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第62話 遺跡攻略⑧ 治癒魔術

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「サムリっ!」

 アイラがサムリの元へ駆けていった。

「アイラ、サムリはトレント種子に冒されているぞ! 昏倒しているとはいえ、気を付けろ!」

「分かっているわ! 今度は自分に《高位防護ハイ・レジスト》を行使済みだからっ!」

 アイラは走りつつも、俺の呼びかけに声を返してきた。

 なるほど、《高位防護》か。

 たしか、《防護レジスト》系統の魔術で高位のものは、毒や麻痺に対する耐性だけでなく、トレント種子による寄生や低位の呪いなどにも有効だったはずだ。
 アイラがそれをすでに行使しているならば、特に問題はないだろう。

 ちなみに『今度は』と言ったのは、前回不覚にもクラウスがトレント種子に寄生されてしまったことから出た言葉だろうか。想定外の状況だったとはいえ、治癒術師であるアイラにとっては痛恨の極みだったに違いない。

 一方サムリはというと、広間の壁に埋もれたまま、完全に白目を剥いている。
 時折「う……」とか「ぐ……」とか呻き声を上げているから、一応生きてはいるようだ。

 もちろん俺はサムリの勇者としての頑強さや装備の耐久力などを考慮した上で、斬撃ではなく打撃という、致命傷を負う可能性の少ない攻撃手段を選んだからな。

 だが、広間の壁にクレーターを作るのはさすがにやり過ぎだったかもしれない。

 それは何故かというと……

「む。せっかくの壁面彫刻が台無し。相手が脅威だったのは確か。でも、ライノは加減を知るべき」

 ビトラがぷすー、と頬を膨らませて、こっちをじっと見ているからだ。

 おっと。
 これはかなーりお冠ですね。

 遺跡ここは彼女にとっては実家みたいな場所だからな。
 実家を壊されたら、怒るのは当然のことだ。

 とはいえ、今回ばかりは相手が相手だったからな。
 俺が全力を出してサムリを《解体》で細切れにするわけにもいかないし、さっきのトレントみたく爆発四散させるわけにもいかない。

 そうなると、ぶん殴って壁まで吹き飛ばすくらいしか、制圧の手段が思いつかなかった。
 決して、ちょっとばかりテンションがハイだったとか、今までの鬱憤をここぞとばかり晴らそうとしたわけじゃない。

 ないったらないのだ。

「……すまんビトラ。この埋め合わせは必ずする」

「む。ならば、許す。ここは魔素が豊富。崩壊の規模が大きいから時間はかかる。けれども、壁はいずれ修復される」

「そ、そうか。ならよかった」

 俺が謝ると、ビトラはあっさり許してくれた。

 まあ、ここはダンジョンだからな。
 第二十五階層のように通路が崩壊したわけじゃないし、それほど時間もかからずに元通りになるだろう。

 が、安心したのもつかの間だった。

「む。でも、『うめあわせ』は絶対。何をしてもらうかは、いずれ私が考える。む、ふー」

 ビトラがそんなことを言い出した。
 黒~い笑みとともに。

 つーかその意味深な舌なめずりとか細めた目とか、一体どこで覚えたんだ。

「ああっ! ビトラちゃんの笑顔が怖いよー……」

 俺たちのやりとりをハラハラしながら見ていたパレルモが思わずといった様子で呟く。
 ……その意見には同感だ。

「お、お手柔らかに頼むぜ……」

 最近思うのだが、ビトラは出会ったときにくらべ、どんどん表情が豊かになってきている気がする。
 良い意味でも、悪い意味でも。
 もともと意のままに動かせる蔦の髪の方は感情表現が豊かだったが、それに顔の表情も加わってきている。

 もちろんそういった変化は、俺としては歓迎すべきことだと思う。

 だがこの場合は、後者だ。

 俺が言うのもなんだが、あまり悪そうな顔は覚えないで欲しい。



 まあ、ビトラもパレルモと同じく中身はなんだかんだで食いしん坊のお子様だ。
 多分、変なことにはならんと思うが……



 …………。



 地上に戻ったら、街のよさげなメシ屋を調べておこう。



 ◇

 

「――《高位治癒ハイ・ヒール》! 《解毒デトクス》っ! 《解呪ディスペル》っ!」

 ビトラの機嫌が直ったところで、アイラの様子を見にいった。
 彼女はサムリを壁のクレータ-から引きずり出し、近くに横たえ治癒に専念していた。

 が、経過は芳しくないようだ。

 アイラは治癒魔術をサムリに施しながらも、難しい顔をしている。

「どうだ? サムリの容態は」

「……よくはないわ。身体の大部分が、トレントの根で侵食されているもの。ひとまず身体の傷を癒やすことを優先しているけど、治癒魔術はトレントの根も一緒に活性化してしまうから……なんというか、不毛な作業だわ」

 アイラの言うとおり、サムリの身体のかなりの部分がトレントの根で侵食されている。

 まだ皮膚から突き破って露出している箇所は少ないが、それでも首筋から側頭部にかけてや、アイラが治癒魔術のために露出させた腹部などには、皮膚の下にトレントが根を張っているところがハッキリと見て取れる。

