118 / 141
第118話 ガサ入れ
しおりを挟む
「ロッシュ貴様、証拠は揃っているんだぞ! いい加減に認めたらどうだ!」
グレン商会本部の事務所に、大声が響き渡った。
こめかみに青筋を浮かべ、手に持った書類の束をバンバンと叩きながら怒鳴り散らしているのは、ヘズヴィン商工ギルドの幹部の一人だ。
名前は……アラン、とか言ったかな。
商人にしておくには惜しいほどに筋骨隆々の大男である。
武器職人上がりで、それ系の商店や工房を取り仕切っているとのことだった。
正直、冒険者として戦斧でも振り回している姿の方がしっくりくるが、その強面のお陰でこのガサ入れの現場責任者に抜擢されたらしい。
「そう言われましても。こっちも被害者なんですよ」
執務机の奥でふんぞりかえったままアランの罵声を受け止めているのは、グレン商会幹部の一人、ロッシュとかいう男である。
体躯は小柄で金髪。
こんな状況にもかかわらず微笑を絶やしていないが、ぎょろりとした目の奥に宿した光は猛禽のごとく鋭い。
こちらは典型的な商人といった感じだな。
「見てください、この有様を。先日、魔剣に目がくらんだ賊が押し入り、私は片腕を失いました。もう治癒魔術ですら元に戻らないのですよ?」
ロッシュは執務机の下に隠していた右手をゆっくりと持ち上げた。
服の下からは分からなかったが、袖口から露出した手は義手だった。
ポンポン、と肩口を叩いていることから、右腕全体が義手だと主張したいのだろう。
そういえば、コウガイが斬った男はロッシュとか言っていた。
どうやらコイツだったようだ。
「そんな最高級品の義手を付けながら、よくもぬけぬけと……それもこれも、貴様らグレン商会が魔剣などというシロモノを売り出したりしたせいだろうが! 自業自得だ!」
ちなみに義手は手の甲の部分に宝石が埋め込まれている豪華絢爛な造りだ。
もっともその宝石自体には、何らかの魔術処理が施されているように見える。
単に成金趣味というわけでもなさそうだ。
「……ねえねえにいさま、あのおじさまの腕、治してあげた方がいいかしら? 私の高位治癒魔術でなら、さくっと再生できるわよ? ちょっと肩の皮膚を削る必要があるけど」
事務所の出入り口付近に立つ俺の隣で、アイラがコソコソと耳打ちしてきた。
「シッ! いらんことを喋るな、アイラ。俺らの依頼はアランさんの護衛だろ。役に徹していればいい」
「そうだぞ、アイラ。ライノ殿の言う通りだ。あんな悪徳商人にお前の貴重な治癒魔術を施してやる必要などあろうものか……いや、ない!」
アイラにぴったりと寄り添ったイリナが、力強く言い放つ。
じろり、とロッシュがこちらに目をやるが、イリナは気にするそぶりすらない。
というか、さっきからアイラ以外を視界に入れている様子がない。
……お前の護衛対象はアイラなのか?
「そうだけど……なんだか、あのゴテゴテした義手を見せびらかしているようで、なんだか気に入らないわ!」
「いいから黙ってろ。俺はさっさとこの茶番が終わったことを見届けて昼飯にしたい」
俺たち三人は、アーロンの『元勇者パーティー以外に任せられるわけがあるか!』とかいうしょうもない理由で、この依頼を半ば強制的に受けさせられている。
まあ、アーロンは腐っても冒険者ギルドの長だ。
直々の依頼ゆえ報酬はやたらいいので、特に不満はない。
遺跡内部の把握と工作が終わった今、特に断る理由はなかったしな。
……それはさておき。
アーロンは商工ギルドのお偉方と連携していろいろと動いていたらしい。
商工ギルドもグレン商会の横暴振りには手を焼いていたようだが、機が熟したということで、諸々の証拠を突きつけにきたというわけだ。
一通りここで『取り調べ』と言う名の詰問をしたのちに、商工ギルドの本部へロッシュを連行する手はずになっている。
大人しく従わなかった場合は……俺たちの出番となる。
こっちも依頼内容の一つだな。
ちなみにグレン商会のトップ連中はロッシュを除き現在王都に住んでいるのだが、この件にはノータッチを貫いている。
察するに、グレン商会はこの小男に全ての責任を押し付け、事態の解決をはかるつもりらしい。
それゆえか、本部の敷地に足を踏み入れてからこの事務所に入ってくるまでに、従業員や警備兵たちの抵抗らしい抵抗は見られなかった。
