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44 懲りない男②
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フィルと一緒にメイドに案内されたのは、わたしも何度か訪れたことのある応接室だった。
すでにリアド辺境伯は部屋の中にいて、向かって左側の黒い革張りのソファに座っていた。
その向かい側にはアフック様と見知らぬ女性が座っている。
アフック様はわたしの姿を見て、びくりと体を震わせた。
あんなに偉そうにしていたのに、セルロッテ様に怒られただけで大人しくなっているのね。
もっと早くにセルロッテ様が関わってくれていれば、多くの被害が防げたのかもしれない。
そんな風に思いながらも、関わっていたけれどもみ消していたことを思い出して複雑な気持ちになった。
「ど、どうして君がここに」
「アフック様、余計なことや失礼なことを言うようでしたら、この部屋から追い出してもらいます。それから、セルロッテ様にもご報告いたします」
「そ、それは待ってくれ!」
アフック様は中腰になって訴えてくる。
「あなたから連絡があった時点で、エルモード伯爵家から除籍すると言われているんです」
「リアド辺境伯から呼ばれて、わたしはここに来ただけですから、先程も言いましたように余計なことや失礼なことを言わなければ報告はいたしません」
冷たい声で応えると、アフック様は葛藤するように目を彷徨わせてから口を閉ざした。
「アフック様、どうかなさいましたか?」
アフック様の隣に座っている、金色の髪をシニヨンにした細身の若い女性が心配そうな顔をして話しかけた。
「いや、それは」
アフック様が言葉に詰まったその時、リアド辺境伯がフィルに尋ねる。
「フィル、お前はここにいる女性に心当たりはあるのか」
「……いいえ」
フィルは女性の顔を見て確認したあと、首を横に振った。
整った顔立ちの女性で、雰囲気はルララ辺境伯令嬢に似ているような気がする。
でも、わたしも見たことのない顔だと思ったので、貴族だとしても、あまり社交場には顔を出していないのかもしれない。
ピンク色のドレスに身を包んだ女性は、正面に座ったわたしの視線に気がついて、にこりと微笑んできた。
やはり、思い出せない。
無言で隣に座るフィルを見ると、彼も困惑したような表情を浮かべていた。
すると、リアド辺境伯が話し始める。
「そこにいる女性はヒスティー嬢と言う。平民らしい」
平民とアフック様がどうして一緒にいるのかしら。
アフック様は平民を嫌っていそうなのに。
わたしとフィルが無言で先を促すと、リアド辺境伯はとんでもない話を教えてくれた。
「ヒスティー嬢はフィルと体を重ねたと言っている。しかも、ここ最近だったか?」
「はい。アルミラ様との婚約が決まったあとですわ」
ヒスティー嬢は恥ずかしそうに頬を赤く染めて頷いた。
「息子は君を知らないと言っているが?」
「アルミラ様の前では真実を話せないのでしょう」
自信満々の表情を浮かべるヒスティー嬢だけれど、これだけでわたしが彼女の言葉を信じるわけがない。
わたしが口を開く前に、フィルがヒスティー嬢に話しかける。
「俺は君のことを知らない」
「何を言っていらっしゃるのです。あんなにも熱い夜を何度も過ごしたではありませんか」
「君はそうなのかもしれないが相手は俺じゃない」
「私はあなただと思っています」
自信を持って否定するフィルに、ヒスティー嬢も怯む様子は見えない。
フィルが嘘をついているとは思えない。
先程からアフック様が焦った顔をしているので、余計にフィルを信じることができた。
リアド辺境伯に許可をとってから、ヒスティー嬢に話しかける。
「ヒスティー嬢に聞きたいことがあるのだけど」
「何でしょうか」
「あなたが嘘をついていた場合、どうなるのか理解はされていますわよね?」
「そ、それは、はい、わかっています」
ヒスティー嬢は助けを求めるかのようにアフック様を見た。
けれど、アフック様は彼女と視線を合わせない。
