上 下
8 / 69

8  引っ越しの準備

しおりを挟む
「そんな……! こんなことでアイリスに婚約破棄されるだなんて酷すぎます!」
「悪いのは君達だろ? 彼女を本当に愛しているのなら、彼女が傷付くような事なんてしない。そんな事をするとしたら、小さな子供くらいなものだろ。好きな子をいじめてしまうやつかな」
 
 ロバートの言葉を聞いたマオニール公爵閣下は鼻で笑ってから、黙って話を聞いていたトーイ様の方に振り返る。

「トーイ、何人かのメイドと一緒に、アイリス嬢の家に行って、必要な手続きを済ませてくれ。その後は彼女と一緒にこちらに帰ってきてほしい」
「かしこまりました」
「アイリス嬢、それで良いかな? 必要なものもあるだろうから一度は帰りたいかと思ったんだけど」

 トーイ様の返事のあと、閣下が私に尋ねてきたので首を縦に振る。

「お気遣いいただき、ありがとうございまず。手元に置いておきたいものもありますので、一度は家に戻りたいです」
「わかった。家族と一緒に帰らせるわけにはいかないから、こちらで馬車を手配する」
「ありがとうございます」

 話が淡々と進んでいくので、現実味が帯びないけれど、実家を出られるという希望が見えてきたのだけはわかった。

「そんな急すぎませんか!?」

 突然、お母様が叫び、焦った顔で続ける。

「アイリスがマオニール公爵閣下の元へ嫁ぐことは、しょうがないことだと存じております。ですが、家族との時間をとらせてはいただけないのですか!?」
「アイリス嬢、君はどうしたい? もっと家族と過ごしたい?」

 閣下が笑みを浮かべて確認してくる。

 その笑みは、好きなようにしたら良いと言ってくれている気がしたので、少しだけ考える。

 お母様は最近のノマド家の財政状況を知らないから、かなり焦っているみたい。

 でも、私がやるまではやっていたことなのだから、私がいなくてもできるわよね。

「マオニール公爵閣下、家族との時間は実家を出る前の少しの時間で十分です」
「君が望むのならそうしよう。というわけなので、家族の時間は必要なさそうだ」
「アイリス!」

 お母様から責める声が上がったけれど、気にしない。

「トーイ、アイリス嬢に帰宅する為の馬車を手配してやってくれ。それから、彼女が望まない以上、家族を近づけないように、護衛の騎士を何人か付けろ」
「かしこまりました」

 トーイ様は頷くと、私に向かって恭しく頭を下げてから言う。

「アイリス様。ご案内いたします」
「お願いします」

 トーイ様に促され、彼に付いて歩こうととすると、閣下が私とトーイさんを呼び止めた。

「あ、2人共、ちょっと待ってくれ」
「どうかされましたか?」
「トーイ、アイリス嬢を連れて厨房に寄って、持ち運びできる、彼女が食べたいものを料理長に伝えて作らせてほしい。出来れば日持ちするものを」

 閣下がどうしてそんなことを言い出したのかわからなくて、トーイ様と一緒に首を傾げると、閣下は笑う。

「先程、ノマド男爵から朝食抜きと言われていたから気になっただけだよ」

 お父様が言っていた罰の事を言ってくれているみたい。
 明らかにお父様のことを馬鹿にされているということがわかって、吹き出しそうになるのをこらえる。

 お父様はそんな私を苦虫を噛み潰したような顔で睨んできた。
 
「承知いたしました。ノマド家では朝食はなしかもしれませんが、マオニール公爵閣下からとして、こちらが朝食を用意させていただきます」
「お気遣いいただき、ありがとうございます」

 そう答えてくれたトーイ様に軽く頭を下げると、彼も会釈を返してくれた。

「ご案内いたします」
「お願いします」
「……アイリス!」

 声が聞こえて目を向けると、ロバートの今にも泣き出しそうな情けない顔が見えた。
 そして、その隣で、ココルが悔しそうな顔をして爪を噛んでいるのが見えて、少しだけスッキリした。
 


◇◆◇



 数日後、家族よりも早くに家にたどり着いた私は、久しぶりに自分の部屋のベッドで眠った。

 家族は、私よりもだいぶあとの夜中に、家に戻ってきた様で、家の扉が開閉する音が聞こえた。
 すぐに階段をのぼってくる足音が聞こえ、2階にある私の部屋の前で足音が止まった。
 私の部屋の前には騎士が立ってくれているから、家族が騒ぐ声は聞こえたけれど、扉を叩かれる事はなかった。



