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五十三話

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【俺の妹になってください】

五十三話

~ あらすじ ~

柏木にあと一回だけデートすれば諦めてくれるということで、俺はそれに乗ることにしたのだが…………

*****

横の柏木は俺がジュースを飲もうと手を伸ばしただけで声まではあげないにしろビビっていた。

「…………なぁ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。静かに見てなさい」

そういう声は震えていた。

静かに見てろっていうけど、普通にこの映画とにかくやばい。どのくらいかと言うと、観客らが悲鳴をあげてしまう並にやばい映画だ。

確かにむっちゃ怖いし今夜トイレとか一人で行けなくなるやつだ。

………これまで見越してこの映画に付き合わせたのか?こいつは………

映画はとにかく怖かったが、俺はそれなりに耐性あるので大丈夫だったのだが、柏木はというと半泣きになっていた。俺もほかの意味で半泣きなんですけどね……

柏木の強がりは口ばかりで、ちょっと怖いシーンになると身体を震わせて俺の腕をがっちりと掴む。本当に女の握力かよ。痛え………

「「終わってよかった………」」

エンドロールも流れ終わり照明が付き始めた。それと全く同じタイミングで俺と柏木は呟いた。

「この後あったら私本当にヤバかったわ」

そう言って生まれたての子鹿のように立ち上がってよろよろと歩いていく柏木について行く。

「この後あったら俺もヤバかったわ………腕が………」

*****

「で?次はどこだっけか?」

「遊園地よっ!」

「………どこの?」

「袖ヶ浦の方にあるド〇ツ村よっ!」

「今から行ってももう夜だぞ?」

「だからいいんじゃないの」

着いてからのお楽しみってやつか。

ゆらゆら電車に揺られて一時間ほど。まだ六時だが日はもう落ちていた。

「もう、暗いな」

「そ、そそそうね………」

露骨に怖がっているのだが、大丈夫なのだろうか?元々暗闇が怖いのにさっきあんなの見て恐怖心が倍とかになってそうだな。

「別に今から帰ってもいいんだぜ?」

「………それは嫌」

震えながら俺の腕にびっしりとくっついている柏木がか細い声でそう言った。

仕方ねえな……付き合ってやるか。ここで置いて帰れば別れられるかもしれないけれど、流石にそれは可哀想だしな……

そして、暫く歩くと目的の場所についた。

入場して早々に地面一面に広がる綺麗なイルミネーションが俺らを出迎えてくれた。

「………おお」

「………綺麗」

二人して歓悦の声を漏らす。

「夜限定だな。これは……」

「ふ、ふんっ!当たり前でしょ?」

「なぜお前が自慢するんだ?」

「…………ほかのところも行ってみましょ?」

うわぁ………こいつ見事にスルーしちゃったよ。

そして、フラフラと園内を探索していると柏木がぼそっと呟いた。

「……デートみたいね」

「デート、じゃなかったのか?」

「え?………あ、ああ、まあ、そうなんだけどさ。なんか、楽しいなぁってさ」

楽しいからデートってそれは違うだろ。でも、まあ、楽しい………かな?

「えっ!?」

柏木が顔を真っ赤にして目を皿にする。

「………え?なに?」

「今、楽しいって言ったよね?」

………もしかして口に出してたか?やばいやばい別れようとしてるのにこんなこと言ったらあいつ舞い上がっちまうじゃねえか。ただでさえ止まんねえのに。

「………言ってないし」

目をそらして否定する。

「………嘘だもんっ!絶対言ったー!!」

「……だから、言ってないって」

「うわぁ………綺麗!!」

否定はしたのだが、あいつは俺の話を全くもって聞いていなかった。話振ったなら答えろよな。

「………本当にすごいな」

周りなんて全く見えてなかったもので全然わかっていなかったのだが、とにかく圧巻だった。アーチ状の七色に光るイルミネーションは夜空にかかる虹のよう……っていうと、なんか、マ〇オカートのレインボーロード思い出したわ。

あのコース初めてやった時難しかった印象があるな。

そんなこともつかの間、さっきまで夜道の暗闇なんかでビビっていた癖に、奴は無邪気な子供のように目をキラキラさせて俺の腕を強引に掴んであっちらこっちらへと引っ張り回す。

「お、おい………柏木、ついて行くから腕を離してくれないか?」

「む………」

何故かギロっと俺を睨みつけてきた。理由が全くわからないが怖い。あと怖い。

数秒ほど俺を睨みつけながらではあったが、腕を解放してくれた。

てか、なんであんなに怖い顔するの?俺なにかした?どっちかって言ったら被害者側なんだけど………

それから柏木は不満げに俺の前をてくてくと歩いていく。

………俺なんかしたかな?

