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神隠しの森編

(189)妄想乙女③

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~紗彩目線~


「…………どうしたの」
「ちょっと、何があったのよ」


 女性とアルさんが格闘しているところを眺めていれば、セレスさんとノーヴァさんが声をかけてきた。

 どうやら二人とも、この騒ぎが気になり様子を見に来たらしい。
 …………ああ、女性の声って男性よりも響きやすいらしいからね。

 そう思っていると、アルさんと格闘していた女性がセレスさんを睨んだ。

 …………この世界にも、般若ってあるんだね。


「…………まだいましたの、この泥棒ネコ」
「…………なんでいるのよ」
「私が聞きたいぐらいですよ」


 セレスさんを睨みながら、噛みつく女性。
 そんな女性に対して、眉間にしわを寄せて嫌そうな目で彼女を見るセレスさん。
 そんなセレスさんの問いに、嫌そうに答えるアルさん。

 というか、『泥棒ネコ』って人の家から食べ物を盗むネコのことよね?
 もしくは、人の恋人を奪う者に対する罵倒の言葉。

 小説とかでもよく使われるのは、女性同士のはずなんだけど…………セレスさんって男性だよね?

 しかも女性はシヴァさんの恋人ではないし、セレスさんもシヴァさんとは上司と部下の関係だ。
 それだと、そもそも『泥棒ネコ』が使われる間柄にはならない気がするんだけど。


「聞いていますの、泥棒ネコ!! シヴァ様は、私の物ですわよ!!」
「団長は物ではないでしょ。だいたい騎士団本部の目の前で騒ぐだなんて、あなたどんな性根をしているのよ?」
「ふん! シヴァ様と同じ場所にいるからって、私に勝ったと思わない事ですわ!!」
「…………あいかわらず、話を聞かないお嬢さんね」


 般若のような表情で、一方的に捲し立てる女性。
 人間を通り越して謎の生命体を見るような目で見るセレスさん。
 そして、そんな二人に挟まれて眉間に青筋が浮かんでいるアルさん。

 とりあえず、ある意味アルさんが一番かわいそうな気がする。


「いい加減にしなさい、愚妹!!」
「もう…………アリシアですわ、お兄様」


 叫ぶアルさんに対して、先ほどまでの般若のような顔から一変頬を赤らめながら猫なで声で言う女性。

 うわ、セレスさんとアルさんの前での顔が違いすぎる。

 思わず、心の中でドン引きしてしまった。
 ドン引きしてしまった私は悪くないと思います。


「お前など、愚妹で十分です。それに、兄ではないと言っているでしょう!!」
「もう…………まだお母さまたちの言葉を気にしているの? 私は、お兄様のありのままの姿を愛するって言ったじゃない」


 女性の言葉に、なんとなくだが絶縁する理由が見えた気がした。

 両親のなんらかの言葉が原因で、アルさんは家を出た。
 その言葉が出た一端に、目の前の女性が関わっているのだろう。
 元々、何らかの不満があってそれが原因で爆発したとか?

 それにしても、明らかに種族が違う二人。
 ハーフという可能性もあるけれど、アルさんよりも目の前の女性を優先している理由があるのだろうか?


「お前に愛されるぐらいならば、キッチンに出る黒色の害虫に愛された方が何百倍もマシです」
「そんな…………お兄様ったら酷い」


 冷え冷えとした視線で女性を見下ろすアルさん。
 そんなアルさんに対して、涙を浮かべて悲しげな表情を浮かべる女性。

 …………なんかこの人、怒鳴るか泣くかの二つの行動しかしないな。
 そんなに好きなら、口説くぐらいすればいいのに。
 もちろん正論で。

 というか、アルさん。
 キッチンの出る黒い害虫って、某キッチンに出没する黒い悪魔のことですか?
 あれに愛された方がマシって、あなたどれだけ嫌いなんですか?

 いや、きっとあの虫も好きで愛されたいと思う人はいるのかもしれないけど。

 少なくとも、私は生理的に受け付けないけど。


「酷いのは、お前の頭の中身ですよ。団長やセレスに対しておかしなことを言ったり、団長やサーヤに対して迫ったり…………お前の頭の中は相変わらず理解できませんね」
「お兄様…………こんな私は嫌いなの?」
「嫌い? 嫌悪どころか、憎しみすら沸きますよ。お前、あの家にいた時に私に何をしたのか覚えていないのです?」
「そんなことしていませんわ……!」


 嘘だな。

 女性の様子を見て、私はそう判断した。
 アルさんが質問をした瞬間、視線がアルさんから外れ瞬きの回数も増えたしドレスのポケットに手を何度も出し入れしている。

 …………なんと、わかりやすい。

 まあアルさんが絶縁した理由に、この女性が関わっているのは確定だな。
 そして、その行動を女性側も覚えている。

 不思議だね。
 いじめた側が自分の悪事を忘れることはよく知っているけど、この人はそのことを覚えている。

 …………悪事だと理解していないとか?
 まあいじめた側の心理なんて理解できないから、いじめが悪事だと理解しているのかもしれないけど。


「とにかく、帰ってください。騎士団は、男を侍らせることしか考えていないお前と違って暇ではないのですから」
「…………アルの妹だからと言って、俺も優しくするつもりはない。お前は、セレスに対しておかしな言いがかりをつけた。それに対する謝罪もないのか?」


 アルさんの言葉に、シヴァさんが続くように言う。

 まあ、セレスさんへの謝罪はないな。
 たぶん、しないだろうけど。

 こういうタイプの人って、一度思い込んだら猪突猛進なところあるし。
 特に、色恋沙汰が関係していれば。

 というか男を侍らせるって、乙女ゲームの逆ハーヒロインみたいだな。
 …………まさかね。







「…………シヴァ様!! わたくし、絶対にあなたをその悪女から救い出して見せますわ!!」


 そう言った女性は、足早に立ち去って行った。

 …………なんだか、嵐みたいな人だな。

 というか__


「…………猫ですらなくなっていますね」
「アタシ、男なんだけれど。あと猫じゃなくて、ハイエナなんだけれど」
「…………猫は俺。泥棒しないけど」


 私の言葉に、セレスさんとノーヴァさんがそうポツリと言った。




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