上 下
49 / 53

49 リアのお願い

しおりを挟む
 闘技場の中に入り、昨日、私達に用意されていた席のある場所へと向かうと、運営の人達がまた新たに食べ物や飲み物を用意している最中で、人がせわしなく行き交っていた。

「遅かったのだな。こちらは先に楽しませてもらっておるぞ」

 アスラン王太子殿下も昨日の席に座っていて、彼に寄り添うミズリー様が柔らかい笑顔で私に手を振ってくれた。

「音声、お出ししますねぇ」

 ミズリー様の視線の先に目をやると、リア達は森の中に少しだけ開けた一角に場所を移したようで、リアがラナンさんと剣で戦っていた。
 リアは余裕のある表情だけど、ラナンさんはどこか焦った顔をしている。
 
 リアが優勢なのかな?

「そんなにユウマくんが好きなの?」

 一旦、間合いを取ると、リアがラナンさんに尋ねた。

「初めて会った日からお慕いしていた。いきなり現れたあなたなんかにとられるなんて!」
「幼馴染みだから、いきなり現れたわけじゃないと思うんだけど」
「うるさい!」

 リアは怒りの形相で斬りかかってきたラナンさんの懐に入り込むと、剣の柄で彼女の腹に一発、そこから身をかがませたかと思うと、彼女の足をはらった。
 さすがの向こうもそんな事で倒れるようなものではなかったから前に踏みとどまったけれど、リアが休みを与える間もなく、後ろから蹴りを入れた。

「リアちゃん、すっげぇな。本当に平民かよ」
「だろ? アイツ、運動神経もめっちゃいいんだよ」

 なぜか、ユウマくんがニコニコ顔で答える。
 彼女が戦ってるのに、それもどうなの。

 たたらを踏んだラナンさんの背中をリアは足で押し倒し、うつ伏せにさせると、もう片方の足でラナンさんの剣を蹴り飛ばし、自分の剣をラナンさんのうなじに突きつけた。

 いや、ほんと、すごい。
 私もあんな風になりたい。
 カッコ良い。

「血なまぐさいのは好きじゃないの。降参してくれる?」
「私の方が好きなのに!」

 リアに背中を押さえつけられた状態で、ラナンさんは首を横に向けて叫んだのに対し、リアが聞き返す。

「どうしてそんな事わかるの?」
「どうしてって、ずっと好きだったから」
「そんなの言い出したら、私の方がユウマくんの事好きよ。人を何年もほったらかしておいて、いきなり現れたと思ったら、勝手に嫁にさせようとしてきた最低な奴だけど、好きよ!!」

 うわあ。
 リア、これユウマくんが聞いてないと思ってるから言ってるんだろうな。
 
 ふと、ユウマくんの方を見ると、なぜかしゃがみこんでいた。

「ユ、ユウマくん?! どうしたの?!」
「生きてて良かった・・・」

 なぁんだ。
 そっちか。
 心配して損しちゃったよ。
 というか、ユウマくんの言葉と様子を見て、なんだかニヤニヤしてしまう。

「オレも言ってほしいなぁ」
「・・・・・」

 ユウヤくんが呟く声が聞こえたけれど、聞こえないふりをしておく。
 今はリアの方が大事!

「リアさん!」

 私達がリアに気を取られている間に、画面上にいなかったラス様がダグラス卿をやっつけたのか、リアの方に走ってきた。

「大丈夫そうですね」
「ラス様も! 大丈夫でしたか?」
「向こうは魔法が苦手な方でしたから、補助魔法で適当に」
「う。なんか相手が気の毒になってきました」

 けろりと答えるラス様に、リアが顔を歪めた。
 どうやらダグラス卿に同情しているみたい。
 まあ、強い騎士だと言われている人が騎士でもなんでもない人に、適当になんて言われているのを聞いたらショックだろうしね。

「というわけで、あなたも捕縛させていただきます」

 そう言って、リアに押さえつけられたままのラナンさんをラス様はいとも簡単に魔法でおさえつけてしまった。

「ユウマくん達がラス様が強いって言った意味わかる気がする」
「「だろ?」」

 私の言葉に二人同時に頷く。

 結果、身動きの取れなくなった二人をそのままにしておくわけにはいかないので、主催者側は二人を棄権扱いにして助けることになった。
 そりゃあそうだよね。
 命が一番大事だもん。

