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六話
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【才能なんて必要ない!】
六話
落ち着け俺。まずは深呼吸だ。
「すぅ……ふぅ……うぇぇ……」
ダメだ……自分の左腕をフライドチキンみたいにかっ喰らう自分の姿が脳裏に浮かんでくる。吐き気と手の震えが、寒気が止まんねえ。
そして、また電話がかかってきた。
「……もしもし?」
「な!?すげえよなぁ!?」
「全く……当事者より盛り上がってんじゃねえよ」
かなり興奮気味である奴のテンションのおかげで、一周まわって少しばかりは冷静になれた。
「そりゃ嬉しいだろ!お前があいつらいけ好かねえ奴らをぶん殴ってくれたおかげで、こっちもスカッとしてんだ!だからよ。これだけは言わせてくれ。ありがとう!」
「そうかよ……」
「……でも、腕食べちまうのはなんだったんだ?もしかして才能代償ってやつ?」
「……なんだそれ?」
初耳な単語だった。
「才能の急な成長か過度な才能の使い過ぎにはなにかしらのデメリットが来るって話さ。まあ、あれだと後者だろうけどな」
「そんなのがあるのか……」
……さすがに無茶しちまったってことなのか。
「というかこれ実技前の座学で出てきたぞ。才能者は覚えとかねえとまずいだろうが」
「まあ、別にいいじゃねえか死なねえしな」
「……お前の場合は本当に死なねえからな」
「当たり前だろ。それが俺の才能なんだしな」
「まあいいや!とりあえずありがとな!皆を代表して礼を言うよ」
「あ、あぁ……どういたしまし……」
言ってるあいだに電話は切れた。
「全く、自己中なやつだぜ」
でも、俺があいつらに勝った。いや、試合的には引き分けだったらしいけどとにかく、俺はあいつらに勝ったんだ!
でも、この空腹感だけはちょっときついな……
私服に着替え、コンビニにでも向かおうかと財布と携帯だけを手に取り、家を出ようと準備していると、携帯が手の中でなった。
「今日はよく掛かってくんな……」
表示される画面を見ると、非通知となっていた。さすがに出るのはやめておこう。電話を切る。
……だが、またすぐに掛かってきた。
「しつけえな……出るか」
仕方なく俺は二度目のそれに応答してやる。
「はい……」
「おっそーい!」
そこからは甘ったるいような声が流れてきた。
「……えっと。どちら様ですか?」
「校長先生だよ!なんで声でわかんないの?」
「いやそこまで親しくないですよ」
「やっぱり君、面白いね!でさ、私を楽しませてくれたし副賞としてお姉さんと一緒に旅行(デート)に行かない?」
「……は?」
「ま、いいや。拒否権はないから」
その言葉を最後に電話は切れた。
それからすぐ、俺の目の前の玄関のドアが突如として開き、黒服の集団に瞬く間に周囲を囲われてしまった。そして奴らは俺の口元に布を押し当てる。
「なんだ……よ……これ……は……」
景色がボヤけ、自らの意思とは関係なく、俺は徐に目を閉じる。そして次第に意識が遠のいていった。
*****
「んぁ?」
安心感のあるような優しい揺れの中、俺は目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは妖艶な赤に包まれているワインセラーのようなものだった。
絶対あれ高いよな。なんて思いつつ、びっくりするほどふわふわしてる黒のソファからゆっくりと起き上がると声が聞こえた。
「あ、起きたのね」
そちらを見やると見覚えのある幼女がワイングラスを回していた。
「あ、子供はこれだめよ。君にもジュースはあるから」
そう言ってる先生が一番子供っぽいことは置いといて、ここはどこなんだ?
「ここは私専用のリムジンの中だよ」
「そんなもん持ってるんですか?」
「現物で乗ってるんだからそんなの聞かないでもわかるでしょ?」
「確かにそうか……」
一応見回してみると、かなり大きなテレビがあるくらいでこの広い車内に人影はなかった。
「じゃ、先生と二人なんですか?」
「そうだよ!嬉しいね!」
「いや、肯定してないんで勝手に肯定しないで貰えます?」
「じゃ、嫌なの?」
瞳に涙を貯め、先生は首を少し傾げた。
「……その言い方はずるいですよ」
「ならいいね!」
すぐに先生はニコッと笑った。やっぱ芝居か……
「……もういいですよ。で、どこ行くんですか?」
「え?アメリカ!」
「……本気で言ってるんですか?」
「私は嘘はつかないよ!そんな偏屈なやつに見える?」
「じゃ、本当に?」
「マジのマジ!」
嘘なわけが無い。この先生がそんなこと言わないのはよくわかってる。でも、言わせてくれ。嘘だと。
それから暫くして、彼女の自家用ジェット機に乗り換え、俺は生まれて初めて、海外の地に降り立った。
何故かは知らないが、マスコミかパパラッチかよく分からない人らにカメラを向けられながら、そのジェット機から降りると、先程のようなリムジンとまではいかないが、高そうな車に乗り換る。当然これも運転手付きである。
日本とは規模の全く違う大きなビルや建物を流し見しつつその車は進んでいく。すると、野球場の入口のようなところから中に入っていった。
折角アメリカに来たというのに、なぜ俺はあんまり興味もない野球なんて見なければならないんだ?まあ、確かにベースボールはアメリカの国技だが、興味が無いのだから別にいいじゃないか。
「あ、野球だと思ってる?」
「……国技ですしね。でも、そういう趣味を持ってないから話が合うかなって感じで」
「あはっ!違うよ。確かに野球も面白いけど、もっと面白いのがあるのよ」
車に揺られながらその車は至って普通だった道を進んでいたような気がしたが、いつのまにか視界が暗くなった。
「……先生?」
「どうしたの?暗くなって怯えちゃった?」
「……いえ、そういう訳では無いんですけど」
さっきまで全く気にならなかった自動車の駆動音だけが場を支配する。
とはいえ、アメリカについて早速意味のわからないところに連れていかれるとは思わなかった。やっぱりこの先生は胡散臭いな。
「さて、着いたし行くよ!」
「は、はぁ……」
こんなところまで来たならもう仕方ない。本当はもう家に帰りたいところではあるが、俺は引くことも出来ないで暗がりをついていく。
「そろそろ教えてくれませんか?どこにいくか」
「最後までわからない方が面白いでしょ?」
「いや、怖いが勝ちますね……」
死なないとはいえ死ぬのは怖いのだ。何度もそんな危機に面して来たし、実際死んだことだってある。
なぜ俺があんな目に遭わないといけない?もう死にたくないんだ。俺だって。死ぬのは怖いし辛い。だから、死ぬのは嫌だ。
「もう!おませさんね!」
そんな校長の声は俺の耳には入ってきてなかった。体が勝手に震えやがる。
「……仕方ないわね。ここは決闘場(コロシアム)。学校で武道会って呼んでるアレの外国版よ」
「……なぜ俺がこんなところに?」
「君、知らないの?私があの大会なんで見に行ってるか」
「それは聞きましたよ。楽しむためって先生から」
「ぷっ!はっはっはっはー!!」
急に先生は笑い始めた。
「ハァハァ面白い……あんなの嘘に決まってるじゃん」
「嘘つかないとか言ってたくせに……」
「人間、生きてりゃ嘘ついてるもんよ」
本当にこの人は胡散臭い。
「……はぁ。格言っぽいこと言ってないで説明お願いします」
「……ブレないね君は。こんなに大人びた女の人とアメリカ遠征だよ?もうちょっとあるんじゃない?」
なにがあるっていうんだろうか。魅力も胸もないのに。
「ねー?なんか言うことは?」
先生は甘えた声でそういうと、こちらにニコッと笑いかけてきた。
「……可愛いしお美しゅうござんす」
「……心が全くこもってない」
残念そうに肩を落とす先生をよそにいつの間にか明るい場所に出ていた。
そこにはさっき学校で戦ったような試合場のような広さの何かがある。まだ遠くてよくわからないが。
「一応、あの学校のも公式戦できるようにはしてあるからね」
「……公式戦?」
「あれ?ご存知ない?」
「あー……もういいです」
煽るような言い方に腹が立ち、それ以上は聞かなかった。
推測だが、世界ランキングやら上下はっきりさせたい時にやるもんが公式戦だろう。
「……まあ、言葉通りだね。どっちが強いのかはっきりさせる時にやるのが公式戦。君ら学生がやるのが模擬戦だ。でも、この二つにそう変わりはない。一箇所だけ除いてね」
勝手に説明し始めた。この作戦は意外と通用するのかもしれない。よし、次から無視という作戦に出よう。
俺は黙って先生からの言葉を待つ。
「君ならわかるんじゃない?このステージを見れば」
そう言って先生は決闘場を指さした。指の先を見やると、ドス黒いなにかがその決闘場にはこびりついていた。
「うぇぇ……」
見た瞬間に吐きそうになる。吐き出すようなことはしなかったが、気持ちが悪い。
だが、わかった。わかりたくなんてなかったが、わかった。
「ここ。人が死んでる……」
「さっすがぁー!私が見込んだだけあるよ君!」
「……そりゃどうも」
別に俺は強くなくてもいい。それなりの高校生活をそれなりに送っていたいだけ。でも、最下位ってのは嫌だ。本当にただそれだけなのに、なんで俺はこうも厄介なもんばっかり引き寄せちまうんだろうか……
全部、この才能のせいってことくらいは分かってるつもりだが、嫌なもんは嫌だ。
「まあ、いいや。とりあえず君はここで見てて。ちょっと殺ってくる」
そう言うと先生はその歪な色をした舞台へと上がっていく。
反対方向からも誰かが上がった。
そのタイミングで周りに電気がつき、目が眩む。
目が慣れていき、見えるようになった頃にはうるさいほどの歓声が上がっていた。
周りを見渡すと、色々な人らが瞳を輝かせこちらに熱い視線を送っている。
これは観客か?
そして、マイクでなにかを喋っているアナウンサー的なのが、何か言うとより一層場が盛り上がる。なんとか聞き取れたのはデスマッチ。とか、ファーストゲームとかくらいだ。
取り残された俺は、リングの一番近くでそれを観ることにした。
いや、観る必要すらなかった。圧倒的だったのだ。
相手だってそれなりの才能だし、世界トップテンには入るような猛者だ。なのに、相手は何も出来ないでただ、ステージの上で弄ばれていた。
そして、先生はその相手にトドメを指した。
「ま、殺してないけどね」
「はぁ!?なんでそこに先生がいるんですか!」
さっきまでステージの上で虐待のようなことをしていた先生が、いつもと変わらぬ笑顔で真後ろで俺に囁いた。
「ははっ!これも才能だよ!瞬間移動なんて誰にだって出来るでしょ?」
「出来んわ!」
過去最速のツッコミをしてしまった。
「やっとタメ口になったね!」
「それが狙いだったか……」
「君のような人が珍しいのよ。私にとってはね」
「何がです?」
「ただの校長先生として話してくれるのは君くらいだ」
校長先生のこの笑顔の下には何が隠されているのか。今の俺には全くわからなかった。
「折角アメリカ来たんだし、デートらしいことしようか!」
「まあ、アメリカ来たなら自由の女神くらいは見て帰りたいですね」
「そうかー!わかった。じゃ行こ!」
そして、先生に手を握られ、瞬く間に俺はまったく知らない場所に居た。
いや、テレビとかで見たことはあったがそんなのとは大違いだ。
「……すげえ。これが生の迫力か」
いつの間にか外は夜になっていて、下から照らされる自由の女神の迫力は圧巻だ。
「喜んでくれた?」
「はい!なんというか凄いですね!」
手に持っていた携帯で写真をいろんな角度から撮り、いつもなら絶対にやらないであろう自撮りと呼ばれることもした。
「浮かれてるところ悪いけど、そろそろチェックインの時間だからいいかな?」
「……ホテル?」
「それも私と同室だよ!」
満面の笑みで校長先生はそう言うと、俺の手を取りいつの間にかさっきまであったはずのものはなくなり、ピンク色のキングサイズのベッドの前に来ていた。
「……なにが目的なんです?」
「えー?君、面白いから結婚しようかなって」
「ふざけないでくださいよ……」
「私は至って本気だよ?だから、初夜を済ませようかなって」
「気が早いってどころじゃねえわ!」
「だから、良いではないか良いではないかー」
そう言いながら先生はこちらに走ってきた。
身の危険を感じた俺は後ろのドアを急いで開け、ひたすら走るが先生は何故か先回りしていたり、さっきの部屋に戻っていたりでとにかくやばい。言い訳しないとまずいんだよ。このままじゃ俺の貞操がこんなロリに奪われることになる。
「……そ、そうだ!お、俺には好きな人が居るんです!」
そう言うと、追ってくる足音が止んだ。
「好きな人?」
「そ、そうです!」
「……それは誰かな?」
「え、えっと……」
「無回答はいないと見なします!というか、私のことが好きとみなします!」
「なんだその無茶苦茶自分に有利な条件は!……わかった!わかりましたから!」
ベットに押し倒され、もう逃げようにも逃げれない状態だった。ここで答えを間違えれば貞操はない。
「……小桜ですよ。俺が好きなのは小桜です」
「本当に?」
「ほ、本当です!」
「……あの子か。確かに可愛いよねぇ。でも、関係ないよね!どっちにしたって経験が早いか遅いかだし!」
「そんなわけあるか!初めてってのは大切なんだよ!」
そう言うと、ちょっと先生に隙ができた。
今しかねえ!
