20 / 26
本編
1−18
しおりを挟む
「失礼します。生二つ、こちらに置いていきますね」
「ありがとうございます」
店員からビールを受け取り一つを凪に渡す。同時にグツグツと音がし始める土鍋を二人で見つめ、直後に顔を少し上げて凪を見る。
嬉しそうに笑って置いてある布巾を持つと鍋の蓋へと手を掛けた。
「お、いいんじゃない?そろそろ開けちゃうか!」
「ええ、お願いします」
カパッと開けた土鍋の中には沢山のきのこ。きのこ鍋だったのか、と思っておたまを入れるとそんなこともなかった。大きめに切られた鳥もも肉が出てきたし、きのこはどうやら蓋代わりだったようだ。
「鶏きのこ鍋なんだよなぁ、ここの名物。あ、この七味美味いらしいからたんまりかけてな。あんま辛くないから思ったよりかけても大丈夫」
「なるほど、そうでしたか。珍しいですね、きのこが有名だなんて。ふふ、じゃあいつもより多めにかけても良いですかね?」
「おう。チャレンジ精神は大事だぞ。まぁ、俺が食えるから言えることだけど」
言いながら凪の器にきのこや肉を取って入れてあげ、自分の分も取り分ける。
凪が言ってはいたものの、七味をこれでもかと入れているのを見て目を丸くすれば、こんくらい入れても全然平気だぞ、と満面の笑みで返された。凪が笑顔で言うのなら自分もやってみようと凪の入れた量より少しだけ減らして入れてみる。
凪が言うなら何だって正しいというか、合わせたいと思ってしまうのだがこればかりは食べられなくなる可能性があるから妥協した。ここが自分の気持ちの落とし所だ。たかが七味の量のことなのに、自分に対して随分と長くて重い言い訳をして手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「ふふ、いただきます」
鍋、美味しかったな…今度家でも一人鍋してしまうかもしれない。
それくらい美味しかった。程よく煮た鳥もも肉は柔らかくて味が染みていて、簡単に噛み切れる肉からはじゅわりと鍋の汁と肉汁が出てくるのだ。きのこもいい出汁を出しながらも味が染み渡って噛むたびに独特の風味や食感が楽しめた。
それと、何ヶ月も凪と過ごして陽の体は学んでしまったことがある。そう、ビールが美味い。こう、鍋とか肉とかと一緒に飲むビールのなんと美味いことか。普段は全く飲まないのだが、凪につられて週末だけは決まったように一緒に飲んでしまう。凪とじゃないと美味しく飲めないので結局普段は飲まないが。
そして、今日は進展があったのだ。そう、今まで苗字で呼んでいたのだが、ついに凪さんになったのである。凪が「つかいい加減砕けた喋りに出来ないのか?あとさん付けてていいから名前でいいんだけど。他人行儀過ぎるだろ」と言われた結果だったのだが、これはとても大きな進歩であった。
陽がここまで親しくなったのはそもそも凪だけだったのだが、その記録を更新しようなものだ。
「俺が遅くなったせいでもう九時か。どうする?もう一軒行きたくなる時間ではあるけど、あんまり詳しくないもんで」
「あぁー…僕も余り詳しくは…」
「…そういや、俺と家近いんだっけ?」
「近いですね」
「来る?宅飲みのが楽じゃん、だったら」
た、宅飲み…!?宅飲みってあの宅飲み…?家で、家で飲むやつ…!
外で友人と食べる生活すら凪としか経験が無い陽。人様の家で酒を飲むなど初めても良い所である。とはいえ、今こうやって外で食べたりできるのですら実家を出たからに他ならないが。
「じゃ、じゃあいつものスーパーとかでお酒、買いますか?」
「ふはっ、そういうこと!同じ方面だとこういう時楽でいいな。食べに行くより宅飲みのが時間合わせやすいし、今度から宅飲みも視野に入れるか。寧ろなんで今まで思いつかなかったんだろうなー」
まぁ、理由は簡単だ。そんな考えが僕には無いから…と言うのが陽の本音であるが、どちらかというと本質は別にある。けれど、陽の状況を知らない凪と同じで、陽も凪の気持ちや思惑など知らない。
あえて言うならそれが一番の理由だったのだが、凪としても陽としてもここでこの話題が出るくらいが丁度良かったのかもしれない。
陽は思う。
もし最初からこの話が出ていたら、自分はきっと申し訳なくて断ってしまうし、そうなればこんな関係にもならなかったかもしれない、と。そう考えるとなんだかんだで凪相手だったからこそここまで上手く関係を築いて来られたと言える。
年齢の割に無邪気な笑顔で言われたのを笑顔で返しながら、陽はやっと仕事以外で社会人らしいことをしている、と青春をしているような錯覚に襲われた。
高揚する気持ちを抑えられないのが顔に出ていたのか、もう外に出ているのに赤くなっている。
人と関わるのは楽しいことだ、とこの時初めて陽は理解したのかもしれない。
「ありがとうございます」
店員からビールを受け取り一つを凪に渡す。同時にグツグツと音がし始める土鍋を二人で見つめ、直後に顔を少し上げて凪を見る。
嬉しそうに笑って置いてある布巾を持つと鍋の蓋へと手を掛けた。
「お、いいんじゃない?そろそろ開けちゃうか!」
「ええ、お願いします」
