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一幕
※玖話
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―その朝身体が異様に怠く感じた―
きっと、昨日の瘴気に中てられた反動だろう……。
『……うぅ』
「ん?」
目を覚まし、隣を見ると白い彼の身体が黒く染まっているのがわかった。
「琥珀さん!!」
慌てて彼に触れようとすると、身を振りかえし私が触れることを拒否した。
『触るな!……お前の具合が悪くなる』
「いったい何が?」
『……昨日少しな。少し休めばよくなるから。お前は仕事に行け。祠に篭る』
「でも……」
苦しむように、弱弱しくなっている彼を見て心配になる。
やがて、その蛇の肌は綺麗な白から完全に黒く染まった。
『……はぁ……くそっ!』
「黒蛇になって……」
『鈴、暫く祠を覗くな……近づいたらお前を傷つけるかもしれない』
「待って!」
鈴が呼び留めようとしたが、琥珀はこちらを振り向くことなく窓へと這っていった。
よろけながら窓の傍に寄ると、琥珀はそこから飛び出し、祠へと向かっていった。
その周辺の植物の葉が、一片枯れ落ちていくのが目に入った。
「どうなってるの……」
不安を抱えながらも鈴は何もできず、いつもと同じように仕事へと向かった。
祠に篭る間未だに身体の怠さは抜けず、苦しみが拭いきれない。
黒く全身に渡った穢れは、体力を奪うかのように自身を蝕んでいった。
『……柘榴め。あの時俺に何かしたな』
微かに触れたあの瞬間、彼女が不敵に笑っているのを思い出した。
俺を逃がさぬように――
『この呪いどうしたもんか……』
彼女の呪いによって消えてしまうのか。
このまま人になれず、鈴に触れることはできなくなってしまうのだろうか。
怨念ともとれる感情の呪いは厄介で、解くにも時間がかかりそうだ。
『っ。っ……熱い』
怠さと同時に、身体は熱を帯びていき、苦しさとは別の感覚が襲う。
『これは……催淫の。くそっ……!』
――(苦しいだろう…‥琥珀)――
頭の中で柘榴の声が聞こえだす。黒い瘴気を浄化したはずなのに、まだ彼女の魔を祓えなかったというのか。
『お前……やってくれたな』
(苦しめ琥珀、私を傷つけた罪、もう一度私のもとに戻ってこい)
『戻るものか…‥俺は。お前には従わないっ』
(ならば、快楽の闇に堕ちろ。あの女は、お前のその姿を見たら怖がるだろうなぁ)
『……』
(自我を失い彼女を傷つければ終わり……)
その声はそこまでで消えた。
絶対彼女を傷つけてはならない。
だがこのままの状態が続けばこの身は消えるかもしれない。
『神気が高まるまで、耐えるしかないか……』
ただひたすら意識を集中し、彼女の事を考えないように耐えた。
祠から外を覗くと、辺りの植物が枯れていることに気づき、悲しくなる。
『俺から瘴気が……嫌だ。闇に堕ちたくはない!!』
己から溢れる瘴気に縛られながらも、ひたすら耐え忍んだ。
それと相反するように情欲だけが込み上げていた。
そして、心が澱みだす。
かつての怒りと悲しみに支配され、ただ破壊を起こすほどの自分の中の荒魂の心が。
次第に俺自身が別人になってしまうような感覚がした。
『あぁ、贄はどこへ行った……食べたくて仕方ない』
かつての贄の女たちに浴びせられた、憎悪と憎しみの言葉が。村人たちに与えられた、酷い仕打ちが。
そして同属の神霊に浴びせられた負の言葉が、俺を闇に変えていく。
『うあぁぁぁ!!』
