8 / 29
予感
しおりを挟む
「おはよう、お嬢」
「……おはよう」
宴会から一夜が明けた。
着付けを終えて部屋からでると、そこにはセルンの姿がいた。いつもどおり笑顔で朝の挨拶をしてくれる。
昨日の失敗でセルンに嫌われてしまったんじゃないかと心配していたから、また笑顔が見られてよかったわ。
ホッとしたところ、セルンが口を開いた。
「今日も図書館に行くのかい?」
うなずきでセルンに返事をすると、廊下の奥からひどく慌てるメルリンの声がひびいた。
「……はあ、はあ、フェーリ様。ニロ、ニロ殿下がいらっしゃいました!」
「──なに?!」
私より先にセルンが声を張りあげた。
「はい。その、お嬢様にお会いしたいと、いま、応接の間に……!」
ニロがきてくれたのか……!
不思議な出会いで、丁度また会いたいな~、なんて思っていたところだ。
まさかこんなにもはやく会えるなんて、少し意外だけど嬉しい。
さっそくニロのところへ行こうとしたが、セルンに止められた。
「メルリンさん、お嬢は体調不良でやすんでると王子に伝えてくれ」
「え……?」
「昨日の夜ひどく体調を崩して休んでるって、王子に断ってくれないか?」
困惑するメルリンにセルンは真顔を向けた。
すごく真剣な雰囲気だ。
な、なんで?
昨日一度ニロを怒らせたから、信用されてないってこと……?
「なあ、お嬢は部屋に戻って休んでくれないかい?」
とセルンが珍しく険しい表情を浮かべた。初めて見た顔だ。
本気で言ってるのね……。
確かにニロは王子だから、彼の機嫌をそこねてはならない。
やはり私を信用していないんだ。
「……お嬢?」
再び口を開いたセルンに、思いっきりぶんぶんと首をふった。
ごめんセルン。
たしかに昨日は失敗してしまったけれど、せっかくニロが来てくれたのに、仮病で隠れるのは失礼だ。
覚悟して喉に詰まった声を紡ぎだす。
「ニロと、会う」
がんばってそう呟けば、セルンは更に不安の色を濃くさせた。
昨日出会ったばかりだけれど、なぜだかニロに妙な親近感を覚えている。
私の思考が読めるので、楽に会話もできる。
少しわがままだけれど、私はニロともう一度話してみたいの、セルン……。
「で、ではお嬢様、急ぎましょう」
申し訳ない気持ちでセルンを仰ぎみてから、メルリンについて長い廊下を通り、木製の厚い扉を開けてもらった。
大きなガラス窓から差し込んだ眩い陽日のなかに、ニロの姿があった。
真顔で、重々しげな雰囲気を漂わせている。人によっては、ニロはとてつもなく機嫌悪そうにみえるのだろう。
いや、本当は機嫌悪いのかも……。
「……おはよう、フェーリ」
おそるおそる部屋に入ると、ニロは立ち上がって挨拶をしてくれた。
あれ、礼儀正しい。怒っているわけではない……?
小首をかしげながら、かるく膝をまげた。
「おはよう、ござい、ます。……ニロ、殿下」
重たい唇でそう挨拶をかえすと、ニロがぱっと眉を寄せた。
やっぱ怒ってる……?
もうよくわからないよ……。
「フェーリと2人で話がしたい」
ニロが手をふると、部屋にいた使用人が続々と出ていった。
「……お嬢、大丈夫かい?」
と部屋から出ようとせず、セルンは曇った顔でそう心配してくれた。
たしかにニロが怒っているように見えて私も少し怖い。でも立ち振るまいからして普通にいい人……だと思う。
顔は怖いけど……。
多分大丈夫、自分のカンを信じよう! とセルンに首をたてに振った。
セルンは横目でニロを睨むと、グッと眉根をさげて部屋をでた。
怒っているようだけれど、どうしたんだろう……?