カパッと開けた土鍋の中には沢山のきのこ。きのこ鍋だったのか、と思っておたまを入れるとそんなこともなかった。大きめに切られた鳥もも肉が出てきたし、きのこはどうやら蓋代わりだったようだ。
「鶏きのこ鍋なんだよなぁ、ここの名物。あ、この七味美味いらしいからたんまりかけてな。あんま辛くないから思ったよりかけても大丈夫」
「なるほど、そうでしたか。珍しいですね、きのこが有名だなんて。ふふ、じゃあいつもより多めにかけても良いですかね?」
「おう。チャレンジ精神は大事だぞ。まぁ、俺が食えるから言えることだけど」
言いながら凪の器にきのこや肉を取って入れてあげ、自分の分も取り分ける。
凪が言ってはいたものの、七味をこれでもかと入れているのを見て目を丸くすれば、こんくらい入れても全然平気だぞ、と満面の笑みで返された。凪が笑顔で言うのなら自分もやってみようと凪の入れた量より少しだけ減らして入れてみる。
凪が言うなら何だって正しいというか、合わせたいと思ってしまうのだがこればかりは食べられなくなる可能性があるから妥協した。ここが自分の気持ちの落とし所だ。たかが七味の量のことなのに、自分に対して随分と長くて重い言い訳をして手を合わせる。
「じゃあ、いただきます」
「ふふ、いただきます」
鍋、美味しかったな…今度家でも一人鍋してしまうかもしれない。
それくらい美味しかった。程よく煮た鳥もも肉は柔らかくて味が染みていて、簡単に噛み切れる肉からはじゅわりと鍋の汁と肉汁が出てくるのだ。きのこもいい出汁を出しながらも味が染み渡って噛むたびに独特の風味や食感が楽しめた。
それと、何ヶ月も凪と過ごして陽の体は学んでしまったことがある。そう、ビールが美味い。こう、鍋とか肉とかと一緒に飲むビールのなんと美味いことか。普段は全く飲まないのだが、凪につられて週末だけは決まったように一緒に飲んでしまう。凪とじゃないと美味しく飲めないので結局普段は飲まないが。
そして、今日は進展があったのだ。そう、今まで苗字で呼んでいたのだが、ついに凪さんになったのである。凪が「つかいい加減砕けた喋りに出来ないのか?あとさん付けてていいから名前でいいんだけど。他人行儀過ぎるだろ」と言われた結果だったのだが、これはとても大きな進歩であった。
陽がここまで親しくなったのはそもそも凪だけだったのだが、その記録を更新しようなものだ。
「俺が遅くなったせいでもう九時か。どうする?もう一軒行きたくなる時間ではあるけど、あんまり詳しくないもんで」
「あぁー…僕も余り詳しくは…」
「…そういや、俺と家近いんだっけ?」
「近いですね」
「来る?宅飲みのが楽じゃん、だったら」
た、宅飲み…!?宅飲みってあの宅飲み…?家で、家で飲むやつ…!
外で友人と食べる生活すら凪としか経験が無い陽。人様の家で酒を飲むなど初めても良い所である。とはいえ、今こうやって外で食べたりできるのですら実家を出たからに他ならないが。
「じゃ、じゃあいつものスーパーとかでお酒、買いますか?」
「ふはっ、そういうこと!同じ方面だとこういう時楽でいいな。食べに行くより宅飲みのが時間合わせやすいし、今度から宅飲みも視野に入れるか。寧ろなんで今まで思いつかなかったんだろうなー」
まぁ、理由は簡単だ。そんな考えが僕には無いから…と言うのが陽の本音であるが、どちらかというと本質は別にある。けれど、陽の状況を知らない凪と同じで、陽も凪の気持ちや思惑など知らない。
あえて言うならそれが一番の理由だったのだが、凪としても陽としてもここでこの話題が出るくらいが丁度良かったのかもしれない。
陽は思う。
もし最初からこの話が出ていたら、自分はきっと申し訳なくて断ってしまうし、そうなればこんな関係にもならなかったかもしれない、と。そう考えるとなんだかんだで凪相手だったからこそここまで上手く関係を築いて来られたと言える。
年齢の割に無邪気な笑顔で言われたのを笑顔で返しながら、陽はやっと仕事以外で社会人らしいことをしている、と青春をしているような錯覚に襲われた。
高揚する気持ちを抑えられないのが顔に出ていたのか、もう外に出ているのに赤くなっている。
人と関わるのは楽しいことだ、とこの時初めて陽は理解したのかもしれない。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
檻の中
Me-ya
BL
遥香は蓮専属の使用人だが、騙され脅されて勇士に関係を持つよう強要される。
そんな遥香と勇士の関係を蓮は疑い、誤解する。
誤解をし、遥香を疑い始める蓮。
誤解を解いて、蓮の側にいたい遥香。
面白がる悪魔のような勇士。
🈲R指定です🈲
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説はだいぶ昔に別のサイトで書いていた物です。
携帯を変えた時に、そのサイトが分からなくなりましたので、こちらで書き直させていただきます。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる