アメトリンと白日夢

朔灯まい

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10.本心

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「ただいま」

 アイオラと別れた後、パンを買って家に帰るとアメトリンはもう口を開けて待っていた。

「…っぶふ、…お前そんなに気にいったの?」
「ハヤク」

 帰ってきて早々アメトリンの口の中にパンを入れながら、俺も一緒に食事をとる。
 食べながら、頭をよぎるのはさっきまで一緒にいたアイオラのことだった。

「…いよいよ遠い存在になったなぁ」
「パン」
「おい、そこは何が?だろうが」
「ナニ」

 そもそも鉱石とコミュニケーションをとろうとしているのがおかしいかもしれないが、気付けば話し始めていた。

「今日さ、ちょっと前まで一緒の現場にいたやつにあったんだよ」
「ヘェ」
「絶妙な相槌しやがって…。まあいいや。でさ、そいつアイオラって言うんだけどC地区に行っててよ…」
「シーチク」
「あぁ、C地区って言うのは採掘場のランク何だけど、」
 
 俺はアメトリンにこの国のシステムを話す。
 AからE地区に区切られた採掘場は、簡単にいえばランクがいいほどたくさん鉱石が取れる。
 当然上位ランクであるA地区に入るには条件があり、簡単にいえば金のあるお貴族様ならそこに入ることが許される。
 それ以外にも入れる条件はあって、貴族に気に入られたり、才能を認められたりなどもあるがそんな人間はごく僅か。
 所詮、庶民である俺やその他大勢の人間は入る際に金を必要としないE地区、もしくは多少の稼ぎがあれば入れるD地区で千載一遇のチャンスを掘り当てるしかないのだ。

「んで、そのD地区でC地区に行けるくらいの金になる鉱石を掘り当てたのがアイオラってわけ」

 女だろうと全く臆せず男だらけの採掘場に来た時は驚いたのを今でも覚えている。
 周りの男どもを力で屈服させていたのも鮮明だ。

「最初は若い女がこんなとこに来るなってバカにされてたのに、気付けば皆に慕われてるんだ」
「パン」
「あー、はいはい」

 俺の話なんて興味ないのかパンの催促しかしないアメトリンに苦笑いを溢す。

「あいつは凄いよ…、俺なんかと違ってさ」

 暗闇で生きるしかない今の俺にとって、アイオラは眩しすぎた。
 本当はちゃんとお祝いをしてあげたい。それくらい凄いことをあいつは成し遂げている。
 でも、それを出来ない俺がいて、それが俺自身を堪らなく惨めにさせていた。

「…俺は何してんだろうな」
「シショク」
「ん?」
「パンクレタ」
「は?」

 突然何を言い出したかと思えば、パン?

「スゴイ」

 続けてそう言うアメトリンの言葉はとても単純なもので無機質なのに、今の俺にはとても心揺さぶられるだった。

「パンあげただけで凄いのかよ」
「ウレシイ」
「…」
「ヤサシイ」

 今の気持ちを素直にぶつけてくれているのか、ストレートな物言いは弱った俺の心にはとても沁み渡る。
 思わず目頭が熱くなってそれを隠すように、冗談を口にした。

「え、何もしかして慰めてくれてる??」
「ホンシン」
「っは…ははっ、」

 冗談なんて叩きつけるように、アメトリンは俺に向かってそう言い放つ。
 表情がわからないのに、目の前の鉱石は真剣な眼差しをこちらに向けているように感じる。
 間髪入れず言い放った言葉にはそれくらい重みを感じた。

「ありがとな」
 
 お礼を言うと同時に堪えた涙が溢れてしまった。
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