白の神気は失せ、黒い瘴気へと変わり、その場で贄が来るのをじっと待っていた。
今日も定時で仕事を終え、彼が心配で、足早に家に急いだ。
祠からは黒い霧のようなものが立ち込めており。辺りは今朝よりも酷く、花も枯れていた。
「琥珀さん……大丈夫ですか?」
祠に呼びかけても彼の返答はない。むしろ呻くような声が、声が聞こえていた。
その霧が漂ってくると気分が悪くなってきた。
「なんか……気持ち悪い……」
吐き気を感じると、祠から怪しげな声が聞こえる。この声は彼なのだろうか。
『あぁ、贄が帰ったか……』
「え?」
確かに声の正体は彼であるが、いつもと違うその声に恐怖を感じ、後ずさりをする。
『早く食べたくてたまらない……。贄の身体は絶妙だ』
「琥珀さん……どうし……」
気になるが、その祠を開けてはならない気がした。
『扉を開けろ……人の身がいいか?蛇の身がいいか?』
「……」
いつも穏やかな彼の声音ではない。
近づいたら襲われてしまいそうな恐怖を感じ、拒絶してしまいたくなる。
開けてしまったら、自分はどうなってしまうのだろうか。
今の彼は私のことを、わからなくなっているかもしれないと思った。
躊躇っていると、祠から切なく訴えるように声がする。
『逃げられて、奪われて。何故誰も俺を受け入れてくれない……』
彼の心の声を聞いている気がした。あの時見た悲しい彼の姿。
大地を揺るがすほどの、報われなかった彼の絶望な悲しみ。
『俺は神だぞ、人に恩恵を与え、守護をして……それなのに、何故俺には何も得ることができない!お前も拒絶するのか!!』
「っ……」
その言葉を聞いた途端、無意識に手が伸び、祠の戸を開けてしまった。
その瞬間――ずるりと黒い蛇が飛び出し、腕に絡みついた。
『あぁ、贄だ……美味そうな贄……』
「琥珀さん!しっかりして」
黒い蛇は威嚇するように、絡みついた私の腕に噛みついた。
牙が深く突き刺さり、悲鳴を上げる。
「痛っ!」
二つの牙が皮膚に食い込み、血がじわりと流れだす。
流れ出る血を飲みこむように、蛇の口元が動く。
舌が軽く傷口に当たると、彼は嬉しそうに目を深紅に染めながら笑う。
『くくくっ……お前の血は美味いな』
「……っ、琥珀さん。目を覚まして!」
『!ん……鈴……』
ふと我に返ったように蛇が叫んだ。
『俺は……うあぁぁ!』
彼が叫び出すと、みるみる小蛇の姿が大きくなっていく。
「いけない!」
腕の痛みを引きずりながら、彼を抱え部屋の中へと駆けこんだ。
部屋に入った途端、みるみるその身体は大きくなり、黒い大蛇となった。
大蛇となった琥珀に鈴の身体が締め上げられていく。
前に翡翠に見せられた、過去の彼の様子が浮かんできた。
「うっ」
『あぁ、たまらない……人間の柔肌だ』
「琥珀さ……」
締め付けが苦しいが、必死に彼の顔に手を伸ばす。ギラリと深紅に染まった瞳は獲物を狙うように私を捉えている。
『お前はこの化け物に喰われることを望むか……?それとも、俺を殺すか?』
「うっ……」
彼の孤独をいくつか見るうちに、大事にしてあげたいと思った。
私に尽くしてくれる彼が好きで。うんと甘やかしてくれる彼が大好きで……
「琥珀さん……私を殺すなら構いません」
『……何?』
彼に届いて欲しいと声をかける。
「私は優しい琥珀さんが好きです。貴方は化け物なんかじゃない!」
『嘘だ、そう言ってまた俺を孤独の底に突き落とすんだろう!』
咆哮を浴びせられ、身が更にきつく締め付けられる。
このまま絞め殺されてしまうのだろうか。だけどこの人から逃げることはできない。
「苦しいなら言ってください。分かり合いたいんです……」
