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15 いじめ行為に対する処罰④

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「話すことなんてありません! あなたは自分の担任の先生に話をすべきです!」

 セルフ先生は周りにいた生徒を押し退けて、小走りで食堂から出て行った。
 エディ様は先生を追うこともなく呆れた顔で言う。

「別に僕の担任に話をしても良いけど困るのは自分だよね」

 セルフ先生のことがあったせいで、食事も冷めてしまったし、食欲も失せてしまった。

 残っているものをどうしようか迷っていると、エディ様が話しかけてくる。

「リネ、大丈夫だった? エレイン、リネを守ってくれってお願いしただろ」
「申し訳ございません!」

 エディ様に注意され、エレインは立ち上がって頭を下げた。

「待ってください、エディ様、エレインは私が先生にちゃんと言いたいことを言えるように見守ってくれていたんです」

 あの時、エレインが出てきてしまっていたなら、私は先生に何も言えないままで終わっていたと思う。
 
 それでは駄目だったもの。

 今日だけで、苦手だった二人に言い返すことが出来た。
 よく頑張ったと自分を褒めてあげようと思ったけど、体が震えてしまっていることに気が付いた。

 この震えがいつかはなくなるのかしら。

「……そうか。言いたいことを言えるようになったのは良かった。でも、いきなり頑張りすぎないでね?」

 エディ様が座っている私の顔に向けて手を伸ばした時、「エディ様」と名を呼ぶ人がいた。

 小さくて低い声だけれど、耳に心地よい素敵な声だった。
 エディ様は慌てて手を引っ込めて、後ろを振り返る。

「テッドか。少しくらい良いだろ」
「……駄目です。……旦那様が許可されてません」

 テッド様は耳を澄まさないと聞き取りづらいくらいの小さな声でエディ様に言った。

 テッド様とは昨日の内に挨拶を交わしている。
 その時に、仏頂面をしていたり、無の表情の時が多いけれど、機嫌が悪いわけではないと教えてもらった。

 エレインとテッド様は動と静といった感じで、二人だと良いバランスを取れているような気がする。

「リネ、今日は終礼が終わったらすぐに君のクラスに行くよ。セルフ先生が何を言ってきてもエレインと話をしたりして、相手をしないでいいからね」
「……わかりました」

 先生と話を続けても堂々巡りになるだけだもの。
 相手は大人ということもあり、エディ様は「大人に任せたら良いんだよ」と言ってくれてから、テッド様と一緒に食堂を出て行った。

「リネ様を前にすると触れたくなってしまわれるので、見ない作戦にしたみたいですけど……」

 エディ様が去っていったあと、エレインはそこまで言って、言葉を止める。

「どうかしたの?」
「あれ、見てください」

 エレインに言われて、食堂の出入り口に目を向けた。

 そこにはエディ様がいて、私と目が合うと手を振ってくれた。
 でもすぐに、テッド様に引きずられるようにして連れて行かれる。

「エディ様はクールなふりをしようとしているつもりみたいですが駄目ですね」

 エレインが小さく息を吐いてから苦笑した。

「ねえ、エレイン」
「何でしょうか?」
「私はエディ様の優しさに甘えてばかりで大丈夫かしら」
「甘えることの全てが悪いわけではありません。甘えられて嬉しい人だっています。エディ様なんかはリネ様に甘えられたら特に喜ぶと思います」
「そうかしら」
「そうです」

 エレインが断言するから、つい笑ってしまった。



*****


 終礼後、セルフ先生は教壇から下りて私の席に向かって歩いてきた。

 エレインが素早く間に入ってくれて、先生に話しかける。

「エディ様がお話したいと言っておられますので、少々お待ちください」
「キノンさん、邪魔をしないでちょうだい! ティファスさんに許してもらえないと、私の人生は終わりなのよ!」
「そんなことを仰るくらいなら、いじめを止めれば良かったでしょう?」

 エレインとセルフ先生の会話を、私だけじゃなく多くのクラスメイトが教室から出ずに聞いていた。

 その中にはデイリ様やフールー伯爵令嬢もいる。

「あなたに何がわかると言うの! 私だってストレスの捌け口がほしかったのよ! 毎日、仕事が忙しくて人間関係だって気にしないといけない! ストレスが溜まっていたのよ! そんな時に誰か弱い人間がいじめられて泣いてるのを見るとスッキリしたの! しょうがないことでしょう!?」

 先生は両手で頭を抱えて叫んだあと、デイリ様やフールー伯爵令嬢たちのほうに顔を向ける。

「そうよ。私はいじめなんてしていない! あなた達がいじめなんてするから、私までこんな目に!」
「先生だって加害者じゃないですか!」

 デイリ様たちが何か言う前に、私が立ち上がって叫んだ。

 先生の言っていることは、ストレスが溜まっていたから、いじめられている私を見て楽しんでいたということだと思う。

 人の不幸は蜜の味というやつなのでしょう。

 満たされていない時は、そういう心理になってしまうのかもしれない。

 でも、普通の教員はわざわざ生徒の不幸を望んだりしない。

「私は加害者なんかじゃない!」

 セルフ先生がヒステリックに叫んだ時、教室の扉が廊下のほうから開けられた。

「失礼する」と言って、ゆっくりと中にはいってきたのは、デイリ様のお父様のシンス候爵だった。

 グレーの外套に身を包んだシンス侯爵は、背が高くがっしりとした体型で、オジサマ好きな女性に人気だ。

 鼻の下でハの字型に整えられた黒いヒゲに触れながら、シンス侯爵は教室内を見回した。

 そして、私を見つけると話しかけてくる。

「リネ、一体どういうことなんだね? 学園からデイリが君をいじめていたと連絡があったんだよ。デイリはいじめていないと言うのだが……。それに、トワナとの婚約のことも……」
「ここではお話できません。かなり長くなりますから」

 素直に答えると、シンス侯爵は頷く。

「わかったよ。正式に君に会う約束を取り付けさせてもらう。連絡はニーソン公爵宛にしたらいいかな?」
「お願いいたします」

 セルフ先生との会話の内容が聞こえていなかったのか、シンス侯爵は満足げな顔をしたあと、セルフ先生のほうに振り返る。

「先生、息子がいじめをしていたというのは本当なのでしょうか? 真相を確かめるためにニーソン公爵家に出向いても、ニーソン公爵は会ってくれません。うちの息子はいじめていない、誤解だと言っています。ですから、先生の口から詳しい話を教えてください。息子は本当にリネをいじめていたのですか」
「シンス侯爵、そのことについては僕からお話させてください」

 先生の代わりに応えたのは、開け放たれたままの扉から入ってきたエディ様だった。
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