俺は先生のホールド状態からすり抜け、ベッドを飛び降りる。
「もう!女々しいんだから!」
「うるせえ!ビッチロリババァ!」
「は、ははっ!あははっ!言ったね?君。言ってはならないことを遂にいってしまったね!?」
笑いながら先生は禍々しいほどのオーラを漂わせていた。
「そ、そんな冗談に決まってるじゃないですか!」
「私は殺しはしないけど、君なら別にいいよね?」
「よくないから!全然良くないから!ならせめて痛くしないで!」
「痛いのは一瞬だし、先っぽだけだからね?」
「嫌!嫌!いやぁぁぁ!!」
******
ぼんやりとした意識の中、目を開くと見知らぬ天井だ。それに身体が重い。俺は一体……
体を動かそうと右に捻ってみると、何かが俺の太ももから落ちたかのように動きが良くなった。
……いや、これは身体が重いとかそう言うんじゃない。
布団を退かすとロリっ子が俺の太ももを枕にしてヨダレを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていた。
布団をかけるには暑いこの時期によくこんな気持ちよさそうに眠れたもんだな。死ぬだろこれじゃ。
ま、俺は死んでたみたいだけど。
ほとんど開ききったパジャマのボタンを見てもちっとも興奮しない。でも、世間体から見てこの状況はかなりまずい。
「先生……先生!」
先生の体を揺すって起こそうとするが、服が無駄にはだけるだけで先生は起きない。
「これはまずいな……」
もうさすがに触ることはできない。これ以上やったらロリっ子のいけない部分が見えちまうからな。
「……襲わないの?」
そんな声がベットの方から聞こえてきた。
「起きていたんですか……」
「あっははー!君がその気なら私は別にいいよ!」
「俺にそんな趣味はないです。早く服を直してください」
早く顔を洗おう。寝っ転がってる先生を放置して俺は洗面台に向かう。
昨日はドタバタしちゃって内装とかあんま気にしなかったが、かなり豪華だ。大きなソファーにテレビ、テーブルの上にはお菓子まで並んでいた。
そんなのを流し見しつつ脱衣所、もとい洗面台のある部屋に入ると、シャーッとシャワーを使っている音が聞こえてきた。
そして、俺が入ったのを見計らったかのようなタイミングで脱衣所とバスルームが開いた。
そして、中から校長先生が出てくる。
「本当にあんたなにしたいんだよ!」
「覗いて逆ギレなんて酷いよ!ケダモノだよ!エッチ!」
「……もう、それ以上騒がんでください。はい。これバスタオルね」
先生にそれを強引に渡すと、バスルームに先生ごと押し込む。
さっさと歯を磨いておこう。ちょっと自分の身体が臭いし風呂にも入るか……っても、汗臭さではない。血の匂いがする。
止血もしてくれなかったのか……まあ、勝手に血液は体に戻ってくるんだけど、これだと臭いんだよな。俺も後で風呂に入らねえとな。
さっさと歯磨きを済ませ、風呂にも入る。勿論先生が覗きに来たりしたが放り出してやった。
「ところで先生。俺はいつ帰れるんですか?」
「学生の本分は勉強だしね!月曜日には返してあげるよ」
「はぁ。そうですか」
「なに?寂しい?」
答えるのもバカバカしく思えて何も言わなかった。
「もう!拗ねないでよ!あ、そうだ!今日は先生を頼まれてるんだった!」
「ん?先生を頼まれてる?先生なのに?」
「あー、ほかの学校の先生を頼まれてるの」
忙しい先生である。
「……んで、俺はどうしてればいいですかね?」
「うーんと……君も高校生だし職場体験しようね!ということで!」