 それからしばらくして、リア達が無事に戻って来て、主催者側に薬草を確認してもらい、承認されたため、優勝ペアはラス様とリアに確定した。

「おかえりリア!」
「ただいまー」
「「お疲れ」」
「本当ですよ。しばらくはこんな徹夜はごめんです」

 私とリアが抱き合っていると、ユウヤくんとユウマくんがラス様をねぎらう。
 そしてリアと私がはなれると、ユウマくんがリアを持ち上げて抱きしめた。

「な、なんなの?!」
「聞いてた」
「は?」
「あ、リアー。ラナンさんとの時ね、見てたし、聞こえてたんだよ」

 私が言うと、何を見て、何を聞いたのか理解したらしく、リアの顔がみるみる内に赤くなった。
 お邪魔かな、と感じた私達三人は少し二人から離れて話す。

「お疲れさまでした、ラス様」

 勇気を出して抱きつきにいこうとすると、ラス様に手で制された。

「汚れてますよ」
「疲れを癒そうかと」
「気持ちとお言葉だけで癒やされますよ」
「ユーニに抱きついてもらえるなんて羨ましいことだぞ?」

 ユウヤくんは私がラス様に抱きつくと嫌なくせに、抱きつくのを拒否されているのを見るのも嫌らしい。
 難しいところだ。

「別の機会にお願いします」
「そんな機会はない」

 なぜか、ユウヤくんが答える。
 まあいいか。
 回復魔法が必要なわけでもなさそうだし。

「おめでとう! わかっておった事だったが圧勝だったな」

 パチパチと手をたたいてアスラン王太子殿下がミズリー様を連れて、こちらに近寄ってきた。

「ありがとうございます」
「で、ラス殿はお願いというやつはどうするんだ?」

 アスラン王太殿下に聞かれ、ラス様は少し首を横にひねったあと、

「そうですね。私としてはリアさんの望みを叶えてさしあげたいと思っているのですが」

 リアの方を見ながら答える。

「リアは何かお願いしたいこととかあるのかな」
「そりゃ、アレンの話を無効化するのが一番じゃねぇの? まあ、今更無理な状態だし、他国の話に口出しはできねぇだろうけど」
「そんな事言い出したら、ユウヤくんやユウマくんを婿に! っていうのだって、国の問題だけどね」
「ここの王族は非常識っぽいからな」

 私とユウヤくんがそんな会話をしていると、アスラン王太子殿下は言う。

「今日はリア殿もラス殿も疲れただろうし、宿に帰ってはどうだ? 部屋は用意しておるんだろ?」
「「あ!」」

 王太子殿下の言葉に私とユウヤくんは揃えて声を上げた。
 忘れてた。
 部屋をとってない。

「リアさんはお風呂と美味しい食べ物を用意してほしかったみたいですが?」

 私達の反応を見て、何も用意されていない事に気が付いたのか、ラス様が恨めしそうな目で見てきた。

「帰りましょう、ラス様! で、お風呂に入ってゆっくりしてください!」
「そうだな。オレの部屋使えばいいから」
「やっぱり用意してねぇじゃねぇか」
「まあ、細かい事は気にすんな。では、アスラン王太子殿下、お言葉に甘えて失礼させていただきます」

 ユウヤくんは王太子殿下には綺麗なお辞儀をしてみせると、ラス様の背中をぐいぐいと押していく。

「リア、ユウマくんも帰るよー」
「ユーニ様、リア様、またお会いできるのを楽しみにしてますわぁ」

 去り際、ひらひらとミズリー様が手を横に振ってくれたので、私達も笑顔で頷き、王太子殿下に挨拶をしてから、慌てて先に行ってしまったユウヤくん達の後を追った。

 結局、私達が宿屋に戻り、ラス様とリアが風呂に入ったところくらいで、やっとマヌグリラの王族が闘技場にやって来たらしく、結果を聞いて何やらいちゃもんをつけていたそうなのだけど、アスラン王太子殿下の口添えがあり、優勝者は当たり前だけど、ラス様とリアのペアのまま。
 そして、リアのお願いなのだけど、それはもうシンプルというか、こんな事にお願いを使うのはもったいないような気もしたけれど、こうでもしないと諦めないかも、という事で、これに決まった。

 マヌグリラの王族及びラナンさんは、許可なくアダルシュの人間に近付いてはならない。
 
 というような接近禁止命令というやつをお願いする事になり、とりあえず、マヌグリラ王家とのやり取りは、これで幕を引いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。 ある日突然、兄がそう言った。 魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。 しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。 そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。 ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。 前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。 これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。 ※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている

百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……? ※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです! ※他サイト様にも掲載

処理中です...