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25 さようなら

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「……ごめんなさいっ! でも、俺、どうしても許せなくてっ!」

 泣いている少年から視線を森の方向に移すと、暗闇の中からいくつかの光が点滅しているのが見えた。

 レイロと追っ手のランタンの明かりだと思われる。

「あなたが後悔しているというのなら、連れ戻しに行ってくるわ」

 レイロが隊長をしていた頃は、こことは違う場所で戦っていた。
 だから、レイロはこの地に詳しくない。
 少年の言葉を信じたのもそのせいでしょうね。
 
 でも、魔物が森にいることは知っているはず。
 だから、普通なら森に入るとは思えない。

 森を迂回しようとするのが普通だけど、レイロはどうするかしら。

 レイロには追跡魔法をかけたままだから、追うことは簡単だ。
 エル以外の隊長に確認を取り、許可をもらうと、エルと一緒にレイロを追った。

 森の近くに来たところで、こちらに走ってくる人影が見えて足を止める。
 レイロを追っていた人たちだった。

 彼らと合流して話を聞くと、レイロは彼らから逃れるために森の中に入っていったと教えてくれた。
 騎兵隊では、森の中に入ることは禁止されているから追うのをやめたとのことだった。

 規則に従っているし、自分の命を優先するなら、その行動はおかしくない。

「レイロは死ぬつもりなのかしら」

 魔物がいる森の中に入っていくなんて自殺行為としか思えない。
 しかも夜だから、明かりを持って中に入れば、魔物に居場所を教えているようなものだ。

 かといって、ここで呼びかけたら、魔物は私たちをターゲットにするでしょう。

 さて、どうしたものか。

 そう思った時、レイロの叫び声が聞こえた。

「来るなぁっ!」
 
 その後すぐに、魔物の咆哮と断末魔のような悲鳴が聞こえた。
 無意識に隣に立っていたエルの服の袖を掴むと、エルは私の体を私が掴んでいないほうの手で抱き寄せた。

「……今の声は」

 レイロの声だったと思った瞬間、追跡魔法の反応が消えた。

 反応が消えたということは――

「……エ……ル」

 エルの名を呼ぶ、私の声は震えていた。
 
「もう遅いんだろ」
「……うん」
「……なら帰ろう。逃げ出した兄さんが悪いんだ」
「でも、まだわからないわ。生きてるかも。今から助けに行けば」
「森の中に入るのは禁止されてる。許可が下りたら、明日の朝に俺が見に行くよ」

 私の背中に腕を回しているエルの手が震えていることに気付き、私は彼を両手で抱きしめた。



*****
 


「……ごめんなさい。間に合わなかったわ」

 焼却場で待っていた少年に謝ると、彼は膝から崩れ落ち、地面に額を付けて泣き始める。

「うああっっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 
 彼のしたことはやってはいけないことだ。
 逃げないように監視をつけていたのに、監視している人間がレイロを逃がしたのだから。

 でも、レイロたちがいた第11騎兵隊の所属でなければ、隊長がレイロでなければ、彼のお兄さんは助かっていたかもしれない。

 もしかしたらという気持ちが恨みになり、彼に行動を起こさせてしまったのだと思うと、叱責する気持ちにはなれなかった。

 彼を責めて良いのは私ではないしね。

「レイロを許せなかったのよね」
「……はい。……こんな奴の部下だったから、兄ちゃんは死ぬことになったのかもって思ってしまったんです! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「逃げたレイロが悪いのよ。あなたのせいじゃない」

 監視役は彼一人ではなかった。
 他の監視役の一人が休憩に入り、一人が用を足しにいった時に、彼はレイロから尋ねられて違う方向を答えただけだ。 

 この子が相手なら逃げられると思ったんでしょうね。
 命をかけてでも止めろという命令ではないから、情状酌量もあり、彼の処分はそう重くないと思う。

 レイロが死んで良かったとは思わない。
 でも、素直に罰を受けなかったレイロが悪い。

 レイロ、あなたもそれはわかっているわよね。

「あなたもそう思うわよね?」

 同意を求めて、エルを見つめた。

「そうだ。彼は悪くない。悪いのは兄さんだ」

 エルは悲しげな表情で頷くと、レイロの最後の声が聞こえてきた森の方向に顔を向けた。

 さようなら、レイロ。



*****



 夜が明けると、エルと他の隊の騎兵隊長が森の中に入った。

 とてもよく晴れた日で、ここが戦場でなければ、ピクニック日和だと思うほど心地良い気温だった。
 そして、レイロの遺体を確認した。

 原型はとどめておらず、持っていたもので判断したそうだ。
 レイロは結婚指輪を大事に持ち歩いていた。
 エルが魔法を付与したものだから、レイロにとっては大事なものだったんでしょう。

 その後、レイロの死は彼の両親であるサフレン辺境伯夫妻にも伝えられた。
 
 その日の昼前、私はお姉様にレイロの死を伝えるために、許可を取って王城に来ていた。

 お父様を苦しめ、現在、お姉様が入れられている檻は、柵の部分は全て真っ黒で指が通るか通らないかの隙間しかない。

 ピンク色のドレス姿で倒れていたお姉様は、私に気が付くと身を起こした。

「……アイミー! 助けに来てくれたの?」
「いいえ。お姉様に伝えたいことがあって来ました」
「……私に伝えたいこと?」

 お姉様は不思議そうに首を傾げた。

 深呼吸してから口を開く。

「レイロが亡くなりました」
「……え」

 お姉様の期待に満ちていた表情は一変し、呆然としたような表情になった。
 簡単に事情を説明すると、お姉様は叫ぶ。

「あなたとエルファスはレイロを見捨てたの!? この人殺し!」
「お姉様に言われたくありません。いつか、ここを出られるとは思いますが、外に出た時は十分お気をつけください。では、さようなら」
「アイミー、お願い! ミレイを返して!」
「はい?」

 歩き出そうとした足を止めて聞き返した。

「お願い。私にミレイを返して。あの子はレイロと私の子供なんだから!」
「それば無理だな」

 お姉様に答えたのは私ではなく、国王陛下だった。
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