人混みをずんずん歩いていく柏木について行くと観覧車の前へと辿り着き、ぴたっと止まった。

「どうした?」

「あれに乗るわよ」

「えー。結構並んでるんだけど………」

「あ?」

「ごめんなさい従わせていただきますので腕だけは………腕だけは勘弁してくだぁぁぁ!!!」

*****

……酷い目にあった。めんどくさいことから逃げ出そうとしただけであの仕打ち……

嫌なことから逃げ出して何が悪いんだよっ!!

シ〇ジ君のように叫んでやりたい気持ちになりながらも俺らの番が来てしまったようだ。というか結構並んでるように見えて順番くるの案外早いのね。

「ねえねえ見てっ!イルミネーション綺麗だねっ!」

「………そうだな」

イルミネーションって綺麗だけど、いくらくらいかかってるのかな?

そう思いつつも俺はイルミネーションの無い星空を眺めていた。

「なんか、可哀想だな」

「…………ん?どうしたの?」

「星さ。いくら頑張って光ってもイルミネーションには劣る………いくら頑張っても並べない。追いつけない………同じ立場になりたくてもなれない………」

「……………」

柏木は黙りこみ、イルミネーションに目を落とし、少し考え込むような仕草をとる。

「………イルミネーションなんて所詮はコピーのようなもの。星がなければイルミネーション事態存在しない。無いのよこれは……」

柏木の美人な顔が歪んでいた。きっと俺も同じように歪んでいるんだろう。

「もう現にあるんだ。どうしたって釣りあえない」

「見た目は確かにそうよね。釣り合ってないのかもしれない。でも、違う。星がどれだけ優しいかをね」

そう言ってこちらに眩しい笑顔を向けて立ち上がると俺の横へと座った。

「なぜこっちに座る?」

「目をつぶりなさい?」

「………なんでだ?」

理由なんてわかっていた。

「いいから瞑って?」

だが、柏木に言われるがまま瞑る。

「本当に馬鹿ね。あんたは」

柔らかな心地よい感触が唇を通して伝わってくる。

ゆっくりと目を開けると顔を真っ赤に染め上げた柏木が満足げに微笑んで見せた。

「……馬鹿はお前だろ?俺なんかの何がいいんだよ」

「言わないわ。恥ずかしいもの」

「……そうかよ」

******

「イルミネーション綺麗だったねっ!」

「あぁ。そうだな」

俺らは帰り道、とはいってもすぐ近くの宿に向かっていた。

「なぁ、本当に泊まるのか?一応姉さんには連絡したからいいんだけどさ」

「予約までしたんだから行くのよっ!!」

腕をぐいっと引っ張られて強引に連れられる。

「お、おい。引っ張るなよ。」

行くって言ってるし、しかもなんで右腕なの?そんなに右腕集中砲火しないでもらえないかな……

そのまま連れられるがままに宿についた。

見た目は和風の旅館っぽいところだ。

「意外と大きいな」

「でも、安いのよ?」

「へー。そうか」

俺らの会話の様子を見計らって女将さんっぽい人が玄関奥の方から出てきた。

「いらっしゃいませ。柏木様でございますか?」

「はい!」

柏木は元気に返事をする。よく疲れてねえな。俺なら気力も何も無い堕落した挨拶しか返せねえだろうなぁ。

「あ、彼氏さんもどうぞこちらへ」

気づくと柏木と女将さんは先に中に入っていっていた。

俺って影薄いのかな?

「………彼氏ではないです」

それだけ返して俺は二人のあとを追った。

****

女将さんに案内された部屋は畳座敷の和テイストな部屋だった。

「なんか、落ち着くなぁ」

「ゆっくりして言ってくださいね」

と、女将さんは、そう言い残して部屋の前から去っていった。

「なあ柏木、俺眠いんだけど」

「じゃ先にお風呂入っちゃいなさいよ」

なんかそんな予感はしてたけど同室なのね。なんて破廉恥な子っ!こんなにスケベな子に育てた覚えはありませんっ!!