切実な願いを叫んだ。ギリギリと締め付けられながらも必死に訴えた。
『黙れ……っ!本当に愛せるというのか?』
「神様なんて恐れ多いですけど……琥珀さんの腕の中に包まれたい。本当の貴方に戻ってください」
胴体に手を回し抱き着くと、緩やかに黒い瘴気が祓われていくのを感じた。
近づいてくる大蛇の顔に、必死に顔を伸ばし口づけた。
そのまま口を開けたら食べられてしまうかもしれないと思ったが、もうどうでもよかった。
『お前は……』
すると黒い体が白に変化していき、深紅の瞳は琥珀色に戻った。
それからゆっくりと人の姿になったが、未だ苦しそうに叫んでいる。
「っ。鈴……まだ呪いが解けていない。俺に近づいたら危険だ。離れてろ……」
「呪い?」
「熱い……」
彼から発せられる藤の香が、むせ返るほど辺りに充満し、部屋に満ちていく。
「うぅっ……」
苦しそうに悶えながら、潤んだ瞳を向ける。
身体の下に視線を移すと、張り詰めた熱塊が目に映った。
「……」
見つめる視線に気づいたのか、彼は身を隠し、申し訳なさそうに顔を背ける。
「今はかなり障りがあるから……お前に何するか。あっち行ってろ!」
「そんな。できません」
苦しんでいる彼を見たくない。何をしてあげたらいいかわからないけど。そっと彼の手を握った。
「っ!!やめろ……」
「どこが苦しいか教えてください……」
身体が反応し、苦しみに悶える彼の姿を目にしながら、恐ろしいが声を掛けた。
近くにいるのを嫌がる様に、琥珀は握る手を振りほどこうとする。
「何してる……傍にいたら、お前が欲しくてたまらなくなる……お前を傷つけたくない」
「琥珀さんを放っておけないんです……」
そっと彼の唇に自身の唇を重ね口づけた後、彼に身体を凭れかける。
「っ…‥くっ、駄目だ。鈴、何する!」
熱を持った彼の身体は反応し続け、私を抱きしめると、逃がさないように引き留める。
「抑えてるのに……っ。うっ。欲しい……っ」
「んっ、んんっ……」
荒々しい口づけに変わっていったが、直ぐに琥珀は鈴を傍から引き離した。
「駄目だ……もう離れてろ。こんなのは嫌なんだ。こんな形でお前を抱きたくない……」
必死に耐えている彼を見て、そっと彼の熱塊の辺りに手を伸ばしていく。
「琥珀さん、少し、触りますね……」
「!!何して」
そっと彼自身に触れ包み込むと、身体が跳ね叫び出す。
「馬鹿、そんな汚らわしいことするな……!」
ゆっくりと撫でるように指を這わすと、彼から甘い吐息が零れだす。
「っあ……駄目だっ。やめてくれっ」
ふと本で見たことのあることをしようと思い出した。
自分に上手くできるかわからないが、決心した。
「琥珀さん……うまくできるかわからないけど……」
「えっ!鈴、何し……っ」
ゆっくり先端に口づけ、弱い力で舌を這わせる。
「っ……」
微かに雄の香りがする。その場所に口づけながら、先端を口内へ含んだ。
「あぁっ……鈴、そんなこと」
「っ……んっ」
「くっ!放せ、汚れる……」
口内で彼の楔が、硬度を増していき圧迫され息苦しくなるが、必死に耐えながら舌で刺激した。
「鈴、っ……やめろっ……うっ!」
低く呻いた後、口内へ熱い熱が広がった。
「うぇ……」
苦みと気持ち悪さに、反射的に、咳を伴い吐き出してしまう。彼の腹に欲が広がってしまった。
「ごめんなさい……拭きますね。」
生温かい雄の精液が彼の肌を伝っていく様子に、素早く拭こうとティッシュに手を伸ばす。
「……っ。お前なんてことを……こんなこと頼んだ覚えはない」
汚れた部分をティッシュで押さえるように拭くと、直ぐに手を払われてしまった。
