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8   夫はやはり独身らしい

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 クリスティーナ様がやって来て10日が過ぎた頃には、収穫祭が始まった。この期間は街の様子を見たいだろうということで、ターチ様の許可を得て昼間の外出が許された。

 でも、わたしは収穫祭の様子を見に行くふりをして、ローズ侯爵家の領地に入り、ターチ様に騙されていた女性と会うことにした。
 今日のターチ様はわたしの代わりに仕事をしてくれているし、クリスティーナ様がべったりくっついているだろうから、屋敷の外に出ることはない。ロブ様とも鉢合わせをしないように見張りもつけているが、目立ちたくはなかったので、一人の女性の家に、ターチ様に騙されていた女性全員が集まることになった。ポーリーにも来てもらい、第三者視点の意見は彼女にお願いすることにした。

 集まってくれた人たちは、みんなわたしに謝っただけでなく、慰謝料は何年かかるかわからないけれど、必ず払うと言ってくれた。でも、わたしはそれを辞退した。慰謝料はターチ様からもらえば良いだけだし、彼女たちがもしわたしに慰謝料を払いたいと思ってくれるなら、そのお金をターチ様を結婚詐欺で訴える裁判費用にしてもらえば良いと思った。

 それに、わたしに全く責任がないわけでもない。わたしももっと早くに気づくべきだったと謝罪して、色々と話し合い、わたしは慰謝料を請求しないことと、女性たちはターチ様を結婚詐欺で訴えることで和解した。そして、ターチ様との浮気現場をおさえさせてほしいとお願いしたところ、一人の女性が「ぜひ」と声を上げてくれた。

 話し合いを終えたあとはポーリーを誘って、収穫祭でにぎわう街に出かけた。待ち行く人たちはとても幸せそうで、笑顔が溢れていた。

 伯爵夫人でいる間は、この領民の幸せを願って頑張ろう。そう思ったわたしは、仕事をするために早めに帰ることにした。



******

 女性たちと話をした次の日の夜、ターチ様はいつものように出かけていった。

「行ってきます」と言われて抱きしめられるのも、これが最後だと思うと、安堵感のようなものを覚えた。

 ターチ様が出ていって少ししてから、クリスティーナ様は自分の部屋に戻っていった。兵士にクリスティーナ様の見張りを頼み、わたしの部屋の前にも兵士に立ってもらい、部屋の中ではメイドにわたしのふりをして動いてもらうようにした。まだ早い時間なのに、明かりがついていないことに不自然さを覚えられては困るからだ。

 ターチ様が酒場に向かっている間に、わたしは直接、女性の家に向かった。そして、ターチ様がやって来るのを待った。

 日付が変わる少し前に、ターチ様は家にやって来た。わたしは隣の部屋に入り、少しだけ扉を開けて、ターチ様たちの様子が見えるようにした。女性はわたしから二人の様子がよく見える位置に立ってくれて、笑顔でターチ様を出迎えた。すると、ターチ様はわたしにやっているように彼女を抱きしめた。

「中々、会いに来れなくてごめんね」
「いいのよ。仕事が忙しいのでしょう?」
「そうなんだ。残業が続いていてね」

 彼女とターチ様は近所にあるレストランで出会ったそうだ。その時には仕事の出張でここに立ち寄ったと嘘をついているらしい。

「気にしなくていいわ。そういえば、あなたは今、お母様と暮らしをしているのよね」
「そうだよ。父は亡くなったし、母は病弱でね。薬を稼ぐために必死なんだ」
「……そう」
「だから、お金が本当に苦しいんだよ。君には本当に助かっている。落ち着いたら、プロポーズするつもりだから待っていてくれないか」

 女性は表情を一瞬曇らせたけれど、すぐに笑顔を作る。

「……嬉しいわ。ねえ、今日は友人が来ているの。紹介しても良いかしら」
「ああ。それで、向こうの部屋の明かりがついてるんだね」

 ターチ様が頷くと、女性はわたしの名を呼ぶ。

「リリノア様、紹介いたしますわ。私と結婚を約束している、チータ様です」
チータ様。リリノアと申します」
「な、なんで」

 ターチ様は顔を真っ青にして、目の前に現れて、にこりと微笑むわたしを見つめた。
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