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6  どうして僕の言うことをきかない? 自分で判断するから

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「どうして、私があなたの言う事を、何でも、はいはいって言うと思うわけ? それが信じられないんだけど。あと、あなた、モラハラって知ってる? …って、ああ、こっちの世界にはないのか。パワハラもないみたい!」

 ルキアの記憶から探り出してみたけれど、この世界では、モラハラもパワハラも、今の日本の様に重視されている問題ではなさそう。

 貴族社会という明らかな差別があるからかな?

「何を訳のわからない事を言ってるんだ…? ああ、そうか。頭がおかしくなってるんだったね。まあ、いい。僕と一緒に来るんだ」
「どこに行くのよ」
「君のお父上のところだよ!」

 ミゲルがイライラした様子で声を荒らげた。

 いや、書類上はあんたも義理の息子だよ。
 婿入りは養子縁組していないんだっけ?
 なら、離婚しやすいわよね。
 婿養子だと、私と離婚しても、養子縁組を解消しない限り息子って事だろうし。

 そういう他人行儀な態度だから、お父様に怪しまれたんじゃない?
 彼を連れて行っても良い事はなさそう。

「お父様の所には私1人で行くわ。子供じゃないから」
「2人で行かないと意味がないんだよ!」

 ミゲルは休憩室に入ってくると、私の腕をつかんで叫ぶ。

「本当は君の腕なんか触りたくないんだよ。どうして、僕の言うことをきかないんだ?」
「私だって触られたくないから手をはなしてくれない? 1人で行けるって言ってるでしょう。あと、あなたの言うこととをきくかきかないかは、自分で判断するから」

 ミゲルが手をはなす前に自分で振り払ってから、先に休憩室を出て、調理場にいる人達に声を掛ける。

「お騒がせしてごめんなさい」

 謝ってから、とっとと調理場を出ると、ミゲルが追いかけてきて、横に並んで歩きながら言う。

「一体、どうしたって言うんだ? 反抗期にしては遅すぎるだろう」
「どうしたもこうしたもないわよ。あなた、親にどんな教育をされてきたのよ。結婚初日に妻以外の女、じゃない、妻以外の女性を寝室に連れ込むなんてどうかしてるわ」
「…怪しまれたら困ると思ったんだよ」
「怪しまれる? 誰に? 怪しまれるも何も、夜勤のメイドは知ってるわよ!」
「それなら大丈夫だよ。口止めしてあるから、告げ口される事はない」

 得意げに言うミゲルに呆れてしまい、話をするのも面倒になってきた。

 お父様に全部、話そう。 
 結婚初日に他の女とイチャイチャする様な夫などいらん。
 いや、いりません、と。

 何より、爵位を譲るなんてありえない!

 ルキアは体力が本当になくて、屋敷の中を少しウロウロしただけで疲れてしまう。

 何とか、お父様の部屋にたどり着かないと…。

 息は荒くなってきたし、足取りも重くなった。
 すると、それを見たミゲルが叫んだ。

「おい! 誰かいないか! ルキアの体調が悪そうだ! 誰か部屋まで運んでやってくれ!」

 余計なお世話だ。
 何より、あなたの身体は大きいんだから、人を呼ばなくても、私の身体くらい運べるだろうに…。

 ああ、でも駄目だわ。
 この男に抱き上げられたくない。
 何より、今はそんな場合じゃない。

「どうかなさいましたか、若奥様!」

 若くて身体の大きなフットマンがやって来て、心配そうに声を掛けてきた。

「若奥様はやめて。今まで通りでいいわ」
「ですが…」
「そんな事はいいんだ! 彼女を部屋まで運んでやってくれ」
 
 ミゲルがフットマンに命令する。

 ミゲルの奴、私が協力しないとわかったから、お父様に会わせない様にしようとしている!

 このまま、ミゲルの思う通りにはさせないわ!

 そう思って、フットマンの顔を見上げる。
 
 ああ!
 フットマンの名前が思い出せない!
 でも、ルキアは彼に悪い印象は持っていない。
 という事は、彼はルキアにとっては、良くも悪くも無害だったという事。

 なら、意地悪はされないでしょ。
 普通の人間は意地悪なんてしないし、何より、私は雇い主の娘だから、敵に回そうとは思わないはず。

「ごめんなさい。お願いがあるんだけど」
「何でしょうか?」
「私をお父様のいる所まで連れて行ってくれない?」
「承知」

 フットマンが言い終える前に、ミゲルが叫ぶ。

「駄目だ! 彼女は体調が悪いんだ! 部屋に運んであげてくれ」
「心配しないで。体調が悪いのは彼よ」
「僕は体調が悪くなんかない!」
「悪いわよ、頭が。病院に行った方がいいわ。あ、勉強が出来ないとかいう頭の悪さじゃないわよ? 本当に19歳なのか心配になるレベルの常識のなさって事よ?」
「な、な、何だって!?」 

 怒りで顔を真っ赤にするミゲル。
 相手にしていられないので、フットマンを急かす。

「とにかく、この人は無視していいから、申し訳ないけれど、私をお父様の所へ連れて行って!」
「承知いたしました! 失礼いたします!」

 フットマンは私を抱き上げると、お父様の部屋に向かって、早足で歩き出した。

 お姫様抱っこなんて、普通はときめく場面だけれど、そんなロマンティックなものは感じられない。

 パンプスが脱げそうになったので、脱がせてもらい、お腹の上で抱える。

「ごめんね、重くない?」
「いいえ! とんでもございません!」
「おい、駄目だ、待て!」

 ミゲルが追いかけてきて、フットマンの肩をつかもうとしたので、私はフットマンの肩にしがみつき、持っていたパンプスを彼の顔にめがけて投げた。
 なぜ投げたかというと、殴ろうと思っても届かないからだ。
 それだけミゲルの背が高いのだ。

 うまいこと、パンプスのヒールの部分が彼の目に当たり、ミゲルはその場にしゃがみ込んだ。
 そうこうしている内に、お父様のいる執務室に着いたので、フットマンが私を廊下の柔らかなカーペットの上におろしてくれた。

「ありがとう、助かったわ」
「お役に立てて良かったです」

 礼を言っていると、ミゲルが私達に追いついた。

「ルキア、僕も一緒に入るから」
「入らなくていいわよ。あなたがいると、話がややこしくなりそうだから迷惑だわ」

 吐き捨てる様に答えると、ミゲルはパンプスを私に投げつけてきた。
 それを受け止めて、靴を履く。
 私が何か言い返す前に、扉が開き、お父様の側近が顔を出したのだった。
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