才能なんて必要ない!

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三話 迅雷の悪魔 雲母梨乃

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【才能なんて必要ない!】

三話

 コインが落ちたら戦わないといけない。でも、校長はというと準備運動を始めてニコニコしてる。なんというかイマイチ緊張感が出ない。
 本当に三位なのか?
 とりあえず、出来るだけのことはしておこう。
 なんて言っても心構えくらいしか出来ずに、それは地面に落ち、無機質な音を立てた。
 それを合図に先生はにこやかな顔でこちらに歩み寄ってくる。背中にはビリビリした青いオーラのようなものが浮かび上がっていた。
 この状況はかなりまずい。早く離れないと!足に力を入れ動こうとするが、金縛りにあったかのように動けない。そんな俺にゆっくりとニコニコしながら歩み寄ってくる。まさに悪魔そのものだ。
「あれ?どうしたの?動かないの?」
 足も腕も震えてる。……まさか、怖いのか?俺が?こんな幼女を?
「じゃ、腕から飛ばそうかしらね?」
 嬉しそうに笑いながらさっきの小石に近いものを俺へと飛ばしてきた。
 に、逃げないと……こんなの食らったら腕どころじゃすまねえぞ!
 バチバチッ!と、音を立ててそれは俺の横に来た瞬間に弾けた。
 なんとか転けるかのように避けれた。だが、まだ足が動かねえし軽く左腕に攻撃が当たってしまった。
「あれ?避けれたの?」
「ま、まあなんとか……」
「凄い凄い!私の金縛りから一時的にでも動けるようになるなんて!さすが私の作った学校の生徒ね!」
 あの動けなくなるのもこの人の能力だというのか……
「……でも、次は殺すわ」
 にこやかにそう言った校長のその言葉にはしっかりとした殺意が乗っていた。この人マジだ。
 左腕はもうそろそろ完治しそうだが、治るまで待ってたら殺られるし、早く立ち上がらないと。
「じゃ、電力上げるね?」
 表情は変えずににこにこと校長はそう言って俺の背に触れた。
「うぁ……あ……あ……」
 刹那、身体が痛みすら感じぬままに俺の体は地面に崩れ落ちた。
「……一個……二個……三個っ!」
 朦朧とした意識の中、なんとか顔を上げて見ると、先生は俺の背中にその小石の爆弾を嬉しそうに仕掛けていた。
「や……やめ……」
「ん?喋れるの?凄いねぇ……流石サンドバック君だね!」
「それは……褒めてるんですかね?」
「褒めてるのよ!三位の私の技に一応対抗出来てるからね~」
 ふざけやがって……こっちがこんなに痛い思いをしてるのにやつは笑って爆弾を置くだけ。こんなの理不尽だ。
 まだ。まだ、この程度の火力なら俺は死なねえ。というか死なねえ。俺の身体が壊れたってこの校長に一泡吹かせてやる。
「五十パー……100パー……二百パー」
「え?どうしたの?」
「三百パーセント!」
 俺は無理矢理身体を起こしてその場から三歩ほど身を遠ざけた。
「へ、へぇ……凄いね。私の拘束から逃げ出すなんて!どうやったの?」
「……気合いって奴ですよ。人間の気力の底力みせてやります!このままやられるなんて嫌ですからね!」
「……ふふっ!あははっ!面白いねぇ!じゃ、私のとっておきってのを出そうかな?」
 そう言って無邪気な笑顔を浮かべるところを見るとやっぱり三位って感じではないが、今ならわかる。この笑顔こそが一番の武器なんだ。
「正面から受けてやりますよ。サンドバックなめないでください!」
「ははっ!君、面白いね~でも、これで殺しちゃうのか~残念だなぁ……」
 なんて言いながら、先生は屈託のない綺麗な笑顔で右指で空を指さした。すると、さっきまで快晴だった空が淀み、ポツポツと雨が降ってきた。そして、瞬く間にゴロゴロと音が鳴る。稲妻の音だ。
 まさか。そんなことできるわけ……天候を操るってのか?
 稲光が先生の右指に落ち、先生がさっきとは比較にならないほどの大きな青いオーラのようなものを纏い、ゆっくりとこちらにやってくる。
「じゃ、行くよ!10億ボルトぉー」
 ふざけたような声が校庭に響く。
 そして、先生が腕を振り下ろし、俺に指てっぽうでねらいを定め指を少し動かした瞬間にその指から俺に向かって青白い線が浮かび上がる。
 雷の速度は光並みだ。こんなの避けれるわけねえだろうが!
