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疾風迅雷のバベル編
第53話 時は金なり
しおりを挟む「馬を妨害する木の柵などを構築したか、よくやった。なら後は兵士さえ用意すればアーガ王国に対して有利に戦えるな」
「と言ってもまだ未完成ですけどね。大っぴらに造るとバレるので、仕上げは戦う直前にやります」
俺とエミリさんは国境付近に野戦築城を構築した後、アミルダ様の屋敷に戻って報告をした。
するとすぐに主要メンバーが集められて評定が開始されている。
「ハーベスタ全軍を以て野戦築城を利用しアーガ王国軍を撃退後、その足でモルティ国への侵攻を行いたい。だが今回の敵は厄介だ」
「何かあったのですか?」
「疾風迅雷のバベルが出陣すると情報が入った」
その名を聞いた瞬間、背筋に悪寒が走った。
バベル……俺の復讐対象だ! とうとうアッシュの右腕であるあいつが出てくるか!
「バベルは極めて迅速に兵を動かす将として恐れられている。だが私は相対したことがない。リーズよ、バベルの人柄などについて教えて欲しい」
そういえば以前にアミルダ様が見たのは、アッシュとボルボルだけでバベルはいなかったな。
「奴は極めてせっかちです。軍の指揮は即断即決、スピードに全てをかけてゴリ押します。なので奴の軍の要となるのは騎馬隊です。後はナルシストでクズですね、侵攻した領地で捕縛した女性奴隷コレクションが自慢です」
「……アーガ王国には性根の腐った者しかいないのか?」
「俺の知る限りでは」
バベルの用兵は『兵は拙速を尊ぶ』を地で行く。というかそれしかない。
用兵の例えで有名な風林火山で言うなら『風風風風《ふうふうふうふう》』である。ロウソクでも消しているかのようだ。
「なるほど。奴は疾風迅雷の異名も持つし、ボルボルと違って功績も上げてきた。決して無能ではないでよいか?」
「そうですね、有能かは知りませんが。後は一指揮官とは思えないほど裁量権を持っています。奴の一存で軍を戦わせず撤退など、事前の作戦をひっくり返す権限もあります」
リーズのチートゴリ押しでの補給態勢支援があったとはいえ、バベルの軍は凄まじい侵攻スピードだったからな。
奴はリーズのチート生産を最も使いこなした男と言えるだろう。相性がよかっただけかもしれないが。
「あ、それとボルボルと違って部下の信頼もそこそこありますよ。先ほど言った女コレクションを功績をあげた部下に褒美として譲渡したりで、信頼を稼いでたりしてます」
「「…………」」
アミルダ様とエミリさんが黙り込んでしまった。
俺も正直酷いとは思うが、受け取った部下はすごく喜ぶんだよな。
何せ元貴族の令嬢などを性奴隷にできるのだ、性欲強い男からすれば垂涎の的になってしまう。
「全く以て女の敵だな。そろそろまともなアーガ王国の将校に巡り合いたいものだ」
ため息をつくアミルダ様。安心してください、アーガ王国の将校は大抵こんな感じです。
「まあよい、ならば作戦に代わりはない。アーガ王国に侵攻を仕掛けさせて野戦築城で撃退し、その足でモルティに攻める」
アミルダ様は作戦を決定したようだが……彼女の思い通りに行くだろうか?
