上 下
4 / 11

4 親友と好きな人と婚約者

しおりを挟む
 帰りも魔石を使って、家に戻ると、侍女が駆け寄ってきて、ララベルに言った。

「おかえりなさいませ、お嬢様。お客様がお見えです」
「お客様?」

 特にそんな予定がなかったので、ララベルが首を傾げると、侍女は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「誰かわかれば、とても喜ばれると思いますよ」

 侍女だけでなく、ララベルを見た他のメイド達も嬉しそうに「さぁさぁ」とララベルを応接室の方に連れて行く。

(一体、何があるのかしら? もしかして、私の大好きなケーキが用意されているとか? でも、お客様と言っているし…)

 ノックをしてから、ララベルが部屋に足を踏み入れると、正面のソファーから、彼女の親友が笑顔で立ち上がった。

「ララベル!」
「ソフィー!?」
「あなたのご両親から招待されたの。今日、こちらに泊まらせてもらうからよろしくね!」
「本当に!? 嬉しいですわ! ソフィーに早速、聞いてほしい事がありますのよ! お茶を用意してもらいますわね!」

 ララベルは思いがけない親友との再会に心から喜び、両親に感謝した。
 今日、ララベルがニールに会いに行く事は両親も知っていたから、彼女を元気付ける為のサプライズだった。

「もちろん! 聞くのは聞くんだけど…」
「聞いてくださいな。ニール様に会いに行ったんですけれど、フィアン兄様の事をゴリラだなんて言うんですのよ!?」
「それ、他の人にも言われているのを知っているわ。ねぇ、お兄様?」

 ソフィアの言葉に、ララベルはびくりと身体を震わせた。

「ああ、俺、ゴリラ界ではイケメンだと思ってるんだけど、どうだ?」

 ララベルはソフィアに気を取られていて気が付かなかったが、応接の奥の窓際にフィアンがいた。
 どうやら、窓の外を眺めていた様だった。
 そんな彼が、少年の様な笑みを浮かべながら、ララベル達の元に近寄ってくる。

「とてもイケメンだと思います。ただ、そうなると私もゴリラなのよね…」
「兄がゴリラだから、妹もゴリラだろうな」

 ソフィアとフィアンはとても仲が良い兄妹で、どちらかというとフィアンはシスコン気味だ。
 
 ソフィアは大きく息を吐くと続ける。

「というわけで、お父様には報告しておくわ。お兄様がゴリラという事は、お父様もお母様もゴリラで、私もゴリラという事ですからね。別にゴリラは嫌いじゃないけど」
「俺もゴリラは嫌いじゃない。言わせたい奴に言わせておけばいいんじゃないか?」
「お兄様! そんな調子じゃ、将来、ゴリラが公爵になったって言われますよ!」
「父上もゴリラなら、もう公爵になってるだろ。ゴリラ公爵」
「お父様だけが人間で、お母様がゴリラというならわかるけど」
「母上に言うぞ」
「止めて下さい!」

 ソフィア達の父は、見た目は若々しく整った顔立ちで、スラリとした体型のため、ゴリラには全く見えないし、父親似のソフィアもゴリラとは程遠い見た目だ。

 普段と変わらない兄妹のやり取りに、ララベルは笑みをこぼす。
 それに気が付いたソフィアが眉を寄せる。

「お兄様、ララベルに笑われたじゃないですか」
「いいじゃないか。ララベルは笑った方が可愛い」

 フィアンがにっと笑みを浮かべて、ララベルを見た。
 彼が自分の事を妹の様に可愛がってくれているだけで、女性として可愛いと言ってくれているわけじゃないとわかっていながらも、ララベルの胸が高鳴った。

「当然ですわ」

 素直じゃない言葉を返した後、メイドにお茶をいれるように頼んでから、ソファーに座って話をする事にした。
 以前は、ソフィアに、ニールの事を話せなかったララベルだったが、状況が変わり、ソフィアにはニールの話を自分の口から話し、フィアンはソフィアから聞いて、ニールの浮気の件を知っていた。
 今の状況では、ほとんどの貴族の間で知れ渡っている。

「もっと早くに言ってくれれば良かったのに。どうする? 今度、俺とあいつが同じ場所に出兵する事があったら、シメとこうか」
「どうやって?」

 ララベルの代わりにソフィアが聞き返すと、フィアンが笑顔で答える。

「ヘッドロックするだけ」
「お兄様! 首をへし折ったりしないでくださいね? 殺人になりますから」
「でも、そうなれば、ララベルは奴から解放されるよな?」

 ソフィアの言葉に答えてから、フィアンが思案顔になる。

「フィアン兄様、お気持ちは嬉しいですけれど、そんな事になったら、フィアン兄様のお名前に傷が付いてしまいます」
「バレないようにするよ」
「そういう問題ではありませんわ!」

 ララベルが軽く睨むと、フィアンは笑って頷く。

「俺の妹は二人共怖いなあ」

 妹という言葉に、ララベルの胸がちくりと痛んだ。

(こんな状態だから、ニール様に浮気だなんて言われてしまうのね…)

