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5 元婚約者と現在の婚約者
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急いでもらったおかけで、パーティー開始時刻まで時間があった。
ドレスを着替えさせてもらおうと本邸に行き、伯父様に挨拶すると、ドレスのことを言われた。
「その染みはどうしたんだい」
「この染みは、お父様がドレスにプレゼントしたワインです」
「……ワインをドレスにプレゼント? もしかして、わざと君に掛けたのかい?」
「そうです」
お父様はここ最近、ギャンブルの負けが続いているようで「兄が早く死んでくれたら」と口癖のように言い続けている。
どれくらい使っているのかはわからない。
でも、お酒の力で気を紛らわせないといけないくらいに使っているのだと思う。
そんな人なら、伯父様からもっと怒られて良いはずだ。
だから、わざと伯父様に見せたのだ。
「あいつは何を考えているんだろうね。娘にそんなことをするだなんて」
わたしの思いとは裏腹に、伯父様は悲しげに目を伏せた。
悲しませるつもりじゃなかったから、明るい声で言う。
「予備のドレスを持ってきているので、着替えようと思います。客室をお借りしますね」
伯父様の許可を得てから部屋を出た。
持ってきていたドレスは、ファーシバル邸のメイドに預けていたので、そのメイドに手伝ってもらって、違うドレスに着替えて会場に向かった。
******
着替え終えた頃には開始時刻ギリギリだった。
パーティー会場に足を踏み入れると、すでに多くの人が集まって談笑していた。
ファーシバル公爵家のダンスホールは、かなり広くて出入り口から奥にある壇上までの距離は100メートル近くある。
会場内はオーケストラや料理が置かれた長テーブル、そして、多くの人で埋め尽くされていた。
普通なら前に進みにくいはずだけど、わたしに気が付いた人が、少しでも離れたいと言わんばかりに避けてくれるから歩きやすい。
「どうして、あの方が来ているのかしら」
「姪だからだろう。そうでなければ呼ばれるはずがない」
「ファーシバル公爵閣下は素敵な方なのに、あんな人を側近にするだなんて信じられないわ」
「持病が悪化したのは、彼女のせいなんじゃないか?」
面と向かって言うのではなく、聞こえるか聞こえないかという中途半端な声の大きさで話すのだから余計に嫌な気持ちになる。
怒りをあらわにして言い返したい気持ちもある。
でも、今日は伯父様による伯父様のためのパーティーだ。
問題を起こすことは許されないし、笑顔でいなければならない。
「あの、聞こえておりますので、疑問にお答えいたしましょうか」
無視するのが一番なのだろうけれど、わたしの性格上、それも無理だった。
こそこそと話をしていた人たちに笑みを浮かべて話しかけたのに、なぜか「ひっ」と悲鳴を上げて逃げていってしまう
ちょっと失礼じゃないかしら。
わたしと会話したって死んだりしないわよ。
わたしの体から毒が滲み出るとでも思っているのかしら。
腹を立てていると、フサス様とお姉様が近づいてきた。
「リウは相変わらず嫌われていますのね」
「ありがとうございます」
「褒めていませんわ」
お姉様は口をへの字に曲げたあと、わたしの着ているドレスを見て不服そうな顔をする。
「お似合いのドレスでしたのに、着替えてしまいましたのね」
「あのドレスは、お姉様とお父様は似合うと言ってくださいましたが、伯父様の好みじゃないようでしたので着替えさせていただきました」
お姉様は顔を真っ赤にして怒り始める。
「伯父様に何でもかんでも告げ口することは、良いことではありませんわ!」
「告げ口も何も、あのドレスを見て、何があったのか疑問に思って聞いてくるのは普通ですわよね」
「本当にあなたは、ああ言えばこう言いますのね! 性格が悪いったらありゃしませんわ!」
お姉様が目を吊り上がらせて怒っていると、黒のタキシードに赤の蝶ネクタイ姿のフサス様がお姉様に笑いかける。
「こんな女は相手にせずに行こう。君を友人たちに紹介したいんだ」
「まあ、しょうがないですわね。リウ、話の続きは家に帰ってからにしましょう」
「わたしは話すことなんてないのですが」
駄目元で言ってみたけれど、お姉様の耳には届かなかった。
