上 下
5 / 52
第1章 1度目の婚約破棄

しおりを挟む
 私とお父様が睨み合っていると、フィーナお姉さまと弟のテックが心配そうな表情で、私に話しかけてきた。

「どうかしたの、セフィリア」
「セフィリア姉様、まさか、またロイアン伯爵令息はお姉さまを置いて帰ったのですか?」
「そうよ、テック。悪いけど、デスタの件でお父様と話があるから、お姉様を連れて移動してちょうだい?」

 お父様に似て痩せ型のわたしとテックは、これでもお父様に可愛がられているほうだった。

 フィーナお姉様は亡きお母様の血を色濃く受け継いでいて、性格もそうだが、色白でふくよかな体型は、生前のお母様を思い出させる。

 丸顔で青色の瞳にぱっちりとした目がとても可愛らしく、赤色のストレートの髪だって艶があり、髪のセットに時間がかかる私にしてみれば羨ましかった。

 でも、お父様はふくよかな体型の女性が嫌いだった。
 お姉様は何度もダイエットを試みたけれど、運動を嫌うことや遺伝もあるのか、痩せるどころか太っていってしまっていた。
 お父様は、そんなお姉様に、より強く当たるようになっていた。

 だから、この場にいれば、お姉様もとばっちりを食らうかもしれないので、離れてもらおうと思った。

「私は大丈夫よ」

 でも、お姉様はその場を動こうとしなかった。
 だから、いつまでも睨み合っているわけにもいかず、お父様との話をこのまま続けさせてもらうことにした。
 
「あの二人が恋仲だったということも知っておられたのですよね?」
「……ただでさえ、お前が婚約に不満がありそうなのに、わざわざ気持ちを後ろ向きにさせる話を言うほうがおかしいだろう」
「結婚後にわたしがどんな思いをするかは考えてくださらないんですか」
「そこは上手くやれと言っているだろう。小娘に気を取られている馬鹿な夫を上手く操れば良い」
「わたしに乗っ取りの片棒を担がせるおつもりですか?」

 睨みながら尋ねると、お父様は口元に笑みを浮かべる。

「お前は言わなくても、私の考えていることをわかってくれるから助かっている。フィーナと違ってな」
「お父様! 今はお姉様の話をしているのではありません!」
「……申し訳ございません」

 わたしが言い返したと同時に、お姉様は頭を下げて謝った。

「お姉様、謝らなくても良いのです!」 
「ううん。私が太っていて、段取りも悪いからいけないのよ。だから、ロビースト様にまで嫌われるの」

 お姉様は両手で顔を覆って泣き始めてしまった。

 ロビースト様というのは、お姉様の婚約者の名前で、ラソウエ公爵家の若き当主だ。

 神経質そうな顔立ちの長身痩躯の男性で、人を小馬鹿にしたりすることが多いので、わたしは苦手だった。
 でも、お姉様はロビースト様に恋をしていた。

 ロビースト様もデスタと同じで、こちらが引こうとすると優しくなる。
 そして、ロビースト様はデスタほど馬鹿じゃないから、お姉様の気持ちが彼に戻るまで優しくするのだ。

 デスタの件で冷静になって、今、そのことがわかったような気がする。

 姉妹揃って駄目な男性が好きだと思うと、憂鬱な気持ちになる。

「ロビースト様に嫌われているだと?」

 お父様が聞き返すと、お姉様は泣きながら叫ぶ。

「申し訳ございません、お父様! 痩せるまでは結婚できないと言われてしまいました」
「何だと!?」

 ロビースト様とお姉様との婚約は政略結婚というよりかは派閥の関係だった。
 お父様やラソウエ公爵家は反王家派だ。

 昔のお父様やロビースト様のお父様には野心があり、この国を小国のままで終わらせず、戦争をして領土を増やそうと考えていた。

 今のお父様は昔よりも年を取ったこともあり、戦争を起こすことに関しては良しとしておらず、ロイアン家にこだわっている。

 現当主のロビースト様は先代の意志を受け継いでいるのかは、まだわからない。

 ラソウエ公爵家との繋がりを絶ちたくないお父様は、お姉様の話を聞いて血相を変えた。

「お前は自分のことをいくつだと思ってるんだ! もう20歳なんだぞ!」
「申し訳ございません、お父様! すぐに痩せるように努力いたします!」

 お姉様はそう叫ぶと、泣きながら部屋のほうに向かって走っていく。

 その後姿を見て、やっぱり、部屋に戻ってもらってから話をすれば良かったと後悔した。

 でも、まさか、お姉様とのロビースト様の関係が、ここまでこじれていたなんて知らなかった。

 黙っていたテックが、お姉様のことは追わずに、わたしを庇うように立って叫ぶ。

「父上! もういい加減にしてください! お姉様だちは父上の駒じゃないんです!」
「ロック、公爵として生きていくには、時には辛い決断をしなければならないものなんだ」

 まだ育ち盛りだからか、テックはわたしと同じくらいの背丈しかない。
 だから、高長身のお父様に見下ろされて、びくりと体を震わせた。

「お父様、わたしのことはわたしで考えさせていただきます。それから、ロビースト様の件に関しましては、お父様がどうにかしてさしあげたらどうなのです? 娘を好きな相手と結婚させてあげる力もないのですか?」
「それを言うなら、お前も婚約破棄など出来ないぞ!」
「わたしにだって考えがあります」

 このままの関係をダラダラと続けているわけにはいかない。

 近い内にこの家で、テックの誕生日パーティーを開くことになっている。
 デスタを招待することは決まっているから、この日にわたしはデスタとの婚約を破棄することに決めた。

 きっと、わたしは家を追い出されることになるでしょう。

 でも、それでも良い。
 お父様の駒のままでいたくない。
 家を出るまでに、出来る限りの恩返しはさせてもらう。

 テックとお姉様のことは気がかりだけど、お姉様はロビースト様と結婚したいみたいだから、お父様の邪魔にはならないはず。

 テックの誕生日パーティーまでに、この家を出ていく段取りをしなくちゃいけない。

「どうするつもりだ?」
「お父様にお話するつもりはございません」

 冷たく言い放ったあと、テックを促して、その場を離れる。

「セフィリアお姉様」
「……ごめんなさい。嫌な話を聞かせてしまったわね」
「いえ、いいんです。ただ、これだけ言わせてください」

 テックはわたし達の部屋がある方向に一緒に歩きながら、顔を下に向けて話を続ける。

「フィーナお姉様はダイエットなんてしてません」
「……え?」
「セフィリアお姉様の前ではダイエットしているふりをしているだけで、セフィリアお姉様が出かけている間は、ずっと食べているんです。それを、ロビースト様や父上は知っているんだと思います。あの、別に僕は父上の肩を持ちたいわけではありません。ただ、フィーナお姉様の言葉を全面的に信用しないでください」
「わかったわ。教えてくれてありがとう」

 その後、わたしの部屋で、これからのことについてテックに話しておくことにした。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

処理中です...