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3  有害です

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「で、旦那様。この状態では、お仕事ができないでしょうし、私が代わりに出来るものはやろうと思いますが、いかがいたしましょう?」

 犬の旦那様を散々、撫でくりまわしていると、旦那様は疲れてしまったのか、ベッドの上で、ぱたりと横になってしまわれたので、お腹を撫でながら尋ねます。
 
 こんな姿になってしまったのは、私を助けようとしてくれたからですし、少しは恩返ししないといけませんよね!
 ですから、お仕事の手伝いをしようと思ったのですが、断られてしまいます。

「別に気にしなくて良い。夜にやればいい事だからな。それよりも、側近のラムダに伝えてほしい事があるんだが」
「その、ラムダ様という方は旦那様の…、この件は知っておられるのですね?」
「いや」
「え? どうしてです?」
「彼には俺の声が聞こえなかったんだ」

 旦那様は横になったままの状態で答えてくれました。
 
 先程、旦那様は自分を嫌っている人間や、害のある人間は自分の声がワンとしか聞こえない、と言っておられた気がしたんですが…。

「という事は、もしかして、そのラムダ様という方は…」
「どうやら、俺の事を嫌っている、もしくは反王家派だ」
「でも、採用される際に調べられたのでは…?」
「彼は平民の出なんだ。差別的な言い方になるが、平民なら詳しく調べなくても良いだろうと、彼の家柄については詳しく調べなかった。学園での成績が優秀だったし、俺に対する態度も悪くなかったから雇ったんだ。話ができないとわかってから、ラムダの身辺調査をしたが、特に怪しいところもないし、働き始めて、半年も経っていないが、怪しいところもないんた…」
「犬になる姿を見られなければ、色々と試す事は出来るのですね」

 呪いではありますが、旦那様の味方かどうかわかるのは、かなり良いメリットな気がします。

「側近は他に何人かいらっしゃるんですか?」
「ああ、あと2人いる。その2人は俺の声が聞こえて、会話が出来る。だから、最近は主な仕事は、他の2人に任せている」
「どうして、ラムダ様を解雇してしまわれないのですか?」
「なんといって解雇するんだ?」

 聞き返されると、そう言われてみれば、と思ってしまいます。
 お前は怪しいから解雇だ、と言われても普通の人は納得しませんし、もし、スパイ的な人間でしたら、余計に不服を申し立てるでしょうから、ある意味、疑っていないふりをしていた方が、逆に相手の尻尾を掴む事が出来るかもしれませんね。
 
 リスキーではありますが。

 ひたすら、お腹をなでなでしていると、旦那様がうんざりした声で言います。

「もうそろそろ飽きてこないか?」
「飽きません。出来れば、旦那様のお腹を枕にして眠りたいです」
「頼むから止めてくれ。とにかく、ラムダに俺の体調が優れないから、しばらくそっとしておいてほしいと伝えてくれないか」
「今日の当番はラムダ様なのですね」
「ああ」
「承知いたしました」
「悪いな」

 旦那様から離れるのは名残惜しいですが、ラムダ様にお伝えしたら、また触らせてもらう事にして、執務室の向かい側にある、側近用の控室の扉を叩くと、茶色の短髪の男性が顔を出されました。
 あまり食べておられないのか、頬がコケていらっしゃり、体もガリガリです。
 顔色も悪いです。

「あの、食事はとっておられますか? 寝ておられますか?」

 本当なら旦那様の伝言を伝えるだけでしたのに、あまりにも痩せておられるので心配になって聞いてしまいました。

「ああ、はい。食べてます。この屋敷は、出勤日は三食付きですし、休みも多いので、睡眠もとれています」

 寝ぼけているみたいに低くて元気のない声で、淡々とラムダ様は答えると、部屋から出られようとしましたので、慌てて止めます。

「旦那様は体調が悪いらしく、しばらく横になられるそうです」
「では、様子を…」
「駄目です! 旦那様のお世話は私が致します! 新婚ですので、邪魔をしないで下さい!」

 もしかしたら、側近の方達も旦那様と私の昨日の会話を聞いておられるかもしれません。
 もし、深く聞いてこられるようでしたら、私が心変わりして、旦那様にアタックする事にしたと伝えるようにしましょう。

 だなんて、言い訳を考えておりましたが、ラムダ様は、あっさりと引いて下さいました。

「では、奥様にお願いいたします。私はこの部屋で仕事をしておりますので、何かありましたらお呼び下さい」
「わかりました」
 
 彼が扉を閉めるのを待ってから、今度は執務室の前で待ってくれていたジャスミンに声をかけます。

「ジャスミン、旦那様を看病しますから、あなたは朝食をとりにいって下さい」
「で、ですが…。それに、私は朝食は済ませております」
「では、先に部屋に戻っていて下さい」
「え? 奥様、本当に看病をされるおつもりなんですか!?」

 そりゃあ驚きますよね。
 部屋に入るまでは、旦那様と家庭内別居を楽しもうとしていた人間が、旦那様と一緒にいようとしているのですから。

「お話をしてみましたら、すごく良い方で興味を持ちました! ですので、私が看病します!」
「はあ」

 ジャスミンは呆気にとられた顔をしていましたが、一応、納得はしてくれて、部屋の前にいるけれど、お手洗いなどは自由に行くという話になりました。

 私はジャスミンを信用していますが、旦那様はジャスミンとは面識がありませんから、まだ、彼女に旦那様の事を話す訳にはいきません。

 何より、旦那様のもふもふは、今は私だけのものです!
 それは譲れません!