まあ、俺たちとしては依頼が楽にこなせるならばそれに越したことはない。
……アランとロッシュの口論はさらに続く。
「とにかく、お客を食い物にする商売なんぞ、商工ギルドとして認めるわけにはいかんのだ! これは商人としてのプライドの問題だ!」
「……確かに被害に遭われた方たちは大変気の毒だと思いますよ? けれども、それは我々だって同じです。このような事態では、もう魔剣は売り物にならない。大損害ですよ。我々もナンタイにその責任を追及しようとしましたが、事前に気配を察知したのか、すでに工房はもぬけのからでした。夜逃げですよ」
ロッシュの言い分はともかく、ナンタイはここにはいないらしい。
まあ、行き先は分かっているが。
「そのナンタイとかいう鍛冶師のことはいい! 問題は他にも山ほどあるんだからな!」
「それは貴方の持参された『証拠』とかいう文書のことですか?」
ロッシュはそう言って執務机にある書類の束を持ち上げた。
「お話になりませんね」
「何だとぉ?」
「たとえば『街のゴロツキを使って地上げや店の乗っ取りを仕掛けている』とかいう、この項目。証人がいるそうですが、言うなればすべて伝聞や状況証拠ということですよね」
ロッシュは足を組み替えたあと、さらに話を続けた。
「そもそも……はした金を握らせただけでいくらでも尻尾を振る貧民どもの証言など、そもそも論ずるに値しない。妄言そのものと言っても良い」
「ならば魔剣の件はどう説明するんだ? こっちは我々の顧客たる冒険者たちが実際に被害に遭っているんだぞ。使用すると魔物化する武器なんぞ、害悪そのものだろうが!」
「おっしゃるとおり、確かにリスクはあります。しかし、です。アランさんもご存じの通り、現在出回っている商品はあくまで市中の工房製です。我々は技術と素材を提供したに過ぎない。その運用責任を我々に問うのは筋違いというものでしょう」
「それがどうした! だいたい、貴様の背後に飾られているのは魔剣だろうが! あのナンタイとかいう怪しい鍛冶師から直接受け取ったのか? 居場所だって、本当は分かっているんだろう!」
今度はアランが勝ち誇った様な顔でロッシュの頭上をビシ! と指さす。
壁を背に豪華な椅子でふんぞり返る彼の頭上には、ガラスのケースで厳重に封印された長剣が飾られている。
剣は美しい装飾が施されていたが、その滲み出る瘴気は隠しようがない。
明らかに魔剣だった。
「ふむ。確かにこの『望郷』はナンタイの打った剣です。それは認めましょう。ですが、人が触れない魔剣など、美術品以上の価値も脅威もありませんよ。もしかしてアランさんは、この剣が勝手に動き出して人々を魔物に変えるとお考えなのですか?」
「ぐぬぬ……口だけはよく回るヤツめ……」
アランのこめかみに青筋がさらに増えた。
のらりくらりとアランの詰問を躱しつつ、さりげなく論点をずらし煙に巻くロッシュの話術は確かに強かではある。
というか、いくら強面だからって脳筋商人にこんな場を預けるなよ……完全に口論に負けそうだぞ。
「……さて、これ以上話し合っても平行線ですし、そろそろ終わりにしませんか? 私はこのあと遺跡調査の本隊に合流する予定ですので」
だが、当のロッシュは慌てず騒がず、そう言って立ち上がる。
「ふん。逃げ場などないぞ。既に遺跡開口部を含め敷地内部は商工ギルドで雇った冒険者で制圧済みだ。貴様は大人しく非を認め、沙汰を待つしかないのだ」
アランが言うとおり、実は別働隊が俺たちの裏で動いている。
アーロンは今日のこの計画にかなりの力を入れていたらしく、A、Bランク冒険者を大量に投入している。
ただの商人であるロッシュが強行突破を図り、遺跡内部に逃亡するのは事実上不可能である。もちろん敷地外へ脱出することも、だ。
「ふむ。それは困りましたね」
だがロッシュは肩をすくめ、不敵な笑いを浮かべただけだ。
「アランさん、ここを通してはくれませんか? そこの冒険者どもはともかくとして、商人である貴方とは知らぬ仲ではありません。手荒なことをしたくない」
「ほう? まるでこの状況を簡単に突破できるかのような口ぶりだな? 商売の腕は認めるが、この俺やそこに控える冒険者に腕力で勝てるとでも思っているのか?」
「……だとしたら?」
ロッシュの口元が歪む。
義手の宝石が妖しく輝き、瘴気が滲み出しているのが見えた。
あれは……クソ! そうきたか!