「うがぁぁぁ!!!」
 痛みに叫ぶ。声が枯れるほどに叫ぶ。
「大丈夫か?松岡……」
「え……?鬼塚先生?」
 不思議と痛みはなかった。
「急に天候が悪くなったからまさかと思って戻ってきたら、教え子に何してるんですか……」
「あっははー!流石鬼塚先生!私の雷をチョークで逸らすなんて!」
 振り返ると四階建ての校舎別館にぽっこりと大きな穴が空いていた。
「はぁ……全く勘弁してくださいよ……俺だって本気でやらないとあんな電撃逸らせないんすから……」
 呆れたように鬼塚はそう言った。チョークであんなの逸らす鬼塚先生も異常だが、校長は笑ってあんな技を教え子に打ち込んできやがる。この教師ら頭おかしいんじゃないだろうか。
「じゃ、鬼塚先生が遊んでくれる?」
「……はあ。仕方ないですね。松岡。もうお前は帰れ。また明日な」
「はいっ!」
「あー!松岡くん帰っちゃうの!?」
「まあ、明日もありますし」
「じゃ、また遊ぼうね!」
「は、はぁ……」
 いつまでもここにいる訳には行かない。ここでは教師(ばけもの)対教師(ばけもの)の争いが始まるんだ。あんなの巻き込まれたら終わりだ。前座の俺はさっさと逃げよう。
 黒の手提げバックを手に取って足早に帰路についた。
 そして、一日以上も空けてしまった我が部屋にたどり着いた。ゲーム機やら服なんかが散らかってはいるが、なんとなくどこに何があるかは分かるのでいい。なんとなく落ち着くしな。
 とりあえず風呂かな。二日入ってねえしさっきの戦闘のせいで泥まみれだ。
 風呂とかを済ましたあと、ベットに横になると今日は無駄に力を使いすぎたからかすぐに眠りにつけた。
 次の日、ぐぅぅぅ……という腹の音で朝早くに目が覚めた。
 いつもなら朝飯なんて食べないが、これは異常だ。食べないと持たねえ……
 のろのろとベットから起きあがり、歯磨きをし、キッチンへとのそのそと飯を探しにいくと、菓子パンがあった。
 よかった。ひとまず餓死のループに入ることにはならなそうだ。
「そろそろ学校行かねえと鬼塚に怒られちまうな」
 菓子パンを食べ終え、さっさと寮を出ると痛いほどの日差しが身体を貫く。
「暑い……」
 幸い寮と学校は近く、五分ちょっとで学校に着いた。
「おはよ」
 教室に入るやいなや、金髪の可愛らしい中性的なイケメンで幼馴染の相川裕二(あいかわ ゆうじ)に話しかけられた。
「なんだ?口説いてんのか?」
「ははっ!俺にそんな趣味はないよ。それより最下位になっちまったんだな。お前」
「まあな……でも、相川も人のこと言えねえだろ?」
 ついでに自分の成績以外にも近くのヤツらの名前は見た。確かこいつのはオレより五位くらい上だったはずだ。なので、ワーストシックスってとこか。
「うるさいな!そんなことは置いとけよ!そう言えばさ、本当なのか?昨日のこと」
「お前が話振ってきたんだろうが……ん?なんの事だ?」
 ため息混じりに聞き返すと、奴は顔を赤く染めて告白する前の女子のようにもじもじしだした。
「お、お前が、その……ここここ、小桜ちゃんと校門前でイチャイチャしてたって聞いたけど……」
「はぁ?なんでそんなことしないといけねえんだよ。確かに話はしたけど、それだけだ。というか通してくれ。さっさと座りたい」
「お、おう。悪ぃ……ごめんな」
 俺はさっさと席に座ると、何も無かったかのように振る舞う。昨日ははっきり言って小桜どうのという話ではなかった。不死身だが昨日は死を覚悟した。
 未だに思い出しただけで手が震えやがる。あそこで鬼塚先生が来てくれなければ俺は死んでいたかもしれない。
 というか、あんな化け物と対峙して鬼塚先生は大丈夫なのだろうか?いくらチョーク使い鬼塚でも、世界ランキング三位のあれには勝てっこない。
 それから暫くし、チャイムがなり皆が皆黙って席に着くと静寂が訪れる。そして、担任がカツカツとヒールを鳴らしてやってくるのが聞こえてきた。