そう言って満面の笑みで俺の手を掴んだ。
例のごとく瞬間移動だ。
俺は今日もこの人に連れ回されるらしい。折角の土曜日なのに酷いもんだぜ。
六話
落ち着け俺。まずは深呼吸だ。
「すぅ……ふぅ……うぇぇ……」
ダメだ……自分の左腕をフライドチキンみたいにかっ喰らう自分の姿が脳裏に浮かんでくる。吐き気と手の震えが、寒気が止まんねえ。
そして、また電話がかかってきた。
「……もしもし?」
「な!?すげえよなぁ!?」
「全く……当事者より盛り上がってんじゃねえよ」
かなり興奮気味である奴のテンションのおかげで、一周まわって少しばかりは冷静になれた。
「そりゃ嬉しいだろ!お前があいつらいけ好かねえ奴らをぶん殴ってくれたおかげで、こっちもスカッとしてんだ!だからよ。これだけは言わせてくれ。ありがとう!」
「そうかよ……」
「……でも、腕食べちまうのはなんだったんだ?もしかして才能代償ってやつ?」
「……なんだそれ?」
初耳な単語だった。
「才能の急な成長か過度な才能の使い過ぎにはなにかしらのデメリットが来るって話さ。まあ、あれだと後者だろうけどな」
「そんなのがあるのか……」
……さすがに無茶しちまったってことなのか。
「というかこれ実技前の座学で出てきたぞ。才能者は覚えとかねえとまずいだろうが」
「まあ、別にいいじゃねえか死なねえしな」
「……お前の場合は本当に死なねえからな」
「当たり前だろ。それが俺の才能なんだしな」
「まあいいや!とりあえずありがとな!皆を代表して礼を言うよ」
「あ、あぁ……どういたしまし……」
言ってるあいだに電話は切れた。
「全く、自己中なやつだぜ」
でも、俺があいつらに勝った。いや、試合的には引き分けだったらしいけどとにかく、俺はあいつらに勝ったんだ!
でも、この空腹感だけはちょっときついな……
私服に着替え、コンビニにでも向かおうかと財布と携帯だけを手に取り、家を出ようと準備していると、携帯が手の中でなった。
「今日はよく掛かってくんな……」
表示される画面を見ると、非通知となっていた。さすがに出るのはやめておこう。電話を切る。
……だが、またすぐに掛かってきた。
「しつけえな……出るか」
仕方なく俺は二度目のそれに応答してやる。
「はい……」
「おっそーい!」
そこからは甘ったるいような声が流れてきた。
「……えっと。どちら様ですか?」
「校長先生だよ!なんで声でわかんないの?」
「いやそこまで親しくないですよ」
「やっぱり君、面白いね!でさ、私を楽しませてくれたし副賞としてお姉さんと一緒に旅行(デート)に行かない?」
「……は?」
「ま、いいや。拒否権はないから」
その言葉を最後に電話は切れた。
それからすぐ、俺の目の前の玄関のドアが突如として開き、黒服の集団に瞬く間に周囲を囲われてしまった。そして奴らは俺の口元に布を押し当てる。
「なんだ……よ……これ……は……」
景色がボヤけ、自らの意思とは関係なく、俺は徐に目を閉じる。そして次第に意識が遠のいていった。
*****
「んぁ?」
安心感のあるような優しい揺れの中、俺は目を覚ますと、まず目に飛び込んできたのは妖艶な赤に包まれているワインセラーのようなものだった。
絶対あれ高いよな。なんて思いつつ、びっくりするほどふわふわしてる黒のソファからゆっくりと起き上がると声が聞こえた。
「あ、起きたのね」
そちらを見やると見覚えのある幼女がワイングラスを回していた。
「あ、子供はこれだめよ。君にもジュースはあるから」
そう言ってる先生が一番子供っぽいことは置いといて、ここはどこなんだ?
