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10 最悪なことになってしまったわ!

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 次の日の朝、リッチマス卿が宿屋にやって来た。
 リッチマス卿とは何度か社交場で顔を合わせたことがあるから、顔見知りではある。
 ただ、会釈をするくらいの間柄でしかない。

 私の家は変わり者だと言われているから、関わり合いになりたくなかったんでしょうね。

 私だって、自分がリッチマス卿の立場なら私にわざわざ話しかけたりしないでしょうし、気持ちはわかるわ。

 中年のリッチマス卿は中肉中背の紳士で、鼻の下に立派な髭を生やしている。
 髭が気になるのか、ラシルくんは私の足にしがみついて、彼を無言で見つめている。

「ほほう」

 顎に手を当てて、リッチマス卿はラシルくんに微笑みかける。

「これはまた、そういうことですか。可愛らしい坊ちゃんだ」
「……ラシルくんに何か?」
「ラシルくんと言うのですね」
「そうですが」

 私が警戒しているからか、ラシルくんは私の後ろに隠れてしまった。
 すると、リッチマス卿が笑う。

「怖がらなくても大丈夫だよ。私は何もしないから」
「……あの、キール様からシルバートレイを受け取るように言われているのですが」
「そうだったね」

 リッチマス卿は後ろに控えていた男性から、その名の通りのシルバートレイを受け取り、私に手渡した。

 丸いシルバートレイの大きさのまま、四角い形にしたものだった。
 受け取ってみると、思っていた以上に重い。

「貴族の女性に大人気のものです。たとえ、身を守るためであっても暴力は良くないと思う方は持っていませんが、自分の身は自分で守るという方には人気のものですよ」

 そう言って、シルバートレイの取扱説明書も渡してくれた。

 シルバートレイに説明書があるだなんて思ってもいなかったわ。

「必ず、部屋から出ないようにしてください」
「……わかりました」

 誰を信じたら良いのかわからない。

 リッチマス卿が敵ではないことを祈るわ。

 昨日のキール様の様子や、今のリッチマス卿の様子からして、皆が捜している王子がラシルくんである可能性が高い。

 あとで、部屋に戻ったら足の裏を確認してみましょう。

 ああ!
 最悪なことになってしまったわ!
 でも、ラシルくんは悪くない! 
 
 王家の人たちも信用できない。
 何かがあったから、王妃陛下はラシルくんを連れて逃げたんですもの。

「キール様には、あなたを信用して部屋で大人しくしているとお伝えください」

 私の答えに満足したのか、リッチマス卿は去っていった。


*****
 
 朝食は宿屋の2階にあるレストランのバイキングの料理を部屋に持ってきてもらった。
 
 カーコさんは雑食らしく、私たちの料理を少しずつもらって嬉しそうにしていた。
 食事を終えた頃、宿屋の人が困った顔をしてやって来た。

「どうかしましたか?」
 
 気になって聞いてみると、大きな声が聞こえてきた。

「ここにミリアーナが泊まっていると聞いたんだ! 彼女に会わせろ!」

 騒いでいるのは、どうやらポッコエ様のようです。

「私に会いたいと言っていますね」
「どうされますか? お会いになりますか?」
「様子だけ見てみますね」

 ラシルくんとカーコさんと一緒に2階からフロントを覗いてみると、宿屋の従業員がポッコエ様の相手をしていた。

「申し訳ございません、ポッコエ様。お客様の個人情報になりますので、泊まっているかどうかは教えることができません」
「何を言ってるんだ! ここの宿屋は俺の父が経営してるんだぞ!」

 偉そうに言ってますけど、偉いのはお父様ですよね。

「ど、どうして、あの人はミリアーナさんに会おうとしているのですか?」
「そうですね。お部屋に戻ってから話をしますね」
「キールの馬鹿兄じゃないノ。顔は良いのに性格が悪いから残念ネ」

 カーコさんが手すりに止まって言った。

 ふと、キール様からの手紙の中に知らない人に会うなという文章が書かれていたのを思い出した。

 この人は知ってる相手ですけど、会わないほうが良いですよね。
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