「アフック様、あなたはわたしに内緒でフィルを脅すつもりだったのですか?」
わたしの問いかけにアフック様は悔しそうに唇を噛んだのだった。
すでにリアド辺境伯は部屋の中にいて、向かって左側の黒い革張りのソファに座っていた。
その向かい側にはアフック様と見知らぬ女性が座っている。
アフック様はわたしの姿を見て、びくりと体を震わせた。
あんなに偉そうにしていたのに、セルロッテ様に怒られただけで大人しくなっているのね。
もっと早くにセルロッテ様が関わってくれていれば、多くの被害が防げたのかもしれない。
そんな風に思いながらも、関わっていたけれどもみ消していたことを思い出して複雑な気持ちになった。
「ど、どうして君がここに」
「アフック様、余計なことや失礼なことを言うようでしたら、この部屋から追い出してもらいます。それから、セルロッテ様にもご報告いたします」
「そ、それは待ってくれ!」
アフック様は中腰になって訴えてくる。
「あなたから連絡があった時点で、エルモード伯爵家から除籍すると言われているんです」
「リアド辺境伯から呼ばれて、わたしはここに来ただけですから、先程も言いましたように余計なことや失礼なことを言わなければ報告はいたしません」
冷たい声で応えると、アフック様は葛藤するように目を彷徨わせてから口を閉ざした。
「アフック様、どうかなさいましたか?」
アフック様の隣に座っている、金色の髪をシニヨンにした細身の若い女性が心配そうな顔をして話しかけた。
「いや、それは」
アフック様が言葉に詰まったその時、リアド辺境伯がフィルに尋ねる。
「フィル、お前はここにいる女性に心当たりはあるのか」
「……いいえ」
フィルは女性の顔を見て確認したあと、首を横に振った。
整った顔立ちの女性で、雰囲気はルララ辺境伯令嬢に似ているような気がする。
でも、わたしも見たことのない顔だと思ったので、貴族だとしても、あまり社交場には顔を出していないのかもしれない。
ピンク色のドレスに身を包んだ女性は、正面に座ったわたしの視線に気がついて、にこりと微笑んできた。
やはり、思い出せない。
無言で隣に座るフィルを見ると、彼も困惑したような表情を浮かべていた。
すると、リアド辺境伯が話し始める。
「そこにいる女性はヒスティー嬢と言う。平民らしい」
平民とアフック様がどうして一緒にいるのかしら。
アフック様は平民を嫌っていそうなのに。
わたしとフィルが無言で先を促すと、リアド辺境伯はとんでもない話を教えてくれた。
「ヒスティー嬢はフィルと体を重ねたと言っている。しかも、ここ最近だったか?」
「はい。アルミラ様との婚約が決まったあとですわ」
ヒスティー嬢は恥ずかしそうに頬を赤く染めて頷いた。
「息子は君を知らないと言っているが?」
「アルミラ様の前では真実を話せないのでしょう」
自信満々の表情を浮かべるヒスティー嬢だけれど、これだけでわたしが彼女の言葉を信じるわけがない。
わたしが口を開く前に、フィルがヒスティー嬢に話しかける。
「俺は君のことを知らない」
「何を言っていらっしゃるのです。あんなにも熱い夜を何度も過ごしたではありませんか」
「君はそうなのかもしれないが相手は俺じゃない」
「私はあなただと思っています」
自信を持って否定するフィルに、ヒスティー嬢も怯む様子は見えない。
フィルが嘘をついているとは思えない。
先程からアフック様が焦った顔をしているので、余計にフィルを信じることができた。
リアド辺境伯に許可をとってから、ヒスティー嬢に話しかける。
「ヒスティー嬢に聞きたいことがあるのだけど」
「何でしょうか」
「あなたが嘘をついていた場合、どうなるのか理解はされていますわよね?」
「そ、それは、はい、わかっています」
ヒスティー嬢は助けを求めるかのようにアフック様を見た。
けれど、アフック様は彼女と視線を合わせない。
「アフック様、あなたはわたしに内緒でフィルを脅すつもりだったのですか?」
わたしの問いかけにアフック様は悔しそうに唇を噛んだのだった。
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