 上機嫌で執務室に戻ると、旦那様の姿が見えません。

 探してみますと、椅子を押し退けて執務机の下に隠れておられました。

「隠れんぼですか?」
「違う! なぜ、君は驚かないんだ!? 普通、目の前で人が犬に変わったら驚くだろう!?」
「呪いなのですよね? 原因がわかっていますし、そんなものなのか、と思うくらいです」
「…気持ち悪くないのか?」
「え? 可愛いじゃないですか」
「それは見た目がだろう!」
「見た目は可愛くて中身が旦那様とわかってますので、気持ち悪くなんかないです」

 だって、赤の他人ではありませんし、旦那様は思ったよりも良い人そうですしね。

 にっこり笑って言うと、もそりと旦那様は机の下から出てこられました。

「本当に変わっているな、君は」
「褒め言葉として受け取っておきますね」

 その後は、旦那様の指示に従い、簡単な作業しか出来ませんでしたが、仕事のお手伝いをしました。
 旦那様は書類に目を通す事ができても、めくる事は出来ませんので、私がめくって差し上げるという、本当に簡単な作業でしたが、何もしないよりかはマシだと思いました。

 昼食の時間になり、お腹も減ってきましたので、旦那様の分も含め、昼食を運んでもらう事にすると、ジャスミンや他のメイド達はかなり驚いていましたが、私の言う通りにしてくれました。

 そうこうしている内に、私と旦那様の様子を聞いた、お義母さまが笑顔でやって来られましたが、旦那様の状態を見て、頭を抱えられました。

「せっかく、娘が出来たと思ったのに、こんなにすぐにバレてしまうなんて…」
「どうかされましたか?」
「こんなの離婚案件よね? 逆恨みとはいえ、女性に呪いをかけられた男性なんて嫌でしょう? しかも、触れたら犬になるのよ?」
「この姿でしたら、全然かまいません!」
「え?」

 私の答えに、お義母さまは目を丸くされて聞き返してこられます。

「本当にいいの?」
「もちろんです! 誰かに言いふらしたりしませんから、ご心配なく! ただ、呪いを解く方法を探さないといけないとは思いますが…」
「それはもちろん探しているわ。でも、呪いをかけた魔女が死んでしまったのに、呪いがとけないなんて、今までの事例にない事なのよ」
 
 お義母さまが困った顔で言われた言葉に、私が反応します。

「魔女は亡くなったんですか?」
「ええ。事故死なの。もちろん、私達が何かした訳ではなくてよ?」
 
 お義母さまの話では、普通の呪いは術者の命が尽きると、呪いがとけるんだそうです。
 なのに、呪いがとけないから不思議だと教えてくれました。

「何か理由があるのでしょうか」

 よく、おとぎ話に出てくるような、真実の愛で呪いがとけるとか、そんな感じなんでしょうか…。

「わからないわ。だけど、エレノアさんがシークスの現状をこんな風に温かく受け止めてくれるなんて…」
「可愛い旦那様は大好きです! 可愛いに罪はありません!」

 お義母さまの座っているソファーの向かい側であり、私の横に座っている旦那様を抱きしめると、抵抗もせずに、大人しくし抱きしめさせてくれました。

「好きにしてくれ」

 もう、諦めて下さったようです。

 その後、これからの事や、私が知らなかった現状についてのお話をした後、お義母さまより先に執務室を出て、ジャスミンと一緒に部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、ローラ様の部屋の扉が開いたのです。

「お義姉さま、長くいらっしゃったんですね。お義母さまも来られていた様ですし、もう離婚の話ですか?」

 メイク後のローラ様が顔を出し、嫌味っぽく話し掛けてこられましたが、この方の相手をするのも時間の無駄ですので、適当に言葉を返します。

「離婚の話などしておりません」
「あら、じゃあ、まだシークス様のお姿を見ておられない?」
「見ましたよ。整った顔立ちをされておられます」
「違いますよ! あの無様な姿ですよ!」
「無様な姿?」

 旦那様が犬になった時の事を言っておられるのでしょうか?
 無様な姿どころか、とても可愛いじゃないですか!
 ローラ様は犬が嫌いなのでしょうか?

「よくわかりませんが、旦那様の無様な姿は見ておりません」
「だから、離婚しようと思わないんですね。そのうち、わかりますよ」
「離婚、離婚って。そんなに離婚がお好きですか? でしたら、キックス様とローラ様に離婚をおすすめします。今のところ、お2人の結婚は、お2人以外、誰も得になっておりません。といいますか、他の人間にしてみれば有害です」

 適当に相手をしたつもりだったのですが、私の言葉を聞いたローラ様は、顔を真っ赤にして怒り始め、私の後ろにいたジャスミンは、また頭を抱えてしまったのでした。
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