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11 よほど嫌な思い出なのでしょうか
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向かった休憩室は、普通なら大勢が利用できる大部屋が多いのですが、有り難い事に個室も用意されていたので、私とアリスさんはその一部屋をお借りし、会場から持ってきた飲み物と食べ物をつまみながら、話す事になりました。
「元々は、ウィルから頼まれたの。自分の両親が亡くなった時に、父親を早くに亡くしたラルフ様が色々とアドバイスしてくれたから、恩を返したいって」
ウィルというのは、ウィリアム・シルキー公爵の事で、親しい方はウィルと愛称で呼んでおられるみたいです。
私はまだあまり面識がありませんので、シルキー公爵とお呼びしていますが。
「シルキー公爵もたしか、お早い内に爵位を継がれましたものね」
「私もその頃の事は詳しくは知らないんだけど、大変だったみたいね」
「ええ。たしか亡き公爵夫妻は何者かに襲われて、犯人はまだわからないままでしたよね」
5年はたってはいないと思いますが、公爵夫妻が襲われたという事で大きな話題になったため覚えています。
「そうみたい。まあ、それはおいておいて、まずラルフ様のために何をするかになったんだけど、ウィルからまずは社交界の噂を止めてほしいってお願いされたの」
「私もそれは最初にしようと思ったことなのです」
ラルフ様の事を詳しく知らない人は、嘘の噂を本当だと信じてしまうかもしれないですから。
「ラルフ様の悪い噂の多くは彼の母親の件だったから、それに関しては止められないと諦めたわ」
「それはしょうがない事ですものね。事実を話される分については、私も何も思いません」
「で、それ以外の噂について調べてもらったら、どうやら出どころはランドンだとわかったの」
「アリスさん、ランドン辺境伯ですよ!」
「あんなバカが辺境伯なのも世も末だと思ったけど、一応、理由があるみたいね」
アリスさんはランドン辺境伯が哀れな身である事は知っていらっしゃるようで続けます。
「ああいう奴の使い道を考えた人、偉いわよね」
「人身御供の様なものですが…」
「善良な人がなるよりいいと思わない?」
「まあ、それはそうかもしれませんが…」
話がだいぶずれてしまったので戻すことにします。
「で、アリスさんとランドン辺境伯の出会いはいつなのですか?」
「出会いというか、アイツが悪い噂の出どころじゃないかって話を聞いたから、アイツの婚約者が主催したお茶会に行ってみたの」
「招待されていらっしゃったのですか」
「テツのイッシュバルド家とお近づきになりたい人間も多いからね。私に良い印象を与えたかったんでしょ」
アリスさんは笑顔で頷いてから言葉を続けられます。
「で、彼女があまりにも自分の家の庭園を褒めるものだから、興味があるから見せてと頼んだら、他の令嬢達と一緒に案内してくれたんだけど、庭園のベンチに、やさぐれたランドンが座ってたの」
「パメル様にフラれたからですね…」
「なんの約束もなしに遊びに来ていたみたいね。ランドンの顔は覚えていたから、ちょうどいいわ、と思って話しかけてみたの。そしたら、アイツ、婚約者の家にまで来て酒を飲んでたみたいで、ユディット伯爵令嬢が止めるにもかかわらず、私に絡んできたから、腹に一発前蹴りを入れてやったの」
「えっと、アリスさん、私の聞き間違いですかね? あの、前蹴りとは?」
「間違ってないわよ。前蹴りしてあげたの」
ケロリとした表情で、アリスさんが言われるので、私の常識が間違っているのかと不安になってきました。
前蹴りする子爵令嬢。
いない事はない?
「そうしたらいいとこに入ったみたいで、盛大に吐いたのよ」
「そ、それは、お気の毒といいますか、なんといったら良いのか」
「まあ、ユディット伯爵令嬢も私も絶叫したわよね」
アリスさんが遠い目をして、小さく息を吐いてから続ける。
「ユディット伯爵令嬢は自分の婚約者の醜態を皆に見られて、頭に血が上って冷静な判断ができなくなったのか、怒り狂って、自分が主催したお茶会をその場で中止して、私達を置いて部屋に戻っちゃったの。で、残った令嬢もどうしたらいいかわからなくて、今日は帰ろうって事になったのよね」
「ユディット伯爵令嬢が逃げ去りたくなる気持ちもわからなくはないですが、招待したご令嬢方を放っておくのもどうかと思います」
「それについては、後日、謝罪の手紙が届いたわ」
「それは当たり前の事なのです」
話が脱線してしまいましたが、アリスさんを見て、目で先程の話の続きを促すと、わかってくれたようで、また話を元に戻してくれます。
「令嬢が帰っていく中、弱ってる人間をそのままにしておくわけにもいかないから、ユディット家の使用人か誰かが来るまで一緒にいてやろうと思って、とりあえず、汚いものは視界に入れないようにして話しかけたの」
「アリスさん、お優しいとこありますよね」
「それって優しいの? 私が前蹴りしたから吐いたのよ?」
「で、ですが、ちょっかいをかけてきたのは相手方ですし」
「そうか。そう言われてみれば、そうなのかしら。私って優しかったのね」
アリスさんはふんふんと頷いた後、続けます。