「ここは私専用のリムジンの中だよ」
「そんなもん持ってるんですか?」
「現物で乗ってるんだからそんなの聞かないでもわかるでしょ?」
「確かにそうか……」
一応見回してみると、かなり大きなテレビがあるくらいでこの広い車内に人影はなかった。
「じゃ、先生と二人なんですか?」
「そうだよ!嬉しいね!」
「いや、肯定してないんで勝手に肯定しないで貰えます?」
「じゃ、嫌なの?」
瞳に涙を貯め、先生は首を少し傾げた。
「……その言い方はずるいですよ」
「ならいいね!」
すぐに先生はニコッと笑った。やっぱ芝居か……
「……もういいですよ。で、どこ行くんですか?」
「え?アメリカ!」
「……本気で言ってるんですか?」
「私は嘘はつかないよ!そんな偏屈なやつに見える?」
「じゃ、本当に?」
「マジのマジ!」
嘘なわけが無い。この先生がそんなこと言わないのはよくわかってる。でも、言わせてくれ。嘘だと。
それから暫くして、彼女の自家用ジェット機に乗り換え、俺は生まれて初めて、海外の地に降り立った。
何故かは知らないが、マスコミかパパラッチかよく分からない人らにカメラを向けられながら、そのジェット機から降りると、先程のようなリムジンとまではいかないが、高そうな車に乗り換る。当然これも運転手付きである。
日本とは規模の全く違う大きなビルや建物を流し見しつつその車は進んでいく。すると、野球場の入口のようなところから中に入っていった。
折角アメリカに来たというのに、なぜ俺はあんまり興味もない野球なんて見なければならないんだ?まあ、確かにベースボールはアメリカの国技だが、興味が無いのだから別にいいじゃないか。
「あ、野球だと思ってる?」
「……国技ですしね。でも、そういう趣味を持ってないから話が合うかなって感じで」
「あはっ!違うよ。確かに野球も面白いけど、もっと面白いのがあるのよ」
車に揺られながらその車は至って普通だった道を進んでいたような気がしたが、いつのまにか視界が暗くなった。
「……先生?」
「どうしたの?暗くなって怯えちゃった?」
「……いえ、そういう訳では無いんですけど」
さっきまで全く気にならなかった自動車の駆動音だけが場を支配する。
とはいえ、アメリカについて早速意味のわからないところに連れていかれるとは思わなかった。やっぱりこの先生は胡散臭いな。
「さて、着いたし行くよ!」
「は、はぁ……」
こんなところまで来たならもう仕方ない。本当はもう家に帰りたいところではあるが、俺は引くことも出来ないで暗がりをついていく。
「そろそろ教えてくれませんか?どこにいくか」
「最後までわからない方が面白いでしょ?」
「いや、怖いが勝ちますね……」
死なないとはいえ死ぬのは怖いのだ。何度もそんな危機に面して来たし、実際死んだことだってある。
なぜ俺があんな目に遭わないといけない?もう死にたくないんだ。俺だって。死ぬのは怖いし辛い。だから、死ぬのは嫌だ。
「もう!おませさんね!」
そんな校長の声は俺の耳には入ってきてなかった。体が勝手に震えやがる。
「……仕方ないわね。ここは決闘場(コロシアム)。学校で武道会って呼んでるアレの外国版よ」
「……なぜ俺がこんなところに?」
「君、知らないの?私があの大会なんで見に行ってるか」
「それは聞きましたよ。楽しむためって先生から」
「ぷっ!はっはっはっはー!!」
急に先生は笑い始めた。
「ハァハァ面白い……あんなの嘘に決まってるじゃん」
「嘘つかないとか言ってたくせに……」
「人間、生きてりゃ嘘ついてるもんよ」
本当にこの人は胡散臭い。
「……はぁ。格言っぽいこと言ってないで説明お願いします」
「……ブレないね君は。こんなに大人びた女の人とアメリカ遠征だよ?もうちょっとあるんじゃない?」
なにがあるっていうんだろうか。魅力も胸もないのに。
「ねー?なんか言うことは?」
先生は甘えた声でそういうと、こちらにニコッと笑いかけてきた。
「……可愛いしお美しゅうござんす」
「……心が全くこもってない」
残念そうに肩を落とす先生をよそにいつの間にか明るい場所に出ていた。
そこにはさっき学校で戦ったような試合場のような広さの何かがある。まだ遠くてよくわからないが。
「一応、あの学校のも公式戦できるようにはしてあるからね」
「……公式戦?」
「あれ?ご存知ない?」
「あー……もういいです」
煽るような言い方に腹が立ち、それ以上は聞かなかった。
推測だが、世界ランキングやら上下はっきりさせたい時にやるもんが公式戦だろう。
「……まあ、言葉通りだね。どっちが強いのかはっきりさせる時にやるのが公式戦。君ら学生がやるのが模擬戦だ。でも、この二つにそう変わりはない。一箇所だけ除いてね」
勝手に説明し始めた。この作戦は意外と通用するのかもしれない。よし、次から無視という作戦に出よう。
俺は黙って先生からの言葉を待つ。
「君ならわかるんじゃない?このステージを見れば」
そう言って先生は決闘場を指さした。指の先を見やると、ドス黒いなにかがその決闘場にはこびりついていた。
「うぇぇ……」
見た瞬間に吐きそうになる。吐き出すようなことはしなかったが、気持ちが悪い。
だが、わかった。わかりたくなんてなかったが、わかった。
「ここ。人が死んでる……」
「さっすがぁー!私が見込んだだけあるよ君!」
「……そりゃどうも」
別に俺は強くなくてもいい。それなりの高校生活をそれなりに送っていたいだけ。でも、最下位ってのは嫌だ。本当にただそれだけなのに、なんで俺はこうも厄介なもんばっかり引き寄せちまうんだろうか……
全部、この才能のせいってことくらいは分かってるつもりだが、嫌なもんは嫌だ。
「まあ、いいや。とりあえず君はここで見てて。ちょっと殺ってくる」
そう言うと先生はその歪な色をした舞台へと上がっていく。
反対方向からも誰かが上がった。
そのタイミングで周りに電気がつき、目が眩む。
目が慣れていき、見えるようになった頃にはうるさいほどの歓声が上がっていた。
周りを見渡すと、色々な人らが瞳を輝かせこちらに熱い視線を送っている。
これは観客か?