「おいアランさん! 逃げろっ! その義手は『魔剣』だッ!」
「は、はぁ?」
何を言っているんだという顔で振り返るアラン。
「ちょっ……あんなの、アリなの!? 義手からとんでもない魔力を感じるわ!」
「アイラ、私の背後に隠れなさい。何が起こってもお前だけは護って見せる」
イリナも素早く剣を抜くと、アイラの前に出た。
「フン。貴方がたこそ、逃げ場などどこにもありませんよ。この私の新しい力を見て……死になさい。――《変態》」
ロッシュが義手を天高く掲げる。
その手の平から夥しい量の瘴気が溢れ出し、あっという間にロッシュの身体を包み込んだ。
……アレは、マズいな。
義手の能力がどんなものかは分からないが、少なくともただの商人が受けてタダで済むとは思えない。
やむを得ん。
アランが死ぬと報酬がパーだ。
「――《時間展延》」
とはいえロッシュの実力が不明である以上、あまり魔力を使いたくない。
距離を詰めるだけに使用し、すぐにスキルを解除。
俺はアランの襟首をひっつかむと、その巨体を事務所の窓から放り投げた。
「へっ? ぬわああああぁぁぁーー!?」
アランの悲鳴が尾を引き遠ざかっていく。
……これでよし。
ここは建物の二階だが、敷地の大半は植え込みだ。
着地の際に少々擦り傷ができるだろうが、命に関わる怪我はしないだろう。
『……ほウ。瞬間移動ですカ。珍しいスキるでスね。それに、見た目以上の膂力をお持チのようダ。もしかして、貴方も魔剣をお持ちデ?』
「まあ、似たようなものかもな」
瘴気が晴れると、執務机の向こう側に分厚い甲殻に覆われた魔物が出現していた。
魔剣――魔義手によって変わり果てた、商人ロッシュの姿だった。
グレン商会本部の事務所に、大声が響き渡った。
こめかみに青筋を浮かべ、手に持った書類の束をバンバンと叩きながら怒鳴り散らしているのは、ヘズヴィン商工ギルドの幹部の一人だ。
名前は……アラン、とか言ったかな。
商人にしておくには惜しいほどに筋骨隆々の大男である。
武器職人上がりで、それ系の商店や工房を取り仕切っているとのことだった。
正直、冒険者として戦斧でも振り回している姿の方がしっくりくるが、その強面のお陰でこのガサ入れの現場責任者に抜擢されたらしい。
「そう言われましても。こっちも被害者なんですよ」
執務机の奥でふんぞりかえったままアランの罵声を受け止めているのは、グレン商会幹部の一人、ロッシュとかいう男である。
体躯は小柄で金髪。
こんな状況にもかかわらず微笑を絶やしていないが、ぎょろりとした目の奥に宿した光は猛禽のごとく鋭い。
こちらは典型的な商人といった感じだな。
「見てください、この有様を。先日、魔剣に目がくらんだ賊が押し入り、私は片腕を失いました。もう治癒魔術ですら元に戻らないのですよ?」
ロッシュは執務机の下に隠していた右手をゆっくりと持ち上げた。
服の下からは分からなかったが、袖口から露出した手は義手だった。
ポンポン、と肩口を叩いていることから、右腕全体が義手だと主張したいのだろう。
そういえば、コウガイが斬った男はロッシュとか言っていた。
どうやらコイツだったようだ。
「そんな最高級品の義手を付けながら、よくもぬけぬけと……それもこれも、貴様らグレン商会が魔剣などというシロモノを売り出したりしたせいだろうが! 自業自得だ!」
ちなみに義手は手の甲の部分に宝石が埋め込まれている豪華絢爛な造りだ。
もっともその宝石自体には、何らかの魔術処理が施されているように見える。
単に成金趣味というわけでもなさそうだ。
「……ねえねえにいさま、あのおじさまの腕、治してあげた方がいいかしら? 私の高位治癒魔術でなら、さくっと再生できるわよ? ちょっと肩の皮膚を削る必要があるけど」
事務所の出入り口付近に立つ俺の隣で、アイラがコソコソと耳打ちしてきた。
「シッ! いらんことを喋るな、アイラ。俺らの依頼はアランさんの護衛だろ。役に徹していればいい」
「そうだぞ、アイラ。ライノ殿の言う通りだ。あんな悪徳商人にお前の貴重な治癒魔術を施してやる必要などあろうものか……いや、ない!」
アイラにぴったりと寄り添ったイリナが、力強く言い放つ。
じろり、とロッシュがこちらに目をやるが、イリナは気にするそぶりすらない。
というか、さっきからアイラ以外を視界に入れている様子がない。
……お前の護衛対象はアイラなのか?
