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5  どうせ夢なら

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「な、何だお前は! 無礼だぞ!」

 お父様は怒ってエディ様の手を振り払ったけれど、すぐに相手が誰だか気が付いて慌てた顔になる。

「ま、まさか、エディ様!? これは失礼しました。もう、ニーソン公爵閣下と一緒にいらしたのですか!?」

 手を放してもらったお父様は、エディ様に向かってペコペコと頭を下げる。
 こんなに威厳のないお父様を見たのは初めてだったので驚いた。

 普段はこうやって偉い人に頭を下げているから、私に八つ当たりしているのかしら。

 そんなことを考えて見つめていると、お父様が睨んでくる。

「何を見ているんだ! お前のせいで私が怒られているんだぞ!」
「も、申し訳」
「リゼ嬢は謝らなくていいんだよ?」

 エディ様は謝ろうとした私の言葉を止めて、私に優しく微笑んでくれた。

 けれど、すぐにお父様には冷たい目を向ける。

「リゼ嬢のせいで僕は怒っているんじゃない。あなたが原因で怒っている。父親が娘の胸ぐらを掴むだなんてありえない話なんだが?」
「そ、それは……、その、申し訳ございません。とにかく、立ち話もなんですから場所を移動いたしましょう」

 そう言って、お父様はエディ様を応接室に案内するように、近くにいたメイドに命令した。

 エディ様に見惚れていたメイドは、はっと我に返り「ご案内いたします!」と叫んでエディ様の前に立った。

 メイドのあとについて歩き、応接室の前まで行くと、エディ様と護衛として付いてきているキノン伯爵令嬢に頭を下げる。

「申し訳ございません。カバンを部屋に置いてまいります。すぐに戻って参りますので」
「焦らなくてもいいからね」
「ありがとうございます」

 カバンを置きに行きたいのと、服はこのままで良いとして、ハーフツインテールはやめようと決めた。
 部屋に戻り、カバンを定位置に置いてから、ドレッサーの椅子に座り、自分で髪をほどく。
 櫛で整えてから、鏡の中の自分を見つめ、気合を入れるために両頬を叩く。

 話し合いがどうなるかわからないけれど、本当に私とエディ様の婚約が決まるなら、お父様たちは私に手が出せなくなるはず。

 夢物語みたいな気もするけれど、夢なら夢でいいわ。

 そう思ったほうが気持ちが楽。
 目が覚めて現実に戻って、どうせがっかりするんだもの。
 夢の世界なら好きなように生きてみよう。

 意気揚々と部屋を出たけれど、すぐに足を止める。
 部屋の前には私の世話をしてくれているメイドが立っていたから。

 メイドはハーフツインをやめた私を見て眉根を寄せる。

「どうして髪型を変えているんですか」
「……あなたには関係ないでしょう」

 そう言って歩き出すと、メイドは追いかけてくる。

「関係なくありません。あなたが馬鹿な格好をしていないと、私がトワナ様から怒られるんです!」
「そんなこと、私の知ったことじゃないわ! それにハーフツインテールは馬鹿な格好ではないから良いでしょう?」
 
 こんな風に言い返したりするのは初めてで、緊張と興奮で体が熱くなる。

「私に言い返すだなんて!」

 メイドが叫んでくるけれど気にしない。

 あと、もう少しで応接室というところまで来たところで、メイドは私の肩を掴んで言う。

「私の言うことを聞かないのであれば、旦那様にお伝えしていつものように鞭で打たれることになりますよ!」
「馬鹿者っ!」

 メイドの叫び声のあとに、お父様の怒鳴り声が聞こえた。

「ほら、怒られましたね」

 メイドは私を見てにやりと笑ったけれど、すぐに表情を引きつらせた。

 お父様の声が聞こえた方向に目を向けると、そこにはお父様ともう一人男性がいた。

 エディ様に似ていると言えば似ているけれど、背も高いし、もっと大人びた感じの方だった。

 黒の外套を着た、髪色と瞳の色がエディ様と全く同じ色の男性は、こめかみに手を当てて大きな息を吐く。

「まさか、こんなことになったいたなんて……」
「あ、あの、ニーソン公爵閣下、誤解です!」

 お父様は必死に誤魔化そうとしたけれど無駄だった。
 ニーソン公爵閣下は私に目を向けて口を開く。

「リネ嬢に聞く。鞭で打たれたというのは本当か?」

 ニーソン公爵閣下の後ろでお父様が否定しろと言わんばかりに首を横に振る。

 今までの私なら、何も言えずに首を横に振っていただけだと思う。

 でも、今は夢の中、何も怖くないわ。

「はい。私がお父様にとって気に食わないことをすると鞭で打たれています」

 大きく頷くと、お父様は表情を歪めたあと顔を覆った。



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