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11 女伯爵になるつもりなのか? 継がせる訳にはいきません

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 トルマリア公爵家は、在位中の陛下の従兄弟が当主の為、歴史的には浅いけれど、貴族内の地位は高い。
 その家の次男であるザックは、親譲りの漆黒の髪に褐色の瞳を持つ、モデル体型の美青年だ。
 白のシャツに首元には細い赤のリボン、黒のパンツに身を包み、前髪は額におろしていて、髪型はツーブロック。
 少し、釣り上がり気味の目だけれど、整った顔立ちである事と、言葉使いや態度が少し乱暴な為、一部の女子生徒からは、ちょっと変わった公爵令息として人気があった。
 
「どうして、こんな所に…?」

 私が尋ねるより先に、ミゲルが焦った表情で尋ねた。
 ザック様は彼に視線を移して答える。

「レイング伯爵に用事があってきたんだ」
「レイング伯爵に? 公爵家のあなたがですか?」
「公爵家といっても、僕は次男だからな。それに、君達の結婚についてのお祝いを言おうと思ったんだが、どうやら、離婚するらしいな」
「そんな事、誰も言ってませんよ!」
「離婚します!」

 ミゲルと私の言葉が重なった。
 ザック様はキョトンとした後、私の方を見て聞いてくる。

「別れたいんだよな?」
「別れたいです」
「まあ、あんな事をされたら、すぐにでも別れたくなるよなあ」

 ザック様は胸の前で腕を組み思案顔になった後、私に向かって聞いてくる。

「少し話をしたいんだが、時間はあるか?」
「あります!」

 頷くと、ミゲルが割って入ってくる。

「僕も同席します」
「君は同席しなくていいよ」

 しれっとザック様が断ったけれど、ミゲルも食い下がる。

「妻と他の男性を2人きりにするわけには…」
「僕が人妻に手を出すような男だと言いたいのか?」
「そういうわけでは…」
「なら、いいだろ?」

 ザック様はミゲルににこりと笑ってみせると、私に向かって言う。

「どこで話す?」
「応接室にご案内します」

 私が答えると、メアリーが慌てて、ザック様に言う。

「ご案内致します!」

 メアリーが先導して歩き始めたので、ザック様と私も歩き出すと、ミゲルが叫ぶ。

「ルキアの話すことを信じないで下さい! 彼女は嘘をつくんです!」
「それはっ」
「無視しろ。相手にしても無駄だ」

 言い返そうとした私に、ザック様が言った。

「…はい」

 素直に頷くと、ザック様は無言で、それでいいと言わんばかりに首を縦に振った。

 どうして、ザック様がここにいるんだろうか。
 お父様はザック様と何を話したんだろう…。

 ミゲルはさすがに追いかけては来なかった。
 次男とはいえ、公爵令息に歯向かう勇気はなさそうだった。
 応接室に入り、ミゲルという邪魔が入らない様に、部屋の前を騎士に見張ってもらい、話をする事になった。

 メアリーはお茶をいれてくれた後、ザック様が2人で話したいというので、今は部屋の外で待ってくれている。

 ローテーブルをはさんで、ソファーに向かい合って座り、お茶を一口飲むと、ザック様が口を開く。

「君のお父上から、助けてくれと言われた」
「えっ!?」

 意味が分からなくて聞き返すと、ザック様は言う。

「学園に通っていた頃、助けてくれたのは僕しかいなかったって本当か?」
「……はい」
 
 ルキアの記憶では、仲間はずれにされたり、机の中にゴミを入れられたり、学園では嫌な思いばかりしていた。
 だけど、お父様にいじめられていると知られたくないから、学園に通っていた。

 ザック様はクラスも違ったけれど、学年は同じだったから、廊下ですれ違うような事はあって、彼女がいじめられているシーンを見る事があれば、間に入ってくれていた。

 何度か、ザック様は自分から、教師の方にいじめについて言おうかと言ってくださったけれど、ルキアは毎回断っていた。

 先生に言っても、エスカレートするだけだからと。

「あと、君の性格が変わったというのは?」
「それも本当です」
「ここに来る前に君の評価を、屋敷のものに調べさせたし、僕の友人達にも聞いたんだが、あまり、いや、良い話を聞かなかった。それでも、女伯爵になるつもりなのか?」
「ミゲルに継がせる訳にはいきません」

 これだけは譲れないので答えると、ザック様が頷く。

「その気持ちはわかる。君に酷いことを言ったらしいな」
「継がせたくない理由はそれだけではないですけど」
「僕は次男だし、独身で婚約者はいない」
「はい? えっと、そうなんですか?」
「そうだ。だから、わりと自由に動く事が出来る。君のお父上が昨日の夕方に、僕の家にやって来て、床に額をこすりつけてお願いしてきたんだけど、何をお願いしてきたかわかるか?」
「まさか…」

 お父様が何をお願いしたかわかって、ザック様を見ると、彼は苦笑して答える。

「というわけで僕が力を貸そう。相手がこんな事を言われたら傷付くかもしれないと考える事の出来ない人間は好きじゃない」
「私としては本当に有り難い話ですが、私を庇う事によって、ザック様の評判が悪くなりませんか?」
「どうだろうな。君次第じゃないか?」
「私次第?」
「昔の君では、スタートラインにも立てなかった。だけど、今の君はスタートラインに立ってる。でも、目の前に偏見という障害物があって走り出せない。その障害物を僕が荒い方法ではあるが取り除く。でも、今以上に辛い道を歩かないといけない。その覚悟はあるか?」

 ザック様が厳しい表情で尋ねてきた。
 
 私だって、今更、後には引けない。

「覚悟はあります」

 後ろにこけるんじゃなく、前にこけるならそれでいい。
 
 そう思って答えると、ザック様は表情を緩めた。

「良し。じゃあ、一緒に頑張ろうか。あ、そういえば、ミゲルの話なんだけどさ」
「何でしょう?」
「離婚届にサインは、今の状況の彼ではしないと思う」
「そんな感じがします」
「彼が書かざるを得ない状況に持っていく事にしないといけない。今の状況では、裁判に持ち込んでも、ミゲルに有利だ」
「どういう事です? 浮気したのは向こうですよ」
「この国の貴族社会は愛人は許されてる。という事は浮気にも甘い。何より、裁判官は男性が多い」
「一度や二度の浮気ぐらい許してやれ、と言われる可能性があるんですね」
「ひどい場合は、浮気をさせた君に原因があると言い出しかねない」

 日本でもそういう事を言う人もいたし、この世界でそうあってもおかしくないという事か。
 特にこの世界は男尊女卑が酷い傾向にある。

「とにかく、ミゲルに付きまとわれるのは迷惑なので、彼を家から出て行かせる方法を考えようと思うんですが」
「そうだな。さて、どうしようか」

 ザック様が頷き、思案顔になった。
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