「おい、フサス! 聞いたぞ! あの平民女との婚約を破棄したんだってな!」
類は友を呼ぶというのは本当のようで、フサス様の友人数人が大きな声で笑いながら、彼に話しかけていた。
「平民と仲良くする貴族なんてクソだ。平民好き好き女との婚約を受けるくらいなんだから、婚約者もどうせ、クソみたいな奴なんだろうな」
フサス様がわたしを見て言った。
自分のことを悪く言うのはどうでも良い。
でも、レイ様のことを悪く言われて腹が立ったわたしは、フサス様たちのほうへ歩き出す。
すると、後ろから呼び止められた。
「リウ」
「……レイ様」
振り返って足を止めたと同時に、レイ様の存在に気付いた女性陣が黄色い悲鳴を上げた。
お姉様も「レイ様だわ! なんて素敵なのでしょう!」と目を輝かせている。
今日のレイ様は紺色のタキシード姿で、なぜか眼鏡をかけていた。
眼鏡をかけだだけでいつもと雰囲気が違い、レイ様を見慣れているはずのわたしでもドキドキしてしまった。
「今日は眼鏡をかけているんですね」
「遠くのほうが見えにくいんだ。ここのダンスホールは広いだろう。遠くまで見えるようにと思ってかけてきたが、近くが見えにくい」
「眼鏡をかけない時は、眼鏡ケースをお持ちでしたら持っておきますけど」
「すでにケースを持ってるんなら自分で持てるだろ」
「……そう言われればそうですね」
呑気に話をしていると、女性陣のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「レイ様があんなに人とお話されているところを初めて見ましたわ」
「リウ様が貴族に嫌われているのを知っているから、わざわざ話しかけてあげるなんて、レイ様はなんてお優しい方なの!」
「無口なレイ様も良いけれど、よくお話されるレイ様も素敵だわ」
レイ様って無口だったのね。
初耳だわ。
目だけ上げてレイ様を見ると、彼にも聞こえていたようで説明してくれる。
「物事の視野が狭い奴らとは、必要なことしか話したくないんだ」
「それなら、お姉様とはどんな夫婦生活を送る予定だったんですか」
「言葉少ない生活」
小声で尋ねると、レイ様は眉間にシワを寄せて答えてくれた。
お姉様と結婚した場合、白い結婚生活を送るつもりだったのかもしれない。
レイ様の答えを聞いて、わたしはそう思った。
ドレスを着替えさせてもらおうと本邸に行き、伯父様に挨拶すると、ドレスのことを言われた。
「その染みはどうしたんだい」
「この染みは、お父様がドレスにプレゼントしたワインです」
「……ワインをドレスにプレゼント? もしかして、わざと君に掛けたのかい?」
「そうです」
お父様はここ最近、ギャンブルの負けが続いているようで「兄が早く死んでくれたら」と口癖のように言い続けている。
どれくらい使っているのかはわからない。
でも、お酒の力で気を紛らわせないといけないくらいに使っているのだと思う。
そんな人なら、伯父様からもっと怒られて良いはずだ。
だから、わざと伯父様に見せたのだ。
「あいつは何を考えているんだろうね。娘にそんなことをするだなんて」
わたしの思いとは裏腹に、伯父様は悲しげに目を伏せた。
悲しませるつもりじゃなかったから、明るい声で言う。
「予備のドレスを持ってきているので、着替えようと思います。客室をお借りしますね」
伯父様の許可を得てから部屋を出た。
持ってきていたドレスは、ファーシバル邸のメイドに預けていたので、そのメイドに手伝ってもらって、違うドレスに着替えて会場に向かった。
******
着替え終えた頃には開始時刻ギリギリだった。
パーティー会場に足を踏み入れると、すでに多くの人が集まって談笑していた。
ファーシバル公爵家のダンスホールは、かなり広くて出入り口から奥にある壇上までの距離は100メートル近くある。
会場内はオーケストラや料理が置かれた長テーブル、そして、多くの人で埋め尽くされていた。
普通なら前に進みにくいはずだけど、わたしに気が付いた人が、少しでも離れたいと言わんばかりに避けてくれるから歩きやすい。
「どうして、あの方が来ているのかしら」
「姪だからだろう。そうでなければ呼ばれるはずがない」
「ファーシバル公爵閣下は素敵な方なのに、あんな人を側近にするだなんて信じられないわ」
「持病が悪化したのは、彼女のせいなんじゃないか?」