「俺にこれ以上触るな!」
「……すみません。」
強い口調で言われ、身が強張ってしまう。
すると琥珀は謝るように、鈴の頭を強く抑えて話し出した。
「悪い…‥。気持ち悪かっただろう。口洗って、別の部屋で寝てくれ……。今日はもう俺に近づくな。近づいたら許さない」
威嚇ともとれる表情で話され、傍にいるのがいたたまれなくて、離れた部屋へ向かった。
何度か口内を濯ぎ、一人ソファで横になる。
まだ先程のことを思い出し、彼の弱弱しい一面に自分は何をしてしまったんだろうと思った。
それに怒らせてしまった。明日合わせる顔がない。
変なことしてしまった自分を責め眠りについた。
『少しは楽になったか……』
微かにまだ気苦しさが残っていたが、大分落ち着いた。
先程、彼女に対し強く怒鳴ってしまったことに、琥珀は負い目を感じた。
自分の為にしてくれたことだと分かるのに、苦しいことをさせたようで嫌だった。
『そういえば、俺は鈴の腕を……』
腕から流れていた血が痛そうだった。傷は洗ったと思うが、心配になり彼女のいる部屋へと向かった。
ソファで横になっている彼女を見つけると、傍へ近づいた。
『……やっぱり、青黒くなってる』
起こさないように傍に寄ると、腕の傷口に口づけた。
微かな力を使い傷を治した後、彼女の顔を見ると、一筋の涙が伝っていた。
『俺は、悲しませてばかりいるな。お前は俺に、嬉しいことばかりしてくれるのに……』
彼女から流れる涙を、そっと舌で舐めとると、彼女を運ぶため再度顕現し布団へと運んだ。
布団へ彼女を寝かせ、顔を覗くとやはり食べたい衝動が込み上げてくる。
それを防ぐため、必死に自分の中の欲を押し殺す。
「この姿では今夜は駄目そうだ……許せ鈴。落ち着いたら、たくさん可愛がってやるから」
琥珀は、再び本来の姿に戻ると、部屋を抜け出し祠へと戻ったのだった。
きっと、昨日の瘴気に中てられた反動だろう……。
『……うぅ』
「ん?」
目を覚まし、隣を見ると白い彼の身体が黒く染まっているのがわかった。
「琥珀さん!!」
慌てて彼に触れようとすると、身を振りかえし私が触れることを拒否した。
『触るな!……お前の具合が悪くなる』
「いったい何が?」
『……昨日少しな。少し休めばよくなるから。お前は仕事に行け。祠に篭る』
「でも……」
苦しむように、弱弱しくなっている彼を見て心配になる。
やがて、その蛇の肌は綺麗な白から完全に黒く染まった。
『……はぁ……くそっ!』
「黒蛇になって……」
『鈴、暫く祠を覗くな……近づいたらお前を傷つけるかもしれない』
「待って!」
鈴が呼び留めようとしたが、琥珀はこちらを振り向くことなく窓へと這っていった。
よろけながら窓の傍に寄ると、琥珀はそこから飛び出し、祠へと向かっていった。
その周辺の植物の葉が、一片枯れ落ちていくのが目に入った。
「どうなってるの……」
不安を抱えながらも鈴は何もできず、いつもと同じように仕事へと向かった。
祠に篭る間未だに身体の怠さは抜けず、苦しみが拭いきれない。
黒く全身に渡った穢れは、体力を奪うかのように自身を蝕んでいった。
『……柘榴め。あの時俺に何かしたな』
微かに触れたあの瞬間、彼女が不敵に笑っているのを思い出した。
俺を逃がさぬように――
『この呪いどうしたもんか……』
彼女の呪いによって消えてしまうのか。
このまま人になれず、鈴に触れることはできなくなってしまうのだろうか。
怨念ともとれる感情の呪いは厄介で、解くにも時間がかかりそうだ。
『っ。っ……熱い』
怠さと同時に、身体は熱を帯びていき、苦しさとは別の感覚が襲う。
