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14 痛いじゃないか? ごめんなさい。手が滑って…

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「ザック様! どうしてここに!? まさか、ルキア、やっぱり浮気をしてるのか!? 僕にはあれだけ文句を言っておいて、どうなんだよ!」

 ミゲルは嬉し不機嫌そうな顔をして、私とザック様を指差した。

 すると、ザック様の後から、側近の人が出てきて、ミゲルに言う。

「私もおりましたので、ザック様とルキア様の2人きりではありませんでしたが…」
「そ、そ、そんな3人でだなんて!?」
「あなたの思考は本当にどうなってるのよ」

 大きく息を吐いて尋ねると、ミゲルはなぜか頬を赤く染めながら答える。

「そりゃあ、僕は男だからな。色々と考えるさ」
「僕も男性だが、君と一括ひとくくりにされたくないから、言葉は選んでくれ」

 ザック様はこめかみを押さえながら言った後、手を下ろして、ミゲルに向かって続ける。

「ところで、君が浮気していないという無実を証明できる証拠は持ってきたのか?」
「そ、それは、ザック様には関係ないじゃないですか!」
「じゃあ、私が聞くわ。証拠は持ってきたの?」

 私が尋ねると、ザックは焦った表情になる。

「そ、それは…。もういいだろう、時効だよ」
「こんなに早くに時効をむかえる訳がないでしょう」
「僕の中では時効なんだ。かなり、反省もしたよ」
「反省している様には見えないし、反省したからって何もかも許される訳ではないでしょう。爵位を継ぎたかったなら、あなたは浮気なんかすべきじゃなかった。もちろん、私への暴言なんてもってのほかだわ」
「君が何に怒っているのか教えてくれないか?」
「はあ?」

 ミゲルの言葉に、私だけでなく、ザック様まで聞き返した。

「だって、僕の事をあの時の君は好きではなさそうだし、僕が浮気しても良いと思っていただろう?」
「あの時だけじゃなくて、今も現在進行系で好きではないわ」
「そんなに意地を張らなくていいんだよ。ほとんどの女性は僕に笑いかけられると夢中になってしまうからしょうがない」
「あなたの言う、ほとんどの女性の中に私は入ってないから」
「君は自分が僕の中で特別だと勘違いしているのかな? まあ、最近の君は可愛くなったと思うよ」
「……ありがとうございます」

 どうしてだろう。
 全然、嬉しくない。
 
 お礼を言われて、気分を良くしたのか、ミゲルが言う。

「だから、許してあげるよ」
「は?」
「許してあげるから、今までの無礼を僕に詫びなよ」
「どうしてっ」

 私が!
 と言いかけて止めてから言い直す。

「どうして私が謝らないといけないんですの?」

 突然の口調の変更に、隣に立っていたザック様が驚いた顔をして私を見た。

 こうなったら、私なりの令嬢を演じるしかない。

「君が意地を張るから、こんなに大袈裟な事になったんだ。ザック様まで巻き込んで、人騒がせなんだよ」
「ザック様を巻き込んだ事に関しましては申し訳なく思っておりますが、わたくしには、ミゲル様が私と仲直りしたい理由がわかりませんの。どうしてですの?」
「そ、それは…、君の良さに気付いたから」
「……は?」
「今までは暗そうだし、そこにいるだけでじめじめした気分になって、不快な気持ちにしかならなかった。だけど、今の君は違う!」

 中身が別者だからよ。

 半眼でミゲルを見た時、ザック様が私に向かって言う。

「もういい。彼は練習台にならない。全然話にならないじゃないか。僕が悪かったよ」
「ザック様は悪くありませんわ。結局、わたくし、どうしたらいいんですの?」
「とにかく、君は普通に話してくれ」
「お茶会はこの話し方でいこうと思っているのですが、おかしいでしょうか?」
「おかしくはないが、君の普段の話し方を知っていると落ち着かない」

 ザック様は困った顔をして言ってから、ミゲルの方を見る。

「今までは爵位目当てだったが、今はルキア嬢に興味があるという事か?」
「そうです。僕の妻ですから!」
「ルキア嬢は君を許さないと言っている」
「浮気なんてしていません。浮気は気持ちが他の女性に動いた事だと思います」