「うげ……なかなか壮絶な見た目だな」

 トレントの根が元気よく人間の皮膚の下を這いずり回る光景は、精神衛生上よろしくない。
 というか、率直に言ってかなり気色悪い。

 この状態のサムリに直接手を触れて治癒魔術を施すのは、なかなか勇気が要る。
 一歩間違えれば自分もこうなる危険性があるからな。

「うわぁ……」

「む。これは直視に堪えない」

 パレルモとビトラもちょっと引き気味だ。
 普段はどんなに気色の悪い魔物もいささかの躊躇もなく屠っていく魔王の巫女たちだが、こういうのはダメらしい。

「これでもまだマシな方だわ。私の見た前に聖騎士はもっとおぞましい見た目をしていたから」

「そ、そうか。それは大変な目に遭ったな」

 正直、これ以上の惨状はあまり想像したくない。

「……サムリはバカで傲慢でムッツリだけど、それでも一応は助けるべき仲間であることに変わらないわ。……それに、サムリをどうにかしないとねえさまの居場所がわからないわけだし」

 まあ、口ではいろいろ言ってはいるが、アイラとサムリは幼なじみらしいからな。
 そうでなくてもパーティーを組んでからずっと一緒だったろうし、思うところはあるのだろう。

 もっともアイラのサムリに対する心配の仕方は、完全に『手のかかる弟』に対するそれだ。
 たしか、サムリってアイラより年上だよな?
 年下のロリっ子に年下扱いされる勇者……か。

 いやまあ、サムリがアイラにどう無碍に扱われようが、別にいいんだが。

「それにしても……困ったわ。私の使える魔術では、どうやってもトレントを除去できない。せめて、さっきのショックで正気に戻っているといいけど……」

 はあ、とアイラが深くため息をついた。

 治癒魔術を止め、鞄から魔力回復薬の入った小瓶を取り出して、ぐいっと呷る。
 一本、さらにもう一本。

 どうやら魔力切れらしい。
 かなり高位の魔術を立て続けに行使していたからな。

「ぷはっ。魔力回復薬も、これで終わりだわ」

 アイラが空になった小瓶を見つめつつ、ふたたびため息をつく。

 一応、サムリの身体からは傷らしい傷は消えている。
 トレントの突き出た枝も、見た目上は除去されている。

 さすがは、アイラだ。
 あれだけ酷い有様だったサムリの状態に顔色ひとつかえず、ここまでやりきったのだ。

 このときばかりは、俺も彼女のことを『治癒天使』と称えたくなった。
 ……それを口に出したら殴られるから言わないが。

「アイラ、やっぱお前は一流の治癒術師ヒーラーだよ」

「……っ! わ、私はただ、ごく一般的な治癒術師としてなすべきことをしただけよ。にいさまやねえさまみたいに魔物と戦うことなんてできないし……」

 ついポロリと口に出た俺のセリフを耳ざとくそれを聞きつけたアイラが、プイとそっぽを向いた。
 どうやらそれが、彼女なりの謙遜のつもりらしい。

 だが、それが照れ隠しだってことは、ちゃんと俺にバレているぞ。
 ふわふわ髪から覗く耳が真っ赤だからな。



 とはいえ、いまだ目を閉じたままのサムリの顔色は、かなり悪い。

 彼女の高位治癒魔術をもってしても、トレント種子の寄生にはほとんど無力だ。
 トレントはサムリの身体を脅かす異物であるものの、『傷そのもの』ではないからな。治しようがないのだ。

 もちろん、種子を植え付けられてから、すぐさまその部分の肉を抉り取るなりすれば、助かる道もあるんだが……
 ここまで侵食が進むと、それも難しい。

 なんとかして、サムリを助けてやりたい気持ちもあるしな。
 一発ブン殴ってスッキリしたのもあるし。

 さて、どうしたものか。

「む。ライノ、ライノ」

 俺とアイラが対策を考えていると、ビトラがくいくいと袖を引っ張ってきた。

「なんだ、ビトラ。今忙しいんだ。埋め合わせの件なら、お前の好きそうなメシ屋を考えておくから……」

「む。そうではない。ライノはこの男を助けたいということなのか、それを確認したい」

 ビトラが、真面目な表情でそんなことを言ってきた。

「……どういうことだ?」

「む。もしかすれば、私の魔術が役に立つかも知れない」

 ビトラは植物を生み出し、それを精密に操る魔術を使う。
 だが、その魔術は自然にある植物やトレントなどの植物系魔物を操るものではなかったはずだ。
 いまこの状況で、彼女の魔術が役に立つとは思えない。

 とはいえ、ビトラは植物に関しては一家言持っているのも、確かだ。
 ならば……彼女の持つ知識が、状況を打破できるかもしれないな。

「……詳しく聞こうか」

「む。私に任せて」

 ビトラは薄い胸に自分の手を当て、微笑んだ。



 さっきみたいな、黒い笑みじゃない。

 ――頼られるのが嬉しい。
 そんな自信に満ちた、明るい笑顔だった。
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