辺境伯令息の婚約者に任命されました

２９ 旅行しましょう

　ガレッド様との一件の後、近くの既製品の服が売っている店に入り、アイリス様の着替えを買い、着替え終えたあとは、カフェに入って、私の考えていることをアイリス様に話した。

「大事な思い出の品を取りに行くだけです。あと、一応、ムートー子爵家が今、どんな状態かを見てみたくて」
「クレア様がそう仰るなら良いですけど……」
「アイリス様にあんなことをしたんですから、このままでは、気付いた時には手元に置いておきたいものがなくなっている可能性もあります。やはり、写真や遺品になるものは持っておきたいんです。それに、ただ普通に取りに戻るのは嫌だったんですよ。やっぱり帰ってきたくなったのか、とか、言われそうで腹が立つので」

　アイリス様は完全に納得してくれたわけではなさそうだったけれど、渋々ながらも認めてくれた。
　ただ、リアム様には騎士達のミス以外は絶対に話をする、と言われてしまったので、そこはお任せすることにした。
　馬鹿を排除してもらうには、権力が必要だと思うし、どうしようもなくなった時は頼らせてもらおう。
　アイリス様にかけられたものは、どうやら水のようだったけれど、公爵夫人にそんな事をしたんだから、爵位を剥奪されてもおかしくない。
　公爵夫人の顔を知らない時点で、もう終わりよね。

「クレア様の判断をイーサン様は納得されるでしょうか」
「ちゃんと話をしてから出ようと思います。納得するかはわかりませんけど……」

　結局、買い物などはせずに、カフェを二軒ほどまわって、お話するだけで、アイリス様とは別れた。
　家に帰ってから、イーサンに早速、報告することにして、私の部屋で事情を説明すると、イーサンは口をへの字に曲げて、私に何か言うのを我慢しているようだから、苦笑して話しかける。

「ごめんね、イーサン。すぐに戻るわ」
「すぐっていつだ？　明日？」
「明日は無理ね。だって、出発するのが明日以降だから。出たあとに帰る日にちはまた、連絡するわ」
「嫌だ」
　
　イーサンは荷物をつめていた私の前に立つと、続きをさせないと言わんばかりに、しゃがんでトランクケースをしめてしまった。

「行かせない」
「イーサン、急いでるの。退いてくれる？　言ったでしょう？　私もムートー家に用事があるの」
「嫌だ。そんなのクレアの勝手だ。俺には関係ない」
「ワガママ言わないでよ」
「ワガママ言ってるのはクレアだ！」

　イーサンが辛そうな顔をして叫ぶから困ってしまう。

「なるべく早く帰るようにするから」
「嫌だ！　絶対に嫌だ！　クレアと離れたくない！」
「イーサン、あなたが戦地に行ってた時は離れ離れだったじゃない」
「それは仕事だし、皆のためだ！」
「じゃあ、私も仕事だと思ってちょうだい」
「仕事じゃないだろ」

　イーサンが絶対に譲らないと言わんばかりの意思の強い瞳で見つめてくる。

　このままでは行かせてくれそうにないわね。
　というか、イーサンが止めてくる理由が私と離れたくないだけなら……。

「イーサン、一緒に旅行しましょう」
「……旅行？」
「そう。ムートー子爵家までは遠いから、一緒に行ってくれる？」
「旅行……。婚前旅行？」
「違うわよ。普通の旅行。一緒に行くなら離れ離れにならないでしょ？」

　イーサンは少し考えてから、表情を難しいものから嬉しそうなものに変えて頷く。

「わかった。俺も一緒に行く。それなら、ムートー子爵にクレアをとられないよな？」
「一緒に行かなくてもとられないわよ。あと、イーサン、申し訳ないけど、リアム様にはムートー子爵への処置を遅らせる様に頼んでくれない？　今、潰されると困るの」
「わかった」

　イーサンは頷くと、リアム様に連絡を入れてくれるためか、上機嫌で部屋を出ていった。

　別に一人でムートー家に帰ってこいと言われてもいないし、あんな卑怯なやり方をされたのだから、イーサンと一緒に戻っても大丈夫でしょ。
　文句言われたら、ぶん殴ればいい。
　いや、イーサンにボコボコにしてもらえばいいだけよね。

　ポジティブに考えよう。
　ガレッド様とも、何日か後には、すっきりと縁が切れるんだから。
　それにしても、あんなくだらないこと、ガレッド様が考えたのかしら？