そう思いつつも自分の疲れの方が上回っていた為に言葉に甘えることにした。寝てれば柏木も何もしてくるまい。

シャワーだけササーっと済まして出るとテーブルには料理が並べられていた。

「おお……凄いなこれ……」

「早く食べましょっ!」

俺が来るまで待ってくれたのか。

「………ありがとな」

「なにが?」

柏木はリスみたいにご飯を口に含みながら満面の笑みでそう訊いてきた。

「………もういいさ。それより料理美味いか?」

「うんっ!美味しいっ!」

まあ、顔を見れば一目瞭然なのだけれどな。

「そっか。」

なんか、癒されるなぁ。今日の腕の痛み以外は和らいでいくぜ………

「ほーしたの?わらしのかほひなひかすいてる?」

「………飲み込んでから喋りなさい」

「どーしたの?私の顔になんかついてる?」

「……いや、それより美味いよな。これ」

「う、うん……大丈夫?」

「大丈夫大丈夫!!気にするなっ!」

つい、見とれてしまった。なんて口が裂けても言えない。

******

それからちょっと追求されたりしたが、なんとか回避することに成功した。

「まあいいわ。お風呂はいっちゃうわねっ!覗いたら駄目よ?」

悪戯に微笑む柏木に俺はため息を漏らす。

「なんでお前の入浴シーンなんて見ないといけねえんだ?行っても見るものがないとなぁ」

そう言うと目線だけで締められるかと思うほどの眼力を俺に浴びせてから風呂へと去っていった。

ふ、ふぇぇ……女の子怖いよぉ!!

………でも、まあ、今日は楽しかったな。

旅館の人達が俺らの部屋を片付けてくれ、布団まで敷かれた。

「あ、お布団一枚の方が宜しいですかね?」

テレビを眺めつつそれの終わるのを待っているとそんな質問が飛んできた。

「い、いえ、二枚でお願いしますっ!」

全くイカレてるのか?俺らはそんな関係じゃねえんだよなぁ。

「あらあら遠慮しなくていいのに~」

と、悪戯に微笑む女将さん。

本当に余計なお世話なんだよなあ。でも、なんか怒る気にはなれなかった。

というかこの人、口調からして結構歳いってそうだけど、若いよなぁ。

そんな事を考えていると、背中にシャープペンシルの先でグサッとされたような鋭い痛みが走る。

「痛ったっ!!」

「あはっ!」

咄嗟に振り返ると満面の笑みの柏木が立っていた。

「な、なんだよ?」

「んー?なんとなく?」

なんとなく爪で背中刺されるってなんだよそれ………

でも、不思議と怒りは湧いてこなかった。

………なんでだろうな?

*****

そして、布団も引き終わって女将さんらが出ていったあと、お茶をすすりながら柏木とテレビを見ていた。

「なぁ、柏木」

「ん?なに?」

「なんか、なんていうかさ?こういうのいいよな」

「でしょでしょ!?この旅館の雰囲気とか風情があって」

「………いや、そうじゃなくて………まあ、いいや。そうだな」

俺が言いたかったのは旅館の雰囲気がいいとかそういうことでは無かった。だが、何を言っていいのか全くわからんかった。

どこに置いてきたんだよ。語彙力っ!!

柏木と過ごす時間ってのは憎たらしがったりもするが、なんだかんだ言って楽しんでいる自分がいる。

やっぱりおれはあいつが好きなのか。

知ってたさ。だから、近づいてきて欲しくないんだ。

これ以上好きになったらあいつは幸せにはなれない。あんな良い奴が俺と一緒だなんてそれは間違ってる。

「また春樹俺はダメだ。とか思ったでしょ?」

「いや、これはだな………」

「わかるよ?何年一緒にいるか分かってるの?」

そう言って微笑む。

「………そうか」

「前も言ってたけど、もう一度言うね?私は春樹が好き。私と付き合ってくださいっ!」

凄いなやっぱりこいつは………

本当に王子様みたいだぜ。だが、俺の妹ではないっ!

「………俺で本当に」

「俺で本当にいいのか?とか言ったらぶっ飛ばすから」

真面目な顔してそう言われてしまい、俺は頷くしか他に手はなかった。

半ば強制的ではあったが柏木の猛アタックのおかげで俺ら二人はまたよりを戻すことになった。

というか強引すぎるだろ………俺思いっきり断るところだったのに。俺じゃなければ訴えられてるぞ?

そして、しばらくの間テレビの音だけが静かに流れていた。

「…………い、いいテレビやってないわねっ!」

「そ、そうだな!」

………あれからというものやべえ。会話が続かねえ。あれから気まず過ぎるだろ。

「というか、もういい時間ね」

そういった柏木につられて時計に目をやると日付が変わりかけていた。

「そろそろ寝る?」

「……うん」

妹ではないがまあ、妹っぽいところあるしな………だから俺はこいつのことが好きなのかもしれない。
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