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第100話 半魔化と魔物化

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 アーロンの説明では、ここ数日の間に何件か、ダンジョンに向かった冒険者が突然魔物化するという事件が起きているらしい。

 といっても、その原因は様々だ。
 ペトラさんを襲おうとした冒険者たちは装備していた武器が魔物化の原因だったようだが、他のケースを聞くと盾や鎧などの場合もあったり、薬や行動食などが原因のケースも存在するらしい。

 こんなことが偶然、同時期に起きるとは思えない。
 やはり、コウガイの追うナンタイとかいう男が関わっていると見るのが自然だろう。 

「ライノ。一応確認なんだが、コイツらは本当に魔物化したんだよな? 一応見た目は人間のようだが」

 アーロンが床に転がる冒険者たちを見下ろしながら、そんなことを聞いてきた。

「どういうことだ?」

「いや、な……実は、ほかの連中は経過が思わしくなくてな」

 アーロンが腕組みをして、渋い表情を作る。
 『経過が思わしくない』?
 奥歯にモノが挟まったような言い方だ。

「なんだよ、はっきり言ってくれ」

「……端的に言う。魔物化した他のヤツらは、未だ人間に戻れていない。こいつらは、どうやって魔物から人間に戻ったんだ?」

「どうって、武器を破壊したら人間に戻ったぞ」

 実際に破壊したのはコウガイだが、彼のことは話さないほうがいいだろう。
 話がややこしくなるからな。

「なるほど。原因が消滅すれば、元に戻る寸法か。当たり前と言えば当たり前だ。だが、実例が見つかって正直ホッとしたぜ。……コイツらは運が良かったな」

 アーロンが少し明るい表情で頷いた。

「他の連中は、まだ戻っていないのか?」

「ああ。単純に武器なんかを破壊できればいいんだが、そうもいかなくてな」

 いまいち分かりづらいな。
 つまり、どういう状況だってばよ?

「アーロンギルド長、にいさ……ライノ。ちょっといいかしら?」

 俺がさらに追求しようとしたところで、アイラが話に割って入ってきた。

「ここで説明するよりも直接見てもらったほうがいいと思うわ。その方が話が早いもの」

 アイラがそう言って、部屋の外に向かうよう促してくる。
 珍しく、真面目な顔をしているな。
 というか、何やら有無を言わせぬ圧力を感じる。

 俺としては、この三人が証文にサインをして、店の弁償代を補填する契約を締結してくれればそれで用事は済む。
 だが二人の用件を片付けないと、話が進まなさそうな雰囲気だ。

 とはいえ、俺としてもここで自分の用事だけを優先させるほど空気が読めないわけじゃないし、他の連中の状況も知っておいても損はないだろう。
 ひとまず、ここはアイラに従っておこうか。

