渾身の息吹を! すー……はああああぁぁぁぁぁぁ!」
バルバロッサさんがドラゴンブレスをくりだした! ……じゃなくて勢いよく息を床に吹きかけた。
突風もかくやの勢いのそれが、床に燃え広がりかけていた炎を鎮火させる。
「うむ! 無事に消えたのである!」
バルバロッサさんはやり遂げた顔で、俺に対して親指を立ててきた。
アミルダ様が炎魔法を暴発して危うく白竜城が紅蓮に染まりかけたが、何とかボヤ騒ぎでおさめることができた。
……エミリさんはよく光を漏らしてるが、アミルダ様の場合は洒落にならない。
「……す、すまない。魔法が暴発してしまった……」
珍しく小さくなって落ち込んでいるアミルダ様。
動揺すると魔法が暴発するのはエミリさんも同様だ。何だかんだで二人は血がつながっているんだなぁ……火力が違いすぎるけど。
「アミルダ様にしては珍しいですね……人間誰しもミスはありますよ。エミリさんなんて頻繁に光が漏れてますよ」
「ミスで済ませてよいレベルではなかったがな……」
「まあ何とかなったのでよいじゃないですか」
「人生こういうこともあるのである。むしろ今までアミルダ様は失敗をしなさ過ぎたのである。この程度ならいくらでも大丈夫である」
……そ、それは大丈夫じゃないのである。いや大丈夫じゃない。
白竜城全焼の危険もあったので……流石に再発はちょっと。
「……安心しろ、リーズ。もう二度とこんな醜態は犯さぬ……それで先ほどの話の続きだが……」
アミルダ様は俺の方をキッと見ながら顔を赤く染めていた。
今度は炎が出る気配はなさそうだな。
「む、ちょっと吾輩は席を外すのである」
「えっ?」
バルバロッサさんはいそいそと玉座の間から出て行き、俺とアミルダ様だけが相対することになる。
彼女はもはや玉座に座らずに立っていて、正面から俺を見続けてくる。
「わ、私と結ばれたいと、婚姻したいと言ったな?」
「はい」
「……私は女を捨てた身だ。女らしさも可愛げもない。それでもよいと?」
「もちろんです」
俺の言葉にアミルダ様は目を見開き、しばらく逡巡した後に。
「……私は王子様に憧れていた」
「王子様ですか?」
「幼い少女の他愛ない夢だ。よく言うだろう、白馬に乗った王子様が迎えに……というやつだ」
アミルダ様からは似つかわしくない言葉が出て来たな。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、彼女は更に話を続けていく。
「無論、努力もせずに助けを求めたいわけではない。よくおとぎ話で白馬の王子様が困りごとを全て解決してくれて、姫は苦労せずに幸せに暮らしましたとある。だが私はそれは好かない」
「何故ですか? すごくよい王子様だと思うのですが」
「他力本願に過ぎる。甘やかされ過ぎている、ペットとして飼われるのと同じだ」
ま、まあ確かに……でも普通のお姫様がそもそも、そこまで苦労しない暮らしだと思うのだけども。
「……アーガ王国の侵攻で父上たちが殺された後、私は誰の助けを求めても無駄だと心に鋼を纏って女王となった」
……以前にバルバロッサさんに聞いた話だな。
アミルダ様は元々はこんな口調ではなくて、普通の貴族令嬢だった。
だがアーガ王国の侵攻で父親と兄が殺され、国を纏めるために今のアミルダ様へと変わらざるを得なかった。
「だがどれだけ足掻いても国力差は埋まらず……もう一年ほど前か、アーガ王国がいつ攻めてくるかで夜も眠れなかった。攻められたらハーベスタ国に勝ち目はない。どんなに努力しても事態は好転せず、いつも喉元に剣の切っ先をつきつけられた気分だった」
「…………」
「国が焼ける夢を何度も見た。その度に起きた時、夢であったことに安堵し……いつ現実になってしまうのかと恐れた」
アミルダ様は苦笑しながら呟く。
その表情はとても茶化せるものではなく……真実であると物語っていた。
