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23 優しい動物たち

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「がっ」

 悲鳴なのか何なのかわからない声を上げて、オーランド殿下が横に吹っ飛んだ。
 そのまま床に倒れると、ぴくりとも動かない。

「まずいな」

 ヒース殿下が珍しく焦った様子で、私を見た。
 シロクマオさんも手加減はしてくれているはずだけれど、吹っ飛んでしまうくらいの威力だから命の危険性があるわ。

 ヒース様の言いたいことがわかったので、即死していないことを祈って、倒れたオーランド殿下のもとに駆け寄る。

 すると、意識はないようだけれど息はしていた。
 脳に傷害があったとしても、回復魔法で何とかなるから生きているなら大丈夫だわ。

 胸をなでおろしていると、抱きかかえているチワー様が言う。

「心配しなくても大丈夫じゃ。死んではおらぬ。ミーアには今、神の加護が多めについておるから、ミーアに不利になるようなことは起こらん」
「ごめん。腹立ってやりすぎちゃった」

 シロクマオさんが近付いてきて、申し訳無さそうな声で謝ってくる。
 すると、私が応える前にヒース様が叱責する。

「やり過ぎだ。死んでいたらどうするつもりだったんだ」
「ご、ごめんなさいぃ!」

 シロクマオさんは体は大きいけれど、性格はとても優しい。
 だから、ヒース様に怒られたシロクマオさんは、しゅんと頭を下げた。

「ヒース様、オーランド殿下は死んでおられませんから、今回はシロクマオさんを許してあげてください。私のために怒ってくれたのです」

 自分で言っていて、オーランド殿下に対しての扱いが酷い気もしてきた。
 でも、回復魔法をかけたから、命の危険もないオーランド殿下よりも、今はシロクマオさんのほうが大事だった。

「……次はもっと手加減しろ」
「はい! 気を付けます!」

 シロクマオさんは右の前足をあげて頷いた。

「僕もやりたい!」

 シロクマオさんの横で、グクマオさんがはーいと手を挙げるように右足をあげた。

「やりたいって……」

 ヒース様が呆れた顔をすると、グクマオさんはセフィラのほうを見た。
 それに気が付いたヒース様は眉間の皺を深くさせる。

「駄目だ」
「手加減するよぉ」
「手加減しても駄目だ。シロクマオを見たろ。手加減しても男性の体が吹っ飛んだぞ。しかも今回の相手は女性だ。余計に駄目だ。体が彼よりも小さいだろう?」
「もっと優しくするよぉ。あ、殴っちゃ駄目なら頭を噛んでもいいかなあ? 甘噛にするよ?」
「駄目だ!」

 ヒース様に怒られてグクマオさんは「がっかり」と言って肩を落とす。
 すると、シロクマオさんが言う。

「ねえ、ヒース様。さっきよりも優しくするから、もう一度、僕が殴ってもいいかな。力加減を覚えたいんだ」
「駄目だって言ってるだろう! シロクマオ! お前は反省してないのか!?」

 今まではわからなかったヒース様と動物たちの会話の内容が全部わかってしまう。
 それは嬉しいことのはずなんだけれど、なんだか複雑だった。

 グクマオさんとシロクマオさんとヒース様が話をしている光景は普通の人が見ても、色々な意味で怖い光景かもしれない。
 でも、会話の内容がわかると余計に怖かった。

「ちょっと何の話をしているんです!?」

 セフィラにはヒース様の言っていることしかわからない。
 でも、グクマオさんとシロクマオさんがセフィラをチラチラ見ているから不安になったみたいだった。

「君は知らないほうが良い」

 ヒース様が答えると、グクマオさんはセフィラに近付いていく。

「ねえねえ、どうしてミーアを連れて行こうとするの? ミーアは僕たちと一緒にいないと駄目なんだよぉ? だって、ミーアはお世話係だし、僕の友達なんだぁ」
「きゃあっ! なんで近付いてくるのよ!?」
「ねえねえ、なんで? 教えてよぉう」

 グクマオさんの言葉がわからないセフィラと、マイペースなグクマオさん。

 グクマオさんも人間に理解のある優しいグリズリーなんだけれど、見た目だけでいえば、ただの大きなクマだ。
 しかも、野生のグリズリーは人間だって襲う。
 セフィラにしてみれば、どれだけ私たちが大人しいクマだと説明したとしても、クマはクマなのだ。

「いやああっ! 殺されるっ!」

 叫んだセフィラは「風の精霊よ! 切り裂け!」と叫んだ。
 でも、やっぱり、風の精霊は反応しなかった。
 
 かろうじてそよ風が吹いたので、グクマオさんが笑う。

「わあ。風が吹いたよ。すごいねぇ! 暑い時に良いねぇ!」

 そこまで言って、グクマオさんの動きが止まった。
 そして、小首をかしげて言う。

「ねえねえ、頭に虫がとまってるよぉ! とってあげるね?」
「あ! やめろ! グクマオ!」

 ヒース様が叫んだけれど遅かった。

 虫を取ってあげようとする優しいグクマオさんだけれど、彼の爪はとても鋭い。
 グクマオさんにとっては虫をはらうつもりだったみたいだけれど、グクマオさんの爪はセフィラの額を見事に引っ掻いた。 
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