『これは……催淫の。くそっ……!』
――(苦しいだろう…‥琥珀)――
頭の中で柘榴の声が聞こえだす。黒い瘴気を浄化したはずなのに、まだ彼女の魔を祓えなかったというのか。
『お前……やってくれたな』
(苦しめ琥珀、私を傷つけた罪、もう一度私のもとに戻ってこい)
『戻るものか…‥俺は。お前には従わないっ』
(ならば、快楽の闇に堕ちろ。あの女は、お前のその姿を見たら怖がるだろうなぁ)
『……』
(自我を失い彼女を傷つければ終わり……)
その声はそこまでで消えた。
絶対彼女を傷つけてはならない。
だがこのままの状態が続けばこの身は消えるかもしれない。
『神気が高まるまで、耐えるしかないか……』
ただひたすら意識を集中し、彼女の事を考えないように耐えた。
祠から外を覗くと、辺りの植物が枯れていることに気づき、悲しくなる。
『俺から瘴気が……嫌だ。闇に堕ちたくはない!!』
己から溢れる瘴気に縛られながらも、ひたすら耐え忍んだ。
それと相反するように情欲だけが込み上げていた。
そして、心が澱みだす。
かつての怒りと悲しみに支配され、ただ破壊を起こすほどの自分の中の荒魂の心が。
次第に俺自身が別人になってしまうような感覚がした。
『あぁ、贄はどこへ行った……食べたくて仕方ない』
かつての贄の女たちに浴びせられた、憎悪と憎しみの言葉が。村人たちに与えられた、酷い仕打ちが。
そして同属の神霊に浴びせられた負の言葉が、俺を闇に変えていく。
『うあぁぁぁ!!』
白の神気は失せ、黒い瘴気へと変わり、その場で贄が来るのをじっと待っていた。
今日も定時で仕事を終え、彼が心配で、足早に家に急いだ。
祠からは黒い霧のようなものが立ち込めており。辺りは今朝よりも酷く、花も枯れていた。
「琥珀さん……大丈夫ですか?」
祠に呼びかけても彼の返答はない。むしろ呻くような声が、声が聞こえていた。
その霧が漂ってくると気分が悪くなってきた。
「なんか……気持ち悪い……」
吐き気を感じると、祠から怪しげな声が聞こえる。この声は彼なのだろうか。
『あぁ、贄が帰ったか……』
「え?」
確かに声の正体は彼であるが、いつもと違うその声に恐怖を感じ、後ずさりをする。
『早く食べたくてたまらない……。贄の身体は絶妙だ』
「琥珀さん……どうし……」
気になるが、その祠を開けてはならない気がした。
『扉を開けろ……人の身がいいか?蛇の身がいいか?』
「……」
いつも穏やかな彼の声音ではない。
近づいたら襲われてしまいそうな恐怖を感じ、拒絶してしまいたくなる。
開けてしまったら、自分はどうなってしまうのだろうか。
今の彼は私のことを、わからなくなっているかもしれないと思った。
躊躇っていると、祠から切なく訴えるように声がする。
『逃げられて、奪われて。何故誰も俺を受け入れてくれない……』
彼の心の声を聞いている気がした。あの時見た悲しい彼の姿。
大地を揺るがすほどの、報われなかった彼の絶望な悲しみ。
『俺は神だぞ、人に恩恵を与え、守護をして……それなのに、何故俺には何も得ることができない!お前も拒絶するのか!!』
「っ……」
その言葉を聞いた途端、無意識に手が伸び、祠の戸を開けてしまった。
その瞬間――ずるりと黒い蛇が飛び出し、腕に絡みついた。
『あぁ、贄だ……美味そうな贄……』
「琥珀さん!しっかりして」
黒い蛇は威嚇するように、絡みついた私の腕に噛みついた。
牙が深く突き刺さり、悲鳴を上げる。
「痛っ!」
二つの牙が皮膚に食い込み、血がじわりと流れだす。
流れ出る血を飲みこむように、蛇の口元が動く。