パタンと閉められた扉を眺めていれば、背後からニロの不満げな声が聞こえてきた。
「昨日も言ったが、敬語はよい、余のこともニロでいい」
あ、そうか敬語……! それでむくれているのか。
(忘れてごめん)
「……なんども言ったが不要に謝るな。余は別に怒ってはいないのだ」
ニロはやや眉をさげて、ふっと鼻で息をもらした。
(そ、そう? でも表情が険しいから、その、また怒らせてしまったのかなって……)
「勘違いだ。余は怒っていない」
真顔のまま、ニロは落ち着いた様子で静かに紅茶をのんだ。
やはり顔は怖いけれど、一挙一動に品があって凛然としている。
(……そう、なんだ)
「ふむ。生まれつきでこの調子だ」
(生まれつき? も、もしかして、それはタレントの影響、とか……?)
そういえばニロもタレント持ちだ。
ニロの重々しげな雰囲気もタレントのせいであれば、私の仮説を証明できるかも!
ドキドキそう尋ねたが、ニロはなんだか気まずそうな風でかぶりを振った。
「タレント、ではない……と思う」
なんだ、ちがうんだ。
少し残念だが、それより……
(表情のせいでいつも誤解されちゃうのは大変だね……。なんども怒ってないって言ってくれたのに、すぐに信じられなくてごめん)
私も表情に苦しまれているのに、ニロを分かってあげられなかった。少し悔しい。
自分にがっかりしていると、ニロは問題ないと肩をすくめた。
「謝らなくてよい。特に大変なことはないのだ。ただ人から避けられたり、変な噂が立ったりしているだけだ」
めちゃくちゃ大変そうに聞こえるけど……! ってツッコミを入れたいが、そんな雰囲気ではない。
変な噂、か……。
そういえば、コソコソとニロのことを話していた人たちがいたわ……。
あっ、やってしまった! ついついニロの瞳を見てしまった。
もしかして、いまの思考が届いてしまったのかな……?
「気にならないゆえ、気づかわなくてよい」
焦っている私をみて、逆にニロがフォーロしてくれた。
私の方が大人なのに、うぅ、情けないわ……。
今後余計なことを考える時はちゃんと目を閉じよう。
そう決めてから再びニロの目に視線を動かした。
(……ありがとう、ニロ)
「よい。お前のおかげでただの噂だと分かったゆえ、余も安心したのだ」
私のお陰で安心した?
どういうことだろうって、聞いてもいいのかな?
口調からしてニロはいい人みたいだし、普通に教えてくれそうだけど、どうだろう……。
よく分からず戸惑っていると、なにかを察した風でニロは眉を八の字に下げた。
「そうか。お前は知らなかったのか……」
いまの考えが届いてしまったようだ。
(う、うん。噂されているところは見たけど、内容はさっぱりわからなくて……)
「そうか。なおさらお前に悪いことをしたな……」
(ううん、私はもう気にしてないから全然いいよ。それで、あの、どんな噂か、聞いてもいいかな……?)
「ふむ。いずれ耳に入るだろうから別によいのだ」
ニロは私から目を逸らすことなく淡々と続ける。
「見てのとおり余の瞳は変な色をしている。それゆえ余の瞳を直視すれば死ぬと昔から噂されてきたのだ」
目を直視すれば死ぬって、そんな……!
昨日から私はずっとニロの目を見てきた。
私のおかげで噂だと分かったとはそういうことだったのか……っ
(ひどい……っ!)
「その通りだ。余はお前にひどいことをした……」
(そうじゃなくて! 一番の被害者はニロだよ! なんてでたらめな噂なの、本当にひどいわ!)
ニロはまだ子供なのに、こんな噂……ひどすぎる!
思わず拳をにぎると、ニロは目を大きく見張って固まってしまった。
驚かせてしまったのね……!
(ご、ごめん……!)