「ララベル?」
 
 ソフィアがララベルの表情が曇った事に気付いて、彼女に声を掛けた。

「ごめんなさい。少し考え事をしていましたわ」
「今日はメフェナム卿の所に行って疲れたのね…。少し休む?」
「大丈夫よ! せっかく、ソフィーとフィアン兄様が来てくれているんだから」
「無理するなって…」

 フィアンは立ち上がり、ララベルの所までやって来て、彼女の頭を撫でる。

「今日は俺はもう帰るよ」
「どうしてですの!? 泊まっていかれるのではないんですか?」
「泊まるのはソフィーだけだよ」
「私がいるからといって、お兄様が泊まったりして、メフェナム卿に何か言われても腹が立つでしょう?」

 苦笑するソフィアに、ララベルは無言で頷く。

(後で、ソフィーに、ニール様に私の気持ちがバレてしまった事を伝えないと)

「じゃあな。明日また、ソフィーを迎えに来るから」
「お見送りいたしますわ」
「別にいいぞ」
「それが礼儀ですから」
「なら、お願いしようか」

 ソフィアと一緒に、フィアンを見送るため、ポーチまで出て来た時だった。

 門の方から一人の男性が歩いて来るのが見えた。

 いち早く、それが誰だか気付いたのは、視力が優れているフィアンだった。

「噂の人物がお出ましか」

 フィアンが呟き、ララベルは困惑する。

「誰かわかりますの?」

 ララベルの視力では相手が誰かはっきりとはわからないので尋ねると、ソフィアが答える。

「メフェナム卿よ」
「どうして…」

(フィアン兄様を見たら、何を言い出すかわからないわ!)

 ララベルが心配した通り、ニールは走って近寄って来ると、ララベルに向かって叫んだ。

「ほら、やっぱり浮気しているじゃないか!」
「何を言っているんですの!?」
「私が見えてないのかしら。それとも、本当に私の事もゴリラだと思ってるの?」

 苛立つララベルの横で、ソフィアがぽつりと呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失意の中、血塗れ国王に嫁ぎました!

恋愛
私の名前はカトリーナ・アルティス。伯爵家に生まれた私には、幼い頃からの婚約者がいた。その人の名前はローレンス・エニュオ。彼は侯爵家の跡取りで、外交官を目指す優秀な人だった。 ローレンスは留学先から帰る途中の事故で命を落とした。その知らせに大きなショックを受けている私に隣国の『血塗れ国王』から強引な縁談が届いた。 そして失意の中、私は隣国へ嫁ぐことになった。 ※はじめだけちょっぴり切ないかも ※ご都合主義/ゆるゆる設定 ※ゆっくり更新 ※感想欄のネタバレ配慮が無いです

【完結】王子様に婚約破棄された令嬢は引きこもりましたが・・・お城の使用人達に可愛がられて楽しく暮らしています!

五月ふう
恋愛
「どういうことですか・・・?私は、ウルブス様の婚約者としてここに来たはずで・・・。その女性は・・・?」 城に来た初日、婚約者ウルブス王子の部屋には彼の愛人がいた。 デンバー国有数の名家の一人娘シエリ・ウォルターンは呆然と王子ウルブスを見つめる。幸せな未来を夢見ていた彼女は、動揺を隠せなかった。 なぜ婚約者を愛人と一緒に部屋で待っているの? 「よく来てくれたね。シエリ。  "婚約者"として君を歓迎するよ。」 爽やかな笑顔を浮かべて、ウルブスが言う。 「えっと、その方は・・・?」 「彼女はマリィ。僕の愛する人だよ。」 ちょっと待ってくださいな。 私、今から貴方と結婚するはずでは? 「あ、あの・・・?それではこの婚約は・・・?」 「ああ、安心してくれ。婚約破棄してくれ、なんて言うつもりはないよ。」 大人しいシエリならば、自分の浮気に文句はつけないだろう。 ウルブスがシエリを婚約者に選んだのはそれだけの理由だった。 これからどうしたらいいのかと途方にくれるシエリだったがーー。

貴方とはここでお別れです

下菊みこと
恋愛
ざまぁはまあまあ盛ってます。 ご都合主義のハッピーエンド…ハッピーエンド? ヤンデレさんがお相手役。 小説家になろう様でも投稿しています。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

私がもらっても構わないのだろう?

Ruhuna
恋愛
捨てたのなら、私がもらっても構わないのだろう? 6話完結予定

そんなあなたには愛想が尽きました

ララ
恋愛
愛する人は私を裏切り、別の女性を体を重ねました。 そんなあなたには愛想が尽きました。

あなたへの想いを終わりにします

四折 柊
恋愛
 シエナは王太子アドリアンの婚約者として体の弱い彼を支えてきた。だがある日彼は視察先で倒れそこで男爵令嬢に看病される。彼女の献身的な看病で医者に見放されていた病が治りアドリアンは健康を手に入れた。男爵令嬢は殿下を治癒した聖女と呼ばれ王城に招かれることになった。いつしかアドリアンは男爵令嬢に夢中になり彼女を正妃に迎えたいと言い出す。男爵令嬢では妃としての能力に問題がある。だからシエナには側室として彼女を支えてほしいと言われた。シエナは今までの献身と恋心を踏み躙られた絶望で彼らの目の前で自身の胸を短剣で刺した…………。(全13話)

処理中です...