「ぐったりうなだれているランドンに、何があったの、って話しかけたら、まあ、自分の失恋話を盛大に語り始めたわよね」
よほど嫌な思い出なのでしょうか。
アリスさんはそこで言葉を区切り、大きくため息を吐かれました。
「元々は、ウィルから頼まれたの。自分の両親が亡くなった時に、父親を早くに亡くしたラルフ様が色々とアドバイスしてくれたから、恩を返したいって」
ウィルというのは、ウィリアム・シルキー公爵の事で、親しい方はウィルと愛称で呼んでおられるみたいです。
私はまだあまり面識がありませんので、シルキー公爵とお呼びしていますが。
「シルキー公爵もたしか、お早い内に爵位を継がれましたものね」
「私もその頃の事は詳しくは知らないんだけど、大変だったみたいね」
「ええ。たしか亡き公爵夫妻は何者かに襲われて、犯人はまだわからないままでしたよね」
5年はたってはいないと思いますが、公爵夫妻が襲われたという事で大きな話題になったため覚えています。
「そうみたい。まあ、それはおいておいて、まずラルフ様のために何をするかになったんだけど、ウィルからまずは社交界の噂を止めてほしいってお願いされたの」
「私もそれは最初にしようと思ったことなのです」
ラルフ様の事を詳しく知らない人は、嘘の噂を本当だと信じてしまうかもしれないですから。
「ラルフ様の悪い噂の多くは彼の母親の件だったから、それに関しては止められないと諦めたわ」
「それはしょうがない事ですものね。事実を話される分については、私も何も思いません」
「で、それ以外の噂について調べてもらったら、どうやら出どころはランドンだとわかったの」
「アリスさん、ランドン辺境伯ですよ!」
「あんなバカが辺境伯なのも世も末だと思ったけど、一応、理由があるみたいね」
アリスさんはランドン辺境伯が哀れな身である事は知っていらっしゃるようで続けます。
「ああいう奴の使い道を考えた人、偉いわよね」
「人身御供の様なものですが…」
「善良な人がなるよりいいと思わない?」
「まあ、それはそうかもしれませんが…」
話がだいぶずれてしまったので戻すことにします。
「で、アリスさんとランドン辺境伯の出会いはいつなのですか?」
「出会いというか、アイツが悪い噂の出どころじゃないかって話を聞いたから、アイツの婚約者が主催したお茶会に行ってみたの」
「招待されていらっしゃったのですか」
「テツのイッシュバルド家とお近づきになりたい人間も多いからね。私に良い印象を与えたかったんでしょ」
アリスさんは笑顔で頷いてから言葉を続けられます。
「で、彼女があまりにも自分の家の庭園を褒めるものだから、興味があるから見せてと頼んだら、他の令嬢達と一緒に案内してくれたんだけど、庭園のベンチに、やさぐれたランドンが座ってたの」
「パメル様にフラれたからですね…」
「なんの約束もなしに遊びに来ていたみたいね。ランドンの顔は覚えていたから、ちょうどいいわ、と思って話しかけてみたの。そしたら、アイツ、婚約者の家にまで来て酒を飲んでたみたいで、ユディット伯爵令嬢が止めるにもかかわらず、私に絡んできたから、腹に一発前蹴りを入れてやったの」
「えっと、アリスさん、私の聞き間違いですかね? あの、前蹴りとは?」
「間違ってないわよ。前蹴りしてあげたの」
ケロリとした表情で、アリスさんが言われるので、私の常識が間違っているのかと不安になってきました。
前蹴りする子爵令嬢。
いない事はない?
「そうしたらいいとこに入ったみたいで、盛大に吐いたのよ」
「そ、それは、お気の毒といいますか、なんといったら良いのか」
「まあ、ユディット伯爵令嬢も私も絶叫したわよね」
アリスさんが遠い目をして、小さく息を吐いてから続ける。
「ユディット伯爵令嬢は自分の婚約者の醜態を皆に見られて、頭に血が上って冷静な判断ができなくなったのか、怒り狂って、自分が主催したお茶会をその場で中止して、私達を置いて部屋に戻っちゃったの。で、残った令嬢もどうしたらいいかわからなくて、今日は帰ろうって事になったのよね」
「ユディット伯爵令嬢が逃げ去りたくなる気持ちもわからなくはないですが、招待したご令嬢方を放っておくのもどうかと思います」
「それについては、後日、謝罪の手紙が届いたわ」
「それは当たり前の事なのです」
話が脱線してしまいましたが、アリスさんを見て、目で先程の話の続きを促すと、わかってくれたようで、また話を元に戻してくれます。
「令嬢が帰っていく中、弱ってる人間をそのままにしておくわけにもいかないから、ユディット家の使用人か誰かが来るまで一緒にいてやろうと思って、とりあえず、汚いものは視界に入れないようにして話しかけたの」
「アリスさん、お優しいとこありますよね」
「それって優しいの? 私が前蹴りしたから吐いたのよ?」
「で、ですが、ちょっかいをかけてきたのは相手方ですし」
「そうか。そう言われてみれば、そうなのかしら。私って優しかったのね」
アリスさんはふんふんと頷いた後、続けます。
「ぐったりうなだれているランドンに、何があったの、って話しかけたら、まあ、自分の失恋話を盛大に語り始めたわよね」
よほど嫌な思い出なのでしょうか。
アリスさんはそこで言葉を区切り、大きくため息を吐かれました。
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