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20 まさか、そんな?!

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「ジンさん」

 腹ごしらえを終えたら書類仕事だというユウヤくんと別れ、リアとは後ほど屋敷で落ち合うことにして、まずはジンさんにラス様と連絡をとれないか確認する事にした。

「おはようございます、ユーニさん」
「おはようございます。今、お時間大丈夫ですか?」

 ジンさんは騎士団長の方を見て、彼が頷いた事を確認すると、笑顔で頷いてくれた。

「もちろんです。あ、というか、僕もユーニさんに話がありまして」
「私にですか?」
「はい。あ、あの、兄の事で」
「なんでしょう?」

 先に話をしてもらおうと促すと、ジンさんは何だか言いにくそうにしたあと、覚悟を決めたかのように、大きく息を吸ってから言った。

「兄と婚約の話が出てるんですか?」
「え! あ、でも、公にはしていないはずですが、ラス様から?」
「僕はラス兄さんからなんですが、他の人は違うんです。どうやら、うちの2番目の兄が」
「言いふらしてるんですか?」

 眉根を寄せて聞くと、ジンさんは無言で申し訳なさそうに頷いた。

「どうしてそんな事を」
「ユーニさんもご存知の通り、僕のせいでイッシュバルド家の力が弱まり、イグスさんの素行のせいもあって、今、父は火消しに必死で、イグスさんの行動をおさえられていません」
「イグスさん、というのは?」
「ああ。一応、僕の兄でイッシュバルド家の次男らしいですよ」

 あまり嫌な言い方をする人ではないのに、ジンさんの言い方にかなり棘を感じた。

 まあ、わからなくもない。
 すごい嫌な感じだったし。
 ユウヤくんも嫌ってるみたいだったから、あんまり良い人には思えないし。

「今、イッシュバルド公爵はどうされてるんですか?」
「父はイグスさんをおさえるのに必死です。ほうっておくとフラフラしてしまうので、あんな大切な場所にイグスさんなんて連れて行った」

 ジンさんは拳を握りしめて辛い表情を見せた。

「元々は僕が悪いんですけどね」
「そんな!」
「あと、兄からユーニさんについての話を聞いたのは、跡継ぎの話を言われまして」
「え?!」

 動揺したのが声に出ていたのか、ジンさんは声に出さずに笑ったあと口を開く。

「僕にレイブグル伯爵令嬢と結婚してもらい、ラス兄さんの亡きあと、僕の子供をイッシュバルド家の当主にしたい、と」
「えっと、当主様に子供がいない場合って、次の候補は誰になるんでしたっけ?」
「兄弟になります」
「ということは?」
「大丈夫です。イグスさんは後妻のお子さんなだけで継承権はありません」

 それを聞いて少しホッとした。

「それにしても、ラス兄さんは本当にユーニさんが好きみたいですね」
「え?! なんでですか?!」
「僕がレイブグル伯爵令嬢の件を断ると、かなり焦ってましたから。あんな兄さん、はじめて見ました」
 
 あはは、と爽やかに笑う。
 けど、笑い事じゃない!

「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なんですか?」
「ジンさん、ミランダ様の件、お断りしたって」
「はい。他の方を探して下さいと伝えました」
「な、なんで?!」

 敬語をなくすくらいに焦る私の様子を見て、ジンさんが困った顔をして答えてくれる。

「レイブグル伯爵令嬢は僕の事を嫌っていますし」
「そんな事ないですよ!」
「ユーニさんは優しいんですね」
「いや、本当に違うんですってば!」

 ミランダ様はあなたが好きすぎて顔を見れないだけなんですよ!
 拳を握りしめて、ジンさんを見つめると、彼は笑って言った。

「僕が結婚しないと思ったのか、兄は珍しく慌てていました。自分がユーニさんと結婚できなくなると思ったんですかね」

 いや、それは違う。
 以前にあったトラブルを解決する際、私はラス様にミランダ様をジンさんの婚約者に戻すようにお願いした。
 だから、ラス様は約束を守ろうとしてくれて焦っているだけ。

「ジンさんは好きな方とか、いらっしゃるんですか?」
「兄にも確認されましたが、特定の女性はおりません。憧れている方ならいますが」
「どんな人ですか?!」
「は、恥ずかしいお話なんですが」

 ジンさんは照れくさそうに下を向いてから、小さく言った。
 その名前を聞いて、納得するような気もするけど、やっぱりか、という気持ちも出て、複雑な気分になる。

「リアですか・・・・・」
「あ、あの憧れているだけで、恋愛の好きとはまた違うんです。ただ、守られるべき女性が誰かを守るために強くなろうとする姿勢が美しくて。団員のほとんどがそう思ってます。それに、リアさんは本当に強いんですよ」
「そうなんですか」

 うう。
 リアが褒められるのは嬉しい。
 だ、だけど、ミランダ様の事を考えたら!
 それにリアにはユウマくんがいるって知ってるから、そういう目線ではないよね。
 
「ユーニさん?」
「あ、ごめんなさい。えと、最後に確認なんですが、ミランダ様との結婚自体は嫌じゃないんですよね?」
「そうですね。彼女が家族と縁を切れるなら婚約者になっていただけると有り難いとは思いますが、彼女の両親と上手くやっていける自信がありません」
「そ、そっちかあ」
「はい?」

 ジンさんが断った理由は、イッシュバルド家の事実ではない噂を作り上げて、権威を削いだ、レイブグル伯爵が嫌だからか。
 まあ、自分の家族なりなんなりの嘘の噂を流す人間と家族になりたくない気持ちはわかる。

「まあ、ミランダ様の事を嫌いじゃないならいいです」
「はい。それはないですよ。あちらはどうかはわかりませんが」

 ジンさんは本当に嫌われていると思ってるみたい。
 これは、ミランダ様と話をしないといけないな。
  
 でも、その前に。

「あ、あと、お願いがあるんですが」
「なんですか?」
「ラス様と連絡がとりたいんです。嫌かもしれませんが、ご実家に行かれたりなんかは?」

 ジンさんは今は騎士団の宿舎で寝泊まりしているから、家で顔を合わす事はなくても、連絡はとれるかな、と思ったのだけど。

「兄なら城内にいませんか?」
「あ、なんか強制的にお休みを取らされてるみたいなんですよ」
「でも、僕、今日、兄を見ましたよ」
「え?!」
「何か周囲をえらく警戒してるな、と思ったら、休みをとれ、と言われてるのに出てきたからなんですね」

 ジンさんはそう言って苦笑した。

 まったく。
 なんで、ラス様はそんなに仕事中毒なんだろう?!
 ユウヤくんが休みを取らせた意味がない。

「お時間とらせて、すみませんでした」
「いえ。こちらこそ、お話できて良かったです」

 ジンさんと別れ、今日のレッスンもある事だし、屋敷に帰ることにした。

 それにしても、ジンさんが断っていたとは・・・・・。
 無理かもしれないけど、ここはミランダ様に頑張ってもらわないと。
 
 新たに湧き出た問題に、手紙の事など、どうでも良くなってきたのだった。
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