天を仰げば青い空

朝比奈明日未

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本編

1−18

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「失礼します。生二つ、こちらに置いていきますね」
「ありがとうございます」
 店員からビールを受け取り一つを凪に渡す。同時にグツグツと音がし始める土鍋を二人で見つめ、直後に顔を少し上げて凪を見る。
 嬉しそうに笑って置いてある布巾を持つと鍋の蓋へと手を掛けた。
「お、いいんじゃない?そろそろ開けちゃうか!」
「ええ、お願いします」
 カパッと開けた土鍋の中には沢山のきのこ。きのこ鍋だったのか、と思っておたまを入れるとそんなこともなかった。大きめに切られた鳥もも肉が出てきたし、きのこはどうやら蓋代わりだったようだ。
「鶏きのこ鍋なんだよなぁ、ここの名物。あ、この七味美味いらしいからたんまりかけてな。あんま辛くないから思ったよりかけても大丈夫」
「なるほど、そうでしたか。珍しいですね、きのこが有名だなんて。ふふ、じゃあいつもより多めにかけても良いですかね?」
「おう。チャレンジ精神は大事だぞ。まぁ、俺が食えるから言えることだけど」
 言いながら凪の器にきのこや肉を取って入れてあげ、自分の分も取り分ける。
 凪が言ってはいたものの、七味をこれでもかと入れているのを見て目を丸くすれば、こんくらい入れても全然平気だぞ、と満面の笑みで返された。凪が笑顔で言うのなら自分もやってみようと凪の入れた量より少しだけ減らして入れてみる。
 凪が言うなら何だって正しいというか、合わせたいと思ってしまうのだがこればかりは食べられなくなる可能性があるから妥協した。ここが自分の気持ちの落とし所だ。たかが七味の量のことなのに、自分に対して随分と長くて重い言い訳をして手を合わせる。

「じゃあ、いただきます」
「ふふ、いただきます」

 鍋、美味しかったな…今度家でも一人鍋してしまうかもしれない。
 それくらい美味しかった。程よく煮た鳥もも肉は柔らかくて味が染みていて、簡単に噛み切れる肉からはじゅわりと鍋の汁と肉汁が出てくるのだ。きのこもいい出汁を出しながらも味が染み渡って噛むたびに独特の風味や食感が楽しめた。
 それと、何ヶ月も凪と過ごして陽の体は学んでしまったことがある。そう、ビールが美味い。こう、鍋とか肉とかと一緒に飲むビールのなんと美味いことか。普段は全く飲まないのだが、凪につられて週末だけは決まったように一緒に飲んでしまう。凪とじゃないと美味しく飲めないので結局普段は飲まないが。
 そして、今日は進展があったのだ。そう、今まで苗字で呼んでいたのだが、ついに凪さんになったのである。凪が「つかいい加減砕けた喋りに出来ないのか?あとさん付けてていいから名前でいいんだけど。他人行儀過ぎるだろ」と言われた結果だったのだが、これはとても大きな進歩であった。
 陽がここまで親しくなったのはそもそも凪だけだったのだが、その記録を更新しようなものだ。
「俺が遅くなったせいでもう九時か。どうする?もう一軒行きたくなる時間ではあるけど、あんまり詳しくないもんで」
「あぁー…僕も余り詳しくは…」
「…そういや、俺と家近いんだっけ?」
「近いですね」
「来る?宅飲みのが楽じゃん、だったら」
 た、宅飲み…!?宅飲みってあの宅飲み…?家で、家で飲むやつ…!
 外で友人と食べる生活すら凪としか経験が無い陽。人様の家で酒を飲むなど初めても良い所である。とはいえ、今こうやって外で食べたりできるのですら実家を出たからに他ならないが。
「じゃ、じゃあいつものスーパーとかでお酒、買いますか?」
「ふはっ、そういうこと!同じ方面だとこういう時楽でいいな。食べに行くより宅飲みのが時間合わせやすいし、今度から宅飲みも視野に入れるか。寧ろなんで今まで思いつかなかったんだろうなー」
 まぁ、理由は簡単だ。そんな考えが僕には無いから…と言うのが陽の本音であるが、どちらかというと本質は別にある。けれど、陽の状況を知らない凪と同じで、陽も凪の気持ちや思惑など知らない。
 あえて言うならそれが一番の理由だったのだが、凪としても陽としてもここでこの話題が出るくらいが丁度良かったのかもしれない。
 陽は思う。
 もし最初からこの話が出ていたら、自分はきっと申し訳なくて断ってしまうし、そうなればこんな関係にもならなかったかもしれない、と。そう考えるとなんだかんだで凪相手だったからこそここまで上手く関係を築いて来られたと言える。
 年齢の割に無邪気な笑顔で言われたのを笑顔で返しながら、陽はやっと仕事以外で社会人らしいことをしている、と青春をしているような錯覚に襲われた。
 高揚する気持ちを抑えられないのが顔に出ていたのか、もう外に出ているのに赤くなっている。
 人と関わるのは楽しいことだ、とこの時初めて陽は理解したのかもしれない。
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