「そうしてとうとう、アーガ王国が戦準備をし始めたと報告が来た。戦力差は歴然、降伏しても無駄。もう寝ることもできなかった、次に見た夢は現実になりそうだったから。出来ることは全てやった、でも勝ち目がない」
今のアミルダ様は、まるで儚げな少女のようだ。
凛々しさという衣が消えて、年相応の女の子にしか見えない。
「水に沈みゆく中、無駄だとわかって足掻くしかなかった。そんな状態でノコノコとS級ポーションを持った男が現れた」
「ノコノコ……」
「今にも滅ぶ国にやってきて、仕官したいと言ってくる者などそう表現するしかないだろう。ましてや製造不可能なはずのS級ポーションを携えてだぞ」
確かに……あの状況でリアカーでS級ポーション持ってくる奴など、ノコノコと来た馬鹿としか表現できない……。
「凄まじく怪しい奴が来たと思っていた。だがまあ……もうどうにもならないので、どうにでもなれと雇い入れた」
「やぶれかぶれ過ぎませんかね……」
「否定はしない。その怪しい者はいきなり大量の鎧を用意し、どん底だった兵の士気を上げ……負け確定の戦に圧勝をもたらした」
鉄の鎧とか槍とか豪炎鎧とか用意したなぁ。後は肉まんとかポーションでドーピングしたくらいか。
「そして……その後も連戦連勝。私ではどうにもならなかったことを、全て助けてくれた」
「なるほど」
アミルダ様視点の話は、何となく自分ではない誰かのことのようだった。
いや自分の働きであることは知っているのだけれども。
「つまり、その……私にとって王子様だった」
「その王子様、偽物では? 白馬に乗ってませんし、荷車引いてきてますよ。玉子様では?」
俺は王子様なんてガラではない。それだけは断言できる。
だがアミルダ様は首をゆっくりと横に振った。
「王子が白馬に乗っている必要はない。御者つきの馬車を連れてくれた方が親切だ。そも手段も方法もどうでもよい、助けてくれたことが全てだ」
そしては彼女は息を何度も吸って吐いてを繰り返した後、意を決したように。
「……な、なので。リーズ、其方は…………私が憧れていた夢そのもの、もう無理だとなった時に全てを救ってくれた、王子様なのだ」
「…………」
「私は其方に相応しくないと思っている。エミリの方がよほど魅力的だと考えている。それでも、私がよいと言ってくれるなら……」
アミルダ様は、少しだけ言葉を止めた後に、恐る恐るゆっくりと口を開いた。
「私の、夫になってくれますか?」
アミルダ様は気恥ずかしいのか、俺の方を直視せずに伝えてくる。
……え? マジですか? 本当に結婚できるんですか!?
ここでいきなりドッキリでしたーとか、大きな看板持って誰か出てこないだろうな!?
だが彼女は何かに気づいたのか、ハッとした様子で慌てだした。
「ただその……まだ婚約までとして欲しい。ハーベスタ国は万全ではないのでその……今の状況で私が動けなくなると困る……」
アミルダ様の声がどんどん小さくなっていく。
いつもの堂々とした態度はどこへやら、そこにいたのは恥ずかしがる少女であった。
なにこの人可愛い。これがギャップ萌えか……。
思わずアミルダ様のギャップに圧倒されていると、部屋の扉が吹き飛んだ!?
「おおぉぉぉぉ! とうとうアミルダ様がご結婚を……! このバルバロッサ、涙で前が見えませぬぞぉぉぉぉ!」
いきなり部屋に戻ってきて、父親のように号泣しだすバルバロッサさん!?
凄まじい声音でわめくので鬼の目にも涙などと思ったのは内緒である。
「……婚約となれば色々と動かねば。まずは国内への発表をどうするか……褒美に対する恩賞の意味もあるので、盛大に国民を集めて発表の儀を開かねば」
「えっ。そ、そこまでするんですか……!?」
「当たり前だ。ことは女王の婚約な上、手柄を立てて成り上がった者と結ばれるのだから」
……なんかグダグダだけど、結婚できてしまうらしい。マジか。
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