 次の日の早朝。
 外が少し騒がしくなった気がして、ベッドから飛び起きた。
 薄い白のレースのカーテンを開けて窓の外を見ると、門のところにトーイ様とメイド姿の若い女性2人の姿が見えた。
 訪問するには早い時間だと思って、外で待ってくれているのかもしれない。
 家の前の道には大きめの幌馬車が何台か停まっていて、私の引っ越しの荷物を運んでくれる馬車だと思われる。
 部屋の中を見回してみると、持っていくものといっても、そう大したものはなさそうだった。
 家具は、ベッドに机に本棚にタンスくらいだし、この量だと幌馬車一台でも充分に足りそうな気がした。
 寝間着から動きやすい服に着替え、身支度を整えるために洗面台のある部屋へ向かう。
 まだ、ココル達は眠っているようで屋敷は静かだし、とても動きやすかった。

「おはようございます」

 身支度を整えてから外へ出ていくと、トーイ様達が横一列に並んで頭を下げてくれる。

「おはようございます。アイリス様。騒がしくしてしまったようで申し訳ございません」
「気にしないでください。興奮して眠りが浅かっただけですから。それよりも、引っ越しの準備はどうすればよろいいですか?」

 トーイ様に尋ねると、笑顔で答えてくれる。

 「家具などはマオニール邸の部屋に用意いたしますので、思い入れのあるものなど、持っていきたいものを伝えていただければ運ばせるようにいたします。男性に見られたくないものにつきましては、こちらにいるメイド達に指示をして荷造りをさせて下さい」
「荷造りくらい自分でやります! ですが、本当に家具は持っていかなくていいんですか?」
「結構です。閣下がついに奥様を迎えるという事で、先代の奥様、リアム様のお母さまですね。大奥様が、それはもうお喜びになって。本日は、街まで家具を買い揃えに行かれるとの連絡をもらっています」

 苦笑するトーイ様に尋ねる。

「先代の公爵閣下もご健在ですよね。今はどちらに?」
「リアム様と一緒には住んでおられませんが、近くの土地を買われ、そこに家を建てられています。大奥様と一緒にのんびり過ごされていますよ」

 トーイ様が少しだけ羨ましそうな顔をして教えてくれた。
 
 私達の国では、先代が亡くなったから、あとを継ぐというものだけでなく、息子に任せられると思ったら早々に継がせてしまうという権利も認められている。
 けれど、条件があって、先代が生きている場合は、15歳以上からでしか継ぐ事は出来ない。

 たしか、閣下は17歳の頃に爵位を継がれたと聞いた事があるから、今年で2年目といったところかしら。
 仕事も理解してきた頃だろうし、そろそろ嫁探しをと、うるさく言われていたのでしょうね。

「奥様! お腹は空いておられませんか? 指示いただければ、荷造りは私がいたしますので、奥様はよろしければ、お食事をお済ませ下さい」
「お食事の用意は私がさせていただきます」

 メイド達とお互いに軽い挨拶を済ませると、黒のメイド服に身を包んだ、私よりも若くて可愛らしいメイド達が瞳をキラキラさせて話しかけてきたので苦笑する。

「まだ、奥様ではないので……」
「閣下はよっぽどの事でないかぎり、一度決めた事を覆される方ではございません! ですから、もうアイリス様は私達にとっては奥様なのです! 閣下からは女神のように扱えと!」
「それは止めて下さい!!」

 なんとか、女神扱いは止めてもらうように説得して、持参してくれたサンドイッチをつまみながら、3人で荷造りをしていると、目を覚ましたココルが部屋にやって来た。
 話があると言うので、部屋の中に足を踏み入れないという条件をのむなら話すと伝えると、彼女は廊下で頷いてから口を開いた。

「お姉さま、本気なの?」
「何が?」
「マオニール公爵閣下のところにお嫁に行くだなんて信じられないわ。もしかして、これってお姉様の悪戯だったりする?」
「は?」
    
 苛立ちを覚えて、強い口調で聞き返してしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

虚言癖のある妹に婚約者を取られたけど一向に構いません。

水垣するめ
恋愛
公爵令嬢のルナ・プライスには一歳下の妹のエミリーがいた。 エミリーは六歳のころからの虚言癖で周囲に嘘を言いふらし、ルナを貶めていた。 エミリーには人に信じてもらうことに才能があり、ルナの言葉は信じてもらえなかった。 そして十年後、エミリーはついに婚約者のレオ・ロバート皇太子まで取ろうとした。 「ルナ・プライス! お前との婚約を破棄する! エミリーのことを虐めていただろう!」 冤罪をかけられ、ルナは婚約者を取られてしまった。 「あはは! 残念だったわねお姉さま! これで王妃の座は私のものよ!」 「いや、一向に構いませんけど?」 後悔するのはそちらですよ? ★★★ レオはルナを裁判にかけようと、エミリーを虐めていたという証拠を集め始める。 しかしその証拠は一向に見つからなかった。 そしてレオは、エミリーが嘘をついていたことに気づく。 しかし遅かった。 レオはルナを冤罪にかけたことを糾弾される。 「だから言ったでしょう? 後悔するのはあなただと」

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

処理中です...