「……わかった。案内してくれ」

「私はここで待機しておく。冒険者たちを見張る者が必要だろう」

 イリナはそう言って肩をすくめた。

「俺とリラはその間に書類の準備をしておこうか。おいリラ、いったん事務所へ戻るぞ」

「はい」

 アーロンと職員は先に部屋を出て行った。

「あの、私もここで待っていれば?」

「ペトラさんも一緒に来て欲しいのだけど、構わないかしら?」

 状況がよく分からずまごまごしているペトラさんの手を、アイラが握って言った。

「おいアイラ、ペトラさんは冒険者じゃないぞ」

「分かっているわ。でも、もしかしたらペトラさんの知識が必要になるかも知れないの」

 確かにペトラさんは半魔化できるからな。
 先日のアイラとの一件のように、魔物化について何か知っていることがあるかも知れない。

 とはいえ、あまりペトラさんに迷惑を掛けたくないんだが……
 ペトラさんに視線をやる。

「わ、私は構いませんよ!」

「ペトラさんがそういうなら、俺は構わないが……」

「よかった! じゃあ、案内するわ!」

 アイラがほっとした表情で、そう言った。



 ◇



 冒険者ギルドの建物内には、一時的に負傷者を収容する大部屋がある。
 アイラその扉の前に立って、ポケットから鍵を取り出した。

 見れば、扉には急ごしらえのかんぬきがしつらえてあり、さらにそこには錠前がぶら下がっている。
 部屋の内側からは、開くことができない構造だ。

「特に危険はないと思うけど、ペトラさんはにいさまから離れないことをおすすめするわ」

「は、はい」

 アイラはそう言ってから錠を開け、閂を外した。

「$%&、△×◎!?」

「…………」

「ナンデ…ナンデコンナノコトニ……」

 大部屋には、いくつかの寝台が並べてあった。

 そこには、人とも魔物ともつかない存在が革のベルトで縛り付けられていた。
 ベルトは魔術的な処理が施されているのか、淡く光る筋状の紋様が浮かび上がっている。

 寝台のひとつには、何か意味の分からない言葉だか鳴き声だかを発し暴れもがく獣毛に覆われた男性冒険者がいた。装備からするに剣士だな。

 別の寝台にはスライムのような半透明の物体が保定されており、プルプルと力なく蠢いている。寝台の下に置かれている装備からすると、盗賊職だったようだ。

 さらには大部屋の奥の隅には全身が鱗に覆われ、下半身が大蛇の姿になった女性冒険者が、へたりこむようにとぐろを巻いている。
 服装や装備品を見るに、魔術師のようだ。
 俯いてブツブツと呟いているが、こちらに顔が向くことはなかった。

 確かに俺たちが襲われる危険はなさそうだ。
 そもそも、こちらに気づいた様子もない。

 だが……

「大惨事じゃねーか……」

 俺はその惨状を見渡しつつ、思わず呟いた。
 この状態でよく全滅せずに帰還できたものだ。

「依頼遂行中に突然魔物化したところを、たまたま通りかかった他の冒険者に連れてこられたそうよ。そのまま討伐されなかったのは不幸中の幸いでしょうね」

 アイラがため息交じりでそう説明する。
 すでに事情は把握済みのようだ。

「これはまた、酷い有様ですね……」

 唖然とした様子でペトラさんも呟く。

「ええ。呪いでも毒でもないようで、試してみた治癒魔術はどれも効果なし。かろうじて意思疎通可能な蛇の子から聞いたところ、ダンジョンに向かう前に露天商から買った魔力回復剤を戦闘中に服用したそうよ。彼女は二人が魔物化したのを見て咄嗟に薬剤を吐き出したから、完全に魔物化しないで済んだみたい。……露天商は、ギルド職員が事情を聞きに駆けつけたところ、すでに姿はなかったそうよ」

 言って、アイラが下半身が蛇になった女性冒険者に目を向けた。

「魔物化する薬剤、ねえ。薬が抜ければ元に戻るんじゃないか?」

 俺が聞くと、アイラは首を振った。

「にいさまがやっつけた冒険者たちのことを考えればその可能性が高いわね。でも、未知の薬がいつ抜けるかなんて、誰にも分からないわ。明日かも知れないし、一年後かも知れない。体内に沈着して、一生抜けない可能性だってあるわ」

「確かに、そうだな」

 とはいえ、魔物化が不可逆的ではないことは先の冒険者どもで確認済みだ。
 どうにかして原因を取り除けば、人間に戻ることは可能だろう。

 じゃあどうすればいいか、であるが……正直、思い浮かばないな。

 方法論としては、体内から「魔物化の素」みたいなものを除去できればいいはずだ。つまり毒や麻痺を体内から消し去る『状態異常治癒』が有効のはずだが、それすら効かないらしい。そうとなると、さすがにお手上げだ。

 となれば、あとは半魔歴の長い彼女の意見を聞くしかないな。

「ペトラさんはどう思う?」

「私も是非ペトラさんの意見が聞きたいわ!」

 アイラも乗り気のようだ。
 心なしか普段よりグイグイ迫っている気がするが、気のせいだろうか。

「えっ、私ですか? そうですね……」

 急に話を振られたせいかペトラさんは一瞬目を泳がせるが、すぐに「うーん」と顎に手を当てて考え出した。

「あの方たちの状態は、私やアイラさんの『半魔』とは本質的に違うような気がしますね。言葉は悪いですが、なんとなく『紛い物』という印象を受けます。そもそも私、あんな暴れたり言動がおかしくなったことはないですし」

「ですよね!」

 アイラが大げさな様子でうんうんと頷く。
 彼女はさらに続けて、

「もちろん私も問題ないわ。半魔のときはちょっとだけ力が強くなるけど……んっ」

 バシュッ!