「そうだけど……なんだか、あのゴテゴテした義手を見せびらかしているようで、なんだか気に入らないわ!」
「いいから黙ってろ。俺はさっさとこの茶番が終わったことを見届けて昼飯にしたい」
俺たち三人は、アーロンの『元勇者パーティー以外に任せられるわけがあるか!』とかいうしょうもない理由で、この依頼を半ば強制的に受けさせられている。
まあ、アーロンは腐っても冒険者ギルドの長だ。
直々の依頼ゆえ報酬はやたらいいので、特に不満はない。
遺跡内部の把握と工作が終わった今、特に断る理由はなかったしな。
……それはさておき。
アーロンは商工ギルドのお偉方と連携していろいろと動いていたらしい。
商工ギルドもグレン商会の横暴振りには手を焼いていたようだが、機が熟したということで、諸々の証拠を突きつけにきたというわけだ。
一通りここで『取り調べ』と言う名の詰問をしたのちに、商工ギルドの本部へロッシュを連行する手はずになっている。
大人しく従わなかった場合は……俺たちの出番となる。
こっちも依頼内容の一つだな。
ちなみにグレン商会のトップ連中はロッシュを除き現在王都に住んでいるのだが、この件にはノータッチを貫いている。
察するに、グレン商会はこの小男に全ての責任を押し付け、事態の解決をはかるつもりらしい。
それゆえか、本部の敷地に足を踏み入れてからこの事務所に入ってくるまでに、従業員や警備兵たちの抵抗らしい抵抗は見られなかった。
まあ、俺たちとしては依頼が楽にこなせるならばそれに越したことはない。
……アランとロッシュの口論はさらに続く。
「とにかく、お客を食い物にする商売なんぞ、商工ギルドとして認めるわけにはいかんのだ! これは商人としてのプライドの問題だ!」
「……確かに被害に遭われた方たちは大変気の毒だと思いますよ? けれども、それは我々だって同じです。このような事態では、もう魔剣は売り物にならない。大損害ですよ。我々もナンタイにその責任を追及しようとしましたが、事前に気配を察知したのか、すでに工房はもぬけのからでした。夜逃げですよ」
ロッシュの言い分はともかく、ナンタイはここにはいないらしい。
まあ、行き先は分かっているが。
「そのナンタイとかいう鍛冶師のことはいい! 問題は他にも山ほどあるんだからな!」
「それは貴方の持参された『証拠』とかいう文書のことですか?」
ロッシュはそう言って執務机にある書類の束を持ち上げた。
「お話になりませんね」
「何だとぉ?」
「たとえば『街のゴロツキを使って地上げや店の乗っ取りを仕掛けている』とかいう、この項目。証人がいるそうですが、言うなればすべて伝聞や状況証拠ということですよね」
ロッシュは足を組み替えたあと、さらに話を続けた。
「そもそも……はした金を握らせただけでいくらでも尻尾を振る貧民どもの証言など、そもそも論ずるに値しない。妄言そのものと言っても良い」
「ならば魔剣の件はどう説明するんだ? こっちは我々の顧客たる冒険者たちが実際に被害に遭っているんだぞ。使用すると魔物化する武器なんぞ、害悪そのものだろうが!」
「おっしゃるとおり、確かにリスクはあります。しかし、です。アランさんもご存じの通り、現在出回っている商品はあくまで市中の工房製です。我々は技術と素材を提供したに過ぎない。その運用責任を我々に問うのは筋違いというものでしょう」
「それがどうした! だいたい、貴様の背後に飾られているのは魔剣だろうが! あのナンタイとかいう怪しい鍛冶師から直接受け取ったのか? 居場所だって、本当は分かっているんだろう!」
今度はアランが勝ち誇った様な顔でロッシュの頭上をビシ! と指さす。
壁を背に豪華な椅子でふんぞり返る彼の頭上には、ガラスのケースで厳重に封印された長剣が飾られている。
剣は美しい装飾が施されていたが、その滲み出る瘴気は隠しようがない。
明らかに魔剣だった。
「ふむ。確かにこの『望郷』はナンタイの打った剣です。それは認めましょう。ですが、人が触れない魔剣など、美術品以上の価値も脅威もありませんよ。もしかしてアランさんは、この剣が勝手に動き出して人々を魔物に変えるとお考えなのですか?」
「ぐぬぬ……口だけはよく回るヤツめ……」
アランのこめかみに青筋がさらに増えた。
のらりくらりとアランの詰問を躱しつつ、さりげなく論点をずらし煙に巻くロッシュの話術は確かに強かではある。
というか、いくら強面だからって脳筋商人にこんな場を預けるなよ……完全に口論に負けそうだぞ。