そして、マイクでなにかを喋っているアナウンサー的なのが、何か言うとより一層場が盛り上がる。なんとか聞き取れたのはデスマッチ。とか、ファーストゲームとかくらいだ。
取り残された俺は、リングの一番近くでそれを観ることにした。
いや、観る必要すらなかった。圧倒的だったのだ。
相手だってそれなりの才能だし、世界トップテンには入るような猛者だ。なのに、相手は何も出来ないでただ、ステージの上で弄ばれていた。
そして、先生はその相手にトドメを指した。
「ま、殺してないけどね」
「はぁ!?なんでそこに先生がいるんですか!」
さっきまでステージの上で虐待のようなことをしていた先生が、いつもと変わらぬ笑顔で真後ろで俺に囁いた。
「ははっ!これも才能だよ!瞬間移動なんて誰にだって出来るでしょ?」
「出来んわ!」
過去最速のツッコミをしてしまった。
「やっとタメ口になったね!」
「それが狙いだったか……」
「君のような人が珍しいのよ。私にとってはね」
「何がです?」
「ただの校長先生として話してくれるのは君くらいだ」
校長先生のこの笑顔の下には何が隠されているのか。今の俺には全くわからなかった。
「折角アメリカ来たんだし、デートらしいことしようか!」
「まあ、アメリカ来たなら自由の女神くらいは見て帰りたいですね」
「そうかー!わかった。じゃ行こ!」
そして、先生に手を握られ、瞬く間に俺はまったく知らない場所に居た。
いや、テレビとかで見たことはあったがそんなのとは大違いだ。
「……すげえ。これが生の迫力か」
いつの間にか外は夜になっていて、下から照らされる自由の女神の迫力は圧巻だ。
「喜んでくれた?」
「はい!なんというか凄いですね!」
手に持っていた携帯で写真をいろんな角度から撮り、いつもなら絶対にやらないであろう自撮りと呼ばれることもした。
「浮かれてるところ悪いけど、そろそろチェックインの時間だからいいかな?」
「……ホテル?」
「それも私と同室だよ!」
満面の笑みで校長先生はそう言うと、俺の手を取りいつの間にかさっきまであったはずのものはなくなり、ピンク色のキングサイズのベッドの前に来ていた。
「……なにが目的なんです?」
「えー?君、面白いから結婚しようかなって」
「ふざけないでくださいよ……」
「私は至って本気だよ?だから、初夜を済ませようかなって」
「気が早いってどころじゃねえわ!」
「だから、良いではないか良いではないかー」
そう言いながら先生はこちらに走ってきた。
身の危険を感じた俺は後ろのドアを急いで開け、ひたすら走るが先生は何故か先回りしていたり、さっきの部屋に戻っていたりでとにかくやばい。言い訳しないとまずいんだよ。このままじゃ俺の貞操がこんなロリに奪われることになる。
「……そ、そうだ!お、俺には好きな人が居るんです!」
そう言うと、追ってくる足音が止んだ。
「好きな人?」
「そ、そうです!」
「……それは誰かな?」
「え、えっと……」
「無回答はいないと見なします!というか、私のことが好きとみなします!」
「なんだその無茶苦茶自分に有利な条件は!……わかった!わかりましたから!」
ベットに押し倒され、もう逃げようにも逃げれない状態だった。ここで答えを間違えれば貞操はない。
「……小桜ですよ。俺が好きなのは小桜です」
「本当に?」
「ほ、本当です!」
「……あの子か。確かに可愛いよねぇ。でも、関係ないよね!どっちにしたって経験が早いか遅いかだし!」
「そんなわけあるか!初めてってのは大切なんだよ!」
そう言うと、ちょっと先生に隙ができた。
今しかねえ!
