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真夜中の会話

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*********【情景】

 満月に照らされて、ガタガタと広大な屋敷の前に真っ白な馬車が止まった。

 そこからすらりと背の高いドナルドが降りてきて、凛々しい佇まいでセルンを一瞥いちべつした。

「おかえりなさいませ、ドナルド様」

 セルンを素通りして、ドナルドは穏やかに歩を進めた。その表情はやや険しく見える。

 そうして長い廊下をとおり、木製の階段を上りながら、ドナルドが沈着な声を発した。

「フェーリの様子はどうかね、セルン」

「はっ。2通目のお手紙でお伝えした通り、お嬢は熱をだして、いま部屋で休まれています」

「……そう」

 セルンに付き添われ、廊下の1番奥にある扉を前にしてドナルドは足を止めた。

 すぐ横には、王の紋章を描く大きなステンドグラスがある。
 そこから差し込まれた鈍い月明かりが、ドナルドの暗い顔を淡く彩った。

 扉を開けようとしたセルンに手を振って、ドナルドが自ら取っ手に触れた。
 そして一瞬戸惑ってから、そっと開ける。

「……私は父親として失格だ」

 少しだけ空いたその隙間から中を覗きこみ、ドナルドが呟いた。森閑とした屋敷の中、その声は異様に大きく響きわたった。

「……ドナルド様、そんな──」

「いいんだ。セルン」

 不意をつかれたセルンの声にかぶせて、ドナルドはさらに顔を曇らせた。

「たった1人の娘がこんな可哀そうな目に遭っているのに、私はね、この状況をどう利用すればいいのかしか、頭にないのだよ……」

 蝋燭の灯りに照らされて、深く眠るフェーリの顔を静かに眺めながら、ドナルドが言った。

「ニロ様の教師としてフェーリが指名されたと聞いて、通常の宴会にどうしても参加しなかった彼をいろんな手で出席させた甲斐があったと、私は心底喜んだ。これで計画どおり物事が進められる」

 ややあって、ドナルドは小さくため息を吐いた。

「もしね、セルン。フェーリの幸せかコンラッド家の未来か。どちらかを犠牲にしなければならないのなら、私は迷わず彼女の幸せを犠牲にするだろう。そのくらい私は……」

 扉の取っ手に力を込めたドナルドの手に気づき、セルンがおもむろに口を開く。

「……ドナルド様がいなければ、文家は確実に滅んでしまいます。そうなれば経済が荒れて、王国が傾く……いいえ、その存続すら危ぶまれる事態となりましょう。それを避けるためにも文武の対立をなくさなければ、王国は持ちません」

 空いた扉の隙間に視線を投げかけつつ、セルンが言葉をつづけた。

「……そして現時点でそれを可能にできるのは、お嬢だけです」

 無力感を漂わせたセルンの姿をみて、ドナルドはやや驚いた顔になった。だが、すぐさまその口元に笑みが浮かんだ。

「セデック伯爵と例の話が通った。これでフェーリを狙う連中もいなくなるはずだ」

 喜びの色を帯びたその口調に、セルンは固唾を呑み、確認のごとき言葉を紡ぎだす。

「……それは、キウスとの話でしょうか」

「うん。そうだよ」

「そう、ですか……。確かに、それならお嬢を狙う愚者どももいなくなるでしょう」

 笑顔でそう返すと、セルンは再び俯いた。
 自分の足元をじっと見つめるその青藍の瞳はかすかに揺れて、どこか悔しそうだった。

「うん。それで、フェーリに怖い思いをさせたストロング子爵にもたっぷりとそのツケを支払ってもらわねばだね」

 セルンの憂いに気づかないふりして、ドナルドは扉を閉めた。その穏やかな声には怒りのようなものがあった。

「あ、ドナルド様。それについてなんですが、お嬢がこんなことを言っています」

 なにかを思い出したセルンはドナルドに手紙を差し出す。

 それを受け取り、きれいに書かれた黒い文字をサラッと目で追うと、ドナルドはやれやれと長い息をもらした。それをみて、セルンも困ったように言葉を加えた。

「お嬢は眠るまでずっと『極刑だけは』と言っていました」

「そうかい。うん。ただこれは見せしめのいい機会だから……」

 と手紙に目を落としつつ、ドナルドは悩ましげに瞼を閉じた。

 そうして数秒ほど経ってから、ゆっくりと開けられたその青い瞳は先ほどの冷たさをなくして、優しい光を帯びていた。

「……うん。でもあの子の願いなら、仕方ないね」

 慈愛に満ちあふれた口調でそう呟くと、ドナルドは大事そうに手紙を封筒に戻したのだ。
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