慌ててそう謝ったが、その前にニロが目をつむってしまい、言葉が届かなかった。
ああ、やってしまった。
被害者だなんて、私が偉そうに言える立場ではないのに、ニロの気分を害してしまったのかな……?
かたずを呑んでじっとするニロを見つめていれば、
「……かたじけない」
そっと瞼を開けて、ニロが微笑んだ。
愛らしい笑顔……じゃなくて、怒ってないみたい! よかった……。
(私も表情動かせないからさ、分かるというか……)
変な噂はまだ立っていないようだけど、苦労はそれなりにある、と思う。まあ、ニロと比べられないだろうけれど……。
視線をそらしつつそう思ったところ、「そうなのか?」とニロのやや意外そうな声が耳に飛びこんだ。
(うん)
「お前もそうか……。なら余の仲間だ」
そう囁いてニロはニッコリと口元をほころばせた。
やはり笑うと可愛いらしい子だ。
優しい色を浮かべた銀色の瞳は光を反射して、一瞬輝いてみえた。
綺麗だ……。
「何がきれいだ、フェーリ?」
ニロに気づかれてしまい、かぁと顔が火照る。
(ううん、何でもないの……!)
「嘘は感心しないぞ」
子どもに怒られた。
うぅ、と小さく唸ってから、観念してニロの目をみた。
(ニロの目だよ。昨日から綺麗だと思ったの……)
予想外の答えだったのか、ニロがぱちぱちと目を瞬かせた。
それから睫毛を伏せて、ニロが黙りこくった。
ニロは瞳のせいで苦労したのに、綺麗だと褒めるなんて非常識すぎる。
怒らせちゃったかな……?
「……そういえば、昨日の詫びとしてお前にケーキを用意したのだ」
ややあって、ニロがゆっくりと目を開けた。いつも通り平然とした口調だが、その顔はほんの少し桃色に染まっている。
気を使って話題を変えてくれたみたい。
9歳なのに大人っぽいわ……って、
(──け、ケーキ……⁈)
「? ……どうした?」
(そのケーキって、甘い、かな~、なんて……)
遠回しに言っても通じないだろうな……そう思ったのに。
「なんだ、甘いものは苦手か?」
ニロはわかった風でそう言ってきたのではないか!
(え?! 分かるの?)
「なんとなく」
この世界に転生してから、いくら婉曲に断っても伝わらなかった。
それなのに、ニロはすぐ気づいてくれたんだ。これは嬉しい……!
ぽぅっと感動していれば、ニロは「ふふふっ」と可笑しそうな風で笑った。
「安心したまえ。今日用意したケーキは甘くない。余も甘いものが苦手だ」
(本当? ならいただくわ!)
なぜだか分からないけれど、やはりニロとは親近感をおぼえる。
先ほど <仲間> と言ってくれたからかもしれないけれど、なによりその礼儀正しさ、そして心遣いのできるところ!
素晴らしい~
9歳にしてはできすぎね。
まるで日本人みたい。なんてね、うふふっと浮かれつつ、ケーキを一口食べた。
クリームを舌の上にのせると、ふわっと口の中に香ばしい紅茶の香りが広がった。
(んー! 本当だ。全然甘くない。おいしいね~!)
満足げにコクコクうなずいたが、目の前のニロはギョッと目をむいていた。
もしかしてケーキのリアクションを間違えた……?
ぎくっと身を震わせたところ、ニロが驚愕したような声を発した。
「……フェーリ。お前はなぜ <日本人> を知っているのだ?」
「──え?」
いつもなら重たい唇が妙に軽くなって、変な声が漏れてしまった。
「……おはよう」
宴会から一夜が明けた。
着付けを終えて部屋からでると、そこにはセルンの姿がいた。いつもどおり笑顔で朝の挨拶をしてくれる。
昨日の失敗でセルンに嫌われてしまったんじゃないかと心配していたから、また笑顔が見られてよかったわ。
ホッとしたところ、セルンが口を開いた。
「今日も図書館に行くのかい?」
うなずきでセルンに返事をすると、廊下の奥からひどく慌てるメルリンの声がひびいた。
「……はあ、はあ、フェーリ様。ニロ、ニロ殿下がいらっしゃいました!」
「──なに?!」
私より先にセルンが声を張りあげた。
「はい。その、お嬢様にお会いしたいと、いま、応接の間に……!」
ニロがきてくれたのか……!