俺は先生のホールド状態からすり抜け、ベッドを飛び降りる。
「もう!女々しいんだから!」
「うるせえ!ビッチロリババァ!」
「は、ははっ!あははっ!言ったね?君。言ってはならないことを遂にいってしまったね!?」
笑いながら先生は禍々しいほどのオーラを漂わせていた。
「そ、そんな冗談に決まってるじゃないですか!」
「私は殺しはしないけど、君なら別にいいよね?」
「よくないから!全然良くないから!ならせめて痛くしないで!」
「痛いのは一瞬だし、先っぽだけだからね?」
「嫌!嫌!いやぁぁぁ!!」
******
ぼんやりとした意識の中、目を開くと見知らぬ天井だ。それに身体が重い。俺は一体……
体を動かそうと右に捻ってみると、何かが俺の太ももから落ちたかのように動きが良くなった。
……いや、これは身体が重いとかそう言うんじゃない。
布団を退かすとロリっ子が俺の太ももを枕にしてヨダレを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていた。
布団をかけるには暑いこの時期によくこんな気持ちよさそうに眠れたもんだな。死ぬだろこれじゃ。
ま、俺は死んでたみたいだけど。
ほとんど開ききったパジャマのボタンを見てもちっとも興奮しない。でも、世間体から見てこの状況はかなりまずい。
「先生……先生!」
先生の体を揺すって起こそうとするが、服が無駄にはだけるだけで先生は起きない。
「これはまずいな……」
もうさすがに触ることはできない。これ以上やったらロリっ子のいけない部分が見えちまうからな。
「……襲わないの?」
そんな声がベットの方から聞こえてきた。
「起きていたんですか……」
「あっははー!君がその気なら私は別にいいよ!」
「俺にそんな趣味はないです。早く服を直してください」
早く顔を洗おう。寝っ転がってる先生を放置して俺は洗面台に向かう。
昨日はドタバタしちゃって内装とかあんま気にしなかったが、かなり豪華だ。大きなソファーにテレビ、テーブルの上にはお菓子まで並んでいた。
そんなのを流し見しつつ脱衣所、もとい洗面台のある部屋に入ると、シャーッとシャワーを使っている音が聞こえてきた。
そして、俺が入ったのを見計らったかのようなタイミングで脱衣所とバスルームが開いた。
そして、中から校長先生が出てくる。
「本当にあんたなにしたいんだよ!」
「覗いて逆ギレなんて酷いよ!ケダモノだよ!エッチ!」
「……もう、それ以上騒がんでください。はい。これバスタオルね」
先生にそれを強引に渡すと、バスルームに先生ごと押し込む。
さっさと歯を磨いておこう。ちょっと自分の身体が臭いし風呂にも入るか……っても、汗臭さではない。血の匂いがする。
止血もしてくれなかったのか……まあ、勝手に血液は体に戻ってくるんだけど、これだと臭いんだよな。俺も後で風呂に入らねえとな。
さっさと歯磨きを済ませ、風呂にも入る。勿論先生が覗きに来たりしたが放り出してやった。
「ところで先生。俺はいつ帰れるんですか?」
「学生の本分は勉強だしね!月曜日には返してあげるよ」
「はぁ。そうですか」
「なに?寂しい?」
答えるのもバカバカしく思えて何も言わなかった。
「もう!拗ねないでよ!あ、そうだ!今日は先生を頼まれてるんだった!」
「ん?先生を頼まれてる?先生なのに?」
「あー、ほかの学校の先生を頼まれてるの」
忙しい先生である。
「……んで、俺はどうしてればいいですかね?」
「うーんと……君も高校生だし職場体験しようね!ということで!」
そう言って満面の笑みで俺の手を掴んだ。
例のごとく瞬間移動だ。
俺は今日もこの人に連れ回されるらしい。折角の土曜日なのに酷いもんだぜ。
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