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第3章 戻ってきた救世主

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「わ、わたくしを殴るだなんてありえません! いくら、あなたでもやって良いことと悪いことがあるはずです!」

 ロビースト様は尻もちをついたまま、シード様を睨みつける。

「それを言い出したらお前もだろ。っつーか、どんだけ、セフィリア嬢が好きなんだよ。しつこく絡みやがって」
「べ、べつに好きなわけではありません!」
「そうかよ。なら、どうして無理やり婚約者にしようとする?」
「わたくしは彼女を守ってあげたいだけなのです!」

 ロビースト様はわたしを指差して言葉を続ける。

「知っていますか? ロイアン伯爵令息はセフィリアと再婚約をしようとしているのですよ!」
「なんですって!?」

 驚いた声を上げたのはわたしだった。

「あー、その辺のこともあって、あんたに話をしようと思ってたんだ」

 シード様はあげている前髪をがしがしと触った後にわたしを見る。

「こいつを部屋から出したら、詳しく話をするから、ちょっと待ってくれ」
「わかりました」

 わたしが頷いたのを確認してから、シード様はロビースト様に話しかける。

「兄さん、あんたに用はない。大人しく出てけ」
「い、いやです! こんな姿を見られているのに、ラソウエ公爵家からセフィリアを出すわけにはいきません!」
「そんな状況に持っていったのはお前だろ!」

 シード様は靴のつま先でロビーストの腹を蹴った。
 ゲホゴホと咳き込むロビースト様を見下ろしたシード様は、今度は扉のほうに顔を向けて叫ぶ。

「おい! フィーナ嬢! あんたはこの男が好きなんだろ? とっとと連れてけ! 俺はセフィリア嬢に話があるんだ」
「は、はい!」

 お姉様は私たちの様子を開け放たれた扉の向こうの廊下から見ていたらしい。
 メイド服姿のお姉様はシード様に命令されて、わたしの部屋に入ってくると、ロビースト様に手を差し伸べる。

「戻りましょう?」
「帰りますよ! ただ、あなたとは戻りません!」

 ロビースト様はお姉様の手を払うと、自分一人で立ち上がって部屋から出ていく。
 彼の口からは血が出ていて、お腹を両手で押さえており、かなり苦しそうな表情だった。

「待ってください、ロビースト様!」

 お姉様はロビースト様を追いかけていく際に、わたしのほうに目を向けてきた。
 わたしと目が合うとすぐに逸らして、何の声もかけてくることなく部屋から出ていった。
 扉が閉められたのを確認してから、シード様に頭を下げる。

「助けていただきありがとうございました」
「つーか、何でこんなとこにいんだよ。俺は、あんたの様子を確認しにエルテ家に行ってたんだぞ」
「はい?」
「まあ、あんたに文句を言っても意味がないな。あ、あんたって呼ばれんのは嫌か?」

 シード様はわたしにそう尋ねた後に、安楽椅子をベッドの近くに持ってきて座った。

「それはかまいませんが、わたしの名前は」
「セフィリア嬢だろ。知ってる。あんたは嫌そうだし、セフィリア嬢と呼ぶからな」
「はい、お願いいたします」
 
 もう一度わたしが頭を下げると、シード様はわたしが知らない間に起きていた出来事を話してくれた。

 デスタは王女様に見初められて婚約を迫られた。
 すると、デスタは「セフィリアのことが忘れられません」と言ったんだそうだ。

 わたしのことが忘れられないだなんて絶対に嘘だわ。
 王女殿下と結婚したくないだけじゃないの?

 そう思って聞いてみる。

「王女殿下はいつか女王陛下になられるわけですよね?」
「そうだな。この国には王女以外には両陛下の子供はいねぇから」
「その、なにか問題があったりしますか?」
「王女にか?」
「はい。デスタ、いえ、ロイアン伯爵令息がわたしにこだわる理由がわかりません。となると、よっぽど王女殿下に問題があるのかと……」

 こんなことを聞くのは不敬だとわかっている。
 でも、シード様なら許してもらえそうな気がした。

「問題はある。あの王女が女王になったら大変なことになるだろう」
「……どんなことになるとお考えですか?」
「話が長くなるから今はやめとく。それよりもセフィリア嬢の話をしよう。すぐには体を動かせねぇだろうけど、少しでも早くにここを出るぞ」
「出るのはかまわないのですが、実家に戻らせてもらえるかわかりません」
「その点は気にすんな。エルテ公爵は帰ってきても良いってよ」
「本当ですか!?」

 ロビースト様の妻になれと言われるのかと思っていたのに、家に帰っても良いだなんて!

「ああ。その代わり、二度目の婚約破棄をしてもらわないといけない」
「二度目の婚約破棄? どういうことでしょう?」
「兄さんは知らないみてぇだけど、王女がロイアン伯爵令息とセフィリア嬢の再婚約を求めた。そんで、エルテ公爵は兄さんと結んでいた婚約の仮契約を一方的に破棄して承諾した」
「王女殿下が? でも、どうしてなのですか? 自分がデスタと結婚したいはずなのでは? それに、お父様はなんて勝手なことを! 仮契約のことも知りませんでした」
「エルテ公爵は兄さんよりも良い婚約者がいるならば、そちらにセフィリア嬢を嫁にいかせるという条件で仮契約を結んでた。兄さんは本契約にしたかったみたいだが、それについては俺が握りつぶした。あと、両陛下はエルテ公爵家を潰したい。王女は元婚約者に未練たらたらの男と結婚したくないっていう理由だろうな」

 両陛下がエルテ公爵家を潰したい理由はわかる。
 エルテ公爵家は反王家派の筆頭だもの。
 それは良いとして、デスタがわたしに未練たらたらだなんてありえないわ。

「王女はセフィリア嬢を辱めて、ロイアン卿の愛を冷めさせたいんだ。かといって、セフィリア嬢がそれに付き合う必要はない」
「ですが、父は婚約を承諾したのですよね?」
「ああ。でも、条件付きだ」
「条件付き、ですか?」
「兄さんとの婚約の時と同じだ。セフィリア嬢にロイアン卿よりも良い結婚相手ができたら、ロイアン卿との婚約を破棄しても何のお咎めもないという条件だ」

 シード様は一気に早口で言ってから尋ねてくる。

「良さそうな相手はいるか?」

 良さそうな人なんているわけがないわ。
 いたら、もっと早くにお願いしているもの。

 こうなったら頼れるのは、この人しかいない。

「シード様は婚約者はいらっしゃいますか?」
「いねぇけど」
「恋人は?」
「いねぇよ。ほっといてくれ」
「女性に人気がありそうですのに」
「褒めたって何にも出ねぇぞ」
「それは困ります」
「……まさか!」

 シード様は目を見開いて、自分を指差す。

「俺になれって言ってんのか!?」
「お願いいたします!」

 わたしは頭を下げてシード様にお願いした。

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