上 下
7 / 69

7  諦めきれない婚約者

しおりを挟む
「君がアイリス嬢を大事に出来るとは思えないし、僕の花嫁になってほしいというのは、彼女への罰なんだ。アイリス嬢がよっぽど婚約を破棄したくないというなら別だけど、君にどうこう言われる筋合いはない」

 マオニール公爵閣下はそこで言葉を区切ったあと、笑顔でロバートに尋ねる。

「それとも、僕と喧嘩でもするつもりかな?」
「い、いえ! そんなつもりは全くありません!」

 ロバートは一度そこで言葉を区切り、私を見てから続ける。

「ですが、お願いです! 俺とアイリスはうまくやっているんです! 二人の仲を引き裂かないで下さい!」
「そ、そうよ! そうだわ! あの、マオニール公爵閣下! お姉さまにはロバートがいますわ! ですから、私がお姉さまの代わりに閣下の元に嫁ぎます!」

 ロバートの言葉のあとに、ココルが瞳をキラキラさせて言った。
 閣下は、ココルに目を向けると、ばっさり切り捨てる。

「君が嫁に来るなんてお断りだ」
「そ、そんな……、どうしてですか」
「君の性格が良いようには思えないから」
「私よりもお姉様の性格が良いと仰るんですか!?」

 ココルは叫んだあと、悔しそうな顔をして私を見た。

 ココルはどうして自分が閣下の妻になれると思えたのかしら?
 謎だわ。

「ああ、もう! ココルの事はどうでもいい! ノマド男爵! いいんですか!? このままではアイリスがマオニール公爵閣下のところにいってしまいます!」
「ロバート、お前は黙っていろ!」

 お父様はロバートを一喝すると、揉み手をしながら閣下に近付く。

「私の娘であるアイリスがマオニール公爵家に嫁ぐのであれば、もちろん、結納金はいただけるのでしょうか」
「罰なんだから、本来ならばないと言いたいが、今すぐ、デヴァイス卿とアイリス嬢との婚約を破棄するというのなら、出してもかまわないよ。手切れ金代わりとしてね」

 閣下が私の肩に両手を置いて微笑むと、お父様は満面の笑みを浮かべて首を何度も縦に振る。

「空気の読めない娘なんぞで良ければぜひ! ロバート、悪いが君はココルの婚約者になってくれ!」
「そんな! ひどすぎませんか!? 今日の悪戯はアイリスの俺への愛を確かめるためだという話だったじゃないですか!」

――確かめ方なんて、他にもあったし、この場でする必要なんてなかったでしょう。

 私が口に出す前に、上機嫌なお父様は言う。

「ロバート! もう黙りなさい! いや、そうだ! 君はアイリスに裏切られたんだから慰謝料を請求したらどうだ?」
「そういう問題じゃないでしょう!」

 ロバートが悲痛な声で叫んだ。

 お父さまは娘の事より、お金の方が大事みたい。

 ココルも自分の事しか考えてないし、お母様は何か言いたげに、私のほうをチラチラと見ている。
 でも、それは私が心配だからじゃない。

 家計管理は自分の仕事なのに、すべて私に押し付けていたから、それを今更やれと言われても困るだけなんでしょう。

「君の家族を悪く言うのは申し訳ないけど、よくこんな家族と長年暮らせてきたものだな」
「一緒に暮らすしかなかったんです。結婚以外に親の同意なして自立できるのが18歳からですので」

 私達の住んでいる国、ミセイティックは15歳から婚姻や飲酒が可能ではあるけれど、18歳までは未成年として扱われるため、親の許可が必要になるものが多い。
 だから、働きたくても親の許可がいるし、一人暮らしをしようとして家の賃貸契約を結ぼうとしても親の許可が必要になる。
 だから、家を出たくても出れなかった。

「そうか」

 閣下は私の言葉に小さく頷いてから、耳元で優しく囁いてくれる。

「今までよく頑張ったね」
「……っ」

 不覚にも涙が出そうになって、何とかこらえる。
 家族の前では絶対に泣きたくなかった。
 ただ、気持ちをわかってくださった、お礼だけは伝えておく。

「ありがとうございます」
「どういたしまして? あ、そうだ、アイリス嬢、君の婚約者の彼は、デヴァイス男爵家だよね?」
「はい。ロバート・デヴァイス男爵令息です」
「わかった。ありがとう」