舌が軽く傷口に当たると、彼は嬉しそうに目を深紅に染めながら笑う。
『くくくっ……お前の血は美味いな』
「……っ、琥珀さん。目を覚まして!」
『!ん……鈴……』
ふと我に返ったように蛇が叫んだ。
『俺は……うあぁぁ!』
彼が叫び出すと、みるみる小蛇の姿が大きくなっていく。
「いけない!」
腕の痛みを引きずりながら、彼を抱え部屋の中へと駆けこんだ。
部屋に入った途端、みるみるその身体は大きくなり、黒い大蛇となった。
大蛇となった琥珀に鈴の身体が締め上げられていく。
前に翡翠に見せられた、過去の彼の様子が浮かんできた。
「うっ」
『あぁ、たまらない……人間の柔肌だ』
「琥珀さ……」
締め付けが苦しいが、必死に彼の顔に手を伸ばす。ギラリと深紅に染まった瞳は獲物を狙うように私を捉えている。
『お前はこの化け物に喰われることを望むか……?それとも、俺を殺すか?』
「うっ……」
彼の孤独をいくつか見るうちに、大事にしてあげたいと思った。
私に尽くしてくれる彼が好きで。うんと甘やかしてくれる彼が大好きで……
「琥珀さん……私を殺すなら構いません」
『……何?』
彼に届いて欲しいと声をかける。
「私は優しい琥珀さんが好きです。貴方は化け物なんかじゃない!」
『嘘だ、そう言ってまた俺を孤独の底に突き落とすんだろう!』
咆哮を浴びせられ、身が更にきつく締め付けられる。
このまま絞め殺されてしまうのだろうか。だけどこの人から逃げることはできない。
「苦しいなら言ってください。分かり合いたいんです……」
切実な願いを叫んだ。ギリギリと締め付けられながらも必死に訴えた。
『黙れ……っ!本当に愛せるというのか?』
「神様なんて恐れ多いですけど……琥珀さんの腕の中に包まれたい。本当の貴方に戻ってください」
胴体に手を回し抱き着くと、緩やかに黒い瘴気が祓われていくのを感じた。
近づいてくる大蛇の顔に、必死に顔を伸ばし口づけた。
そのまま口を開けたら食べられてしまうかもしれないと思ったが、もうどうでもよかった。
『お前は……』
すると黒い体が白に変化していき、深紅の瞳は琥珀色に戻った。
それからゆっくりと人の姿になったが、未だ苦しそうに叫んでいる。
「っ。鈴……まだ呪いが解けていない。俺に近づいたら危険だ。離れてろ……」
「呪い?」
「熱い……」
彼から発せられる藤の香が、むせ返るほど辺りに充満し、部屋に満ちていく。
「うぅっ……」
苦しそうに悶えながら、潤んだ瞳を向ける。
身体の下に視線を移すと、張り詰めた熱塊が目に映った。
「……」
見つめる視線に気づいたのか、彼は身を隠し、申し訳なさそうに顔を背ける。
「今はかなり障りがあるから……お前に何するか。あっち行ってろ!」
「そんな。できません」
苦しんでいる彼を見たくない。何をしてあげたらいいかわからないけど。そっと彼の手を握った。
「っ!!やめろ……」
「どこが苦しいか教えてください……」
身体が反応し、苦しみに悶える彼の姿を目にしながら、恐ろしいが声を掛けた。
近くにいるのを嫌がる様に、琥珀は握る手を振りほどこうとする。
「何してる……傍にいたら、お前が欲しくてたまらなくなる……お前を傷つけたくない」
「琥珀さんを放っておけないんです……」
そっと彼の唇に自身の唇を重ね口づけた後、彼に身体を凭れかける。
「っ…‥くっ、駄目だ。鈴、何する!」
熱を持った彼の身体は反応し続け、私を抱きしめると、逃がさないように引き留める。
「抑えてるのに……っ。うっ。欲しい……っ」
「んっ、んんっ……」