今回の仕掛けはこれまでの兵器補強などとは訳が違う。ひとつだけ重大な欠点が存在した。
「アミルダ様、僭越ながらお聞きしたいのですが。野戦築城はアーガ王国軍が攻めてこないと意味ないですよ? バベルは無能ではありません。モルティ国の支援に努めるなら、兵を国境付近に置いて攻めるフリだけでは?」
「た、確かにそうですね。あれだけ惨敗を繰り返したら、アーガ王国も私たちのこと警戒するでしょうし……しますよね?」
「ボルボル並みに無能な指揮官でなければ流石にすると思います」
エミリさんに対して頷いておく。
野戦築城は敵がそこに攻めてくれないと意味がない。
クロスボウや業炎鎧にガソリンなどは持ち運べるから攻撃にも使えるが、今回は完全なる防衛設備だ。
設置場所はアーガ王国が侵攻するなら必ず通らざるを得ない要所なので、奴らが我が国に攻めてくるならば使えるが……。そもそも敵側が仕掛けてくれないと意味がない。
防衛設備である以上、そもそも侵攻されなければどうにもならないのだ。
だがアミルダ様はそんなことは想定済みと言わんばかりの顔だ。
「それに対しては私に策がある。国境付近に我が兵を集結させて、アーガ王国に攻め込むフリをする」
「余計に敵が防備を固めて籠ってしまうような……」
「そこを何とかしてこそだろう。貴様に頼ってだけでは私の存在価値がない」
アミルダ様は少し自嘲した笑みを浮かべる。
いや貴女は内政も極めて優秀なので、仮に戦で全くの役立たずでも十分働いてますよ……と言っても無駄なんだろうなぁ。
「だがこの策には時間制限がある。収穫時期の今の時期しか通用せぬ。よって即座に兵を集めて進軍を開始する! すぐに取りかかれ!」
また彼女の策略によってアーガ王国軍が動いてくれるのかな。
でも今度は流石に偽の命令書は使えないだろうけど、どうするおつもりなんだろうか。
この時期しか使えない策というのがよく分からないが……アミルダ様だからな、きっとまた神算鬼謀にて敵を動かすのだろう。
「それとリーズ、貴様は騎馬に乗れるか?」
「かろうじては……」
「なら馬を渡すので今後は貴様も騎馬に乗って出陣せよ。仮にも国の指揮官クラスが徒歩では兵の士気に関わる」
偉い者が馬に乗る理由のひとつとして、手柄を立てて出世すればよい思いができると兵に見せつけるのがある。
馬とは一般人にとって憧れなのだ。地球で高級車乗ってる者を羨ましがるのと同じようなものだ。
騎馬に乗った隊長を見て、一般兵たちはいずれは俺達もと想いをはせて士気が上がる。
逆に超お金持ちが格安自動車に乗ってると……悪いとは言わないが夢はないよね。
そんなことを考えながら部屋を出ていくのだった。
あ、そういえば新しく作った狼煙について知らせるの忘れてたな……まあいいか。
----------------------------------------------------
リーズが出て行った後の部屋では、エミリがバルバロッサに向けて愚痴を話していた。
すでにアミルダも部屋から去っていて彼女ら二人きりである。
「叔母様の指示が辛いんですよぉ!? 無理です! 私にリーズさんを落とすなんて無理です!? いっそ叔母様のセットみたいな感じで売ってくれた方がまだ希望ありますよぉ!」
「うーむ……吾輩としてはリーズが王家の親族になると嬉しいのでありますが」
「何とか叔母様を説得してくださいよぉ! 叔母様が篭絡してくれって! こないだのパーティーでも私は眼中になかったですよあの人!」
エミリはやけくそ気味に叫び続ける。
彼女は見目麗しくモテる。それに何だかんだでリーズに悪い虫がつかないように仕事もしている。
だが最も重要な命令に関しては未だに欠片も成果がなかった。
別にリーズはエミリを嫌ってはいない。ただ純粋に身分違いと考えていて、恋愛対象として見られていないだけなのだが。
「そもそも叔母様って好みの人いるんですか!?」
「四年ほど前に理想の男性像を聞いた記憶はありますが」
「あの叔母様に!? どんな人ですか!?」
「落ち着くのである、エミリ様! 四年前の少女時と今では好みもだいぶ違って……」
「それでもいいですから教えてください! 気になります!」
「わ、わかったのである! 服が筋肉に引っかかって千切れるので引っ張らないで欲しいのである!」
エミリに詰め寄られたバルバロッサは、ため息をつきながら口を開いた。
「困ったことがあれば颯爽と助けに来てくれる、馬車を曳いた馬に乗った王子様、でしたな」
「お、叔母様の恋する相手が王子様!? むしろ叔母様が王子様側では!? それに何で馬車!? 白馬の王子様では!?」
ひたすら困惑するエミリ。
彼女からすればアミルダは男よりも恰好よい人である。なので姫みたいな考えを言われて混乱していた。
「確か……女を乗せるなら馬よりも馬車のほうが、気遣われてる感じがあってよいと。お姫様なら馬に乗ると疲れるだろうと」
「明らかに夢見がちな妄想なのになんでそこだけ現実的……そもそも叔母様は乗馬も完璧では? それに……馬車曳いた馬に乗る王子様って少し格好悪いような」
「格好良さよりも実利を求めていたのでは? まあ幼き頃の夢。今は変わっておるでしょうぞ」
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