 ガラガラと引き戸を開いて日本人離れした銀髪の綺麗な髪を揺らしながらやってきたのは、我らが担任の霧雨希里乃(きりさめ きりの)先生だった。
 いつ見ても美人だと思う。穢れを知らないかのような白く透き通った肌にあの髪に、青く美しいサファイアのような綺麗な瞳がよく映える。異名は一万年に一人の美女(みわくのおんなきりさめ)。名の通りに男、いや、女までもが彼女に魅了される。それよりもどんな当て字なんだ。まあ、先生を見て納得はしたけど。
「はろはろー!じゃ、さっさと出席取っちゃうね!」
 甘ったるいような間の抜けた声が教室に響く。大体のやつが名前を呼ばれると「は、はい!」と、声を裏返らせる。俺も漏れずそうなってしまうのは仕方の無いことだ。
 本当になんで毎日まいにちこうなっちまうんだろうか?答えたあとだってのに変な汗は出るし、心臓もバクバクだ。
 だが、今日は訊かなければなるまい。
「はーい。今日もみんな出勤だね!偉い偉い!なんか質問ある人いる?」
「は、はい!」
 いつもなら誰も手を上げるわけがないそれに、俺は手を挙げゆっくりと前屈みになりながら立ち上がった。あんなのに話しかけられて息子が反応しないやつはいない。男は皆座ってても前屈みだ。これが先生の才能か。毎度の事ながら凄いぜ……
「はい!松岡くん!」
「え、えっと……お、鬼塚先生は……いい、生きてますか?」
「あー!ナイス松岡くん!もうひとつ連絡事項がありました!鬼塚先生なんですけど、昨日から病院で入院中です!」
 教室がその一言でどよめいた。
 確かにみんなの反応もうなずけるが、死ななかったみたいだな。よかったぜ。これで死なれてたら後味悪いからな。
 でも、チョーク一個であの人と渡り合ったってのか。流石鬼塚先生だ。
「だから困ってるんですよねぇー明後日から武道会だってのに、あ、そうだ!松岡くんと小桜ちゃんは放課後残って!お手伝いお願いね!じゃ、また英語の授業でね~」
 なんて言って霧雨先生はそそくさと去っていった。
 成績最下位の扱いなんてこんなもんだ。自分の意思はほとんど通用しない。そんなのわかってたけど面倒だ。だからと言って逃げるわけにも行かない。最下位には単位が出ない。だから、単位を人質に取られて脅される。この才能学園で最下位になるということはすなわち権利の剥奪を意味する。
 俺らに自由なんてないのだ。
 そして、授業も終わった放課後、俺は教室で小桜と体操着姿で待機を強いられた。
「暇だね~」
「そうか?」
 小桜は昨日の怪我のことなんて忘れているかのように話しかけてきた。俺も必死でやってたとはいえ女の子に怪我をさせたのだ。
「……そんなことより昨日のことはいいのか?」
 小桜の方に目を向けると、紺の半パンに白色の体操着。ごくありふれた体操着なのに視線が勝手に胸やらに向かってしまう。先生達ほどでないとはいえ、それなりにあるんだな。もっとぺったんこだと思ってたけど、着痩せするタイプなのか。
「え?何が?」
「……べ、別になんでもない」
「そう?にしても先生遅いね」
「そうだな……」
 もうかれこれ三十分ほどが経っていた。早く寮に帰りたいんだけど、なにしてんだか……
 そんな時にカツカツと階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
「やっと来たか……」
 ガラガラと引き戸を開き入ってきた先生は、頭がクラクラするような甘い匂いを放ちながら教室へと入ってきた。
「これが女酔い……か」
 先生の能力は酔ってるような状態になるって話は有名だ。ダメだ。頭が働かねえ。
「ごめんねー!遅れて」
 なんて言いながら、お色気ムンムンでこちらに近づいてくる。別に真知子先生ほど胸があるわけでもスタイルがいい訳でもないのだが、なんでこうも魅力的に見えるのだろう?
