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23 一人がいいわ

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「いたい……っ!」

 声にならない声をあげて、ガレッド様は頬をおさえて涙目になった。

「痛かった? 誰かを恨むなら、あなた自身と、この本の著者を恨んでね?」

 イーサンのことで色々と頭を悩ませる原因を作った、この本の著者への恨みが、私に暴力をふるわせるきっかけを作ったのだと思いたい。

 あくまでもきっかけで、本がなくても我慢ができなくて、今、自分の手に持っているハンドバッグで殴っていた可能性もあるけど、それはそれだ。

 もちろん、暴力は良くないとはわかっている。

「クレア、その本の著者は……」
「イーサン、話は後で聞くわ」

 イーサンの言葉を遮ってから、私はガレッド様に言う。

「私はあなたの元へは戻らないから。今の居候生活を楽しんでるのよ」
「クレアはただの居候じゃないぞ! 動物には優しくて、御飯係なんだ!」
「イーサン、ちょっと黙ってて」
「ごめんなさい」

 イーサンはガレッド様を壁に押し付けたまま、しゅんと肩を落とした。

「クレア、君は辺境伯の妻だなんて、本当はなりたくないんだろ? 俺の元に帰ってくれば、昔ほどの贅沢は無理だが楽しくは暮らせる。これからは君を大事にする。頼むからチャンスをくれないか」
「どうして私があなたにチャンスを与えないといけないのよ。それに、昔ほどの贅沢って何よ。あんたのご両親が亡くなってからは贅沢した覚えなんてないわよ」
「だから、昔みたいにだよ!」
「あんたって本当に最低な男ね!」
「クレアが帰ってきやすいように、レーナも自分の家に帰ってもらった。屋敷の使用人も、みんな、クレアが帰ってくることを望んでいるんだ!」

 ガレッド様は必死に訴えてくる。
 この男、自分がどれだけ私に酷いことをしたかという自覚が全くないのね!

「あなたは自分のことしか考えていない! だから、そんなあなたには私だって、相応の対応をさせてもらうわ! 私はあなたを見るのも嫌なのよ! だから、もう私に構わないで!」

 言いたいことを言ったあと、なぜか不安げな顔をしているイーサンに声を掛ける。

「行くわよ、イーサン!」
「ああ」
「クレア、頼む! 手遅れにならない内に帰ってきてくれ!」

 ガレッド様を路地裏に残し、早足で明るい通りに戻ると、横に立ったイーサンが浮かない顔をしたままだということに気が付いた。

「イーサン、どうしたの?」
「クレアは辺境伯の奥さんにはなりたくないのか?」
「は?」
「さっき、ムートー子爵の言葉を否定しなかった」

 イーサンが私の手を取って続ける。

「クレアに嫌われたくないけど、俺は家族も大事だから……」
「今更、辺境伯になりたくないだなんて言い出したら、私は、そんなことを言うイーサンの方が嫌いよ。だから、安心して?」
「本当か!? ムートー子爵の家には帰らない!?」
「もちろん」
「俺と一緒のお墓に入ってくれるのか?」
「それは1人がいいわ」
「そんな……!」

 遠慮なく、お断りさせてもらうと、イーサンはぎゅうと私の手を強く握った。

 ん? 握った?
 その瞬間、痛みが手を襲う。

「痛い! 痛い! 手をはなして!」

 指の骨をへし折られる前に、なんとか回避したけど、ものすごく痛い。
 骨にヒビが入ってなければいいけど……。

「すまない、クレア! 病院に! いや、治癒師を呼ぼう!」
「大丈夫、落ち着いて、イーサン!」

 あたふたするイーサンをなだめてから、指を動かして、いつも通りに動くか確認すると、動きはするけど痛みが走った。

 握られた左手はあまり使わないようにしよう。

「とりあえず大丈夫そうだから、これから気を付けてちょうだい。ところで治癒師で思い出したけど、ライトン様の所へはいつ行くつもり? 私も一緒に行きたいから行く時には声をかけてくれる?」
「十日後くらいには行くつもりだけど、あ、クレア、その本の著者だが」
「あ、持ったままだったわね。というか、イーサンの本なのにごめんなさい」

 人の本でガレッド様を殴ってしまったことを思い出して謝ると、イーサンが誇らしそうに言う。

「いや、それはかまわないが、これ、書いたのはライトンなんだ」
「……は?」
「ライトンが色んな女性にリサーチして学んだ結果なんだそうだ。理想も含まれてはいるらしいが」
「え? ちょっと待って、この本、ライトン様が書いてるの?」
「ああ。俺のために書いてくれて、本にしてくれたんだ。何冊か作ったから、リアムにも渡したそうで、何ページかめくって、嫌そうな顔をされたらしい」

 イーサンは満面の笑みで教えてくれたけど、全く笑えない。
 ライトン様の見舞いの際、彼がどれくらいの人に配ったのか確認して、本を回収するように言わなければ。
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