「……さて、これ以上話し合っても平行線ですし、そろそろ終わりにしませんか? 私はこのあと遺跡調査の本隊に合流する予定ですので」
だが、当のロッシュは慌てず騒がず、そう言って立ち上がる。
「ふん。逃げ場などないぞ。既に遺跡開口部を含め敷地内部は商工ギルドで雇った冒険者で制圧済みだ。貴様は大人しく非を認め、沙汰を待つしかないのだ」
アランが言うとおり、実は別働隊が俺たちの裏で動いている。
アーロンは今日のこの計画にかなりの力を入れていたらしく、A、Bランク冒険者を大量に投入している。
ただの商人であるロッシュが強行突破を図り、遺跡内部に逃亡するのは事実上不可能である。もちろん敷地外へ脱出することも、だ。
「ふむ。それは困りましたね」
だがロッシュは肩をすくめ、不敵な笑いを浮かべただけだ。
「アランさん、ここを通してはくれませんか? そこの冒険者どもはともかくとして、商人である貴方とは知らぬ仲ではありません。手荒なことをしたくない」
「ほう? まるでこの状況を簡単に突破できるかのような口ぶりだな? 商売の腕は認めるが、この俺やそこに控える冒険者に腕力で勝てるとでも思っているのか?」
「……だとしたら?」
ロッシュの口元が歪む。
義手の宝石が妖しく輝き、瘴気が滲み出しているのが見えた。
あれは……クソ! そうきたか!
「おいアランさん! 逃げろっ! その義手は『魔剣』だッ!」
「は、はぁ?」
何を言っているんだという顔で振り返るアラン。
「ちょっ……あんなの、アリなの!? 義手からとんでもない魔力を感じるわ!」
「アイラ、私の背後に隠れなさい。何が起こってもお前だけは護って見せる」
イリナも素早く剣を抜くと、アイラの前に出た。
「フン。貴方がたこそ、逃げ場などどこにもありませんよ。この私の新しい力を見て……死になさい。――《変態》」
ロッシュが義手を天高く掲げる。
その手の平から夥しい量の瘴気が溢れ出し、あっという間にロッシュの身体を包み込んだ。
……アレは、マズいな。
義手の能力がどんなものかは分からないが、少なくともただの商人が受けてタダで済むとは思えない。
やむを得ん。
アランが死ぬと報酬がパーだ。
「――《時間展延》」
とはいえロッシュの実力が不明である以上、あまり魔力を使いたくない。
距離を詰めるだけに使用し、すぐにスキルを解除。
俺はアランの襟首をひっつかむと、その巨体を事務所の窓から放り投げた。
「へっ? ぬわああああぁぁぁーー!?」
アランの悲鳴が尾を引き遠ざかっていく。
……これでよし。
ここは建物の二階だが、敷地の大半は植え込みだ。
着地の際に少々擦り傷ができるだろうが、命に関わる怪我はしないだろう。
『……ほウ。瞬間移動ですカ。珍しいスキるでスね。それに、見た目以上の膂力をお持チのようダ。もしかして、貴方も魔剣をお持ちデ?』
「まあ、似たようなものかもな」
瘴気が晴れると、執務机の向こう側に分厚い甲殻に覆われた魔物が出現していた。
魔剣――魔義手によって変わり果てた、商人ロッシュの姿だった。
0
お気に入りに追加
1,008
あなたにおすすめの小説
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?
小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」
勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。
ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。
そんなある日のこと。
何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。
『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』
どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。
……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?
私がその可能性に思い至った頃。
勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。
そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる