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第13話 宰相の願い

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「お久しぶりですわね。何か御用でしょうか」

 私の身長の何倍もある高さの門扉は今は固く閉じられており、少し離れたところにテセマカさんと騎士様達が待機してくれています。

 会っても意味がない事くらいわかっていますが、こんな事をしているくらいなら城に戻って仕事をしていただきたいものですので帰ってもらおうと思います。

「お願いだ! 城に帰ってきてくれ! 仕事がまわらないし、どうすれば良いかわからないんだ! フローレンスという女は仕事を与えても処理スピードは遅いのにミスばかりなんだ!」
「そんな事、私に言われても困ります。文句を言うのならアバホカ陛下にどうぞ」
「そんな事を言えるわけがないだろう! 大体、どうして断らなかったんだ!」
「意味がわかりませんが…?」

 紺色の髪に同じ色の瞳を持つ若き宰相は、整った顔を歪めて叫びます。

「アバホカ陛下はお前を結婚させる気なんてなかったんだ! ほどんどの人間はそれを知っていたよ! それなのに、お前は陛下の気持ちに気付かない! しかも、あの女どもはお前を止めるどころか、敵国へ嫁げだなどと」
「あの女ども…?」

 聞き返すと、宰相は答えます。

「陛下の愛人達だ! 勝手なことをしやがって!」
「モナ様達は正しい事をしてくださったと思いますが…?」
「正しくなんかない! お前がいなくなったせいでボロボロだ! せめてマニュアルくらい置いていけ!」
「紙に詳しく書いてまとめておきましたが?」
「よくわからんが、その紙はフランソワとかいう女が持っているんだ!」
「なら、マニュアルくらい置いていけという言葉はおかしいでしょう…」

 マニュアルがないというならまだしも、フローレンス様が持っているだけなら文句を言われる筋合いはないのですけど。

「にしても、たくさん作っておけばいいだろう!」
「書き写せばいいだけじゃないですか! 大体、そんなにフローレンス様に難しいお仕事を任せているんですか!?」
「それは…、そういう訳ではないが、難しそうな案件を任されても私にわかるわけがないじゃないか! 全部君がやっていたのに!」
「そんな事を偉そうに言わないで下さい。不満がある様でしたらアバホカ陛下に仰って下さいませ。では、ごきげんよう!」
「ま、待て!」

 宰相は門の鉄柵を掴んで叫びます。

「戻ってきてくれ! 君がいなくなったせいで辞めていった人間がたくさんいるんだ! 責任を取ってくれ!」
「あなたが私の代わりになれば良いだけです。頑張って下さいませ」
「そ、そんな無茶な事を言わないでくれよ!」
「大体あなたが私に自分の仕事を押し付けたせいで、こんな事になったんです! 普通ならあなたの補佐が何人かいて手伝ってくれて何とかなる仕事を私一人でやっていたんです!」

 あの時は一生懸命頑張っていたので気付きませんでしたが、一人でやる量ではありませんから!
 そこまで考えて、今更ですが思ったことがあり尋ねます。

「そういえば、あなたに補佐官の予算が割り当てられていたと思うのですが、補佐官なんていませんでしたよね? そのお金はどこに?」

 お金の管理は財務がやっていましたので、そちらに任せていましたが、予算があった事は知っています。

 気にはなっていましたが、自分の事で精一杯になっていて忘れておりました。

「そ、それは、ちゃんと国のために使ったよ! 部下を飲みに連れて行ったりしたし」
「ねぎらう事は悪くありませんが、その部下というのは? まさか、大臣達ではないでしょうね?」

 大臣達も大して仕事はしていませんでした。
 頑張ってくれていたのはもっと下の人達です。
 上に文句を言えばクビになってしまい、次の就職先を見つけにくくされるという噂が流れたせいで、皆が泣き寝入りで頑張っていました。

 あの時の私は宰相達にものを言える立場ではありませんでしたので、何も力になれませんでした。

 でも今は、国のために嫁に行くという大役をこなしたのですから、少しくらいは言ってもいいはずです。

「そんなの忘れた! それよりも帰ってきてくれと言っているだろう! このままじゃ離縁されてしまうんだ!」
「離縁…?」
 
 聞き返したけれど、詳しく話したくはない様で宰相は答えはせずに、私を睨みつけてきました。
 宰相には奥様と小さな子供がいたはずです。

 離縁されてしまったら、子供と会えなくなるとか、そういう感じでしょうか?
 なぜ、離縁されそうなのかもわかりません。
 もしかして、サボり魔だった事がわかったのでしょうか。
 
 ぼんやりと考えていると、ガシャンガシャンと門を揺らして、ボサマリ宰相が言います。
 
「なんでもいい! お前が帰ってくれば全て丸くおさまるんだ!」
「知りませんよ! 大体、私はライト様の妻です! 帰る事は出来ません!」

 きっぱりと断ると、宰相が憎悪の目を私に向けて何か言おうとした時でした。

 宰相が乗ってきたものと思われる馬車の後ろに馬車が停まり、御者が急いで扉を開けに行きました。
 その御者は私もよく知っている人物です。

 という事は。

「ライト様!」

 馬車から降りてきたのは、やはりライト様でした。

「ただいま。客の予定があるとは聞いていなかったが、どちら様かな」

 私に返事をした後、すぐに宰相に目を向けてライト様が言いました。
 
 私はもうだいぶ慣れましたが、ライト様が睨むと余計に怖さが増しますので、宰相なんかはすぐに震え上がりました。

「ひっ! だ、誰だ!」
「誰だとは失礼だな。人の屋敷の前で邪魔をしておいて、それはないだろ」
「え? じゃ、じゃあ、あなたが…?」
「俺がライト・アーミテムだが? あなたは?」
「わ、私は、いえ、その何でもありません!」
「何でもない事はないだろう。リーシャ、彼の事を知ってるのか?」

 人前だからか、私の事をリーシャ様とは呼ばず、リーシャと呼び捨てにされたので、何だか新鮮な気持ちになりながら頷きます。

「はい。ノルドグレン国の宰相のボサマリ様です」
「そうか、それは失礼した。だが、どうしてここに? 妻に何か用かな」
「い、いえ、その、アバホカ陛下の命でこちらにお伺いを…」
「連絡もなしにか?」
「あ、いえ、その、私は行けと命令されただけですので」

 連絡は陛下がしてくれていると思っていたと言いたいみたいです。
 全てお断りしているのですけれどもね。

「そうか。なら連絡の行き違いかな。遣いの者を送るという話はお断りするという旨を伝えている」
「そ、そうですか…」

 宰相はこの場をどう切り抜けようか考えているみたいです。
 このまま逃げ帰っても、先程言っていた様に離縁されてしまうのでしょう。
 彼は子煩悩で有名でした。
 子供に会いたいが為に、人に仕事を押し付けて帰るから始まり、勤務先に連れてくるのはいいですが、子守をしていて自分の仕事はせず、部下の人に仕事を押し付けていました。

 そんな彼から子供を取ったら、それはもう辛いでしょうね。 

 子供さんにはお父さんがいなくなるのは申し訳ないけれと、夫婦で決める事でしょうし、私のせいにはせずに、そこは話し合って何とかしてほしいものです。

「どうしよう…。このままじゃ、親権も……」

 宰相は肩をガックリと落としましたが、ライト様は気にされる様子もなく、きっぱりと告げます。

「お引取り願う。妻はもう貴国の陛下とはつながりはない」
「……どうしても無理でしょうか。リーシャを連れて帰らなければ、私は酷い目に合わされるんです」
「あなたと妻がどんな関係性だったかは知らないが、親しげに名を呼ばれるのは気に入らないな。それに、あなたがどうなろうが俺の知った事ではない」

 全ての人にそんな事を言うわけではないと思いますが、無表情で冷たい言葉を吐くから、余計に冷たく見えてしまう時もあります。
 でも、今回は宰相の自業自得の様な気がしますし、何も出来ませんので見守っていると、宰相は諦めたのか馬車に向かって歩いていきましたが立ち止まり、私の方に振り返って言います。

「国が潰れたらどうするんだ。君のせいだぞ」
「ふざけるな。彼女は関係ない。これ以上、好き勝手な事を言うなら、二度と貴国の地を踏めない様にしてやる」

 ライト様が腰に携えていた剣に手をかけると、宰相は慌てて馬車に乗り込んでいきました。

 彼の乗った馬車が逃げる様にして去っていった後、ライト様が門越しに言います。

「これからは俺が帰るまではノルドグレンの人間とは会うな。よほどの緊急事態や君の兄上なら許すが、基本は俺が相手をする」
「申し訳ございませんでした」
「謝って欲しいわけでもない」

 ライト様が睨んできますので不思議に思っていると、付いてきてくれていたテセマカさんが耳打ちしてくれます。

「心配していると仰りたいようです」
「そうなんですね! ありがとうございます!」

 今は喜ぶべき場面ではないとわかっていますが微笑むと、ライト様は不機嫌そうにされましたが、門が開かれると私の所まで歩いてきて、一言だけ言います。

「帰るぞ」
「はい! おかえりなさいませ!」
「ただいま」

 言い忘れていた言葉を伝えると、ライト様は優しい表情になって、私の言葉に応えてくれたのでした。
    
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