不思議な出会いで、丁度また会いたいな~、なんて思っていたところだ。
まさかこんなにもはやく会えるなんて、少し意外だけど嬉しい。
さっそくニロのところへ行こうとしたが、セルンに止められた。
「メルリンさん、お嬢は体調不良でやすんでると王子に伝えてくれ」
「え……?」
「昨日の夜ひどく体調を崩して休んでるって、王子に断ってくれないか?」
困惑するメルリンにセルンは真顔を向けた。
すごく真剣な雰囲気だ。
な、なんで?
昨日一度ニロを怒らせたから、信用されてないってこと……?
「なあ、お嬢は部屋に戻って休んでくれないかい?」
とセルンが珍しく険しい表情を浮かべた。初めて見た顔だ。
本気で言ってるのね……。
確かにニロは王子だから、彼の機嫌をそこねてはならない。
やはり私を信用していないんだ。
「……お嬢?」
再び口を開いたセルンに、思いっきりぶんぶんと首をふった。
ごめんセルン。
たしかに昨日は失敗してしまったけれど、せっかくニロが来てくれたのに、仮病で隠れるのは失礼だ。
覚悟して喉に詰まった声を紡ぎだす。
「ニロと、会う」
がんばってそう呟けば、セルンは更に不安の色を濃くさせた。
昨日出会ったばかりだけれど、なぜだかニロに妙な親近感を覚えている。
私の思考が読めるので、楽に会話もできる。
少しわがままだけれど、私はニロともう一度話してみたいの、セルン……。
「で、ではお嬢様、急ぎましょう」
申し訳ない気持ちでセルンを仰ぎみてから、メルリンについて長い廊下を通り、木製の厚い扉を開けてもらった。
大きなガラス窓から差し込んだ眩い陽日のなかに、ニロの姿があった。
真顔で、重々しげな雰囲気を漂わせている。人によっては、ニロはとてつもなく機嫌悪そうにみえるのだろう。
いや、本当は機嫌悪いのかも……。
「……おはよう、フェーリ」
おそるおそる部屋に入ると、ニロは立ち上がって挨拶をしてくれた。
あれ、礼儀正しい。怒っているわけではない……?
小首をかしげながら、かるく膝をまげた。
「おはよう、ござい、ます。……ニロ、殿下」
重たい唇でそう挨拶をかえすと、ニロがぱっと眉を寄せた。
やっぱ怒ってる……?
もうよくわからないよ……。
「フェーリと2人で話がしたい」
ニロが手をふると、部屋にいた使用人が続々と出ていった。
「……お嬢、大丈夫かい?」
と部屋から出ようとせず、セルンは曇った顔でそう心配してくれた。
たしかにニロが怒っているように見えて私も少し怖い。でも立ち振るまいからして普通にいい人……だと思う。
顔は怖いけど……。
多分大丈夫、自分のカンを信じよう! とセルンに首をたてに振った。
セルンは横目でニロを睨むと、グッと眉根をさげて部屋をでた。
怒っているようだけれど、どうしたんだろう……?
パタンと閉められた扉を眺めていれば、背後からニロの不満げな声が聞こえてきた。
「昨日も言ったが、敬語はよい、余のこともニロでいい」
あ、そうか敬語……! それでむくれているのか。
(忘れてごめん)
「……なんども言ったが不要に謝るな。余は別に怒ってはいないのだ」
ニロはやや眉をさげて、ふっと鼻で息をもらした。
(そ、そう? でも表情が険しいから、その、また怒らせてしまったのかなって……)
「勘違いだ。余は怒っていない」
真顔のまま、ニロは落ち着いた様子で静かに紅茶をのんだ。
やはり顔は怖いけれど、一挙一動に品があって凛然としている。
(……そう、なんだ)
「ふむ。生まれつきでこの調子だ」
(生まれつき? も、もしかして、それはタレントの影響、とか……?)