 そう言ったかと思うと、いきなり半魔状態になった。

「わわっ! ア、アイラさん!?」

「おいアイラ! こんな場所でいきなり変化するな! ビックリするだろ」

「ごめんなさい。でも、自分は大丈夫だってにいさまに見せて……おきたくて」

 一瞬だけ俯いてから顔をあげ、悪戯っぽい笑みを浮かべるアイラ。
 が、そんな表情とは裏腹に、彼女は俺の袖をきゅっと摘まんでいた。
 その鋭い爪の生えた小さな指からは、微かな震えが感じられる。

 ……ああ、そうか。

 アイラが俺とペトラさんをここに連れてきた本当の理由が分かった。

 彼女は安心したいのだ。
 俺やペトラさんから「お前は半魔でも大丈夫だ」と声を掛けて欲しいのだ。
 
 確かにアイラも元勇者パーティーの治癒術師ヒーラーで、一流の冒険者だ。肝も据わっている。幾度も修羅場をくぐり抜けた女傑と言っていいだろう。

 とはいえ、だ。

 それと同時に、彼女はただの十代前半の女の子でもある。
 こんな状況を目の当たりにすれば、自分の置かれた状況に不安を感じるのは無理もないのだ。

 ……なんだ、その、アレだ。

 彼女が半魔と化した経緯は俺の力のせいとはいえ、不可抗力だった。
 それは間違いない。
 
 だが……だが、である。

 今まで彼女の気持ちに気づけなかったのは、不覚としか言いようがない。
 ならばその責任は、今取るべきだろう。

「なあアイラ」

「……にいさま?」

 俺はアイラのふわふわの金髪を優しく撫でながら、言葉を続ける。

「お前がどんな姿になったとしても、どんな存在になろうとも、本質なんてそう簡単に変わるものじゃない。お前はお前だ。それにアイラ、そんなことはお前が一番よく分かっているだろう? だから、もっと自信を持て」

 ……どうだろうか?

 正直、責任を取るどころか慰めにもなっていないその場しのぎなセリフな気がするが……俺が思いつくのは、これが限界だ。

 だが彼女は気持ちよさそうに目を細めて、

「ふふっ。にいさまがそう言うならば、そうね!」

 と元気よく返事をした。

 それが取り繕っているのか本心なのかは俺には分からなかったが、少なくとも俺の袖を摘まむ指からは、微かな震えは消えていた。

「そうですよアイラさん、私だって……んん、にゃっ! もうにゃん年もこの姿で過ごしてきたんですにゃ! アイラさんだって、にゃんも問題にゃいですよ! 私だって保証しますにゃ!」

 ペトラさんが半魔化して、猫獣人の姿でそんなことをアイラに言ってみせる。

「ぷふっ。半魔化の先輩であるペトラさんがそう言うなら、もっとそうね!」

 ちょっとおどけた様子の彼女に、アイラが小さく吹き出した。

 まあ、ひとまずは大丈夫のようだな。

 ふとペトラさんと目が合うと、ウインクを返された。
 ……ここは貸しということか。
 まあ、せいぜい店で料理の腕を振るうとしよう。

「でも……」

 アイラが急に真剣な顔になった。
 腕を組み小さな顎に手を当て、考え込む素振りをする。

「私も半魔なら、ペトラさんみたいに語尾を変えた方がいいのかしら? ……いいドラ?」

「いやそこはマネしなくていい」

 ペトラさんが心底悲しそうな顔になるが、ダメなものはダメだからな?
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