「ほら、いくよー」
「は、はい……」
 なんとか理性を保ちつつ、言われるがままに先生の後ろを着いていくと校庭に出た。別館に穴が空いていたはずなのだが、穴どころか傷すらない。
「別館見ても穴なんてないよー?」
「そうみたいですね」
「真知子さんがちょっと触ったら治っちゃったんだ!おっと、無駄話はこの辺にして、仕事してもらおうかな?」
「……えーっと、私らはなにをすればいいんですか?」
「とりあえずこれに入って!」
 そう言われ、俺はよくわからない試着室のような部屋に押し込まれた。
 多分小桜も横のこの機械に入ってるんだろう。いや、パッと見はただの白い大きな箱だ。
「これはなんなんですか?普通の箱みたいですけど……」
「それはね、才能検査。その数値が近い人と武道会では戦ってもらうわ」
 こんなので才能値を測るか。どういう判断基準なのかはよくわからないけど、そういうことなんだろう。納得するしかない。
「へぇ……」
 なにもやることなくその場に立っていると、先生の声が聞こえてきた。
 外に出ると数値が出ていた。
 俺の箱には10の文字が表示されていた。
「10ね……」
 基準もないのでそれがいいのか悪いのかよく分からないけれど、多分低いのだろう。
「私は30だったよ!」
 後ろから声がし、振り返ると勝ち誇ったようにニコニコ笑っている小桜がブイサインを向けてきていた。
「そうかよ……」
 一応二戦一勝一敗だったので、最下位争い的にはどっちもどっちって感じだったのに、これではっきりした。俺の方がどうやら下らしい。
「……数値に異常はなしっと。じゃ、明日はリハーサルと対戦者決めをするからね。休んじゃダメだよ!」
「……えーっと、終わりですか?」
「うんっ!帰っていいよ!」
 かなり呆気なく終わってしまった。手伝いってのはただのテスターで済んだみたいだ。
 手提げバックを持って一人でさっさと帰路につこうとすると、不意に横から軽くバックで殴られた。
「なんだよ……」
 そっちを見やると小桜がジト目を向けてきていた。
 何だこの既視感は……
「なんだよ。じゃないし!」
「明後日には武道会だろ?別にいいだろ」
「だからこそだよ!」
「はぁ……仕方ねえな」
 おもむろに俺は手提げバックの中からコインを取り出すと、空に放った。
 怪我をさせるわけにもいかないし、かといって負けるわけにもいかない。
 さて、どうする?
 だが、そんなことを考えさせてくれる間もなく、コインはチャリンと高い音を上げた。
 先手必勝といわんばかりにナイフが飛んでくる。
 そんな時にふと、鬼塚先生と校長のあの恐ろしい顔を思い出した。
 なぜこんな時に昨日の戦闘が……
 あんなの思い出したら動けなく……って、これか!
 出来るだけ余裕を見せながら、俺は奴のナイフを避けてゆっくりと近づいていく。
 敵に恐怖を与えるには恐怖の色をこちらが見せてはならない。何を考えてるのか悟られてはならない。
 昨日の先生二人は表情が違うとはいえ、共通して変えてなかったものがあった。
 俺もそれだけを守っていれば!
 そして、奴の前まで表情を変えずに向かって行くと小桜は表情を真っ青に変えた。
「なん……で?」
 彼女は半分ヤケになりながらナイフを振りかざした。
 それを当たる直前で止め、拳を振りかざす。
「二百パー」
 それを怯える小桜の顔前で止める。小桜はただ怯えて目を閉じていた。
「……引き分けってことにしないか?」
「……引き分け?」
「俺は女は殴れねえ。だから、これで今回は引き分け」
「……なんでよ!だったら負けた方がいい!」
 こいつこういうところは妙に男らしいのな。
でも、もう手は考えているぜ。
「お前が女ってのも才能だろ?なら、その才能に俺は負けたんだ」
「……何を言ってるの?」
 なんというか痛い人を見るような目で見られた。
「……とりあえずそういうことだ!反論あるならぶん殴るぞ」
「……ま、まあ、仕方ないわね!そういうことにしといてあげる!」
 俺はその場から逃げるように早足で去った。
 俺は一人、自分の部屋のベットに潜り込む。
「なんてことを言っちまったんだ……言ったあとに気付いたけど痛すぎだろ!馬鹿じゃねえのか俺は!……明日から学校行けないな」
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