そういえばニロもタレント持ちだ。
ニロの重々しげな雰囲気もタレントのせいであれば、私の仮説を証明できるかも!
ドキドキそう尋ねたが、ニロはなんだか気まずそうな風でかぶりを振った。
「タレント、ではない……と思う」
なんだ、ちがうんだ。
少し残念だが、それより……
(表情のせいでいつも誤解されちゃうのは大変だね……。なんども怒ってないって言ってくれたのに、すぐに信じられなくてごめん)
私も表情に苦しまれているのに、ニロを分かってあげられなかった。少し悔しい。
自分にがっかりしていると、ニロは問題ないと肩をすくめた。
「謝らなくてよい。特に大変なことはないのだ。ただ人から避けられたり、変な噂が立ったりしているだけだ」
めちゃくちゃ大変そうに聞こえるけど……! ってツッコミを入れたいが、そんな雰囲気ではない。
変な噂、か……。
そういえば、コソコソとニロのことを話していた人たちがいたわ……。
あっ、やってしまった! ついついニロの瞳を見てしまった。
もしかして、いまの思考が届いてしまったのかな……?
「気にならないゆえ、気づかわなくてよい」
焦っている私をみて、逆にニロがフォーロしてくれた。
私の方が大人なのに、うぅ、情けないわ……。
今後余計なことを考える時はちゃんと目を閉じよう。
そう決めてから再びニロの目に視線を動かした。
(……ありがとう、ニロ)
「よい。お前のおかげでただの噂だと分かったゆえ、余も安心したのだ」
私のお陰で安心した?
どういうことだろうって、聞いてもいいのかな?
口調からしてニロはいい人みたいだし、普通に教えてくれそうだけど、どうだろう……。
よく分からず戸惑っていると、なにかを察した風でニロは眉を八の字に下げた。
「そうか。お前は知らなかったのか……」
いまの考えが届いてしまったようだ。
(う、うん。噂されているところは見たけど、内容はさっぱりわからなくて……)
「そうか。なおさらお前に悪いことをしたな……」
(ううん、私はもう気にしてないから全然いいよ。それで、あの、どんな噂か、聞いてもいいかな……?)
「ふむ。いずれ耳に入るだろうから別によいのだ」
ニロは私から目を逸らすことなく淡々と続ける。
「見てのとおり余の瞳は変な色をしている。それゆえ余の瞳を直視すれば死ぬと昔から噂されてきたのだ」
目を直視すれば死ぬって、そんな……!
昨日から私はずっとニロの目を見てきた。
私のおかげで噂だと分かったとはそういうことだったのか……っ
(ひどい……っ!)
「その通りだ。余はお前にひどいことをした……」
(そうじゃなくて! 一番の被害者はニロだよ! なんてでたらめな噂なの、本当にひどいわ!)
ニロはまだ子供なのに、こんな噂……ひどすぎる!
思わず拳をにぎると、ニロは目を大きく見張って固まってしまった。
驚かせてしまったのね……!
(ご、ごめん……!)
慌ててそう謝ったが、その前にニロが目をつむってしまい、言葉が届かなかった。
ああ、やってしまった。
被害者だなんて、私が偉そうに言える立場ではないのに、ニロの気分を害してしまったのかな……?