荒々しい口づけに変わっていったが、直ぐに琥珀は鈴を傍から引き離した。
「駄目だ……もう離れてろ。こんなのは嫌なんだ。こんな形でお前を抱きたくない……」
必死に耐えている彼を見て、そっと彼の熱塊の辺りに手を伸ばしていく。
「琥珀さん、少し、触りますね……」
「!!何して」
そっと彼自身に触れ包み込むと、身体が跳ね叫び出す。
「馬鹿、そんな汚らわしいことするな……!」
ゆっくりと撫でるように指を這わすと、彼から甘い吐息が零れだす。
「っあ……駄目だっ。やめてくれっ」
ふと本で見たことのあることをしようと思い出した。
自分に上手くできるかわからないが、決心した。
「琥珀さん……うまくできるかわからないけど……」
「えっ!鈴、何し……っ」
ゆっくり先端に口づけ、弱い力で舌を這わせる。
「っ……」
微かに雄の香りがする。その場所に口づけながら、先端を口内へ含んだ。
「あぁっ……鈴、そんなこと」
「っ……んっ」
「くっ!放せ、汚れる……」
口内で彼の楔が、硬度を増していき圧迫され息苦しくなるが、必死に耐えながら舌で刺激した。
「鈴、っ……やめろっ……うっ!」
低く呻いた後、口内へ熱い熱が広がった。
「うぇ……」
苦みと気持ち悪さに、反射的に、咳を伴い吐き出してしまう。彼の腹に欲が広がってしまった。
「ごめんなさい……拭きますね。」
生温かい雄の精液が彼の肌を伝っていく様子に、素早く拭こうとティッシュに手を伸ばす。
「……っ。お前なんてことを……こんなこと頼んだ覚えはない」
汚れた部分をティッシュで押さえるように拭くと、直ぐに手を払われてしまった。
「俺にこれ以上触るな!」
「……すみません。」
強い口調で言われ、身が強張ってしまう。
すると琥珀は謝るように、鈴の頭を強く抑えて話し出した。
「悪い…‥。気持ち悪かっただろう。口洗って、別の部屋で寝てくれ……。今日はもう俺に近づくな。近づいたら許さない」
威嚇ともとれる表情で話され、傍にいるのがいたたまれなくて、離れた部屋へ向かった。
何度か口内を濯ぎ、一人ソファで横になる。
まだ先程のことを思い出し、彼の弱弱しい一面に自分は何をしてしまったんだろうと思った。
それに怒らせてしまった。明日合わせる顔がない。
変なことしてしまった自分を責め眠りについた。
『少しは楽になったか……』
微かにまだ気苦しさが残っていたが、大分落ち着いた。
先程、彼女に対し強く怒鳴ってしまったことに、琥珀は負い目を感じた。
自分の為にしてくれたことだと分かるのに、苦しいことをさせたようで嫌だった。
『そういえば、俺は鈴の腕を……』
腕から流れていた血が痛そうだった。傷は洗ったと思うが、心配になり彼女のいる部屋へと向かった。
ソファで横になっている彼女を見つけると、傍へ近づいた。
『……やっぱり、青黒くなってる』
起こさないように傍に寄ると、腕の傷口に口づけた。
微かな力を使い傷を治した後、彼女の顔を見ると、一筋の涙が伝っていた。
『俺は、悲しませてばかりいるな。お前は俺に、嬉しいことばかりしてくれるのに……』
彼女から流れる涙を、そっと舌で舐めとると、彼女を運ぶため再度顕現し布団へと運んだ。
布団へ彼女を寝かせ、顔を覗くとやはり食べたい衝動が込み上げてくる。
それを防ぐため、必死に自分の中の欲を押し殺す。
「この姿では今夜は駄目そうだ……許せ鈴。落ち着いたら、たくさん可愛がってやるから」
琥珀は、再び本来の姿に戻ると、部屋を抜け出し祠へと戻ったのだった。
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