面と向かって言うのではなく、聞こえるか聞こえないかという中途半端な声の大きさで話すのだから余計に嫌な気持ちになる。
怒りをあらわにして言い返したい気持ちもある。
でも、今日は伯父様による伯父様のためのパーティーだ。
問題を起こすことは許されないし、笑顔でいなければならない。
「あの、聞こえておりますので、疑問にお答えいたしましょうか」
無視するのが一番なのだろうけれど、わたしの性格上、それも無理だった。
こそこそと話をしていた人たちに笑みを浮かべて話しかけたのに、なぜか「ひっ」と悲鳴を上げて逃げていってしまう
ちょっと失礼じゃないかしら。
わたしと会話したって死んだりしないわよ。
わたしの体から毒が滲み出るとでも思っているのかしら。
腹を立てていると、フサス様とお姉様が近づいてきた。
「リウは相変わらず嫌われていますのね」
「ありがとうございます」
「褒めていませんわ」
お姉様は口をへの字に曲げたあと、わたしの着ているドレスを見て不服そうな顔をする。
「お似合いのドレスでしたのに、着替えてしまいましたのね」
「あのドレスは、お姉様とお父様は似合うと言ってくださいましたが、伯父様の好みじゃないようでしたので着替えさせていただきました」
お姉様は顔を真っ赤にして怒り始める。
「伯父様に何でもかんでも告げ口することは、良いことではありませんわ!」
「告げ口も何も、あのドレスを見て、何があったのか疑問に思って聞いてくるのは普通ですわよね」
「本当にあなたは、ああ言えばこう言いますのね! 性格が悪いったらありゃしませんわ!」
お姉様が目を吊り上がらせて怒っていると、黒のタキシードに赤の蝶ネクタイ姿のフサス様がお姉様に笑いかける。
「こんな女は相手にせずに行こう。君を友人たちに紹介したいんだ」
「まあ、しょうがないですわね。リウ、話の続きは家に帰ってからにしましょう」
「わたしは話すことなんてないのですが」
駄目元で言ってみたけれど、お姉様の耳には届かなかった。
「おい、フサス! 聞いたぞ! あの平民女との婚約を破棄したんだってな!」
類は友を呼ぶというのは本当のようで、フサス様の友人数人が大きな声で笑いながら、彼に話しかけていた。
「平民と仲良くする貴族なんてクソだ。平民好き好き女との婚約を受けるくらいなんだから、婚約者もどうせ、クソみたいな奴なんだろうな」
フサス様がわたしを見て言った。
自分のことを悪く言うのはどうでも良い。
でも、レイ様のことを悪く言われて腹が立ったわたしは、フサス様たちのほうへ歩き出す。
すると、後ろから呼び止められた。
「リウ」
「……レイ様」
振り返って足を止めたと同時に、レイ様の存在に気付いた女性陣が黄色い悲鳴を上げた。
お姉様も「レイ様だわ! なんて素敵なのでしょう!」と目を輝かせている。
今日のレイ様は紺色のタキシード姿で、なぜか眼鏡をかけていた。
眼鏡をかけだだけでいつもと雰囲気が違い、レイ様を見慣れているはずのわたしでもドキドキしてしまった。
「今日は眼鏡をかけているんですね」
「遠くのほうが見えにくいんだ。ここのダンスホールは広いだろう。遠くまで見えるようにと思ってかけてきたが、近くが見えにくい」
「眼鏡をかけない時は、眼鏡ケースをお持ちでしたら持っておきますけど」
「すでにケースを持ってるんなら自分で持てるだろ」
「……そう言われればそうですね」
呑気に話をしていると、女性陣のヒソヒソ声が聞こえてきた。
「レイ様があんなに人とお話されているところを初めて見ましたわ」
「リウ様が貴族に嫌われているのを知っているから、わざわざ話しかけてあげるなんて、レイ様はなんてお優しい方なの!」
「無口なレイ様も良いけれど、よくお話されるレイ様も素敵だわ」
レイ様って無口だったのね。
初耳だわ。
目だけ上げてレイ様を見ると、彼にも聞こえていたようで説明してくれる。
「物事の視野が狭い奴らとは、必要なことしか話したくないんだ」
「それなら、お姉様とはどんな夫婦生活を送る予定だったんですか」
「言葉少ない生活」
小声で尋ねると、レイ様は眉間にシワを寄せて答えてくれた。
お姉様と結婚した場合、白い結婚生活を送るつもりだったのかもしれない。
レイ様の答えを聞いて、わたしはそう思った。
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