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8  後悔しない

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 ルーンル王国の第二王子のテイソン殿下は、ワガママなことで有名だ。
 彼が幼い頃から、両陛下や王太子殿下が彼のワガママを抑えようとしたけれど無理だったそうで、いつまでも彼を相手にしている暇はなかった両陛下は、テイソン殿下が18歳になった時に彼を見捨てることに決め、王城内から彼を追い出し、城壁内にある別邸に住まわせた。

 王太子殿下が次の国王になるまでは面倒を見るけれど、それ以降は自分で生き方を考えろということらしい。
 18歳が成人のこの国では、事情がない限り、親が成人になった子供の面倒をみることはおかしいという考え方なので、反対意見は出ずに、もっと厳しい対処でも良いのではないかという声も上がったそうだ。

 でも、両陛下は生き方を変える猶予を与えた。

 それなのに、テイソン殿下は何も考えずに、女性との生活を楽しんでいるのだと、お父様は教えてくれた。

「そんな人に嫁いだりしたら、人生が終わりますわね。だからこそ、お姉様が嫁にいかなくて済むことも含めて、今まで頑張っていたんですけど」

 終戦しなければ、お姉様はテイソン殿下に嫁がなくて済む。
 終戦すれば、お姉様とテイソン殿下の婚約を解消してもらうつもりだと、お姉様には伝えていたはずだ。

 お姉様はその言葉が信じられなかったのか、もしくは、自分と同じような思いをさせたかったのか。
 
 ――後者のような気がするわ。

 自分は苦しい気持ちでいるのに、妹の私は幸せそうにしているんだもの。
 腹が立ってしょうがなかったんでしょう。

 今、思えば、無神経だったのかもしれない。
 でも、お姉様のことをどうでも良いだなんて思ったことはなかった。

「お姉様との会話が足りなかったということでしょうか。それとも、私が無神経すぎましたか?」
「姉のことがあるからといって、嬉しいことを喜べないのはおかしいだろう。お前たちは仲が良かったのだから、エイミーだって、妹であるお前の幸せを喜ぶのが普通だ」
「……それは押しつけでもありますよね」
「だったとしても、妹の不幸を望むような行動はすべきではない」
「お父様はお姉様のことをどうするおつもりですか」

 お姉様を追い出したのはお母様だから、お父様の意見を聞きたかった。

「正直、どうしようか悩んでいるんだ」
「ドーリ様に確認したところ、お姉様が子供を生むまでは面倒を見てくれるそうです。生んでからはレイロと共に暮らしてもらう、それが無理だという場合は生まれた子供だけ引き取る、もしくは、お父様たちが望むなら赤ちゃんごとお姉様を引き渡すとのことでした」
「そうか。すぐに連絡を取って話をしないといけないな」

 お父様は頷くと私を見つめる。

「お前の離婚と第二王子殿下の件は何とかしてみせる」
「……あの、お父様、今はとにかく体を休めたほうが良いかと思います」
「そういうわけにはいかないだろう」
「では、家のことだけ考えていただけますか。私のことは自分で何とか致しますので」
「何か良い方法があるのか」
「司令官のリーロン様と話をしてみます」
「……不甲斐ない父ですまない」
「いいえ。こちらこそ、不出来な娘で申し訳ございません」

 ルーンル王国の司令官は少し変わった人物で、安全地帯にいることを拒み、戦地にまでやって来て騎士団長に命令を下す。
 リーロン様は国王陛下の旧友でもあるので、条件によっては望みを叶えてもらえる可能性がある。

 そう思った私は、会議のために城下に戻ってきているというリーロン様に連絡を入れた。


 

*****



 公爵家の次男だったリーロン様は、お兄様が爵位を継いだ時に自分に与えられるはずだった伯爵の爵位を辞退し、背負うものはなく、ただ国のために戦うことを選んだ。

 騎兵隊の中で出世していき、5年目で司令官への打診がきた。
 最初は断っていたリーロン様は、足手まといにならない間は戦地にいても良いという条件で司令官の座を引き受けた。
 
 私とお姉様は、戦地にいる数少ない若い女性ということで、敵は魔物だけではないからと護身術を教わった。

 その時からよく話すようになり、何か困ったことがあれば相談に乗ると言ってくれていた。

 会議後はすぐに戦地に戻るとのことだったので、城門の前で待ち合わたところ、話の内容に予想がついていたようで、リーロン様から話題を出してくれた。

「お前の夫と第二王子の件か」

 長身で日に焼けた肌に逞しい体躯のリーロン様は私が頷くと、険しい表情になった。

「済まなかったな。あの時、二人を帰らせるべきじゃなかった」
「戻る許可を出したのは騎士団長です。それに、常識的に考えて、帰還後の二人の行動がおかしいんです」
「元気になったら戦地に戻れと指示を出さなかったのは俺だ。それに帰還させる前におかしいと思うべきだった」
「……それは、どういうことでしょう」
「わからないのなら良い。今になって気が付いても意味がないことだからな。……と悪い。あまり、ゆっくりできないんだ。本題は何だった?」

 リーロン様に時間を取ってもらったことへの礼を述べて、門番たちに聞こえないように少し離れた場所に移動して口を開く。

「テイソン殿下ですが、お姉様の代わりに私を差し出せと言っているそうです」
「既婚者をか? ……ああ、離婚したら結婚できるようになるのか」
「離婚したくても離婚できない状態になっていますが、絶対に離婚はします。かといって」
「あのワガママ坊っちゃんには嫁ぎたくない」
「そうです」
「だから、ワガママ坊っちゃんの父親に介入してもらいたいということか」
「お願いを聞いていただけるのであれば、準備が整い次第、私一人になりますが戦地に戻ります」

 自分で言うのもなんだけれど、回復魔法を使える人間は数少ないから、私が戦地に戻ることは、かなりの好条件のはずだ。

「……わかった。最近は魔物も負けを悟り始めたのか、一か八かの攻撃に出てきていて、こちらも死傷者が桁違いに増えている。そのことで陛下も心を痛めているからな」

 険しい表情のまま頷くと、リーロン様は続ける。

「わかった。陛下に話をしよう。第二王子の件はお前が何もせずとも話を聞けば助けてくれそうだ。魔法がかかった婚姻届も何とかなるだろうが、周りには国王陛下が介入したなんてことは言わないでくれよ」
「承知しております」
「それと、戦地に戻ることはエルファスたちには何も言わないつもりか」
「言ったら一人じゃ心配だと言って、一緒に来ようとするに決まっています。仲間には家族がいます。任務ならまだしも、何かあった時に責任は負えません。仲間を失うことも嫌ですし、仲間の家族を悲しませたくないんです」
「お前だって家族がいるだろう。それに、お前たちがいた頃よりも酷い状況だ。……死ぬかもしれないぞ。それでも願うのか」

 リーロン様は険しい顔で私を見つめた。

「それくらいのことをしなければ代償にはならないでしょう。それに、そんなことを聞いたら余計に行かなくちゃいけない気になりました」

 陛下が介入してくださるのならば、レイロと離婚できて、第二王子との婚約に悩まされることもなくなる。
 そして、私が戦地に行けば助かる命が増えるはずだ。

 良いことばかりなのだから、私は戦地に行くべきだわ。
 無駄死にをするために行くつもりはない。
 生きて帰るつもりではいる。
 でも、人生はどうなるかわからない。

 たとえ、命を落とすことになったとしても、生きている間は後悔しないように生きていかなくちゃ。
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