 得意げな表情で答えるミゲル。

 何を偉そうに言ってんのよ!
 それに私が別れたい理由は浮気が一番の理由じゃない。
 ルキアに対しての失礼な態度と発言だ。
 もちろん、浮気も許さないけど。

「君はルキア嬢を部屋から追い返したんだろう?」
「その時は、ルキアを抱くなんて、ありえないと思っていました。ですから、浮気ではありません」
「は?」

 私とザック様は聞き返すタイミングがよく重なる。

 というか、ミゲルがそれだけ訳のわからない事を言うからだけど。

「配偶者がいるのに、他の女性に手を出したら浮気だろう? 少なくとも、ルキア嬢は浮気だと思っている」
「男の浮気を許すのも女性の役目ですよ」
「それは」

 ザック様が言い返そうとしたけれど、その前に、私の足が前に出てしまった。

 よろけたフリをして、ミゲルの足を思い切り、ヒールで踏みつけてやった。

 だって、あまりにもイライラするんだもの。

「い、痛いじゃないか!」
「ごめんなさい。手が滑って…」
「手が滑るって! 僕の足を踏んだのは君の足じゃないか!」
「えーと、じゃあ、足が滑って?」

 ミゲルの足を踏みつけたまま、首を傾げると、彼が私の肩をつかもうとしたので、慌てて足を退けて、ミゲルから距離を取ると、ザック様にぶつかった。

「申し訳ございません」
「かまわないが、先程の行動は軽率だぞ」
「ザック様がいらっしゃいますので、つい」
「まったく…」

 ザック様が呆れた顔で、ため息を吐いた時だった。
 ミゲルが声を震わせながら尋ねてくる。

「ルキア…、君は、ザック様の事が好きなのか?」
「はあ? いきなり、何を言い出すの?」
「そう思われても仕方がない行動をとっているからだよ!」

 ミゲルはザック様の方に顔を向けて続ける。

「ルキアは渡さないぞ! ザック様、どちらがルキアにふさわしいか勝負しましょう! 決闘ではなく、ルキアを先に好きにならせた方が勝ちです!」
「何を考えてるのよ!?」

 驚いて聞き返したけれど、ザック様は少しだけ思案した後、側近に向かって言う。

「駄目元で用意していたものがあるだろう?」

 側近の人はザック様の言葉に頷き、持っていた黒いカバンの中から、クリップボードを取り出した。

 クリップボードには折り曲げられた紙とペンがはさまっている。

「僕と君との勝負で、彼女への強制力がないというのならいいだろう。そのかわり、僕の願いを一つきいてくれ」
「何でしょうか?」
「これにサインをしてくれないか」

 側近の人はクリップボードからペンを外し、ミゲルに手渡してから、クリップボードを渡した。

「ここにサインをすればいいんですね?」
「ああ。悪いな。だけど、無理強いしているわけではないからな?」
「わかってますよ。自分の意思で書いています」
「二言はないか?」
「ありません」

 ミゲルがサインをすると、側近が紙を受け取り確認した。

「サインされています。そして、自分の意思で書いたという発言も確認いたしました」

 ザック様を見て、側近が首を縦に振る。

「ルキア嬢、君も聞いたな?」
「…はい」
 
 ザック様が今いち何を考えているのかわからなくて、困惑しながらも頷いた。

「ミゲル、ありがとう。今日のところはこれで終わりにしよう。人の気持ちをどうこうする事に勝負だとか言いたくないが、お互いに同じ立場で頑張ろう」
「僕はルキアの夫ですから、有利なのは僕です」

 得意げにするミゲル。
 そんな彼に微笑した後、ザック様は私を促す。

「さあ、話をしたい事があるから、中に戻ろう」
「あ、はい」

 私が頷くと、ザック様は無言で側近の方を見た。
 すると、彼はクリップボードから紙をはずし、ザック様に手渡す。

 不自然に折り曲げられた紙を見て、ザック様は満足そうに頷く。

「うん。ちょっと悪役みたいだけど、一応、意思確認はしたからいいだろう」

 そう言って、ザック様は紙を私に手渡してから、ミゲルに手を振る。

「じゃあ、これからはライバルとしてよろしく。それから、ルキア嬢との離婚届にサインしてくれてありがとう」
「え!?」

 ミゲルが聞き返したと同時、バタンと扉が閉まり、ミゲルの姿が見えなくなった。
 素早く、騎士が扉の鍵を締める。

 ザック様が私に渡してくれたのは離婚届だった。
 フォーマットは日本のものに似ていて、下に署名欄がある。
 上の方は見えない様に折り曲げられていて、署名のところだけを見せて、ミゲルに書かせたみたいだった。

 日本のようなハンコ文化ではないので、この国は署名だけで良い。

 ある意味、詐欺かもしれない。
 だけど、ザック様はミゲルに確認をしたし、署名する前に、ちゃんと確認しなかったのもミゲルだ。

 というか、普通の人なら、こんな手に引っかからないだろうし、ミゲルが馬鹿で助かった。
 
「君が必要事項を記入して提出してしまえば、離婚は成立だ。おめでとう、ルキア嬢」

 ザック様がにこりと笑った。

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