 閣下は私に微笑んだあと、くだらない言い合いを続けている、お父様とロバートに話しかける。

「僕とアイリス嬢との結婚を、ノマド男爵は認めてくれるんだね?」
「も、もちろんです!」
「で、デヴァイス卿はそれを認めないと?」
「当たり前じゃないですか! 俺は彼女を愛していたんです!」
「はい?」

 ロバートの愛してた宣言には、驚いてしまい、思わず声が出てしまった。

 ロバートはそんな私を見て言う。

「アイリス、結婚する時にちゃんと伝えようと思ってたんだ。俺はずっと前から君を愛しているんだよ!」
「ふざけないで。愛している人間に対して、よくもあんな嘘がつけたものね」
「だから、言っているだろ!? 君の気持ちを確かめたかったんだ!」
「ならわかったでしょう! 私はあなたの気持ちにはこたえられない! 私の家族と一緒になってあんな訳のわからない事をしなければ、こんな事にならなかったのに、自分のまいた種じゃないの。気持ちの確かめ方なんて、もっと他にあったでしょう!?」

 感情的になり、ロバートを睨みつけると、彼は情けない顔をして口を閉ざした。

「僕や周囲にいた人間は君がアイリス嬢に婚約破棄を宣言した場面を見た。そして、アイリス嬢も婚約破棄をされたと認識し、彼女の父親もそれを認め、僕との結婚を促してくれている。もちろん、アイリス嬢の僕に対する不敬への罰という意味合いもあるから、アイリス嬢を僕の妻にする」

 閣下は冷たい笑みを浮かべて続ける。

「デヴァイスくん、君はを敵にまわしたいのか?」

 何かのスイッチが入ったかのように、閣下の一人称が僕から、俺に変わった。

「も……、申し訳ございませんでした」

 さすがに公爵家に喧嘩を売る勇気はなかったようで、ロバートは小さな声で謝り、深々と頭を下げた。

「アイリス嬢、君は彼を許してあげる? 君が許すというなら僕も許そう」
「婚約破棄を認めてくれるというのなら許します」
「だそうだよ、デヴァイス卿?」
「――っ! あ、あの、アイリスと二人で話をさせていただけませんか?」

 ロバートは震える声で閣下に尋ねたあと、私に視線を移した。 

――どうしてロバートはすんなり私の婚約破棄を受け入れてくれないの?

 私を愛してただなんて、どうせ、今のこの雰囲気に酔っているだけでしょう。

 もしかして、他の貴族には婚約者に捨てられた、もしくは婚約者を奪われた可哀想な男性として見てもらいたいということ?

「……思い通りになんかさせないわ」

 誰にも聞こえないように小さく呟いた時だった。

「嫌だよ。どうして、そんな事をさせてあげないといけないんだ? 彼女は僕の婚約者になると決まったんだ。他の男と二人で話をさせるつもりはない」

 私よりも頭一つ分背の高い、閣下の顔を見上げると、呆れた表情でロバートを見ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

私が妊娠している時に浮気ですって!? 旦那様ご覚悟宜しいですか?

ラキレスト
恋愛
 わたくしはシャーロット・サンチェス。ベネット王国の公爵令嬢で次期女公爵でございます。  旦那様とはお互いの祖父の口約束から始まり現実となった婚約で結婚致しました。結婚生活も順調に進んでわたくしは子宝にも恵まれ旦那様との子を身籠りました。  しかし、わたくしの出産が間近となった時それは起こりました……。  突然公爵邸にやってきた男爵令嬢によって告げられた事。 「私のお腹の中にはスティーブ様との子が居るんですぅ! だからスティーブ様と別れてここから出て行ってください!」  へえぇ〜、旦那様? わたくしが妊娠している時に浮気ですか? それならご覚悟は宜しいでしょうか? ※本編は完結済みです。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎
恋愛
江島七海はごく平凡な普通のOL。取り立てて目立つ美貌でも無く、さりとて不細工でも無い。仕事もバリバリ出来るという言う訳でも無いがさりとて愚鈍と言う訳でも無い。しかし陰で彼女は『魔性の女』と噂されるようになって――― 生まれてこのかた四半世紀モテた事が無い、男性と付き合ったのも高一の二週間だけ―――という彼女にモテ期が来た、とか来ないとかそんなお話 ※2018.1.27~別作として掲載していたこのお話の前日譚『太っちょのポンちゃん』も合わせて収録しました。 ※本編は全年齢対象ですが『平凡~』後日談以降はR15指定内容が含まれております。 ※なろうにも掲載中ですが、なろう版と少し表現を変更しています(変更のある話は★表示とします)

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

処理中です...