かたずを呑んでじっとするニロを見つめていれば、
「……かたじけない」
そっと瞼を開けて、ニロが微笑んだ。
愛らしい笑顔……じゃなくて、怒ってないみたい! よかった……。
(私も表情動かせないからさ、分かるというか……)
変な噂はまだ立っていないようだけど、苦労はそれなりにある、と思う。まあ、ニロと比べられないだろうけれど……。
視線をそらしつつそう思ったところ、「そうなのか?」とニロのやや意外そうな声が耳に飛びこんだ。
(うん)
「お前もそうか……。なら余の仲間だ」
そう囁いてニロはニッコリと口元をほころばせた。
やはり笑うと可愛いらしい子だ。
優しい色を浮かべた銀色の瞳は光を反射して、一瞬輝いてみえた。
綺麗だ……。
「何がきれいだ、フェーリ?」
ニロに気づかれてしまい、かぁと顔が火照る。
(ううん、何でもないの……!)
「嘘は感心しないぞ」
子どもに怒られた。
うぅ、と小さく唸ってから、観念してニロの目をみた。
(ニロの目だよ。昨日から綺麗だと思ったの……)
予想外の答えだったのか、ニロがぱちぱちと目を瞬かせた。
それから睫毛を伏せて、ニロが黙りこくった。
ニロは瞳のせいで苦労したのに、綺麗だと褒めるなんて非常識すぎる。
怒らせちゃったかな……?
「……そういえば、昨日の詫びとしてお前にケーキを用意したのだ」
ややあって、ニロがゆっくりと目を開けた。いつも通り平然とした口調だが、その顔はほんの少し桃色に染まっている。
気を使って話題を変えてくれたみたい。
9歳なのに大人っぽいわ……って、
(──け、ケーキ……⁈)
「? ……どうした?」
(そのケーキって、甘い、かな~、なんて……)
遠回しに言っても通じないだろうな……そう思ったのに。
「なんだ、甘いものは苦手か?」
ニロはわかった風でそう言ってきたのではないか!
(え?! 分かるの?)
「なんとなく」
この世界に転生してから、いくら婉曲に断っても伝わらなかった。
それなのに、ニロはすぐ気づいてくれたんだ。これは嬉しい……!
ぽぅっと感動していれば、ニロは「ふふふっ」と可笑しそうな風で笑った。
「安心したまえ。今日用意したケーキは甘くない。余も甘いものが苦手だ」
(本当? ならいただくわ!)
なぜだか分からないけれど、やはりニロとは親近感をおぼえる。
先ほど <仲間> と言ってくれたからかもしれないけれど、なによりその礼儀正しさ、そして心遣いのできるところ!
素晴らしい~
9歳にしてはできすぎね。
まるで日本人みたい。なんてね、うふふっと浮かれつつ、ケーキを一口食べた。
クリームを舌の上にのせると、ふわっと口の中に香ばしい紅茶の香りが広がった。
(んー! 本当だ。全然甘くない。おいしいね~!)
満足げにコクコクうなずいたが、目の前のニロはギョッと目をむいていた。
もしかしてケーキのリアクションを間違えた……?
ぎくっと身を震わせたところ、ニロが驚愕したような声を発した。
「……フェーリ。お前はなぜ <日本人> を知っているのだ?」
「──え?」
いつもなら重たい唇が妙に軽くなって、変な声が漏れてしまった。
0
お気に入りに追加
452
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
獣人公爵様に溺愛されすぎて死にそうです!〜乙女ゲーム攻略ダイアリー〜
神那 凛
恋愛
気づくと異世界乙女ゲームの世界!
メインキャラじゃない私はイケメン公爵様とイチャラブライフを送っていたら、なぜかヒロインに格上げされたみたい。
静かに暮らしたいだけなのに、物語がどんどん進んでいくから前世のゲームの知識をフル活用して攻略キャラをクリアしていく。
けれどそれぞれのキャラは設定とは全く違う性格で……
異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。
黒ハット
ファンタジー
前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。
転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活
高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。
黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、
接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。
中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。
無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。
猫耳獣人なんでもござれ……。
ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。
R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。
そして『ほの暗いです』
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる